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理事長

 帰りのホームルームを終えて、将人は職員室で雑務をこなしていた。今日は金曜なので、明日から休みだ。切りのいいところまで仕事を終わらせておこうと気合いを入れていると、教頭がやってきた。

「稲村先生。今よろしいですか。理事長がお呼びです」

 職員室全体が、一瞬ざわっとした。

 理事長に呼び出されるのは、それほど珍しいことなのだろうか。 

 将人が周りの先生たちへ目を向けると、彼らは何事もなかったかのように一様に机に向かっている。

 ……気のせいか?

「分かりました。教頭先生」

 将人は教頭に連れられて、理事長室へと向かった。

 教頭が扉をノックする。

 ……中から返事はなかったが、教頭は構うことなく扉を開けた。

 教頭は開けた扉を手で押さえて、将人を室内へと促す。

 将人が理事長室に入ると、

「では。私はこれで」

 と言って、教頭は一礼し、理事長室を去っていった。

 部屋には、将人と理事長の二人だけになる。

「死ね死ね死ね――」

 理事長はぶつぶつと言いながら、大型テレビに目を向けている。ちょうど将人に背を向ける形である。顔は見えないが、手元が小刻みに動いているのが分かる。ゲーム機のコントローラを握っているのだ。

 そう、理事長はゲームをしていた。先ほど教頭が扉をノックしても返事がなかったのは、理事長がゲームに没頭していたためだった。

 テレビ画面を見れば、どうやら迫りくるゾンビを銃で撃ち殺す――いわゆるFPSファーストパーソン・シューティングゲームをしているようだ。

「……あの、理事長? 用件とは何でしょうか?」

 将人がおずおずと言った風に尋ねると、

「ああ、稲村先生――」

 理事長は将人のほうを一瞥もせず、ゲームをプレイしながら話し出す。彼の声は少しこもっているように聞こえた。マスクでも着けているのだろうか。

 理事長の態度に、将人は内心で呆れていた。実を言うと、将人は赴任した直後の挨拶で理事長室を訪ねており、理事長と会うのは、これが二度目だ。以前も同様にゲームをしながら話しかけられた。そのときは内心「人と話をしているときにゲームをするなど、なんて失礼なんだ!」と怒り心頭に発したが、二度目ともなると、怒りを通り越して呆れが強かった。他の教師から「理事長はいつもそうだ」と聞いたので尚更である。

「教師の仕事を始めて一か月。仕事にも慣れてきましたか?」

「……ええ、まあ」

 理事長が他人のことを気にかけるとは――将人は意外に思った。理事長は自分本位な人だと勝手に思っていた。

「悩みなどはありませんか?」

「はい、特には。他の先生方はいつも色々と助けてくださいますし、クラスの生徒たちも真面目でいい子ばかりなので」

「真面目でいい子、ですか」

「……何か、気になることでも?」

 理事長の言い方に含みがあるように聞こえ、そう尋ねた。

「いえ、何でもないですよ。教師生活が上手くいっているようなら何よりです」

 理事長は将人の質問には答えず、告げる。

 相変わらず将人に背を向けているので、顔は見えない。声もくぐもったままだ。

 カチリ、と、理事長のいるほうから何かスイッチが押されたような音がした。

「…………あれ……?」

 将人はなぜか急激な眠気に襲われ、目の前にあったソファの背に思わず手をついた。

 必死に体を支えようとするが、うまく力が入らない。睡魔にも抗えなくなってくる。

 将人はカーペットに膝をついた。

 意識を失う直前、理事長が初めて将人のほうへ顔を向けた。

「せいぜい楽しませてくださいね」

 ――彼の顔には、いかつい防毒マスクが着けられていた。

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