第34話:妃菜の計画的犯行
寝苦しさを感じ、重たい目をわずかに開けた。
7月の頭とはいえ、まだクーラー無しでも快適に過ごせるはず。
「おはよ、ひーくん!」
視界いっぱいに妃菜の顔が映りこんだ。
(いやいや、そんなはずが……)
寝返りを打つように目を逸らした。
「なんだ、夢か」
「ちょ、ちょーい!無視しないで!」
包み込むように、細い腕に拘束される。
背中で妙な柔らかさを感じ、その途端──一気に目が覚めた。
「きゃっ!」
俺が勢いよく体を起こす。
すると、バタンと、鈍い音を立てて、寝込みを襲ってきた妃菜は床に落ちた。
「ちょっと、酷くない?」
「なんで俺の部屋にいるんだよ」
「それは〜……内緒」
語尾にハートを付けて、てへっと、言わんばかりの表情で首を傾げた。
寝起きのせいか、上手く頭が回らない。
(玄関の鍵は──閉めた。なんなら二重ロックだってした)
となると、共犯者は一人に絞られる。
妃菜は上目遣いでこちらを見ている。
その顔からは反省の意が全く見当たらない。
なので、そのまま部屋に残して、俺はリビングに向かった。
理由はもちろん──
「どういうこと?」
「起きたのか。おはよう」
父さんはそう言って、ニュースに耳を傾け、優雅にコーヒーを啜った。
「うん、おはよう……じゃなくて!妃菜が俺の部屋に居たのはどういうこと!?」
「さっき妃菜ちゃんが訪ねてきてね。追い返すのも可哀想だったから、入れてあげたんだよ」
「寝てるところを女友達に見られた、俺の方が可哀想だろ!それに今何時だと思って……」
時計に目を向けると、短い針はてっぺんを指していた。
「もう正午だぞ。珍しいよなーこんな時間まで寝てるなんて」
ハハッと笑って、コーヒーをもう一口。
間を置かずに口を開かれる。
「それに、可愛い子が隣にいた方が目覚めがいいだろ?」
「……」
最近──なにかおかしい。
以前、出掛けていた父さんが帰ってくると、泣きながら「ごめんよ」と謝ってきた。
仕事での今の企画長を続けると決意してくれたのは嬉しいが、その日からやけにウザイ。
「妃菜ちゃんと付き合わないのか?」や、「きっといい奥さんになってくれるぞ?」と、毎日のように言ってくる。
2人に何があったのか気になるが、これ以上妃菜との関係について聞かれるのが面倒で、聞けていない。
「腹、減ってないか?」
(減ってます。めちゃ空腹で死にそうです)
さっきからソーセージの香ばしい香りが、鼻腔をくすぐって、腹の虫と戦っていたところだ。
(まさか俺のために昼食を──)
なんて、期待した俺が馬鹿だった。
万遍の笑みを浮かべ、財布から万札を取り出して言ったのだ。
「妃菜ちゃんとデートにでも行ってきなさい」
◇
俺の部屋から聞き耳を立てていた妃菜が、勢いよくリビングにやってきて、話が勝手に進められた。
パジャマのままだった俺は着替えることになった。
(ゴロゴロして夜まで過ごそうと思ってたのに、どうしてくれるんだよ)
憂鬱だったが、少しだけ値段の高いレストランに行ったら、いつの間にか気分が上がっていた。
「今日は大事な用があって来たの」
「大事な用?」
昼食を終えた頃、ようやく話を持ち出された。
起きた時から混乱するようなことばかりで、聞くことを忘れていた。
「水着が合わなくなっちゃったの」
「太ったってこと?」
「最低」
無意識のうちに口走ってしまい、鋭い眼光を突きつけられた。
目にはじんわりと涙を浮かべて。
「ごめんごめん。で、水着が合わなくなったのが、俺と関係あるのか?」
「一緒に行って」
「どこに?」
「だから!水着を買いに、一緒に行って!」
「えー……嫌だよ」
その途端、硬いヒールでつま先を踏まれた。
「──いたッ!なにすんだよ!」
「せっかく勇気を出したのに……」
目を逸らしながら言われて、それ以上何も言い返せなくなった。
小さな手に引かれ、抵抗できずについて行く。
着いたのはショッピングモール。
妃菜のお目当ての店には、同年代や少し年上の女性で溢れかえっていた。
「俺……場違いすぎないか?」
「いいの。ほら、あそこにも男の人いるよ」
指が指す先には、仲睦まじいカップルがいた。
ジャラジャラとしたアクセサリーを身にまとい、サングラスをかけている。
「うわぁ……」
「ふふっ。なにその反応」
「かっこいいなって思っただけだよ」
近くに本人がいるのに失礼なことは言えず、咄嗟に嘘をついた。
対して妃菜は何を想像したのか、うんうんと頷いていた。
「良いかも」
追求するのはやめておいた。
聞かなくても考えていることは、ある程度わかる。
自分でその光景を思い浮かべたら、鳥肌が立った。
(絶対に似合わねぇ)
胸の中で留めておいて、妃菜の方へ視線を向けた。
楽しそうに目を輝かせて、どれにしようと、悩んでいる。
何着かカゴに入れて、試着室の方へ向かう。
「どれが一番可愛いか、感想をちょうだいね」
そして、シャッと、カーテンを閉められる。
(もし冬美と別れていなければ……)
元カノの顔が脳裏にチラついて、一気に申し訳なくなった。
チクリと胸が痛み、俺は無言のまま、妃菜が消えた試着室を見つめることしかできなかった。
週5更新から週2更新に変更します。
理由は、学業(テスト・検定等)が複数重なる。
次回からは月曜日・木曜日更新にします。
量よりも質を目指して、皆さんが楽しめる作品を書こうと思います。
これからもよろしくお願いします。




