第23話:龍生が一線を越えた日
大会当日。
2日前には負けると、泣き言を言っていたチームメイトも、今ではすっかり晴れ晴れとした表情をしていた。
(ついにこの日が──)
正直、昨晩はあまり寝付けなかった。
それほど、平野響の"負け"が待ち遠しく、俺の胸を掻き立てた。
「龍生、ほんとにあの作戦を……」
チーム内でも意見が別れている。
何をしてでも勝ちたい多数派と、理性が残っている少数派──数の暴力だ。
「チームの方針は多数決で決めさせてもらう」
なんて言ってみたが、初めからこうなることは想定済みだった。
俺は小さい頃から、人の心を動かすのが得意なんだ。
「大事になっても……知らないからな」
「お前、それ正気で言ってるのか?」
ピクリと目の下が引き攣ったのが自分でも分かる。
「こんな汚い手を使うことになったのは、俺と同じ練習をしておいて下手くそなお前のせいだ。責任から逃れることは、俺も、チームも許さない」
「そんな……このやり方は間違ってる!」
「うるさい。雑魚は黙ってろ」
そう言い捨て、俺はフィールドの上に立った。
遠くでストレッチをする響の姿を見た途端、背中がゾクリと寒気を覚える。
(この、俺が……恐れてる?)
プレーしてる様子は見たことあったが、実際に戦うとなると足がすくむ。
試合前の握手の時だってそうだ。アイツは俺になんて、少しの興味も持たなかった。
どこか遠くを見ている。
運が良い──そう笑ったのは試合が始まって、あまり時間が経たない時だった。
俺が、警戒していたのは響だけではない。
"盤上の支配者"が唯一背中を預ける彼の相棒も、勝つためには手を下す必要があった。それでも──
「ハハッ……病欠とは情けない」
冬美によると、数日前から夏風邪で休んでいるらしい。
聞いてもないのに探りを入れて……本当に使える女だ。
「行け!龍生!」
「ああ──当たり前だろォッ!」
ボールは俺の足から離れ、相手チームのゴールに突き刺さる。
その瞬間、チームのベンチの方から嵐のような歓声が聞こえた。
(ああ、これだ)
俺が失った──快楽。響によって奪われたこの感情が、今だけ蘇った気がした。
その後、軌道に乗ったウチのチームが、連続点を入れる。
それでも響は一切表情を変えなかった。
アイツの冷たい瞳は、俺たちの平常心を揺るがした。怯んだ暁には、ボールが奪われ、得点を入れられる。
ハーフタイムの時には、心身ともにボロボロになっていた。
「龍生……そろそろあの作戦を……」
「待って!可能なら俺たちの実力で勝つ──そう決めたじゃん!」
少数派の納得を得るための、お互いが許容できるギリギリのラインまで攻めた結果だ。
それがなければ、こうして疲労が出る前に決着をつけれたと言うのに……
(まあいいか。アイツから点を奪った時の、脳汁が出る感覚はたまらねぇからな)
試合後半はどちらも目立ったプレーを出来ずにいた。
響はやりずらいという思いが、表情に現れている。
残り時間が少なくなるにつれて、龍生が望んだ景色が近づく。
(これは勝ち確だな)
残り一分。点差は一点だが、俺を含めた全員が勝ちを確信していた。
相手チームはグダグダで、威勢が弱まっていた。一人を除いて──
「盤上の支配者──ッ!」
ボールが宙を舞う。
アイツが一番得意とする条件が揃った。
(マズい!)
「お前ら──今だ!」
俺が言うよりも先に、チームメイトは飛び出していた。
接触が増える場面を作れ──多少荒れても構わない。
相手の強大さに焦ったせいで、最悪の結末になってしまった──
ゴリッ──鈍い音が小さく響く。
相手チームの監督が怒鳴り、フェンスの外で冬美が泣いていた。
(好きでもない男の不幸に、よくもここまで泣けるな)
共犯者の恐ろしさに、思わず俺の方が驚いてしまった。
何がともあれ、試合に勝ったのは俺たちだった。
そのはずなのに、胸の奥に残った冷たさだけは、どうしても消えなかった。
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