第40話:狂った秒針
「はい。言われた通り、響と位置情報を繋ぎました。後で共有かけておきます」
震える声で言いながら、私は唇を噛んだ。
ひーくん──否、響と築いてきた関係は、私のせいで崩れた。
しかし、響を助けるにはこれしかなかった。
そう自分に対して言い訳をしていないと、この先響と向き合える気がしなかった。
『次の"頼み事"は、追ってメッセージを送る』
「分かりました」
そこで通話は終わる。
画面が消えるのを確認してから、スマホをベッドに投げ捨てた。
両親の稼ぎで買ってもらった物だ。
だからこそ、乱暴に扱う自分が嫌だった。
「ひーくん……私、間違えちゃったよ……」
壁を一枚挟んだ先にいる響に、今すぐにでも慰めてもらいたい。
しかし、それをして貰うだなんて、虫が良すぎる。
せめて──
「私が終わらせる」
最後に呟いて、私は枕に顔を埋めた。
狂った秒針のように、私と響の間にできた歪みは取り繕えない。
だから、私にできる最大の"償い"をするまでだ。
◇
「おい響。ちょっと話がある」
公園のベンチでぼんやりと空を眺めていると、いきなり話しかけられた。
バシバシと背中を叩いてきて、彼らしさがあった。
その声に聞き馴染みがあったので、悪意がないことは分かっているが、少し強引だ。
「零……痛い」
「あっ、すまん」
飯塚零。
サッカーで、俺に一番近づいた男──って、俺は何様だ。
高校に入学してからは、ほとんど話していなかったので少し驚いた。
「そんなに焦ってどうした」
「焦るだろ。普通! お前がイジメられてるって聞いたんだが、ほんとか?」
知られたくないことを知られて、自然とこめかみがピクリと動いた。
ずっと俺の背中を追ってくれていた零には、絶対に見せたくなかった。
「ほんとだよ。でも、大丈夫だ」
「──嘘つけ」
零は俺の手を掴んで、言った。
そうだ──コイツは昔から嘘が通用しないんだった。
誰よりも周りが見れているから、無理をするとすぐにバレたのは、今となってはいい思い出だ。
それでも──
「嘘はついてない。本気で大丈夫だから、安心してくれ」
突き放すように少しだけ強く言うと、零は歯切れの悪い顔をしてから、すぐに笑って見せた。
「まあよ、俺でよかったらいつでも話聞くからさ、あんま溜めすぎんなよ」
「ああ、助かるよ」
仲間がいる。
そう思えるだけで、俺には十分すぎるくらい心の支えになる。
助けがいらないと言えば嘘になるが、俺のせいで誰かが巻き込まれるのは、何よりも耐えられない。
「そんなことよりさ──」
普段よりも少し低い声がかけられ、俺は視線を上げた。
「お前! なんで俺の電話に出てくれないんだよォ!」
「は?」
「ここ一週間で、30回はかけてんのによォ!」
「さんじゅッ──マジで?」
「大マジだよ。履歴見てみ?」
衝撃の事実に、慌てて履歴を上から一番下まで探した。
だが、妃菜の8件と父さんの5件だけだった。
「そうだ。俺、スマホ変えたんだった」
「そうなの?」
「ほら。最新機種」
「ほんとだ」
さっきまでのテンションはどうした。
零はけろりと元通りになった。
「じゃあ俺のを追加してくれよ」
こうして、また連絡先の欄に新しい名前が増えた。
冬美に浮気された時は、絶望で何も見えていなかったが、こうして見ると少しは俺にも味方がいることが分かる。
「よーし! モヤモヤが晴れたし、ちょっと体を動かすか!」
零はカバンの中からバスケットボールを取り出した。
雰囲気からするに、俺は強制参加のようだ。
(サッカーじゃないだけマシか)
そう思い、ベンチから立ち上がった。
夏の強い日差しが眩しい。
けれど、曇り空よりは好きだ。
「サッカーじゃなくていいのか?」
零に限って、もうサッカーをやめているなんてことはないと思うが、少しだけ心配になった。
「いや、いいんだ。お前、サッカーしたくないだろ?」
「そうだけど……」
「それに、今サッカーしてもすぐに勝負が決まるからな」
「俺、もう昔みたいに動けないぞ」
「何言ってんだ? お前じゃなくて、俺が圧勝するに決まってんだろ」
自信があるのはいいことだが、少しだけ寂しい気持ちになった。
しかし、零とのバスケは最高に気持ちが良かった。
きっと汗をかいたからだろう。
自販機でスポドリを二つ買って、片方は零に投げる。
「ナイスキャッチ」
少しだけ、昔に戻れた気がした。
俺が一番輝いていた、あの頃。
部活は上手くいき、可愛い彼女だっていた。
今更懐かしんでも何も変わらないことは分かっているが、叶うのなら最初からやり直したい。
龍生に壊される前から──
「響、すまん! 今から塾あるから帰るわ!」
零は謝るように手を合わせて、走り去っていった。
(今度は俺がアイツの背中を追う番かもな)
彼の優しさには、昔から助けられっぱなしだ。
優しくて逞しい背中が、俺には眩しすぎた。
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