第38話:迷い子
妃菜の両親は仲睦まじくデートに出掛けたらしい。
それで寂しくて、朝っぱらから訪問という名の、犯罪ギリギリな行為をしたとか。
「それだったらタコパでもするか」と、父さんが言い出し、今はそれの買い出し中だ。
「ひーくんは中に何入れる〜?」
「何入れるって、タコだろ。たこ焼きなんだし」
「甘いね──それはもう、砂糖に砂糖をかけたぐらい」
「結局砂糖じゃん」
「たしかに」
何も考えなしに言い、すぐに頷く妃菜。
クスクスと肩を揺らしていて、とても楽しそうだ。
「私が、たこ焼きの真髄を教えてあげる」
「頼むわ」
「うん!」
頑張るぞと、言わんばかりにやる気で満ちた表情だ。
「私はスーパーで食材を買ってくるから、ひーくんはデザート買ってきて!」
「デザート?ほんとに甘いの好きだよな」
「美味しいんだもん!仕方ないよ」
これはどれだけ言っても、意見を折らないときの目だ。
キラキラと輝かせて楽しみにしているので、俺としても断りずらい。
(そんなに食べて、太らないのかな)
流石に女の子を前に、口に出す勇気はなかった。
なので、心の中で思うだけにしておく。
「わかった。集合場所は……またチャットで教えてくれ」
「りょーかーい!」
ピシッと敬礼のポーズ。
なんだか小動物みたいで可愛いなと思ったのは、ここだけの話。
二手に別れ、俺は頼まれた通りデザートを求めて足を進めた。
行く当てはある。
それは、ここに来る前に、妃菜が羨ましそうに眺めていたケーキ屋さん。
「きっと喜ぶだろうな……」
一人で呟いて、勝手に頬が緩む。
妃菜は誰よりも、考えていることが顔に出ると思う。
だから、甘いものを食べているときの彼女は、とても幸せそうだ。
俺はあの表情が好きだし、守りたいと思う。
自然と足取りが軽くなった。
◇
ケーキを買うまでは良かった。
しかし、問題は気が緩んだときに起きた──
やる事を終え、スマホの画面を開いた途端、画面がプツンと切れた。
「電池切れ……」
俺が"チャットで"と言ったせいで、集合場所は決めていない。
慌てて妃菜が入ったスーパーに向かう。
しかし、ケーキ屋と少し距離があるせいか、着いた頃には既にいなかった。
「そこのお兄さん、アンケートを──」
「安いよ、安いよ!兄ちゃん買ってくかい?」
偶然話しかけられただけなのに、敢えて邪魔をしてくるように思えてくる。
隣をすれ違う、笑っている人々に、無性に苛立ちを覚えた。
自業自得だ。それなのに──自分の醜さに、吐き気が込み上げてくる。
『お前には一人がお似合いだ』
言われてもないのに、言われた気分になる。
急にトラウマが脳裏に浮かぶ。
──俺との約束をすっぽがして、龍生とキスをしていた、あの日の光景。
(もしかして、妃菜も俺を?)
「駄目だ」
どうしていつも、追い詰められると妃菜を疑ってしまうのだろう。
恋春との出来事で、痛い目を見たのを、もう忘れたのか。
当てもなく探し、たどり着いたのは、花びらが散り、緑の葉が生い茂った桜並木。
冬美と付き合い、浮気が発覚した場所だ。
(ああ──)
何かを思いかけて、すぐに頭から追い出した。
今も妃菜が探しているかもしれないのに、俺は元カノの事を考えているなんて。
「クソッ、クソッ!」
パチンッ──と、自分の手が頬を叩く。
視界が滲むが、もう一度来た道を引き返した。
「ひーくん!電話かけても繋がらないから、心配したんだよ?」
スーパーの前に着いたとき、背後から声をかけられた。
当たり前だが、その声は少し不満気だった。
「妃菜……」
自分の声は、酷く震えていた。
慌てて涙を拭う。
安心して、思わずしゃがみ込む。
「良かった……本当に」
引き返した甲斐があった。
普段なら迷っても気にしないが、今回は違った。
もうこんなのは懲り懲りだと、胸の奥で呟いてから、彼女に謝った。
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