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最終決戦

「――堂――稲村――稲村!」

 将人はハッとして顔を上げた。どうやら知らないうちに眠ってしまっていたらしい。

「時間になったら起こすって言っときながら寝るなんて、いい度胸してるじゃねえか」

「……すみません」

 寝起きで頭がぼんやりとしている。

 顔を上げると、立って壁に背を預けている東城先生がいた。

「立って大丈夫なんですか?」

「ああ。だいぶ回復した。これなら十分戦える」

 東城先生は不敵に笑う。確かに、笑う表情に余裕が感じられた。

 掛け時計を見れば、時刻はちょうど五時を指していた。

 将人が席を立ったところで、東城先生が言った。

「稲村。部屋の電気を点けろ」

「え?」

「ちまちま歩いて白川たちを捜すのも面倒だろ。あっちから来てもらおうぜ」

 なるほどな。

 意図を理解した将人は、三組の教室の明かりを点けた。

「他の一組から六組の電気も点けてきてくれ。そのほうが目立つだろ」

 言われるままに将人は教室を出て、一組から六組の照明を点けて回った。教室から漏れる光で、廊下がだいぶ明るくなる。

「――照明、点け終わりました」

「よし。廊下に出るぞ」

 将人たちは廊下に立って、唯菜たちがやってくるのを待つ。

「廊下の電気も点けたほうがいいですか?」

「いや。そこまではいい。さすがに三階全部の教室の電気が点いてたら、あっちも気づくだろ」

「……来てくれますかね?」

「ああ。間違いなくな。向こうだって首輪がドカンで死ぬのは御免だろうからな」

「罠だと思って、警戒して来ないかもしれませんよ」

「それでもだ。たとえ罠があろうが、あいつらは来るしかねえ。来て、あたしたちを殺さないと、生き残れないんだからな。――なんだ稲村、まだ白川と戦う覚悟ができてねえのか」

 将人は、躊躇いつつも首肯した。

「優柔不断は損するぜ。だがまあ、少し話すくらいなら許してやるって、さっき言っちまったからな。せいぜい話し合って未練が残らないようにすることだ」

「……はい」

 話をしたくらいで未練がなくなるとは思えなかったが、頷くしかなかった。

「――来たみたいだぜ」

 廊下の先から、唯菜と常夏が現れた。

 常夏は右手に拳銃を持っていた。

 だけど、唯菜の両手は空っぽだ。戦う意思がないことを示しているように思えて、将人は何だが嬉しくなった。

 二人は、将人たちから二十メートルほどの距離を開けて立ち止まった。

 東城先生が二人に声を飛ばす。

「おっと、わざわざ来てくれたのか、お前ら。あたしたちもこれからお前らを捜しに行こうと思ってたんだが、手間が省けたな」

「これほどあからさまに私たちを呼び出しておいて、知れっと嘘をつくのはやめてもらえますか、東城先生。私たちを捜すつもりなど微塵もなかったでしょう」

「ありゃー、バレちまったか。悪いな、嘘ついちまって」

 全く悪いと思っていない素振りで、東城先生は言った。

 東城先生の言葉は信用ならない、と言っていた常夏の気持ちが分かった気がした。

「……これだから、東城先生は」

 常夏は懸命に怒りを堪えているようだった。

 常夏は、ふぅと一つ息を吐くと、将人のほうへ目を向けた

「戦う前に、少しいいですか?」

「何だ」

「……東城先生、私は稲村先生に話しかけているんです。先生は黙っていてください」

「手厳しいねえ」

 東城先生は肩をすくめる。その顔はにやにやと笑っていた。

 この人、さっき、わざと返事したでしょ……。

 根はいい人なんだろうけど、こういうことをするから、生徒から信頼されないんだろうな。

「なんだ稲村。何か言いたいことでもあるのか」

「……いや、何でもないです」

 妙に鋭い。

「稲村先生」

 常夏に呼ばれ、彼女のほうを見た。

「えーっと、何かな、常夏さん」

 彼女と面と向かって話すのは、これが初めてだった。彼女のクラスの授業をする機会は何度もあったけれど、彼女が他の生徒たちのように授業後に質問してきたことは、一度もなかった。

 常夏は鋭い目つきを浮かべている。まるで将人のことを睨むように。

「唯菜のことをどう思っていますか?」

「……え?」

 一瞬、何を訊かれたのか分からなかった。

 唯菜のことをどう思っているか、だって?

 何だ、その質問は。

「ちょ、ちょっとかえで。な、何言ってるの!?」

 唯菜が顔を真っ赤にして慌てている。 

 唯菜の態度を見ると、いかにも恋愛チックな問いであるかのように思えるが、まさかそんなはずはないだろう。質問者はクラス委員長の中でも特に真面目と名高い常夏であり、さらに今はデスゲーム――殺し合いを課されている最中なのだから。

 将人は、常夏の質問を額面通りに解釈することにした。

「唯菜とは幼い頃からの付き合いで、大切に思ってる」

「唯菜と対話する意思はありますか?」

 常夏が何を聞きたがっているのか理解できなかった。

「どういう意味かな?」

「そのままの意味です。稲村先生が唯菜と話をしたいと思っているのか、それを知りたいんです。このデスゲームの決着をつける前に、唯菜は稲村先生と話をしたいと言っています。けれど、あなたにもその意思があるのか分からない。もし唯菜と話をするつもりがなく、ただ殺し合いだけを望んでいるというのなら、私はあなたに唯菜を預けるわけにはいきません。だからこうしてあなたの意思を確かめようとしているんです」

 なるほど、そういうことか。

「元から俺も唯菜と話したいと思ってた。俺には唯菜と対話する意思がある」

「二言はありませんね?」

「ああ。何だったら東城先生が証人になってくれるはずだ。――東城先生、二人に会う前から俺、唯菜と話したいって言ってましたよね?」

「ああ、言ってたな。このあたしが保証してやる」

「……」

 証人が現れたというのに、常夏の目が先ほどよりも疑い深くなったように見えるのは、気のせいだろうか。

 その理由を将人が考えていると、

「東城先生の言葉は信用できません」

 常夏がそう言った。

 そうだ、東城先生は常夏から信用されていないんだった!

 まさか証言が裏目に出るとは……。

 将人がどうやって信じてもらおうか頭を悩ませていると、思わぬところから援護があった。

「かえで。東城先生は嘘をついてないと思うよ」

 唯菜だった。

「……本当に?」 

 唯菜の言葉はさすがに無視できないのか、常夏の疑う目が少しマシになった気がする。

「うん。だって東城先生、嘘をつくときはいつも瞬きの回数が少し多くなるの。だけど、さっきはそうじゃなかった」

「……唯菜、よく見てるわね」

 常夏が軽く目を見開く。

 将人は隣に立つ東城先生の横顔を見た。相変わらず不敵な笑みを浮かべている。時折瞬きはしているが、回数のことなんて気にしたこともなかった。

 常夏は少し悩むそぶりを見せてから、一つ小さなため息を吐くと、

「……分かりました。稲村先生の言葉を信じます。――唯菜。稲村先生と話をしてきて構わないわよ。そこの二組の教室でも使うのがいいでしょうね。私はこれから東城先生と廊下で戦うつもりだから」

「うん! ありがと、かえで!」

 唯菜が満面の笑みを常夏に向ける。

 常夏は頬をかきながら、

「……いいから早く行きなさい」

 唯菜が将人のほうへと向かってくる。将人も唯菜のもとに近づこうとした。

 そのとき、信じられないことが起きた。

 パンッ!

「――え?」

 師徒ゲームが始まってから、何度も聞いた発砲音。

 けれどこの場面にはあまりにもそぐわない音だった。

「――うっ!」

 唯菜が呻き声を上げた。

 駆け寄ってきていた唯菜が前のめりになり、廊下に倒れる。

「唯菜!?」

 将人は慌てて唯菜に駆け寄った。

「……将、ちゃん」

 唯菜の左のふくらはぎに小さな穴が開き、一筋の血が垂れている。

 将人は発砲した人物に目を向けた。

「悪く思うなよ、稲村」

 唯菜を撃ったのは、東城先生だった。構えた拳銃の銃口からは、硝煙が上がっている。

「東城先生! どういうつもりですか!?」

 将人が叫ぶように言うと、東城先生は笑みを深くした。

「逃げられると面倒だからな。足を潰せば、もうどこにも行けないだろ。あたしは常夏を殺した後で、ちゃっちゃと白川も殺す。それでゲーム終了だ。話せる時間を作ってやるとは約束したが、別に白川を傷つけないとは言ってないからな。お前との約束は破ってないぜ、稲村」

「暴論です!」

「ハッハッハ! 暴論結構! 稲村、お前、いつまで生温いこと言ってんだ。分かってんのか、これはデスゲームだぜ。死んだらそこで終わりなんだよ。勝つためにやれることは、やっとかねえとな」

「……東城先生、話はそれだけですか」

 ここまで黙っていた常夏は、怒りを必死に押さえつけているような声音でそう言うと、手に持っていた拳銃を東城先生へと向けた。

「おー、恐い恐い」

「ふざけるのもいい加減にしてください。撃ちますよ」

「撃てるものなら撃ってみろよ。あたしには分かってるんだぜ、常夏」

「……何がですか」

「いつも偉そうにしているのは、弱い自分を隠すためだ。クラス委員長に立候補したのも、そういう分かりやすい肩書がないと不安だったからだ。常夏、お前は本当は弱い人間なんだ。いつも誰かに見くびられることを、馬鹿にされることを恐れている。だから人の上に立って、偉そうに振舞っている」

「……それが仮に事実だったとして、私があなたを撃つことと何の関係があるというんですか。まさか、私が人を撃てないほどの臆病者だと言うつもりではありませんよね。私が人を撃てることは、一度目の邂逅で証明されているはずです」

 実習棟の二階で常夏と会ったとき、彼女は将人に向かって発砲してきた。唯菜が常夏を止めようとしてくれたおかげで、運よく弾丸は将人から逸れたのだ。

「おいおい、人を嘘つき呼ばわりしておきながら、自分が嘘をつくとは、いただけないな」

「……何を言っているんですか」

「お前はあのとき、最初から稲村を撃つつもりはなかった。稲村に弾が当たらないように、始めから外して撃つ予定だった。威嚇射撃のつもりだったんだろ」

「……違います。唯菜の邪魔が入ったから、弾丸が逸れて――」

「いいや、違うね。あたしははっきり見てたんだ。白川がお前に接触するよりも早く、銃口から弾は発射されていた。白川の邪魔云々は一切関係なく、弾は稲村に当たらなかった。つまり常夏、お前はもともと稲村を撃つつもりがなかったってことだ。いや、可能性としてはもう一つ考えられるか。お前が拳銃をまともに撃てないノーコンだって可能性が。どうなんだ、常夏。お前はノーコンなのか」

「……」

 常夏は唇を噛みしめている。

「図星で何も言えねえか、常夏。いいじゃねえか。最後くらい化けの皮が剥がれたって。どうせお前はここであたしに負けるんだからよ。撃てないお前とじゃ、戦いにすらならねえもんな。そうだ常夏、このままあっけなく死ぬのも可哀想だから、一つ望みを聞いてやるよ。白川の殺し方だ。どんな風に白川を殺してほし――」

 パンッ!

 廊下に銃声が響いた。

「――くっ!」

 東城先生が痛みに声を上げて、片膝をついた。

「誰が撃てないと言いましたか、東城先生」

 発砲した常夏が、冷たい声音で言った。

「……ちっ。やるじゃねえか」

 東城先生は顔をしかめながらも、にやりとした笑みを浮かべている。彼女は唯菜と同じ左のふくらはぎを、常夏に撃たれたのだった。

「今のは唯菜の分です。――次は殺します」

 常夏が東城先生の額へと銃口を向ける。

「稲村!」

「は、はい!」

 東城先生に突然名前を呼ばれ、将人は驚いた。

「さっさと白川連れて教室に入れ! 戦いの邪魔だ!」

 二人は銃を持っている。これから銃撃戦が始まるのだろう。

 将人は満足に歩けない唯菜を急いで抱えて、二組の教室へ入った。

「唯菜。大丈夫か」

 上半身を壁に立てかけるようにして、唯菜を床に座らせる。

「う、うん。ちょっと痛むけど、血もそんなに出てないし」

「見せてみろ」

 教室の照明は点いているから、傷口がよく見えた。確かに出血は少ないな。これなら命に別状はなさそうだ。病院で適切な治療を受ければ、問題なく歩けるようになるだろう。ひとまず安心だな。

「け、将ちゃん」

「ん? どうし――」

 ふくらはぎを見ていた顔を上げようとすると、

「み、見ないで!」

 前から両手で目隠しされた。

「ど、どうしたんだよ、唯菜」

「そ、その、私の顔、赤いと思うから……」

「いや、別に俺は気にしないけど」

「私が気にするの!」

 なぜか怒られた。

 デスゲームに参加していて、しかも唯菜とは敵同士だっていうのに、この緊張感のない会話――。

「将ちゃん? なんで笑ってるの? 私、何か変なこと言った?」

「いや……違うんだ、唯菜」

 将人は笑いながら答える。

「あまりに唯菜がいつも通りだからさ。それが何だかおかしくてさ」

「そう――そうだね」

 唯菜も釣られて笑い始めた。

 将人たちはひとしきり笑った。

「――まさか、こんなことになるなんてな」

「……うん」

 将人の発言で、夢の時間は泡沫のように消え、残酷な現実が戻ってきた。

 教室の前にある掛け時計を一瞥する。時刻は五時二十分。

 本当ならいつまでも唯菜と楽しい時間を過ごしていたかったが、タイムリミットまで四十分。現実と向き合って、伝えたいことはきちんと伝えておきたかった。

「唯菜、あのさ――」

「将ちゃん」

 唯菜が将人の言葉を遮る。

「先に、私の話を聞いてもらえるかな?」

「……分かった」

 唯菜は笑顔を浮かべる。

「私ね、将ちゃんがこの高校の先生になる試験を受けるって話を聞いたとき、本当は止めたかった。だってデスゲームが行われてる高校だよ。毎月のように『退職』する先生が出て、新しい先生が赴任してくる。その新しい先生も、三か月後にはまた『退職』――ずっと勤めている先生なんて、ほんのわずか」

 絹白学園は、勤務年数が短い教師が多い。

 その理由も、今なら分かる。

 教師たちはデスゲームに参加させられて、次々と『退職』――死亡したのだ。

 学園で生き残れるのは、デスゲームで勝ち続けられるごく一部の教師だけ。そのほかの教師は使い捨ての駒ようにして死んでいく。

 将人が新任教師にも関わらず、どうしていきなりクラス担任を任されたのか。

 そもそもデスゲームのせいで経験豊富な教師がほとんどいなかったというのもあるだろうが、おそらく理事長は何も考えていないのだ。

 どうせ多くの教師はデスゲームで死に、数か月で『交換』することになる。新任教師だろうが何だろうが、構いやしない――理事長はそんな風に考えているのだろう。

 よく次から次に新しい教師が見つかるものだと思うが、それはやはり絹白学園の給与待遇がずば抜けていいことや、絹白学園の教師というブランドが魅力的だからだろう。「交換部品」には事欠かないというわけだ。

 現に将人も、給与待遇に惹かれて赴任している。将人みたいに釣られる教師はたくさんいるのだろう。ひょっとすると理事長の手元には、教師の補充リスト、なんていうものもあるのかもしれない。胸糞悪い話だが。

「将ちゃん? どうしたの、恐い顔して」

「いや、何でもない」

「そう? ならいいけど。――続きを話すね。私は将ちゃんがこの高校の先生になるのは反対だったの。だけど、学園の生徒以外にデスゲームのことを話すのは禁止されてるから、何て説得したらいいか分からなくて……」

 唯菜は目を伏せる。

「気にするなって。仕方ないだろ。もし他の人に話してたら、どんなペナルティがあるって言われてたんだ?」

「家族を全員殺すって、理事長は言ってた」

 東城先生の読みは当たっていたわけだ。

「ごめんね、将ちゃん。私、恐くて……。結局言えなかった、デスゲームのこと」

 将人は唯菜の頭を撫でる。

「謝らなくていい。この学校に来たおかげで、こうして唯菜と最期に話せたんだからな」

 もし将人が絹白学園の教師になっていなかったら、唯菜は将人の知らないところでデスゲームに参加して、事情を何も知らないまま彼女を失っていたかもしれない。

「……最期なんて、言わないでよ……」

 将人は首を振った。どのみち唯菜とともに生きる未来はない。

 最期は最期。曖昧なままで終わるよりは、ちゃんと「さようなら」をして別れたかった。

「そういえば今日――いや、昨日か――昼休みに、俺がクラスの様子を見に行こうとしたとき、何か話したそうにしてたよな。あれはひょっとして俺にデスゲームのことを話そうとしてくれてたのか?」

「ううん」

 唯菜は首を横に振った。

「ほら、デスゲームのことは生徒同士でしか話したらダメだから」

「ああ、そうだったな」

 うっかりしていた。学園の教師であっても話すのは禁止だ。

「だったら、一体あのときは何を話したそうにしてたんだ?」

「えーっと、それは……」

 唯菜は目を逸らして頬を薄赤く染めると、

「将ちゃんと、もう少し話がしたくて……」

「……えーっと、それは――」

「そ、それ以上は言わないで!」

 唯菜は両手を顔の前に突き出して、恥ずかしげに「やめて」のジェスチャーする。

 てっきり何か話したい内容があるのかと思っていたが、そういうわけじゃなかったらしい。

 将人も何だか恥ずかしくなり、慌てて別の話題を探した。

「あ、あのとき、俺が担任だからクラスで問題が起きるはずがない、みたいなこと言ってたよな。あれはどういう意味だったんだ?」

「ああ、あれは……」

 唯菜は目を逸らして、

「ほ、ほら。将ちゃんって男の人でしょ。だ、だから、そういう意味」

「……どういう意味だ?」

 唯菜が何を言いたいのか、さっぱり分からなかった。

「えーっと、つまりね、将ちゃんは男の人だから、女の子に頼りにされたら、嬉しいでしょ?」

「うん。それはまあ……」

「……ふーん。そうなんだ。へえ~」

 自分で訊いておきながら、唯菜の返事は冷たい。

「い、いや、けどな。ちょっとだけだ。ほんのちょっと。それに、女の子だからって、誰でも嬉しいってわけじゃないぞ。やっぱり唯菜に頼られるのが一番嬉しいな、うん」

「……そ」

 唯菜はそれだけ言って話を続ける。

「生徒たちはみんな、デスゲームのことを知っていて、二年のクラス担任である将ちゃんと戦う可能性も視野に入れてる。将ちゃんと仲良くなれば、デスゲームで情けをかけてもらえるかもしれないでしょ。そうやって将ちゃんが殺すのを躊躇っているときに、隙を突いて殺害――そういうこともできちゃうわけ」

「……じゃあ、二年の女の子たちが授業後にたくさん質問に来てたのは――」

「アピールだね。将ちゃんに顔と名前を覚えてもらって、できれば仲良くなって、それでデスゲームで生き残る確率を少しでも上げようとしてたんだよ。将ちゃんは勤務してまだ一か月で、生徒たちと仲が深まる前にデスゲームに参加することになったから、あんまり効き目はなかったかもしれないけどね。過去に先輩たちが参加したデスゲームだと、そういうアピール作戦が功を奏した場面が結構あったみたいだよ」

 そうだったのか……。

 質問してくる生徒たちを見て、自分が頼りにされているだと思っていた。

 すべてまやかしだったのか……。

「将ちゃん、そこまで落ち込むなんて……。女の子たちに頼りされるのがよっぽど嬉しかったんだ」

 唯菜がジト目で見つめてくる。

「い、いや、違うからな。俺は生徒からの信頼が偽物だと分かったから落ち込んでいるのであって、女の子だからというわけでは――」

「いいよ、そんなにムキにならなくても。将ちゃんのこと、嫌いになっちゃうかも」

「うぐ……」

 これ以上「誤解だ」と言っても、信じてもらえないだろう。将人は言葉を呑み込んだ。

 新島先生が生徒から授業後の質問を受けていなかったのは、彼女が女性で、媚びを売るのは効果が薄い、もしくは逆効果だと考えたからだろう。生徒たちは男性教員のみに狙いを絞っていたわけだ。

「だけど唯菜。鏑谷先生が戦うのを見たけど、そのアピール作戦? がうまくいっているようには見えなかったぞ」

 鏑谷先生は躊躇なく待波や薮内に斧を振るっているように見えた。

「鏑谷先生ほど長く学園にいる先生は、何回もデスゲームを勝ってきてるから。生徒たちを殺す覚悟はとっくにできてるんだと思う。アピール作戦がうまくいくのは、どちらかというとデスゲームの経験が少なくて、生徒を殺すことに躊躇いのある先生ってことになるんじゃないかな」

「……唯菜も、その……してたのか、アピール作戦?」

「え?」

「一年のときだよ。俺が来る前に、他の、男性教師にとか」

 唯菜が男性教師に媚びを売っているところを想像すると、胸が痛んだ。

 目を丸くしていた唯菜は、からからと笑って、

「してないよ。確かにアピールする子は多いけど、全員ってわけじゃないから。ほら、かえで――常夏さんも将ちゃんにそういうのはしてなかったでしょ?」

 確かに常夏から授業後に質問をされた覚えはなかった。

 将人は安堵の息を吐く。

 将人は、唯菜に好意を持っていた。

 いつからかは分からない。気づいたときには、その感情が将人の中にあった。

 この感情を唯菜に伝えたことはない。

 唯菜も将人に好意を持ってくれていることは、薄々感じていた。

 将人が気持ちを伝えれば、唯菜も受け入れてくれるかもしれない。

 だけど、その一歩を踏み出すのが恐かった。

 拒絶されたらどうしようって。

 勘違いだったらどうしようって。

 だから、現状維持を選んできた。

 けれど――。

 将人は掛け時計を見た。

 時刻は五時半過ぎ。あと三十分もしないうちに、終わりが来る。

 さっき、唯菜にこの気持ちを伝えようとした。先に話したいという唯菜の言葉で、遮られてしまったけれど。

 ……どっちの選択が正しいのか、今の将人には分からなくなっていた。

 気持ちを伝えれば、唯菜と別れるのがより辛くなるのではないか――そんな考えが脳裏をよぎっていた。

「将ちゃん? どこか具合でも悪いの?」

 急に喋らなくなった将人を不思議に思ったのか、唯菜が顔を覗き込んでくる。

 将人は決断できないまま、別の話題を振った。

「今思ったんだが、死んだ生徒の親御さんには何て説明してるんだろうな。学園でデスゲームをしてて――なんて言えないよな」

「不慮の事故って説明してるみたい」

「不慮の事故? そんな説明じゃ、親御さんも納得しないだろ」

「噂だけど、理事長は警察の上層部と繋がりがあるって。警察がそれらしい資料を持って説明に行けば、親御さんも納得するしかないんじゃないかな」

 言われてみれば、これほど多くの死者が出るデスゲームを、警察の介入なしに実施できるのだ。理事長が警察と通じていても、何ら不思議ではない。むしろ、警察と通じていなければ、こんなデスゲームを毎月のように行うことなんてできないだろう。

 理事長だけじゃなく、警察も狂っていたってわけだ。

 信じたくはないが、この国そのものが狂っているなんてことも――。

 いや、そんなことは考えたくもなかったし、考えたところで無意味だ。将人一人の力でどうこうできる話じゃない。

「将ちゃん、あのね――」

 唯菜が何かを言おうとしたところで、廊下からバンッと発砲音がした。

 続いて、人が倒れる音。

 東城先生と常夏の戦い――その決着がついたのだろうか。

 どちらが勝ったのか。

 将人は、扉の向こうから現れる人物を、じっと見つめる――。

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