1 図書館の奥にある扉(プロローグ)
中学二年の春も終わりかけたころ。俺、天城 想真は、放課後の静かな図書室で、今日もお気に入りの本棚の前にいた。
この学校の図書室は広くはないが、蔵書は意外に豊富で、ラノベも推理小説もそろっている。何より、放課後は静かで、俺にとっては最高の居場所だった。
「またここかよ、ソーマ」
背後から聞き慣れた声。振り返ると、幼なじみの一人、加賀見 蓮が、ジャージ姿で汗を拭きながら立っていた。バスケ部のエースで、成績は壊滅的だけど、顔がよくて運動もできるから、女子にはやたらモテる。
「図書室にジャージで来るなって、いつも言ってるだろ。汗くさい」
「いいじゃん別に。今日は三本シュート決めたからごほうびに来たんだよ」
何のごほうびだよ、と思いつつ苦笑すると、今度はさらに明るい声が響く。
「二人とも、また放課後の図書室デート~? 仲良すぎ!」
元気いっぱいにやってきたのは、もう一人の幼なじみ、星乃 結月。クラスでも人気者で、明るくておしゃべり。成績は中の下くらい。人懐っこくて、クラスの誰とでも仲良くできるタイプ。
「誰がデートだよ。俺はただ、本を読みに来てるだけだ」
「ふーん? でも、そうま君ってさ、毎日ここにいるよね。そんなに本、好き?」
「まぁな。読んでると、世界が広がる感じがするんだよ。知らない世界、知らない考え方、そういうのに出会えるから」
「はいはい、名言出ましたー!」
茶化すように笑う結月。でも、俺の趣味をバカにするわけじゃない。そういうところが、ありがたい。
その時だった。
ふと視線の先に、見慣れない本があることに気づいた。
(……こんな本、あったか?)
棚の一番下、奥のほうに、それはあった。黒い革の装丁に、金の文字で何かが書かれている。読めない文字――というより、記号に近い。それでも、なぜか強く惹かれた。
俺はしゃがみこみ、そっとその本に手を伸ばす。
――次の瞬間。
「えっ……?」
ふっと、視界が歪んだ。
本に触れたとたん、図書室の空気が変わった。耳鳴りのような音がして、周囲の音が遠ざかる。ページが一人でに開き、そこから淡い光があふれ出した。
「な、なんだこれ……!」
思わず手を引こうとしたが、遅かった。
光が俺の手を包み、そのままズブズブと吸い込まれるような感覚に襲われる。そして――足元がふわりと浮いた。
「ソーマ!?」「ちょ、待って!!」
蓮と結月の声が聞こえた、気がした。だが、次の瞬間、目の前の景色が真っ白に染まり――。
――そして、気がつくと、俺は知らない場所に立っていた。
「……図書室、じゃない……よな」
薄暗い石造りの部屋。壁一面に本棚があり、高い天井からはシャンデリアのような灯りがぶら下がっている。クラシックな洋館の一室のような、そんな場所。
だが、何より気になったのは、部屋の奥にある、鉄の扉。
表面には、さっきの本にあった記号と同じものが、円形に刻まれていた。
その扉が、ぎい……と音を立てて、勝手に開いた。
そして、その奥から――黒い制服の一団が現れた。
「……ようこそ、“裏生徒会”の図書室へ」
先頭にいたのは、眼鏡をかけた細身の男子生徒。制服には、表の生徒会では見たことのない、銀色のバッジが輝いていた。
「君が、“本に選ばれた者”か。少々、話を聞かせてもらうよ。――天城 想真くん」
なんで名前を……?
戸惑う俺の頭の中には、ただ一つの疑問が浮かんでいた。
(いったい、俺は――何に巻き込まれたんだ?)
物語が、静かに動き出す音がした。