血と鉄と、雨の海
赤道直下の蒸し暑さが、甲板の鉄板を焼いていた。
ジョン・マクリーン大尉は、レーダー室から飛び出した通信士の声を聞くや否や、双眼鏡を構えた。午前十時、ガダルカナル島沖――日本軍の夜襲明け、空はまだ鉛色に曇っている。
「敵艦隊、南南西に出現!」
その報告を受けた艦橋には、緊張と苛立ちが渦巻いていた。彼らは三日前からこの海域で日本軍とにらみ合っていた。補給線を確保し、ヘンダーソン飛行場を守るため、空母エンタープライズ、戦艦ノースカロライナを中心とした機動部隊がここにいた。
だが、ここ数日の戦闘で味方の駆逐艦を何隻も失い、新たな敵艦の出現に、士気は確実に削がれていた。
「まただ……あの“小型戦艦”だ」
レーダー画面に映し出された艦影。それは大型艦ほどではないが、戦艦に匹敵する砲撃力を持つ、日本の奇妙な艦艇群――艦隊内で「ミニ・コンゴウ」と呼ばれる謎の艦隊だった。
彼らは夜陰に紛れて現れ、砲撃と雷撃を叩き込み、夜明けと共に姿を消す。その出没は不定で、しかも数が多い。これまでに撃沈された日本艦の中には同型艦がいくつもあったが、敵はまるで「消耗品」のように送り込んでくる。
戦艦でもない、駆逐艦でもない、だがどちらの役割も果たすこの艦の存在は、アメリカ海軍にとって想定外だった。
「エンタープライズ、航空隊発艦準備!」
艦長の命令で、艦載機が次々に甲板を離れる。艦爆部隊が敵艦に爆撃を加えるはずだが、それが確実な戦果をもたらす保証はない。
「マクリーン、味方艦の前方で撃ち合いだ。見えるか?」
通信士の指差す方向に、黒煙が立ち昇る。敵艦の主砲――36センチと思しき長砲身から火柱が上がった。海面を駆ける砲弾は、我が方の重巡「アストリア」の艦橋を直撃。艦が傾き、煙と火花をまき散らして沈んでゆく。
「くそっ、またやられた……あんな艦が、まだいたのか!」
敵艦は2隻、小型の戦艦が並んで突進してくる。その後方には、護衛の駆逐艦が3隻、そしてさらに遠方には、明らかに空母と思しき艦影。
「随伴艦か? 否、あれも攻撃に参加している……!」
マクリーンは凍りついた。随伴艦と思われた空母から発艦した艦載機が、正確無比な急降下爆撃で味方の駆逐艦「ラフェイ」を吹き飛ばしたのだ。
“砲撃と航空攻撃を同時に行う”、それは日本側の新戦術だった。
これまでの空母は戦艦と離れて行動するのが定石だった。しかし、彼らはそれを無視して、随伴空母まで戦場に送り込んでいる。艦載機の規模こそ小さいが、その機動性と密度の高さは異常だ。
「これは……何だ……? 艦隊全体が、一つの攻撃兵器になっている……」
中佐が呟いたとき、敵の高速戦艦と呼ばれる艦の1隻が旋回を始めた。火力に劣る側面を晒すはずなのに、何かが違う。続けて放たれた弾幕は、味方の航空機に命中。爆炎と共に、急降下中だった艦爆が墜落する。
「対空装備も……強化されている?」
“質より量”の軍隊だと思っていた日本海軍が、ここにきて質でも追いついてきたのか――否、それ以上かもしれない。艦隊戦術が、変わっている。
エンタープライズの甲板に、艦長が駆け戻ってくる。
「ノースカロライナが被弾、舵故障! 一時撤退する!」
「なんてこった……」
目の前で、最新鋭の戦艦がその機動力を奪われ、のろのろと北上し始めた。その側面には、敵艦から放たれた榴弾が雨のように降り注ぐ。
「ノースカロライナが撃沈されるぞ!」
だがその時、米軍の爆撃機が敵空母の1隻に命中、炎が上がった。
「やったか?」
マクリーンの希望は一瞬で打ち砕かれた。炎上するもなお速度を保ち、航空機の発艦を止めない敵空母。まるで使い捨ての部品で構成された、恐るべき量産兵器。
「我々は……“兵器の艦隊”と戦っているのか?」
その日は、ガダルカナル沖の海が赤く染まった。
味方は駆逐艦4隻、重巡1隻、戦艦1隻を喪失。敵は小型戦艦と空母の複合艦隊――少なくとも3隻を撃沈したとされるが、実際にはそれ以上の同型艦が翌日、また出現した。
量産という言葉が、ここまでの恐怖をもたらすとは――それは、大戦の後半に至るまで、連合国に暗い影を落とし続けることになるのだった。