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奇襲

 廊下は不気味なくらいに静まり返っていた。辺りは暗く、もし月明かりがなければ歩くこともままならなかったろう。廊下の先では、非常口の緑の表示が明るい光を放っている。

「まずはアイテムボックスを探すぞ」

 東城先生はそう言って、隣の五組の教室の扉を開けた。当然明かりは点いていない。

「電気、点けますか?」

「馬鹿か。そんなことをしたら、生徒どもに居場所がバレちまうだろうが」

 アイテムボックスを探すと言うから、将人としては気を利かせたつもりだったのだが、東城先生に一蹴されてしまう。

「そもそもアイテムボックスって、どんな形なんですか?」

 掃除用具入れを開けて調べていた東城先生は、目当ての物が見つからなかったのか、「ねえな」と呟いて扉を閉めると、

「お前、名前は?」

「え、稲村ですけど」

「稲村はゲームしたことないのか?」

 ……どうやら東城先生は、将人の名前を覚えていなかったらしい。同じ二年生のクラス担任で、学年別の会議などで顔を合わせる機会も多かったと思うのだが……。そう言えば、さっき六組の教室で話していたとき、新島先生のことも「お前」呼ばわりしていた。ひょっとすると、東城先生は人の名前を覚えるのが得意じゃないのかもしれない。……東城先生の振る舞いを見ていると、単に面倒だから覚えていない、というのが最もあり得そうな話ではあるが。

「ゲームですか。スマホで流行りの無料ゲームくらいなら、時々しますけど」

「だったら知ってるだろ。アイテムボックスがどんなのかくらい」

「……四角い宝箱、みたいな感じですか?」

「やっぱり知ってるじゃねえか」

 正解だったらしい。

 大きさを尋ねると、

「大きさはまちまちだな。小さいと一辺三十センチくらいか。入ってる武器の大きさ次第だ」

 どうやらそれほど小さな物ではないらしい。であれば、細かいところまで探さなくてもいいだろう。

 将人も目についたところを探してみる。新島先生も将人たちの様子を見て、教室の中を探し始めたようだ。

 五分ほど経ったところで、東城先生が「あったか?」と訊いてくる。

 将人たちは首を横に振った。

「じゃあ次だ」

 五組の教室を出て、隣の四組の教室に入った。

 同じように探したが、これまたアイテムボックスは見つからなかった。

 デスゲームやアイテムボックスなどの話は、嘘だったのだろうか……。

 疑いを持ちつつも三組の教室を探していると、「あったぞ」という東城先生の声が聞こえた。

「本当ですか!?」

 将人は驚きを隠せず、東城先生がいる教卓の下へと足早に向かった。

「これが、アイテムボックス……」

 いかにも将人が思い描いていたような四角いアイテムボックスが、教卓の下に置かれていた。大きさは一辺四十センチくらいだろうか。

 東城先生は躊躇いなく蓋を開けた。

「これは……?」

 入っていたのは、白く細長い棒のようなものだった。先端が鋭く尖っている。

「アイスピックだな。刺殺にはもってこいの武器だ。強さ的には、中の下くらいだが」

 東城先生が淡々とした口調で答える。

 刺殺……。デスゲームの存在が間近に感じられ、将人はごくりと唾をのんだ。

「欲しいならやるぞ」

 アイスピックを手に取った東城先生が、将人と新島先生に「要るか?」と訊いてくる。

 将人たちは首を横に振った。

「だったらこいつはあたしがもらっとく。――次の部屋に行くぞ。武器は最低でも三人分必要だろ」

 将人たちは続いて二組、一組と教室を探した。

 一組では、再びアイテムボックスを発見することができた。今度は掃除用具入れの中に入っていた。大きさは先ほどよりも一回り小さく、三十センチ弱といったところだろうか。

「――これは間違いなく最強クラスの武器だな」

 中を見た東城先生はにやりと笑って、それを取り出した。

 月の光を反射して、黒く光っている。武器には疎い将人でも、それが何かは知っていた。

「……拳銃」

「ワルサーPPK。正確には小型セミオートマチック拳銃だな」

 東城先生は手でくるくると拳銃を器用に回して、感触を確かめるようにした後、

「要るか? 拳銃を使い慣れてない奴にはおすすめしないが――」

 東城先生が言い終わらないうちに、新島先生がひったくるようにして拳銃を取った。

「わ、私がもらいます!」

 新島先生が将人のほうへと目を向ける。その目は、欲しいと言われても絶対に渡さない、という強い意思が宿っているように見えた。強い武器を持っていないと不安なのだろう。

「……構いませんよ。俺は別の武器を探しますから」

 元から拳銃なんて物騒な物が欲しいとは思っていなかった。

 しかし、まさか拳銃まで用意されているとは……。

 現代日本において、一般人が拳銃を所持するのは違法である。自分が経営する学校に拳銃を置いておくなど、公になったら間違いなく理事長の首は飛ぶ。そこまでして、理事長は将人たちに殺し合いをさせたいらしい。思考が狂っているとしか言いようがない。

 いよいよ、デスゲームという言葉が現実味を帯びてきたわけだ。

 一組の教室に、他にアイテムボックスがないことを確かめた将人たちは、廊下に出た。

「次はどこに行くんですか?」

 前を歩く東城先生に小声で尋ねる。

「お前の分の武器を探す必要があるが――まあ、そろそろ遭遇する頃だよな」

 ちょうど二階の渡り廊下を歩いていると、前から人影が近づいてきた。

「こんばんは、先生方」

 スカートの裾を両手で軽くつまみ上げ、礼儀正しく一礼する彼女は、(ひいらぎ)由香(ゆか)。二年六組の生徒である。

「ひ、柊さん。ど、どうしてこんな夜中に学校に? は、早く帰ったほうがいいですよ」

 六組の担任である新島先生が言う。彼女は握りしめていた拳銃を背中に隠した。その手は震えていた。デスゲームが嘘であってほしいと、未だに願っているのかもしれない。

 柊はくすりと笑うと、口元を手で隠して、

「すみません。少し笑ってしまいました。新島先生があまりにもおかしなことを言うものですから」

 六組の授業をしているときの柊に対する印象は、礼儀正しく落ち着き払っている女の子、というものだった。今の柊の印象と何ら違いはなかった。

 けれど、だからこそ将人は恐ろしさを感じた。

 真夜中の校舎にいるという異常事態。にもかかわらず、柊はそれを当然のものとして受け入れているように見えた。

「な、何か先生はおかしなことを言いましたか、柊さん」

 新島先生は必死に対話を試みようとしているようだ。

「だって新島先生。もうすでにこのゲームのことはご存じなのでしょう?」

「げ、ゲーム? な、何のことですか。先生にはさっぱり分かりません」

「嘘はいけませんよ、新島先生」

「う、嘘じゃありませんよ」

「でしたら、背中に隠したものを見せてもらえますか?」

 新島先生がぎくりと体を震わせる。

「どうしましたか、先生。見せてくださらないのですか?」

 月明かりに照らされた柊の顔には、変わらず微笑が貼りついている。

 新島先生はどうするつもりなのか――将人が固唾をのんで見守っていると、

「う、動かないでください!」

 なんといきなり銃口を柊に向けた。

「新島先生!?」

 拳銃を構えるのはやりすぎだと思ったのだ。柊が敵意を向けてきたならともかく、彼女はまだ何もしてきていない。柊の両手は空いていて、武器を所持しているようにも見えない。

「ち、近寄らないでください!」

 新島先生は、将人や東城先生にも銃口を向ける。

「おっと、撃たないでくれよ」

 東城先生は両手を上げて、渡り廊下の端に寄った。将人も慌てて彼女にならい。新島先生から距離を取った。

 新島先生は再び柊に拳銃を向けた。

「し、死になくなかったら、ここから立ち去りなさい!」

「あらまあ新島先生。生徒に拳銃を向けるなんて、悪い先生ですね」

 銃口を向けられても、柊の笑みが消えることはなかった。

 この状況でどうして柊は落ち着いていられるんだ?

 将人は不思議に思わずにはいられなかった。

 もしかして、背中に強力な武器を隠しているとか?

 将人が柊を注意深く観察していると、視線に気づいた柊が恥ずかしげに言う。

「稲村先生。そんなに見つめられると、子どもができてしまいます」

 将人は慌てて目を逸らした。

 柊がくすりと笑う。からかわれていたのだと分かり、将人は顔が熱くなる。

 隣にいた東城先生が「馬鹿が」と小声で言うのが聞こえた。

「ひ、柊さん! わ、私は本気ですよ! 今すぐ立ち去らないのなら、撃ち殺します!」

 そう言う新島先生の手は震えていた。照準も定まっていない。あの状態で撃っても、まず当たらないだろう。

 それが分かっているのか、柊も立ち去ろうとする気配はない。

「新島先生。質問があるのですが、よろしいでしょうか」

 まるで授業中であるかのように、柊が言う。

 新島先生も戸惑いを隠せない様子だったが、

「……な、何ですか」

「新島先生は、どうして先生として働こうと思われたのですか」

 この質問に何の意味があるのだろう。将人は内心で首を傾げつつ、二人のやり取りを見守る。

「ひ、人に教えるのが好きだから、ですけど……」

「なるほど。素晴らしい理由ですね。人に教えるのが好き――新島先生にとって、この学園での時間は、さぞ充実した時間なのでしょうね」

 柊は相変わらず微笑を浮かべている。

「そんな新島先生にとって、このデスゲーム――師徒ゲームはどのように映るのでしょうか。よければ教えていただけませんか」

「ど、どうって……?」

「理不尽だと感じますか。それとも、私の教師生活はこんなはずじゃなかったと、絶望していらっしゃいますか。あるいは――」

 柊の声が一変して、冷たいものになる。

「生徒に殺される痛みを教えてあげる好機だと、そんな風に考えておられるとか?」

「ば、馬鹿なことを言わないでください!」

 新島先生は拳銃を柊に向けながら叫んだ。

 依然として銃口は震えている。

 柊はしばらく新島先生を見つめた後、纏っていた冷たい空気感を霧散させた。

「そろそろ新島先生とおしゃべりするのも飽きてきましたね。終わりにしましょうか」

 柊がそう言った直後、ブンッと空気を重く裂くような音がした。音の出所は、将人たちがやってきた教室棟のほうからである。

 渡り廊下の教室棟側の扉へと目を向ける。

 すると、ものすごい速さで何かが飛んできていた。

 それは、渡り廊下の端に寄っていた将人と東城先生の目の前を通り過ぎ――、

「――ぐっ!」

 新島先生の体を、背から腹へと貫いた。

「……が、あ……」

 新島先生が崩れ落ちる。

「に、新島先生!」

 将人は慌てて駆け寄った。

 新島先生はすでに息を引き取っていた。

 彼女の体を貫いていたのは、槍だった。長さは一メートルほど。

「ナーイス・スロー!」

 槍が飛んできたほうから、快活な声がした。

 目を向けると、一人の少女が立っていた。

春日井(かすがい)、さん……」

 春日井ほのか。

 二年二組の生徒で、陸上部所属。健康的な小麦色の肌をした運動神経抜群の女の子で、槍投げで全国大会に出たこともある人物だった。彼女であれば、槍で新島先生を貫くなど、技術的には朝飯前だったに違いない。

 そう、あくまで技術的には、だ。

 いくら槍を上手く投げられたとしても、それで人を貫くなど、普通は忌避感が先立つに違いない。にもかかわらず、春日井は――、

「流石、ウチ! 一撃必殺だね!」

 躊躇いなく槍を投げた風に見える。

「春日井さん、お見事です」

 柊が笑顔で拍手している。彼女はおそらく将人たちの目を引き付ける囮役だったのだろう。

 おかしい……おかしいだろ。

 柊や春日井は、どうしてそんな風に平然としていられるんだ。

 教師が一人、目の前で死んだんだぞ。しかも、自分たちの手で殺して……。

「稲村、逃げるぞ」

 東城先生がそう言った。その手には新島先生の死体から回収した拳銃が握られている。

「え?」

 逃げるって言ったって、渡り廊下の両端にはそれぞれ春日井と柊が立っている。逃げ道はどこにもなかった。

「何してる。さっさと行くぞ」

 東城先生に手をぐいと掴まれ、走り出す。

「うお! こっちきた!」

 走る先は、やってきた教室棟のほう――春日井がいるほうだ。彼女は驚きの声を上げた。

 東城先生は拳銃を構えると、躊躇いなく発砲した。

「――うわっ!」

 春日井は素早く物陰に身を隠して、銃弾を躱した。

「逃がしませんよ」

 背後からの声に振り返れば、柊が背中に手を回し、何やら手のひらサイズの物を取り出していた。

 ――あれは、手裏剣?

「チッ! やっぱり武器を隠し持ってやがったか」

 東城先生が舌打ちする。

 柊は幾枚もの手裏剣を投擲する。

 手裏剣は一直線に将人たちのほうへ向かってくる。

「稲村! このまま突っ切るぞ!」

 将人は必死に足を動かして、渡り廊下を渡ってすぐ横にある階段へと、進行方向を切り替える。

 手裏剣が、将人たちのすぐ背後を通り過ぎていった。

 あと一秒でも進路を変えるのが遅かったら、手裏剣で全身血塗れになっていただろう。

「うおー。やばいやばい。撤退撤退」

 近くにいた春日井は、脱兎のごとく階段を上り、三階へと姿を消した。

「追わないんですか?」

「深追いは危険だ。今度は春日井が囮で、追いかけた先で他の生徒の襲撃に遭うかもしれないだろ」

 東城先生は一階へと続く階段に足をかけると、

「まずは身を隠すぞ。今の戦闘で、他の生徒たちにも居場所がバレちまったかもしれねえ。こういうのは本来姿を隠しておいて、不意打ちするのが一番いいんだ。真正面からの殺し合いは、負けるリスクが高くなるからな」

 不意打ち――まさに先ほど春日井が新島先生を背後から槍で貫いたようなやり方を指すのだろう。

 将人は東城先生の後に続いて、一階へと下りた。

「……誰もいねえみたいだな」

 手近にあった三年一組の教室に入る。

「そういえば、どうしてどの教室も鍵が開いているんですか。下校時はどの部屋も戸締りしますよね」

「このデスゲームのために開けたに決まってるだろ。実習棟の部屋も全部開いてるはずだ」

「理事長が一人で、全部の部屋の鍵を開けたって言うんですか? すごく時間かかりますよね」

「はあ? んなわけねえだろ。グルの先生がいるんだ。教頭とかな」

「教頭がグル!?」

 そう言えば。将人を理事長室に呼び出したのは教頭だった。

「他にも何人かいそうだけどな。理事長室で意識を失ったあたしたちを二年六組の教室に運ぶのは、二人だけでやろうとすると大変だろうし」

 デスゲームに加担している教師が何人もいるのか。

 なんて学校に赴任してしまったんだ。

 将人は己の境遇を嘆いた。将人が絹白学園を選んだのは、給与待遇が抜群によかったからだ。ひょっとして何か裏があるのでは、と疑いもしたが、隣の家の唯菜が通っている学校だということもあって、それほど深く考えることはなかった。

 唯菜はこのデスゲームのことを知っているのだろうか?

「東城先生」

 この部屋にもアイテムボックスがないか探していたのだろう。後ろの生徒用ロッカーの下段を、四つん這いになって覗き込んでいた東城先生が振り返る。

「ああ? 何だ」

「デスゲームのことって、その、どれくらいの数の生徒が知ってるんですか?」

「全員だ」

 即答だった。

「……全員?」

 驚きでぽかんと口を開けている将人に、東城先生は淡々とした口調で告げる。

「入学後に一年生は体育館に集められて、理事長のありがたいスピーチを頂戴する時間がある。他の先生や保護者はもちろん抜きでな。そのときにデスゲームのことが知らされるらしい」

「らしいって……」

「スピーチの内容は他言無用で、あたしも直接聞いたわけじゃないからな。断片的に耳に入ってきた情報を繋ぎ合わせて導き出した結果だ。古参の鏑谷も同じ考えだったからな。十中八九間違いねえよ」

「で、でも、そんな話を聞いたら、警察に連絡しようとする生徒も出てくるんじゃ――」

「脅されているんだろうな。たとえばこういうのはどうだ。もし警察にバラしたら、家族を皆殺しにする、とかな。本当にそんなことができるのか、疑う生徒もいるだろうが、家族が皆殺しにされる可能性が少しでもある以上、一年生もまずは様子を見ようって考えるだろ。上級生から情報を集めたりしてな。おそらくその中で、デスゲームが本当に行われていることや、理事長の異常性を耳にしていく。警察に通報したら、本当に家族が殺されるかもしれない――そう確信したら、もう生徒は抗えないだろ」

「それは……そうかもしれません」

 だけど、それでも一か八か通報しようとする生徒もいるんじゃないだろうか。

 そんな将人の考えを見て取ったのか、東城先生が言う。

「一クラス四十人。一回のデスゲームで選ばれる生徒はそのうちの一人。卒業までに計十二回のデスゲームが行われるから、参加することになるのは十二人――全体の三割だ。残り七割はデスゲームを経験せずに卒業できる。そう考えると、デスゲームに参加しないで済む可能性も十分にあるわけだ。そうやって己の不遇を誤魔化して、三年間をやり過ごそうとする生徒もいるだろうさ。何といっても絹白学園は全国的に有名なお嬢様学校だ。卒業できれば、華々しい未来が確約されると言っても過言じゃない」

 絹白学園は歴史あるお嬢様学校で、卒業生たちの活躍ぶりは全国屈指である。絹白学園の名前を出すだけで採用通知を出す企業が腐るほどあると聞く。

「まあ、そんな風にして三年間を無為にやり過ごそうとする生徒は少ないだろうがな」

「どうしてそう思うんですか?」

「さっきの奴らを見ただろ。柊と春日井――二人ともあたしたちを殺す気満々だった。新島もあっけなく殺してたしな。あたしがこれまでに参加してきたデスゲームでも、全員が本気で殺し合いを挑んできたぜ。泣いて無抵抗だった奴なんて、一人もいなかった」

「そんな、まさか……」

 信じられない気持ちでいっぱいだった。

「だって、年端もいかない女子高生ですよ。人殺しなんて、そう簡単に受け入れられるはずがありません!」

 将人は唯菜の顔を思い浮かべながら叫んだ。ひょっとしたら彼女も、これから卒業までの間の二年間で、デスゲームに参加することがあるかもしれない。唯菜が躊躇いなく人殺しをするところなんて、想像すらしたくない。

「まあまあ落ち着けって。ここにいることが生徒たちにバレるだろ」

「……すみません」

「そりゃ生徒たちも、デスゲームの話を聞いてすぐは、上の空だっただろうさ。人殺しなんて自分にできるはずがない――そう考える生徒が大半だったはずだ。だけど、この絹白学園には、過去にデスゲームを経験し、生き残った上級生たちがいる。デスゲームについては他言無用ってことだが、学園内の生徒同士での情報交換は禁止されていないからな。おそらくその経験者たちからこう言われてるんだろう――生き残って卒業したいなら必死に強くなれ、とな」

 東城先生はアイテムボックス探しを再開しながら、話を続けた。

「デスゲームがいつから行われているのかは知らないが、今の学園ではデスゲームのために強くなるのが生徒たちの間ではスタンダードになってるんだろうな。生き残るためには人を殺せる力が必要で、そのために鍛錬を積めってな。現に、今の絹白学園には運動部しか存在していない。誰も文化部に入らないからだ。みんな部活で体を鍛えているのさ。万が一にもデスゲームに参加することを見越してな」

 絹白学園には文化部が一つも存在しない。それは事実だった。

「さっきの攻撃も見ただろ。陸上部で槍投げの実力者である春日井だからこその必殺技だ」

「……俺のことは名前すら覚えていなかったのに、生徒のことはよく覚えてるんですね」

 嫌味のつもりだった。八つ当たりであることは承知していたけれど、そうでもしてこの鬱憤とした気持ちをどこかにぶつけないと、やっていられなかったのだ。

「当たり前だろ。敵の情報はちゃんと集めておかねえとな。生死に関わる」

 けれど、将人の嫌味はあっけなく受け流された。

 思わずイラっとして、将人は厳しい口調で言う。

「生徒が警察に通報しない理由は分かりました。だけど、先生はどうなんですか? こんな理不尽なデスゲームを受け入れてるんですか? 生徒を育てるはずの教師が、生徒の命を奪うなんて、どう考えてもおかしいじゃないですか! 教師失格ですよ、そんなの! 警察に通報しようと――何か行動を起こそうとは思わなかったんですか!」

 熱くなる将人とは対照的に、東城先生の態度は冷めたものだった。

「だから、うるさいって言ってるだろ」

 東城先生は耳を手で押さえる仕草をして、

「あたしだって、通報できるものならしたさ。だけど、考えてみろよ。あたしたち教師がデスゲームのことを初めて知るのは、こうしてデスゲームに参加したときだ。生徒たちみたいに、事前に教えられるわけじゃねえ。気づいたときにはすでに渦中ってわけだ」

 東城先生は肩をすくめ、話を続けた。

「さっきは話さなかったが、このデスゲームで教師が生き残るには、生徒を全滅させる他に、もう一つ条件がある」

「……条件?」

「最低一人以上の生徒を殺さなければならないって条件だ。たとえばあたしがこれから六人の生徒全員を殺したとしよう。その場合、稲村――お前の首輪はタイムリミットの朝六時が来た時点で爆発する。お前は生き残れないってわけだ」

「それが……通報しないことと何の関係があるんですか?」

「ここまで言っても分からねえのか。つまりだな、お前がデスゲームを生き残って警察に通報しようと思ったときには、すでにお前は最低一人の生徒を手にかけてるってことだ。お前は殺人の罪を犯してもなお、通報できるのか? お前は人殺しだぜ。しかも教師が生徒を殺してるわけだ。反道徳的であることこの上ない。刑務所にぶち込まれることは確実だ。それでもお前は通報すると?」

「それは……」

 恥ずかしいことに、将人は「通報する」と即答できなかった。

 自己保身を考えてしまったのだ。

「そういうことだ」

 東城先生は将人の顔を見て、内心を読み取ったようだった。

 それからもしばらくアイテムボックス探しを続けていた彼女だったが、

「ここにはなさそうだな」

 そう言って教室の壁に背を預ける。

「――そうだ。稲村は銃、使えるか?」

「……使えませんけど」

 使えるわけがない。

「そうか。だったら――ほらよ」

 東城先生は床を滑らせて、アイスピックを寄越してきた。アイスピックは机や椅子の脚を上手く避けて、将人の靴の先にカツンと当たる。

「取り敢えず今はそれ持っとけよ。何もないよりかはマシだろ。次にアイテムボックスを見つけて、もっといい武器が入ってたら、それに交換すればいい」

 白く細長いアイスピックが足元に転がっている。

 将人はそれに目を落としながら答えた。

「要りません」

「……正気か?」

「はい」

 ここで武器を手に取ったら、生徒を殺すのを肯定していることになる気がした。

 意固地になっているのは分かっている。

 それでも――。

「まあ、お前の勝手だけどよ」

 東城先生は将人の目の前までやってきて、アイスピックを拾い上げると、腰に差す。

「足手纏いは御免だぜ」

「……だったら、俺のことなんて放っておいて、先に行けばいいじゃないですか。そもそも東城先生は、どうして俺や新島先生を連れていこうと思ったんですか。俺たちを弾避けにでもするつもりだったんですか?」

 最低なことを言っているという自覚はあった。だけど、次から次へと湧きだしてくる醜い言葉を抑えることができなかった。

 将人の不快な発言に、東城先生は眉一つ動かさずに答える。

「そんなつもりはねえよ。単に人数が多いほうが戦略の幅も広がる。そう思っただけだ」

 将人は首を横に振って、

「……すみません。言葉が過ぎました」

「いいってことだ。誰でも最初は戸惑う。あたしも初回のデスゲームは、なかなかに酷かったからな。生き残れたのは運がよかったとしかいいようがない」

「東城先生が、ですか?」

「何だ、その驚きようは」

「いやだって、今の東城先生を見ると……」

「想像もできないってか?」

「……はい」

 東城先生は笑って、

「初回のデスゲームを生き残った後、死に物狂いで生き残る術を学んだからな。体を鍛えることはもちろん、武器の知識や戦闘の基本的な考え方も頭に叩き込んだ」

「逃げようとは思わなかったんですか。この学園の教師を辞めるって選択肢もありましたよね?」

 東城先生は首を横に振った。

「おそらく辞めようとしたら、何かしらの方法で消されていただろうな。交通事故に見せかけて殺すとかして。そうでなくとも、脅すくらいのことはしてきただろう。デスゲームのことを公にしたら、お前が生徒を殺したことを公表するぞ、とでも言ってな」

「そんな……」

「デスゲームに一度参加してしまった以上、逃げ道はないと考えたほうがいい。逃げ道を探すよりも、生き残る術を必死になって身に着けるべきだ。デスゲームが行われることを除けば、この学園は至って普通だ。むしろ待遇は良いと言うべきか。給与もエリートサラリーマンに匹敵するほどもらえるし、残業も極めて少ない。稲村も、それらに釣られて採用試験を受けた口だろ?」

「ええ、まあ」

「この学園を選んだことを後悔するよりも、選択した中でどうやって生きていくのか――それを考えるのが賢明だろうな。ま、最終的に決めるのは稲村だ。あたしの意見は参考程度に思ってくれればいいさ」

 東城先生が将人のためを思って言ってくれているのが伝わってきた。

「で、どうする? やっぱり武器は要らないのか?」

 さっきまで彼女に対して酷い言葉をぶつけていた自分が恥ずかしかった。

「……要ります」

 あくまでも護身用だ。生徒を傷つけるつもりはない。

 己の胸にそう言い聞かせながら、将人はアイスピックを受け取った。

 だけど、自分の身を守るということは、生徒たちを死に近づけるということだ。

 生徒が生き残るには、教師を全滅させるしかないのだから。

 そのことはもちろん分かっていたけれど、将人にも人並みに生存欲求がある。生徒たちに進んで命を差し出そうとは思えなかった。

「行くか」

 もやもやとした気持ちを抱えつつ、東城先生の後に続いて教室を出た。


 残り――教師三人、生徒六人。


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