第28話:最後の勉強会
「あーッ!だからそれは違うんだって!」
「なにが違うっていうの!?」
怒った声が俺の部屋に響く。
普段は飲み込みの早い妃菜だが、今回は違った。冬美との勝負があるのか、焦りが透けて見える。
ついカッとなって争いに巻き込んでしまった自分を、心底後悔する。
「──くん」
「……」
「おーい!ひーくん?」
「わ、悪い……ボーっとしてた」
最近は妃菜の苦手な問題を中心にプリントを作り込んでいたせいで、気づけば朝になっていることも多い。
「あまり寝てないの?」
「……うん。最近買ったゲームが面白くて……」
「夜更かしはダメだよ?また倒れちゃう」
「あー、今夜は早く寝る」
嘘をついたが、これ以上プレッシャーをかけたくない。その思いが胸に締め付けるような違和感として残った。
「教科書も持ってきてるから、一旦自分の力でやってみるよ。ひーくんは寝てて」
「いいのか?」
「元々私の点数が悪いせいだし、気にしないで」
「じゃあ寝るけど、わからないところは遠慮なく聞いてくれ」
「うん!ありがと!」
妃菜はにっこり笑う。その笑顔を見て、俺はベッドに横になった。
ペンがプリントを走る音が、どこか心地よい。気づけば、俺は深い眠りに落ちていた。
◇
スー、ハー、と規則的な寝息が聞こえ始めた頃、妃菜はプリントの丸付けをしていた。
「うーん……何回やってもわからない……」
高校の数学は中学の比じゃない。寝ている響を起こさないよう、心の中で静かに呟く。
「疲れた……麦茶でももらおっと」
膝に手をつき立ち上がる。ずっとプリントとにらめっこしていたせいか、伸びると腰がポキポキと音を立てた。
冷蔵庫から麦茶を取り出し、注ぐ。
ふと目に入ったのは、去年響の誕生日に私がプレゼントしたマグカップ。
実は私とお揃いだということを、彼は知らない。
「大事に使ってくれてるんだ……」
見るたび、元気をもらえる。あの時2か月分のお小遣いを握りしめ、どれにしようか迷った時間が、今でも大切な思い出だ。
「嬉しそうな顔をしてどうしたんだい?」
背後から声をかけられ、肩が大きく揺れた。振り向くと、ボサボサ頭の寝間着姿のおじさんが立っている。
「あ、お久しぶりです!」
「久しぶりだね。いつも響のことを気にかけてくれてありがとう」
「私の方がいつも助けられてるので、そのお返しみたいな感じですよ!」
面と向かって感謝を伝えられるのが恥ずかしく、自然と恐縮してしまう。
おじさんは豪快に笑い、つられて私も笑った。
「ところで──学校での響はどんな感じだい?友達はできたのか?」
「あっ……えーっと……」
「無理に嘘をつかなくてもいいよ」
「僕は、そのままの響を知りたいんだ」
「……」
黙っている私を見て、おじさんは少し残念そうな顔を浮かべた。やっぱり親として心配なのだろう。
「──あッ!」
頭に一人のクラスメイトの顔が浮かんだ。
学級長──水樹瀬名くんだ。
「学級長が、球技大会でひーくんと仲良くしてたよ」
「ほ、ほんとか!」
おじさんの大きな声に、思わず顔が赤くなる。恥ずかしいような、でも少し嬉しいような気持ちが胸を満たす。
「最近、響とあまり話せてなくてな……」
「……え?」
頼りなさげな声が出る。おじさんは、今の私の気持ちを汲み取ろうとしているのだろうか。
「でも、大丈夫だよ。響はちゃんと自分のペースでやってるから」
「うん……」
小さく頷く。胸の中が、少しだけ軽くなる。
麦茶を飲み、プリントを片付ける。
響の部屋には寝息だけが響き、安心感と小さな達成感が交差する。
「今日はよく頑張ったね」
変える前にかけられた、おじさんの声に、思わず笑みがこぼれる。
勉強会は終わり、明日の試験に向けての準備も整った。
焦りや不安はまだ少し残っているけれど、こうして支えてくれる人がいることに、改めて感謝する。
明日から始まる4日間の試験──どんな結果になるかはわからない。
でも、今はただ、この穏やかな時間を噛み締めていたい──そう思えた。
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