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大好きだった彼女に浮気され、地獄に落とすまで。  作者: くまたに


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第26話:一年越しの再戦

 ピィーッ──

 高く鋭い笛の音と同時に、試合は水樹のパスから始まった。

 足を挫いたとは思えないほど、無駄のない動き。

 だが、よく見れば一歩踏み込むたび、ほんの一瞬だけ眉を歪めている。


(無理してるな……)


 ──だからこそ。


(俺が、あいつの分まで点を取る)


 最初からそのつもりだった。

 水樹にも、龍生にも勝つ。その覚悟は変わらない。

 攻略対象が一人減っただけだ。


()()!」

「おう」


 声と同時にパスが来る。

 迷いはない。体が先に反応した。

 ボールは吸い込まれるようにネットを揺らす。

 自然と口角が上がった。

 自分でもわかるくらい、いい流れだ。


 視線の先で龍生が歯噛みしている。その表情が、たまらなく心地いい。


 他のチームメイトもよく動いていた。

 無駄な接触を避け、相手の進路を潰し、確実に勝利へ近づいている。だが──

 六点目が入った頃から、空気が変わった。


「やったれ!」

「任せろ!」


 龍生が声を張り上げ、パスを受け取る。

 二度ドリブルし、踏み切り──高く跳んだ。一瞬、時が止まったように見えた。


 パスッと、思わずもう一度聞きたくなるような音が響いた。スリーポイントだ。

 会場がどよめく。

 スコアは、六対三。


「チッ……」


 思わず顔を顰める。

 けれど、まだ余裕はある。

 このまま流れを渡すわけにはいかない。


「スリーポイントだ、スリーポイント。お前にはできないだろ?」

「……」

「どうした? 余裕なんだろ?」


 一々絡んできて、本当に鬱陶しい。


(かまってちゃんかよ)


 胸の内で吐き捨て、視線すら合わせなかった。

 言い返したところで、アイツが黙るはずがない。


「すまん。僕が守れなかったせいで」


 水樹が小さく息を整えながら言った。


「気にするな。これ以上悪化させない──点は俺が取り返す」


 もちろんスリーポイントで。

 俺は案外負けず嫌いなんだ。アイツにできて、俺にできないことなんて、あるわけがない。


「……助かるよ」


 そう言って彼は微かに笑った。

 けれど、その目に浮かぶ陰は消えない。


 体育館の端で光るタイマーには、残り三分と映し出されている。

 このまま押されれば、負ける可能性だってある。


 ボールはこちらから始まる。

 俺のことをよく思っていない、同じチームの奴だ。


「へい、パス!」


 手を挙げて、彼の視界に入り込む──が、目をそらされた。

 それだけでは留まらず、水樹にパスを回した。

 予想外だったのか、それとも背後で圧をかける龍生に気を取られていたのか──ボールは宙を舞い、水樹の指先に当たって地面に転がる。


「──ッ!」


 慌てて守りに入る。

 しかし間に合わなかった。

 パスが上手く続き、龍生が受け取る。


(クソッ……!)


 見なくてもわかった。

 龍生の連続点だ。

 ギャラリーから、女子たちの黄色い歓声が巻き起こる。


「ハハッ……あと、いって〜ん」


 ニマニマと、殴りたくなるような顔。

 拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込んだ。

 痛みがあるはずなのに、まるで感じなかった。

 正直にパスを寄越さなかったチームメイトを睨む。

 信用されてない──その事実が、何より腹立たしかった。


「なんだよ……」

「いや、別に?」


 我ながら悪意のある言い方だと思う。

 けれど、こうでもしないと、おかしくなってしまいそうだった。

 スコアは六対五。もう後がない。


「ごめん僕が──」

「うっさい。水樹は悪くない、そうだろ?悪意がないのに謝ると、気持ちが薄れるぞ」

「……そうだね。正直今のは、僕にどうしようもできなかった」

「だろ?」

「でも──」


 水樹はまだ口を開く。

 もう話は終わったと思っていたので、引かれるように視線を上げた。


「僕がこのチームのキャプテンだ。平野にボールを渡さなかったのは、こんな空気にした僕が原因だよ」


(何言ってんだ。馬鹿じゃねぇの?)


 言いかけて、止める。

 これ以上嫌な雰囲気にしたくなかった。


「……」


 何も返さず、試合に戻った。

 残り時間は、二分を切っていた。

 体育館の空気が、じっとりと肌に張り付く。

 観客席のざわめきも、応援の声も、遠くで鳴っているみたいだった。


(落ち着け……)


 ボールが回ってくる。

 視界の端で、龍生がニヤついた。


「ほら、やってみろよ。スリーポイント」


 挑発だ。

 わかっている。それでも──


(決めなきゃ、意味がない)


 一歩、外へ。

 距離を測る。指先の感覚は、悪くない。

 神経を研ぎ澄ませて、跳ぶ。

 放たれたボールは、綺麗な放物線を描いた──が。


 カンッ──と乾いた音。

 リングに弾かれ、ボールは外へ転がった。


「……ッ!」


 一瞬、頭が真っ白になる。


「リバウンドを──」


 その声は途中で途切れた。

 ボールは、龍生の手に収まっていた。


(マズい──!)


 全力で戻る。だが、またしても間に合わない。

 軽いフェイントに騙される。

 体勢を崩した、その隙を突かれた。


 ネットが揺れる。

 スコアボードが、無慈悲に数字を書き換えた。

 六対七。


「逆転だな」


 龍生が、勝ち誇ったように笑う。

 その顔を見た瞬間、胸の奥で何かが切れた。


(ふざけんな……!)


 焦りが全身を駆け巡る。

 息が浅い、視界が狭い。


「平野」


 低い声──水樹だった。


「次、行ける?」

「……当たり前だろ」


 ボールを受け取ると、龍生が寄ってくる。

 真正面から、ぶつかる気だ。


(なら──)


 一気に切り込む。

 相手の重心が動いた、その一瞬。


 パス。


「──っ!」


 龍生の死角に待機していた水樹がボールを受け取る。

 シュートをする構えをする──が、投げない。


「はッ──なぜ!」


 困惑した声を無視して、俺は隣を避けた。


「平野──!」「──水樹!」


 お互いの声が重なった。

 ボールが再び、俺の手に戻ってくる。

 

「今度こそ、終わりだ」


 跳んだ。

 今度は確信があった。

 ボールはリングに触れることなく──綺麗に吸い込まれた。


 ブザーが鳴る。

 一瞬の静寂のあと、体育館が割れたように沸いた。体育館が揺れる。

 水樹を称える声と、俺へのブーイングが入り交じったものが体育館を満たした。

 サッカーをしていた頃のように、自分をさらけ出して喜べなかった。

 それでも、小さくガッツポーズを浮かべた。

ここまで読んでくれてありがとうございます!

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