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二度目の女子会

 教室棟一階にある三年一組の教室。

 かえでと一緒にいた白川は、何かが割れるような音を聞いた。

「かえで。今の、何かな?」

 教室を閉め切っているためか、それほどはっきり聞こえたわけじゃなかったが、上の階ほうから聞こえてきた気がする。

「どこかの窓が割れたんでしょうね。二階か三階か――何階の窓かまでは分からないけれど」

「誰か戦ってるのかな?」

「おそらくね。私たちがここにいるということは、生徒側は春日井たちでしょう。教師側は、新島先生以外の誰か――鏑谷先生か、あるいは先ほど交戦した稲村先生たちか」

 新島先生が死んでいることは、二階の渡り廊下で確認済みだ。

「そんなに心配? 稲村先生のことが」

「え!? そ、そんなことないよ!」

「別に今更嘘をつかなくてもいいわ。あなたと稲村先生の関係を私は知っているのだし」

「か、関係!?」

「……何を想像しているのか知らないけど、他意はないわよ」

 しばらく耳を澄ましてみたけれど、その後、窓が割れる音はしなかった。

「様子を見に行ってみる?」

 隣で腰を下ろしていたかえでが訊いてくる。

「……ううん」

 白川は首を横に振った。行けば戦いに巻き込まれるかもしれない。自分一人なら見に行ったかもしれないが、かえでもいる。彼女まで危険な場所に連れていきたくはない。戦っているのが将人ではないことを祈るしかなかった。

「だったら、先ほどの場所に戻るのはどう?」

「え?」

「実習棟の二階よ。少し時間は空いてしまったけど、まだ稲村先生がいるかもしれないでしょう? このままここでじっとしているわけにもいかないし、そろそろ動いてもいい頃だと思うの」

 かえでは、唯菜の気が少しでも晴れるようにと提案してくれているのだ。

「……うん。ありがと」

「……別に。礼なんて要らないわよ」

 かえでは顔を背けてから立ち上がる。

 唯菜は彼女に続いて三年一組の教室を出た。

 渡り廊下を進んで、実習棟に入る。

 階段を上がって二階にたどり着く。

「――いないみたいね」

 先ほど将人たちと出会った場所には、誰もいなかった。

 どうやら将人たちも移動したみたいだ。

「四時前ね。残り二時間」

 腕時計を一瞥したかえでが言う。

「確か、デスゲームに参加した先輩たちの話だと、五時くらいになったら皆、隠れるのをやめて出てくるんだっけ?」

「ええ。足音をこれ見よがしに立てて歩く参加者も過去にはいたようね。私はそこまでする必要はないとないと思うけど。そんなことをしたら、背後から襲ってくださいと言っているようなものだし」

「私たちはこれからどうする? 五時までどこかの教室にでも隠れとく?」

 かえでは顎に手を添えて、少し考えるそぶりを見せた。

「……いえ。このまま探索を続けましょう。鏑谷先生はあの巨漢だし、この学園でも長い間生き残っている。かなり強いのは間違いないわ。柊が『私にお任せになって』みたいなことを言っていたけど、どこまで信用していいのか……」

 かえでが柊のことを苦手にしているのは、唯菜も薄々感じていた。

「私たちのほうでも、鏑谷先生を倒すために動いたほうがいい思うの。それに、唯菜は稲村先生と話をしたいんでしょう。五時になって皆が出てきた後だと、ゆっくりと話をする時間もとれないでしょうし――」

「かえでっ!」

 唯菜はかえでに抱きついた。

「ちょ、ちょっと唯菜! 離れなさい!」

 将人と話したいという唯菜の希望を、かえでは叶えようとしてくれているのだ。

 唯菜はしばらくかえでに抱きついていたが、ふと廊下の窓の外を見ていて驚いた。

「かえで! あれ見て!」

 教室棟三階の教室に、明かりが灯ったのだ。

「……あれは、一年一組の教室ね」

 かえでも目を丸くしている。

 真っ暗な校舎で部屋の明かりを点ければ、居場所がバレてしまう。敵に襲撃されるリスクが生まれるにも関わらず、誰が何のために電気を点けたのか……。

「罠という可能性もあるわね」

 かえでがぽつりと呟く。

 唯菜たちをおびき寄せて、一網打尽にしようとしている可能性――考えられなくはない。

「どうする?」

 唯菜は、隣で今も明かりを見つめるかえでに尋ねた。

 かえでは悩ましげだ。

 てっきり真面目なかえでのことだから、「罠の可能性が高いから、教室棟の三階には近づかないようにしましょう」と即答するのかと思っていただけに、少し意外だった。

 そうこうしているうちに、明かりは消えた。

「……様子を見にいきましょう」

「え、見にいくの!?」

「ええ。おそらく罠の可能性は低いと思うから」

「どうして?」

 小首を傾げる唯菜に、かえでが言う。

「もし罠であれば、しばらく電気を点けたままにするはず。でないと誰も明かりに気づいてくれないかもしれないから。けれど、先ほどの明かりは少しの時間で消えた。もし私たちをおびき寄せる罠だというなら、あまりにも短すぎる時間よ。おそらく照明を点けた人物は、何らかの理由で明かりが必要になって、やむなく電気を点けたのよ。そして、用が済んだから明かりを消した。そう考えるのが自然じゃない?」

「……言われてみるとそうかも」

「だから、これはチャンスと見るべきよ。もっとも、相手も居場所がバレることを覚悟していたでしょうから、すでにあの教室からは移動している可能性が高いけど」

「それでも見にいこうよ。急げば間に合うかもしれないし」

「ええ」

 唯菜たちは走り出す。もちろん足音はできるだけ立てないようにして。

 実習棟の二階から三階へと階段を上がり、渡り廊下を走り抜けたところで、前を走っていたかえでが「待って」と言って、急に立ち止まる。

「どうしたの?」

「……これよ」

 かえでの視線の先には、鏑谷先生の死体が転がっていた。

 かえでが死体のそばで屈みこむ。

「心臓を背後から一突き。やったのは春日井さんでしょうね。どうやら柊さんの作戦はうまくいったみたいね」

 かえでが唇を軽く噛んでいるのが見えた。かえでは普段から柊に対抗心を燃やしているようなところがあった。

「さっき明かりを点けたのは、鏑谷先生だったのかな。明かりを消して移動しようとしていた鏑谷先生を、柊さんたちが背後から襲ったとか」

「いえ。それは違うわ」

「え、違うの?」

「教室の明かりが消えてから、まだ五分も経っていない。教室を出て階段へやってきた鏑谷先生を、柊さんたちがすぐに殺したのだとしても、血があまりにも固まりすぎている」

「鏑谷先生は、もっと前に殺されたってこと?」

「ええ。血の固まり具合を見ると、おそらく死後一時間ほど経っているでしょうね」

「そんなに前なんだ……」

「だから、部屋の明かりを点けた人物は別にいる。ひょっとしたら柊さんたちかもしれないし、稲村先生たちということもあり得るわね。とにかく急ぎましょう」

 唯菜たちは辺りを警戒しながら、先ほど明かりを目撃した一年一組の教室に入った。

 教室は酷い有様だった。

 整列しているはずの生徒たちの机は、あちこちに散らかり、倒れているものもあった。

 そして、教室の真ん中に近づいたところで、それを見た。

「柊さん……」

 彼女の体は床にうつ伏せで、こめかみにアイスピックが突き刺さっていた。

 明らかに死んでいた。

 仲間の死体を見るのは、待波と薮内に続いて三人目だ。いつかデスゲームに参加することになったら、こんな風にして仲間の死体を見ることもあると覚悟していたけれど、やっぱり見ていて気持ちのいいものじゃなかった。

「唯菜、大丈夫?」

「……うん、大丈夫」

 かえでに心配をかけるわけにはいかない。

 柊の死体を見ていたかえでが言う。

「こめかみからの出血がまだ続いているわ。おそらく殺されてそう時間は経っていないはず」

「さっき見た明かりと、何か関係があるのかな?」

「……分からないわ。春日井さんの姿が見当たらないし、ひょっとしたら彼女は今、どこかで犯人と交戦中なのかもしれない」

「だったら早く春日井さんを捜したほうがいいよね。私たちの助けを待ってるかもしれないし」

「……そうね。出ましょうか」

 かえでは手で柊の瞼を下ろすと、

「結局、あなたには最後まで勝てなかったわね」

 小声でそう言って、立ち上がった。

 唯菜たちは一組の教室を出た。

「どこに行ったんだろ、春日井さん。二階? それとも渡り廊下を通って、実習棟のほうに行っちゃったかな。かえではどう思う?」

 明後日の方向を見ているかえでに声をかけた。

 けれど、返事がない。

「ねえ。かえで? 一体どうし――」

 かえでの視線の先を何気なく目で追って、絶句する。

 廊下に人が倒れていた。四組の教室の前あたりだ。

 人影はピクリとも動かない。

 嫌な予感がしたけれど、誰が倒れているのか確かめなくちゃいけない。

 二人でゆっくりと人影に近づいた。

 ……倒れていたのは、春日井だった。

 春日井は交戦中などではなく、すでに殺されていたのだ。

 これで、鏑谷先生、柊、春日井――三人の死体を続けて発見したことになる。

「何が……ここで何が起きたって言うの……」

 唯菜は恐怖で声が震えた。

 かがんで春日井の死体を見ていたかえでが顔を上げる。

「眉間を拳銃で撃たれているわ。血が固まっていないし、撃たれてからの時間はそう経っていない――柊さんと近い時刻に殺されたんでしょうね」

「……拳銃っていうと、確か東城先生が持ってたよね。てことは、犯人は東城先生?」

「おそらくね。私も拳銃を持っているし、三丁めの拳銃があってもおかしくはないから、断言はできないけど。それに、誰かが東城先生から拳銃を奪って、それを使って春日井さんを撃った可能性も考えられる」

「誰かって……」

「その場合、稲村先生ということになるわね。私と唯菜、東城先生以外で生き残っているのは、彼だけだから」

「そんな……将ちゃんが……」

 唯菜たちが参加しているのはデスゲームだ。将人が生徒を殺すことだってあるだろう。

 頭ではそう理解していたけれど、感情がそれを受け付けなかった。

「唯菜、落ち着いて。あくまでも可能性の話よ。東城先生が撃ったと考えるのが妥当だわ。……柊さんを殺した人物は、ひょっとしたら稲村先生かもしれないけど」

「……え、どういうこと?」

「気づいていなかったのね。実習棟で稲村先生たちと交戦したとき、稲村先生、私たちを背中に守るようにして、東城先生と揉めていたでしょう? あのとき、稲村先生がズボンの後ろのポケットにアイスピックを隠し持っているのが見えたの」

 アイスピックが柊のこめかみに刺さっていたことを思い出す。

「そんな……」

 目の前が真っ暗になって、床に両膝をつく。

「――菜! 唯菜!」

 ハッと視界が戻ってくる。

「落ち着いて。稲村先生が犯人だと決まったわけじゃないわ。気になるなら、本人と直接会って確かめなさい。そのためにも、まずは二人がどこにいるのか見つけないと」

「……うん、そうだね」

 唯菜は立ち上がって、辺りを見回した。

「将ちゃ――稲村先生たちは、どこに行ったんだろ」

「唯菜。前から思っていたけど、私の前だからって、稲村先生の呼び方、言い直さなくていいわよ。将ちゃんって言われても、誰のことか分かるから」

「え、で、でも、恥ずかしいし……」

「はぁ~」

 かえでが大きなため息をつく。

「唯菜といると、緊張感が台無しね。私たちは命を賭けたデスゲームに参加しているっていうのに」

「ご、ごめん」

「謝らなくていいわよ。……別に悪い意味で言っているわけではないから」

「それって――」

「いいから、早く先生たちを捜しましょう。一組の照明を点けたのは先生たちだろうから、今はおそらくここから比較的遠い場所――実習棟の一階などへ逃げて、身を隠していると思うわ」

「照明を点けたのが、先生たち? どうしてそう言えるの?」

「まず鏑谷先生はあり得ない。一時間ほど前に殺されているから。柊さんと春日井さんについても、彼女たちのどちらかが照明を点けたとしたら、あの時点ではまだ生きていたということになる。そうなると、先生たちは殺害と逃走を、私たちが駆けつけるまでの短い時間で成し遂げたことになる。さすがに無理があるわ」

「なるほど。それで消去法で、先生たちが明かりを点けたってことだね」

「そういうことね。納得したのなら、行きましょう。まずは実習棟の一階から」

「うん!」

 唯菜たちは教室棟の三階を後にした。

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