第33話:戻らない距離
「謝り来たって……何を?」
「それは決まってるじゃない──前の試験、私が休んだせいで、なかったことになってごめんね」
向かい側に座る冬美は、余裕そうな表情で淡々と言った。
そんな謝罪、俺が求めているものとは少しも違った。
「さて、謝ったことだし、本題に入るね」
「なに?」
「次の試験でやり直しましょう?」
「無理だ」
もう俺は学んだ。
この勝負、俺たちが勝ってもなんの得がない。
そのクセに、負けるとこれからの学園生活が、奴隷として生きることになる。
「どうして!あの子が侮辱されたままでいいってこと?」
「違うな」
「挑発に乗るなんて、小学生みたいなことは、もうしたくないんだ」
「しょ、小学生……!?」
「そんなに勝負がしたいなら、俺との1対1でもいいんじゃないか?」
言い返しているうちに、冬美の顔から笑みが消えていく。
その度に、胸の奥がツンと刺されるように痛む。
(こんなの、あんまりだよ……)
「変わったね。響はもう、私の知ってる響じゃないよ」
「それってどういう──」
俺の言葉には返事がなく、ただの独り言になってしまった。
「お、お待たせしました……特大苺のパフェと、抹茶パフェです」
バイトなんだろう。
同い年くらいの店員が、オドオドと注文した品をテーブルに置いていく。
彼が去っていくと、冬美はジッと、俺のパフェを眺めていた。
「……なんだよ」
「美味しそうだなーって思っただけ」
「そっか」
「あーん」
口を小さく開けて、何かを求めてくる。
その仕草には見覚えがあった。
なんなら、少し前までは、その行動にドキドキさせられた。
なのに、今はなんだか妙な苛立ちが沸き上がってくる。
「ヤだ」
「ケチ〜。前は顔を真っ赤にしてて、可愛らしかったのに」
その「可愛らしい」は、ただの煽りだ。
好意の欠片もない。
「そろそろ戻ろうかな。友達待たせてるし」
「早くどっか行ってくれ」
「ホントはもっといたいクセに〜」
「2人きりでいるところなんて、見られたら面倒事が増えるだけだ」
それは紛れもない本音だ。
冬美のことは……好きだけど、同時に鬱陶しくも感じる。
この、曖昧な感情に答えを見つけられそうになくて、少しだけ嫌になる。
「じゃあね、響。なにかあったら私に連絡してね」
そう言って去って行った。
残された俺は、吐き捨てるように小さく呟く。
「連絡先ブロックしておいてよく言うよ……」
と。
◇
「はあ〜、美味しかった!また食べたい!」
店を出ると、妃菜は満足気に話しかけてきた。
ふわっと花が咲くような笑顔──見ていると、自然と俺の方まで頬が緩んだ。
「そうだな。抹茶パフェは甘すぎなくて、食べやすかったよ」
「たしかに!ひーくんのと、私のを交互に食べると、とっても幸せだった!」
連写して撮ったパフェの画像を見て、妃菜は「また行きたいな」と、独り言を溢していた。
冬美が消えてすぐに、妃菜は戻ってきた。
後から話を聞くと、前に入っていた人が遅かったとか。
かれこれ10分くらい妃菜はトイレに並んでいたらしい。
胸の中で渦巻くモヤモヤは、いつまでも解消されずにいた。
「そういえばさ」
「なんだ?」
「さっきトイレの近くで菊池さんを見かけたよ」
「ひ、妃菜は話しかけられたのか……?」
まさか妃菜も見かけていたとは。
そんなことを話に出させるとは考えなかったので、思わず吹き出しそうになる。
「"妃菜も"?」
「間違えた"妃菜は"だ」
「私は話しかけられてないよ〜。前の人が遅いせいで、それどころじゃなかったから、話しかけてすらない」
「そっか。嫌なことを言われてなかったらいいんだ」
「ひーくん、優しいね!」
そう言って、妃菜は俺の腕に軽く抱きついてきた。
人通りの少ない道とはいえ、心臓に悪い。
「ちょ、近い」
「えー?いいじゃん。小学生の頃はしてたし!」
「小学生の頃は、な!?」
結局、俺も突き放せずにそのまま歩く。
夕方の風はまだ暑いのに、妃菜の体温が伝わってくるせいか、妙に落ち着かなかった。
駅前で別れる頃には、さっきまで胸に溜まっていたモヤモヤも、少しだけ薄れていた。
「じゃあね!また連絡する!」
「ああ。気をつけて帰れよ」
手を振る妃菜の背中を見送ってから、家路につく。
◇
シャワーを浴びて、ベッドに倒れ込む。
スマホを手に取るが、通知は妃菜からのスタンプひとつだけだった。
(そりゃそうか)
昼間の冬美の顔が、ふいに脳裏に浮かぶ。
余裕ぶった笑み。昔みたいな距離感。
(変わったのは、俺なのか……それとも──)
答えの出ない問いを振り払うように、目を閉じた。
夏休みは始まったばかりだ。
けれど、このまま何も起きないとは──どうしても思えなかった。
そんな予感を抱えたまま、俺は眠りに落ちた。
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