いつの間にか繋いでる
久しぶりに帰ってきた祖父母の家で、ふと耳にした近所のできごとは、ただの世間話として聞き流すには、少しだけ嫌な感じがした。
そして私は、その気持ちに引っぱられるようにして、思い出した。
ずっと前に聞いた、忘れていたはずの話をーー
夏休みの中盤、祖父母の家に帰省していた私は、畳に背中をつけながら、なんとなく天井の木目を眺めていた。
リビングの座卓では、祖父が新聞を読んでいて、ふと、ページをめくる手を止めて言った。
「緒方さんち、亡くなってたらしいよ。家の中で」
えっ、と声が出てしまった私は顔だけ少し祖父の方に向けた。
「家の中で、ひとりで、、ってこと?」
祖父は頷いた後、声を落とした。
「それだけならまだしもね……庭から子どもの骨が出てきたんだと。五歳くらいの子の」
その瞬間、さっきまでなんとなく心地よかった夏の空気が、音もなく“湿っぽい”ものに変わった気がした。
「骨が出てきた」っていう言い方が、やけに生々しかった。
そのとき不意に、ひとつの記憶が、勝手に浮かんできた。それは、私がまだ小さかった頃、亡くなった母方の祖母によく聞かれていた言葉だ。
「あんた、お化けとか見たことある?」
そう聞かれるたび、「あるわけないじゃんー」と笑って返していたけれど、今思えばあれは確認するような口ぶりだった。私にも見えるのかどうかを。
おばあちゃんには、霊感があったらしい。
そしてその力は、祖母の娘――つまり私の母にも、少し受け継がれていたのかもしれない。
そんな話を、母が昔ぽつりと話してくれたことがある。
あれは、母がまだ小さかった頃のこと。
夜、家の近くの銭湯に行くために、おばあちゃんと手をつないで歩いていたらしい。外は街灯が少なく真っ暗になる道もあり、祖母と母は手をつないで歩いていた。
しばらく歩いていくと、大きな一軒家の前に差しかかった。
その瞬間、おばあちゃんは足を止めた、というか、止まってしまった。
「この道、なんかイヤだな」と感じたそうだ。
銭湯に行くまでの道でこんなふうに感じたことは今まで無かった。特別変な噂があるわけでもない。ただ、その家の周りだけ、空気の密度がちがっていた。
祖母は、なんとなく家を見ないようにして、そのまま通り過ぎるようにした。
しばらく歩いたあと、ふと隣を歩いていた母が口を開いた。
「さっきのお家の子、ずぅっと私の手、握ってるの」
祖母がハッとして振り向くと、母の“つないでいないはずの方”の手に、確かにーー、
細くて小さな誰かの手が、その家の方からずっと伸びているのを見た。
それを見た祖母はどうしたのか、
その後のことまでは、私はよく覚えていない。
でも、その話を聞いたのは、小学校に入ったばかりの頃で、その夜から一人でトイレに行けなくなったことだけは、いまでもはっきり覚えている。
何がいちばん怖かったのか、はっきりとは言えない。
“見える”人が本当に存在することかもしれないし、
気づかないだけで“つながってる”何かが、この世界にはあるということかもしれない。
祖母は確かに、母の手を握っていた。
けれど、母が握っていたのは――
いったい、誰の手だったんだろう。
誰かと手をつなぐという行為は、信頼や安心の象徴のように思える。
けれどそのつないでいるはずの手が、すでにこの世にいない存在だったとしたら?
きっとその瞬間、温もりは恐怖に変わる。
人の記憶は曖昧だけれど、不思議な話だけはなぜか、年を重ねるほどに輪郭を増していく気がする。
あの日のおばあちゃんとお母さんが歩いたあの夜道を、
私はいまも想像することしかできないけれど――