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第六話 待たせたな


 私達が住む村から少し離れた森の中。

 その一際大きな木を目印にして、私は魔術の練習をしていた。


 魔術はとても奥深い。

 魔術は魔力を使った摩訶不思議な術ではあるが、その実、本質は計算である。

 2という答えを導くために、色んな計算式を使って導いていく。

 結果は同じでも過程は人それぞれ、変えることができる。

 そういう分野なのだ。


 効率的に1+1をしてもよい。

 小難しく3-1でも良い。

 遠回りして3-3÷3でも良い。


 どうやっても答えは2に辿り着く。

 その自分なりの計算式を組み立てて、様々な魔術を生み出していくのが楽しいのだ。


 私には魔術の才能というものはない。

 少なくとも私はあると感じていなかった。

 初級の魔術を扱えるようになったのは独学でやり始めて一年後だったし、使えた魔術の種類も多くない。


 属性適正というのがあるらしいが、英雄譚に出てくる魔術師なんかは全属性扱えたりするのだ。

 私は人並みかそれ以下ということなんだろう。


「できた」


 光の魔術を使って、兎の形を作る。

 隣で不思議そうに私の魔術を観察しているアルミラージが、興味ありげに鼻をふんふんしている。

 私は光の兎を操ってアルミラージと一緒に遊んでいた。


(今日は調子が良いな)


 ここ最近私の魔術の調子はすこぶる良かった。

 中でも今日はふわふわした落ち着かない気持ちがずっと続いている。

 初めて初級の魔術ができた時も、同じように不思議な感覚が私を支配していた。


(中級……挑戦してみるか)


 初級魔術から一段階上がった中級魔術は、実戦で活用できるほど威力を増す。

 初級魔術が日々の生活を便利にする程度であるのに対し、中級魔術は戦闘の流れを左右する力を持つ。


 少し太めの木に向かって、私は手をかざす。


「我光の担い手なり……世界の闇を切り裂くは我が矢尻──光矢コウ・ヤ!」


 手のひらに収束した光の魔力は矢の形を成して、射出される。

 その攻撃力は易々と木の幹を貫通するほどの力を持っていた。

 そして初めて成功した、私の魔術だった。


「……やった」


 幹に刺さった光の矢は少しずつ形を失い、霧散していく。

 私が実行した魔術の痕跡。

 幹を貫通した穴が、確かにそこにはあった。


「やったやった!」

「ヤッタヤッタ」


 中級魔術は初等教育の最後で習うものだ。

 私が今通っているテイマーの学園卒業と同時に覚えられるくらいの術という計算をするならば、私はだいぶ飛び級で魔術を成功したことになる。


「私も……もしかしたら魔術師に」


「ワタシ、モモモ」


 テイマーになった人は引退者が多い。

 私も助成金さえ手に入ればそれ以降、テイマーとして活動を続けていこうとは思っていない。

 魔術師になれるだけの才能があるのであれば、途中でそちらの道への転向も充分視野に。


「……え?」


 と、そこで漸く、私は気づいた。

 自分の隣に、何かいることを。


「マジュツチ、二?」


 そこにいたのは黒い猿。

 何か楽しそうに私の顔を見て笑う、黒い猿だった。



 —



「くそ! いない!!」


 ミミがいつも魔術の練習をしている大きな木の根元までやってきた。

 だがそこにミミはいない。

 争った形跡はあれど、生き物の気配すら感じない。


 八方塞がり。手がかりがなくなった。

 一体どうしたら。


「いや、待て」


 と、頭を抱えた時、ボルクは地面の臭いを嗅ぎはじめた。

 一通り嗅ぐとその顔色を変えて────



「上だ!!!」



 二人で同時に上を見る。

 こちらを覗くように赤い目を光らせる黒い影。

 そこには口を塞がれ、気を失っているミミの姿が。


「いたぞ、人間のメス!」


「魔物……!」


 俺らが来るまでの間に戦闘があったのだろう。

 ミミの服は所々破れて、痣や傷が出来ている。

 そのミミを自分の物のように抱えて、黒い影はスタリと地面に降りてきた。


 ニタニタと嘲笑的な笑みを浮かべる醜悪な容貌の黒い猿だった。

 粗野な毛皮は天然の鎧だ。長く屈強な腕は一度掴まれたら腕をへし折られるくらい、容易に想像できる見た目をしていた。


 歯茎を剥き出しに、こちらを見て笑っている。

 何を考えているのか、全くわからない。


 ──これが、魔物。


「やれるか……ボルク?」


「当たり前だ。オレっちはドラゴンだぞ」


 恐る恐る聞くと、ボルクはいつも通り変わらない様子だった。

 その姿に俺も元気づけられ、少しだけ平静を取り戻す。

 深呼吸して向かい合う。


 相手が魔物であることは間違いないが、少なくとも元々魔物がいない森だ。

 そこまで強い魔物ではないだろう。

 と、そんな甘い予想を俺は後々後悔することになる。


「行くぞ、まずはミミを救い出すんだ!」


「うおおおお!!」


 屈強な足腰を持って、大地を蹴り飛ばし、ボルクは黒猿の腹目掛けて突進する。

 黒猿は怯むことなく笑みを持って返し、


「キキ!!」


 その場にあった小石を持って、長腕を活かして投擲した。

 フォームはミミを抱えているハンデを感じさせず、真上から叩きつけるように投げられた石の速度は、人では見切れない速度を持ってボルクを強襲する。


「よけろ!!」


 思わず叫んだその言葉。

 石といえどボルクに直撃したらひとたまりもない威力を持つと、判断したからだ。

 だが、


「指図すんな!!」


「くっ」


 ボルクは当たり前のように反抗した。

 この一ヶ月半、ボルクと共に過ごしてそれとなく心の距離は縮まった気がしていた。

 だが、ことテイマーとして指示を出そうとするとボルクはそれを受け付けない。


 俺の言葉を無視して石に向かってスピードを緩めず、寧ろ加速して、ぶつかり合うその瞬間。


「邪魔!!」


 大きく開かれたボルクの顎門(アギト)を持って、小石は粉砕された。

 咬合力は言うまでもないが、動体視力も飛び抜けて高い。

 種族としての格の違いを見せつけられた黒猿は、怖気付いたか一歩下がった。


「おせェ!!」


「ギガ!?」


 更に地面を蹴り飛ばし跳躍。ノリに乗った速度のまま地面を爆発させるようなボルクの頭突きは、見事に黒猿の腹部を貫いて、抱えていたミミを手放させる結果を齎した。

 腹部の痛みをもんどり打つ黒猿を見て、隙と考えたかボルクは口を大きく開けて──


豪炎咆哮(メギド・ブレス)!」


「ま、待て! ボルク!!」


 炎の息吹を繰り出そうとした。

 額には黒い紋様が浮き、口の中で凝縮された炎が敵に向かって放たれようとした次の瞬間、


「けほ」


 その場で大爆発を起こし、爆炎にボルクは焼かれていた。


 そう。ボルクは戦闘の指示を聴かないだけではなく、必ずあのブレスで決着をつけようとする。

 まるで何かこだわりでもあるように、意地を張って。


「どうして……」


 ボルクは強い。

 間違いない事実だ。

 自分より三倍近い熊とも力比べが出来るし、岩を噛み砕く力に人の目では追いきれない速度で迫る石を見切る動体視力。更にちょっとやそっとでは傷がつかない龍の鱗があるのだ。

 弱いわけがない。


 だが、テイモンバトルとなると、ボルクは必ずブレスで決着をつけようとし──負けた。


 そのこだわりの理由さえわかれば──と思って、黒焦げになったボルクを見て、気付いた。


「もしかして……」


 勝手な推測だ。

 何の根拠もない。

 あるとするなら俺の経験則。

 俺にしかない過去(・・・・・・・・)だ。

 そんな物で、ボルクの誇りを勝手に分かった気になるのは、少し憚られたが。


 多分あっている。

 理屈ではなく、魂がそう告げているような確信めいた気持ちだった。


 ブレスによって気が抜けたボルクを見て、黒猿は怯えていた表情が一変。いやらしくその頬を上げた。


「ま、まずい!! ボルク!!」


 俺が叫んだ瞬間にはもう遅い。

 柔軟な身体をバネのように扱い、地面から起き上がると同時、長い腕が黒猿から発射されボルクの頬を打ち抜いた。

 更に殴った拍子にそのまま顎を掴んで引き寄せて、もう片方の腕で腹部を貫く。


「あぁぁっっ!?」


 刹那、ボルクが腕を挟み込み、直撃は避けたが致命的な音が森に響き渡った。

 そのまま勢いに任せてボルクは吹き飛んでいき、それを。


「くそっ!!」


 俺がキャッチする。

 サポートスキルのタイミングを見誤った代償だ。

 回避のスキルが打てていれば、こんな傷をボルクは負わなかった。


 思わず走り出していたが、全く無意味。

 顎は歪み、腕は変な方向に曲がり、黒焦げとなったボルクは。


「くそ、くそ、なんで」


 悲痛な顔をしていた。

 猿に負けたことに対しての感情ではないことくらい、察しがついた。

 ミミの窮地にあってもなお、ボルクが優先しているのは──


「ボルク、頼みがある」


「あ!? うるせェ! 良いからオレっちをお前はサポートしていれば……」


 がちゃん、という音が腕から聞こえる。

 サポートスキル“治療”の効果で、ボルクの傷が瞬時に回復していく。


「な、何を……」


 ボルクは戸惑っていた。

 傷を治されたことに、ではない。

 ボルクの前に俺が立っていたことに、だ。


「あの猿は俺が引きつける。ボルクはミミをこの場から連れ出してくれ」


「……は? お、お前何言ッてんだ」


 ボルクは本気で戸惑った様子で俺に問う。

 黒猿はこちらを楽しそうに見つめてシャドーボクシングをしていた。

 完全に舐められている。

 或いは、楽しんでいるのかもしれない。


「あいつの相手をボルクに任せるより、走るのが早いボルクがミミをこの場から連れ出してくれた方が、成功率が」


「そんなこと聞いてんじャねェ!! 授業とは違うんだ!! あの猿は手加減なんかしてくれねェぞ! 勝てるわけないだろ!」


 ボルクは必死に俺のことを止めている。

 こいつはなんだかんだ言いつつ優しいやつだ。

 言葉は悪いけど、俺のことを本気で心配している。

 それは伝わってきた。

 だから俺も、振り返って笑いかける。


「──勝たなくていいんだよ」


「は?」


「この場での勝利条件はミミを連れ出すことだ。アイツに勝つことじゃない。モンスターとは相手にならない俺だって、時間稼ぎくらいはできるだろ。少なくとも、ボルクにミミを任せた方が、ミミが助かる可能性が高い」


「な、そ、それつまり」


「頼めるか」


 ボルクは怒ってその瞳孔を縦に開いた。

 掴みかからんとする勢いでにじり寄り、


「ふ、ふざけんなよ人間! オレっちに指図を──」


「頼むよ」


「…………!」


 俺の最後の言葉で言葉を詰まらせた。

 喉の奥で引っかかったその言葉をなんとか口にしようと口をパクパクさせるが、飲み込んで側に横たわるミミを拾った。


「く、くそォォッ!!」


 そして走り出す。

 自慢の脚力を持って。


「ありがとう」


 少しだけボルクの後ろ姿を見てから振り返る。


 相対するは人類の敵、魔物だ。

 人と友好関係を結ぶモンスターではなく、人と敵対する闇に染まる魔の物。

 つまらなさそうに耳をほじる黒猿は俺の様子に、漸くか、と言った感じで向き直った。


「待たせたな」


 黒猿は嗤う。

 まるで新しいおもちゃに喜ぶ、子供のように。


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