ゆびきり
R15まではいかずとも、R14くらいは覚悟してください。
残酷な描写や百合が苦手な方、支離滅裂な文が許せない方はごめんなさい。
どうしようもない作品ですが、どうぞ読んでやってください!
あたしの首には、枷がついております。
まだ、幼いころはどうにか外そうと引っ張ったり爪を立てたりと足掻きましたが、それも今では無理だと諦め、ただ座って過ごす毎日であります。
えぇ。おとなしくしていれば衣食住をいただけるのですから、生きるのには苦労致しません。
…苦労しないとは語弊がありますか。
生きてはいられます、こう訂正いたしましょう。
あたしは遊女。男どもの欲を満たす女で御座います。
遊女と言いましても、あたしはまだ姐さん方には遠く及びませんが。それでも、上流とは言えない男の欲を吐き出させる遊女でございます。
艶やかな着物に髪を結って、白粉と紅で化粧をしてお客の相手をするのです。
なかなか辛い仕事です。毎晩誰かの相手をするのですから。わざと啼かせたのどが痛くて、反った背中が痛くて、流れた涙のせいで目の端がひりひりと痛みます。
そんな、女を売る仕事ですから当然気位の高い女やまだ乳臭い生娘なんかが嫌がって逃げ出すことなんて稀ではありません。
そう語るあたしもそんなことをした馬鹿な頃があったのですから、気持ちはわかるのですけども。
今ではあの美しい姐さんたちに尊敬と憧れを抱くようになったのですから、なかなかに馴染んでしまったのだろうと思います。
もしかしたら、たまにいるあの狂った女たちのようにあたしも狂っただけなのかもしれませんが。
遊女の檻は花街でございます。
夜は道の脇に並んだ火で橙にぼんやりと賑わっておりますが、その道を歩くのはあたしたちを買いに来る男ども。どこから沸いてくるのやら、妙に顔を歪めて歩くさまはなかなかに気味が悪い。
柵の中で手招きして客を誘って、あたしたち遊女は商売をしているのです。
あたしたちの檻は花街そのものでございますが、首にかかる枷はなんでしょう。
それは、また花街であったり女という性であったり実の親であったりと、考え方ではすべてがそうであります。ですが結局のところ、一番の枷は遊女という肩書であるのです。
だらだらと脈略のない話でありましたが、遊女という一つの女のあり方についてあたしなりの考えを言ってみたつもりでございます。
あたしは首にかかった枷を享受しながら、それでもひとつの想いを捨て切れずにおります。
今日は、そのあたしの想いを話したいと思っていたのです。
どうか、女郎と思わずに一人の女としてあたしの話を聞いていただけたら嬉しい限りです。
遊女の恋は実りません。
始めてから数えて様々な男に抱かれてきたのですから。
そんな女を受け入れようと思う一途で愚かな男は本当に少ないのです。
それ以前に、女郎になったからには花街という檻の中で商品の役目を果たさねばならないのですから、恋にうつつを抜かすような真似を上が許すわけがないのです。
ですから、あたしのこの想いもおそらく伝えることすらできずに朽ちてゆくのでしょう。
あたしの想いは少々人より特殊でありました。
あたしの想い人は、同じ遊女のりんであったからです。
りんはこの花街に口減らしで売られてきた娘です。
世辞にも美しいと言えぬなりでありましたが、顔だけ見てみればなかなかに可愛らしいつくりをしておりました。
案の定、格好と整えたりんは順調に客がつくと期待させる姿でした。洗って梳かして香油を塗られた髪はしっとりと微かに輝いていました。
りんは他の娘と同じように健気によく働きました。まだ相手をさせるには早いものですから、裏方の仕事と躾ばかりでしたが、よく動いておりました。
りんが来てしばらく経った頃、りんと同じくらいの年の同じような境遇の娘がこの花街から逃げ出しました。その娘はすでに何人かの客を取ってはいても、まだ日の浅い女郎でした。
あえなく捕まったその娘は、罰としてひどい折檻を受けました。
逃げ出すことは稀ではありません。どんなに長く遊女を務めた者でも、逃げ出すものはいるのですから。捕まったものは折檻を、あるいは遊女たちへの見せしめとして殺されます。
あたしは、捕まったりんと似たような娘を見ながら、りんはこの娘を見たらどんな表情をするのだろうと思いました。えぇ、下世話な思いですけども、この女郎になった娘を見たりんの表情を見たくなったのです。
このとき、りんに対して小さな興味が湧いたのです。
そっと視線を滑らすと、捕まった娘を見ようと集まった人の群れの中にりんをみとめました。
りんは、ひどく冷たい目でその娘を見ておりました。口を固く結んで、眉を寄せて、その女郎を睨むように見ておりました。
あたしは歪んでしまった唇を見せまいと、ゆっくりと袖を口へ運びました。
それから、騒ぎが静まったころ。姉さま方の話されている噂をふと耳にはさみました。
どうやらりんの、遊女として柵に並ぶ日取りが決まったらしいとのことでした。
あの日からあたしはりんのことを気にかけて見てきたのですが、初めて会ったときから顔をいびつに歪めたのはあのときだけ。
姐さん方の話を聞いてから、あたしはりんを探しました。
りん…。
りんは井戸を目の前に立っていました。
井戸の囲いの奥を覗くように見ているその目は、あの捕まった若い女郎を睨んだあの目とそっくりでした。
「りん、」
「お鈴姐さん」
ゆっくりとこっちに顔をあげて、りんはあたしの名を呼びました。
普段話しかけないあたしが声をかけたことに訝しげな顔を見せましたが、それも一瞬のこと。りんは躾けられたであろう微笑みを浮かべました。
「どうなすったんですか、こんなところにまで」
「手が汚れてね。ここの井戸のほうが近いもんだから」
そうですか、と嘘と気付いたように軽く返事をしてりんはここから立ち去ろうとします。
「姐さん方が話してるのを聞いたんだけど、りん。あんた、客取りの日が決まったそうじゃない」
りんは進めようとした足を止めて元の位置に下ろしました。若干うつむいた顔に、来た時よりずっと美しくなった黒髪が落ちました。
あたしは袖を少しだけあげながら井戸に近づこうと歩き出します。
「はい、おかげさんで。これも姐さん方のおかげです」
地面を見つめているだろう、りんの目はまた冷たく濁っています。
「そう。りん、あんたのためを思っていうけどね、逃げ出そうなんて思うんじゃないよ。逃げ出したあの若い女郎。名前は知らないけどね、あの子、おまえによく似た子だっただろう。顔がじゃないよ、環境とかがだよ。あの子、捕まった後にどうなったか知ってるかい。ひどい折檻を受けたんだ。仕置きだよ。鞭で叩かれて縄で吊るされて。他にはどんな目にあったかなんて、あたしの口からはとてもじゃないけど言えはしないね。りん、憶えてるかい」
とうとうあたしはりんの目の前に来ました。話している間に手を洗うなんて嘘、どうでもよくなって、あげた袖はすっかり下がってしまっていました。
「りん、憶えているかい」
「えぇ、おぼえております。どんなお仕置きを受けられたのかは知りませんでしたが。この花街から逃げ出すのはとんでもない過ちだと教えられました」
ますますりんはうつむいて、あたしからはりんの顔を窺えなくなってしまいました。
「そう。りん、おまえいつ客を取るか教えられたんだろう。怖くないのかい。逃げたいじゃないのかい。あの若い女郎のように、いつか逃げたいだなんて思ってるんじゃないのかい」
あたしの口の端がゆっくりと持ち上がっていくのが感じられました。同時に、あのとき感じた興味の芽が心の暗闇に成長してゆくのがわかります。
あたしも通った道。りんもきっと恐怖を感じて怯えている。そんなりんの目を、表情を見たくなって自分の目が暗く濁ってゆく。
「…。姐さん、わたしは逃げたいだなんて思っていません。とうちゃんやかあちゃんが、わたしを売ってもらった金をここで稼がなきゃいけないんです。…身体を売るのは怖いです。けど、とうちゃんとかあちゃんのためにも…」
あぁ、やっぱり逃げたいんだ。りんの目は下を向いててもわかるくらいにあちらこちら彷徨っている。
逃がしてあげようか。
そんな甘い言葉をかけようと、あたしは彼女の肩に手を伸ばしました。
「…。お鈴姐さんも、逃げようと思ったんですか」
ふと小さく呟かれた言葉が耳に入って、あたしの気持ちはすっと冷えた。
肩に指先が軽く触れた手をあたしは引き戻した。
「気になる?」
もう、あたしの口は歪んでいませんでした。
りんはあたしから目が見えるほどに顔をあげました。
「…、いいえ。姐さんが逃げたいのかってきくので。お鈴姐さんも逃げようと思ったんじゃないかって思いまして」
りんは、勘は人並みにあるようだったが、すこし人より鈍いようでした。
あたしはまた袖をあげなおして、りんの横を通り過ぎ井戸で手を洗いました。
井戸の水に映ったあたしの顔は影がかかって覗けません。
「姐さん、あたし怖いんです」
何かふっきれた風に、りんはあたしの背中を見ながら話し始めました。
「お鈴姐さん、わたしのとうちゃんとかあちゃんは泣きながらわたしを見送ってくれました。けど、ちょっと歩いて振り返ったらとうちゃんとかあちゃんは金の入った袋を大事そうに包んで笑ってたんです。きっともう、とうちゃんもかあちゃんもわたしのことなんて憶えてないんです。わたし、花街に来て、とうちゃんもかあちゃんもわたしの事忘れたんなら、わたしも忘れようと思って働いたんですよ。でも、やっぱり忘れられなくて…。どうしよう、とうちゃんもかあちゃんも今頃、一緒に暮らしてたら食べれなかった白飯食って、いつもみたく畑耕して…!でも、わたし、これから客とってとうちゃんたちが貰った金返さなきゃいかんのに…。こんなに怖いと思ってんのに…。とうちゃんもかあちゃんもなんにも変らんように過ごしてるだろうに…。なんでわたしだけ…」
りんはつっかえながら、涙をこぼしながらあたしの背中に言葉をぶつけ続けました。躾けられただろう言葉づかいも、途中から外れています。
「逃げたい、と思ったときに、ちょうどあの、若い姐さんが逃げ出して…。わたしも、もしかしたら、って思ってたのに…。あの姐さん、捕まっちゃって。どうしよう、やっぱり逃げられないんだって…。逃げられると思ってたわたしが、馬鹿に思えて…。あの姐さんと話したことがあって、わたしと似てるなって思ったから、余計に、憎くて、どうしようって、…。怖いのに…。あの姐さんが逃げれてたら…。とうちゃんに会いたい…。かあちゃんに会いたい…。こわいよぅ…」
りんはしゃがみこんで膝を抱えて泣きだしました。
しゃくりあげる度に細い肩がびくりと揺れます。その細い泣き声も、昼時の短い穏やかな空気に溶けていきます。
あたしは桶に水を汲んで縄を引っ張り上げました。
花街の滞った独特の風が、あたしとりんの髪を撫でで行きました。
「りん、あんた、ここから出たいのかい」
汲んだ水で手を洗いながらりんに言いました。
りんは、その言葉にびくりと身をすくませて
「ここから出たいです」
そう言って顔をあげました。
「出たいですけど、出るわけにはいきません」
冷たいけど、決意の籠ったような目をしていました。
客取りを迎える前の、ほんの一握りの肝の据わった生娘がする顔でした。
あたしは、りんの据わった顔を見て、赤くなった頬と目尻を見て、まだ生娘だったころのことをほんの少し思い返してしまいました。
あたしも、りんによく似たあの若い女郎のようにこの檻から逃げ出したことがありました。ちょうど、みっつばかり上の姐さんが逃げ出した騒ぎに乗じて逃げ出したのです。りんと同じ、客取りを近くに控えた日でした。
やはり捕まった姐さんとあたしは、何度もぶたれました。
売られた女風情が、と罵られながら。
姐さんは、他の遊女への見せしめにと殺され、あたしはひどい折檻を受けました。傷が残るようなへまを、上はしませんから今は白い肌に傷はありませんが。それでも、受けてしばらくは動くこともままならないほどでした。
あたしは、りんのように肝が据わっている、図太い神経と強い意志を持った娘ではありませんでした。
りんを初めて見たときに、捕まった若い女郎をりんに見せたいと思ったときに感じた黒い興味の芽は、あたしの生娘だったころのことを無意識に思い返してりんに重ねていたから芽吹いたのでしょうか。
「お鈴姐さん」
「りん、あんたは強いね。あたしはその怖さから逃げ出したんだよ」
「姐さん…」
「泣いたら立ちな。そろそろ迎えの道中の準備が始まるからね」
水をこぼした桶を井戸の下において、りんに背を向けて歩き出しました。
もう、りんに向けた黒く暗い狂気の芽を心中に感じることはありませんでした。あたしは秘かに自慢の白くて長い手についた水滴を払いました。
「お鈴姐さん、ありがとうございました」
このやり取りから数日後、りんは逃げ出すことなく無事に客取りを終えました。
りんは、籠の鳥になったのです。
客取りを終えて、最初に見たりんの目は、女郎としての冷たく濁った色に沈んでおりました。
遊女になって、りんはあたしのことを慕うようになりました。あたしに話しかける時ばかりは、あの生娘の時のように若く冷たく怖がるような感情を瞳の中に覗かるようでした。
今思い返せば、あたしは会ったばかりのりんに昔の自分を重ねようとしたばかりでなく、一目惚れのような感情を抱いたのだと思います。
新しい娘の名を、一度聴いただけで憶えるだなんて、普段のあたしではありえなかったことですから。
りんもあたしのことを好いてくれているようです。
色恋のことは、遊女が一番知っていますから。
あたしたちは、隠れて接吻をかわすような仲になりました。
でも、はじめに言ったように遊女の恋は実りません。
たとえその相手が、男でなく女であってもです。
心通わせ合って幾年。
駆け落ちをするものも何人かおりました。逃げ出すものも何人かおりました。
あたしもりんも立派な遊女になり、あたしはそろそろ年季を迎えます。
身請の話も来ませんし、帰る場所もありません。
身体も重くなりました。
あたしは裏の仕事にまわることになるでしょう。
そんなときに、りんに身請の話が舞い込んだのです。
りんを見初めて通っていたなかなか恰幅のいい男でした。
りんも、上が進めたなかなかに良い話だからと受けることにしたそうです。
話を聞いて、あたしは怒りはしませんでしたが、ふつふつを沸く強い執着の気持ちを抑えることができませんでした。
話を聞いたその晩、あたしは左手の小指を切り落としました。
指きりといって、相手への愛を示す行為、心中申し立てなどの意味があります。
激痛に顔を歪めて、脂汗を流しながら、部屋の端にまで飛んだ指を新しい手拭いに包んでりんの元まで急ぎました。
りんは血に濡れたあたしの姿を見て悲鳴を上げ、駆けつけました。
そして、あたしの無くなった左の小指と差し出した切り離された指を見て、泣きそうに顔を歪めながら手拭いと左の小指を受け取りました。
そこからは激痛のあまり気を失ってしまったのか、記憶がありません。
ただ、手に乗っていた小指の軽い重さが、りんの手に移ったという感触が鮮明に思い出されるばかりです。
りんはそのまま、ついにあたしと言葉を交わすことなく花街という檻から出てゆきました。
あたしの左手の小指を、りんは連れて行ってくれたのでしょうか。
これがあたしの女としての話です。
えぇ、本当の話ですよ。ほら、あたしの左手、小指がないでしょう。
すっかり皺が寄ってしまって、あのころの自慢だったような白樺の手とは言えないけど。
切ってしまった小指ももう、皺枯れて干されてしまったのかしら。
言ってはいなかったけれど、あたしは病に侵された身。
あれから十年も経ってはいないけれど、年季を迎える前に死んでしまう子も多いんだからよく持ったわねと思っています。
もう、花街という檻から出ることも叶わず、枷を外すこともなく、行方も知れなくなったりんとあたしの小指とも会うことはなくあたしは身を散らすでしょう。
あぁ、身体が重い。
最後に、あたしの話を聞いてくれてありがとう。
これが、指きりでしか愛を果たせなかった女の話です。
男の方に謝罪したいような作品でした。ほんと、ごめんなさい。
この作品を書くにあたって、若干歴史的なものでしたので、遊郭のことを調べたりするのがほんとめんど…大変でした。
指きりというのは今は約束事をするときに「ゆびきりげんまん…」と歌うほうが一般的に知られています。しかし、指きりというのは遊郭発祥の客に対する心中申し立てや愛情の表現方法として用いられているものでした。
といっても、本当に指を切るものは少なく、死んだ人や罪人の指を切るのが普通だったそうです。
上からつぶすように指を切るものですから、切った指が飛んで二階から落ちることがあったので再度切りなおすこともあったとか…。
こんな感じの指きりをネタに書きました作品です。
あとがきまで残酷でしたが、これを読んで作品を読んでいただけるとまた違った感じ方ができるのではないかと期待してます(汗
読んでいただけた方、どうもありがとうございました。




