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第四話 直感に任せて


「ボルク……!」


 俺はボルクに駆け寄った。

 ボルクは気を失っており白目をむいていた。

 熊の突進の直撃を受けたボルクの身体は、身体中から血を流しており、綺麗だった赤い鱗も所々ヒビ割れている。


「やっぱりドラゴンとかいってもクソ雑魚ドラゴンだったなぁ!!」

「そもそもドラゴンじゃなくてただのトカゲちゃんなんじゃないのん?」


 あははは!! と観客と共に嘲笑した後、蜘蛛の子を散らすように人はいなくなった。

 残されたのは俺と、ボロボロになったボルクだけ。


「ゼンシン……」


 あと、ミミもいたか。

 少し離れた場所で不安そうに見つめるミミに無理やり笑顔を作る。


「やっぱり適性ゼロって言われるだけあるな。全然ボルクが言うことを聞いてくれなかった……早く治療室に連れて行かないと」


「うん……そうだね」


 俺はボルクを背負って治療室へと向かった。

 午後の授業、モンスターとの交流は休み、ひたすら治癒魔術を受けるボルクの側で見守っていた。

 ボルクが目を覚ましたのは夕方過ぎ。

 授業は終わり、終業のチャイムが鳴っている時だった。


「……ん」


「ボルク! 大丈夫か?」


 ボルクは目をしばしばさせていた。

 今がどういう状態か理解していないのかもしれない。


「わかるか? 俺だ、ゼンシンだ」


「人間……は!? バトルは!? どうなった!!」


 俺の胸ぐらを掴んで揺さぶってくる。

 どうやら元気は取り戻したらしい。


「バトルは……俺たちの、負けだ」


「……チッ」


 聞くや否や、ボルクは俺を突き飛ばして歯噛みする。忌々し気に顔を歪めて、


「オレっちは……ブーマー(・・・・)なんかじゃ」


(ブーマー……?)


 そういえば食堂でもそんなことを言っていた気がする。

 俺が揶揄されているのはブーギー(最下位)なのだが……。

 ブーマーとは一体なんだろうか。


 険悪な空気が流れる中、後ろから手を叩く音が聞こえた。


「はいはい。治ったのならさっさと帰んな。馬車も待ってんだろ?」


 医務室勤務の女医、チユだ。

 気怠そうに自慢の巨乳を揺らして、ガムを膨らませている。

 やる気がなさそうに見えて、傷だらけのボルクを数時間で完全に治してしまうのだから、尊敬だ。


 チユが親指でくいくいと出入り口を指すと、そこにはミミが立っていた。


「もう大丈夫なの?」


「あぁ。チユ先生が完璧に治してくれた」


 なんていうとチユは首を振って否定する。


「見た目だけだ。骨バッキバキに折れてたからな、くっつきはしてるがまた無茶したら折れる。暫くは安静にしてな」


「はい! ありがとうございます! ってあれ、ボルク?」


 ボルクはベッドから降りると少し肩を回して、身体の調子を確かめて横を通り抜けていく。

 すれ違いざまに、俺を一瞥して、


「オレっちは、治せだなんて頼んでねぇ」


 そう言い捨てて部屋を出ていった。


「……可愛くないやつ」


「まだこっちに慣れてないのよ。少しずつ仲良くなっていこ」


 それもそうかと納得した。

 アイツからすれば、突然住処から知らん場所に飛ばされてきたのだ。

 相手のことを慮れば、苛立つのも仕方ないか。


 というか、あいつ馬車に乗ること知ってるのか?

 という疑問にたどり着いたとき、俺とミミは同時に顔を見合わせていた。




 何とかボルクを捕まえて馬車に乗せる。

 俺のことはなぜか無視していたが、ミミの、


『お母さんが美味しい食事沢山用意してくれるよ!』


 という言葉に反応して、馬車の隅っこに縮まる形で乗り込んでくれた。

 現金なやつだ。


 しかし今まで通りの経済状況で言えば、ラビットフット家にそんな貯蓄はありはしない。

 三人の僅かな飯をやりくりするのに、必死な毎日を送っているのだ。


 そう、本来であれば、だ。

 この問題を解決するものこそ、モンスターテイマー助成金。

 テイマーという職種が他の職に比べて極めるのが難しく、かつ続かない。

 更にマスターライトの数の少なさからそのような制度を行い、幼少期からテイマーを募集しようという協会の計らいなのだ。

 その額は一人でも学園にかかる費用がまるまる返ってきてお釣りが来るほどだ。

 二人分なら多少の贅沢が許されるくらいにはお金が入った。


 その事を叔母さんに伝えると、


「ありがとう……ありがとうね、二人とも」


 泣いて喜んでくれた。

 正直、モンスターテイマーになる事自体難しい話ではない。

 俺が例外なだけであり、叔母さんが泣いて喜ぶほどの感動はないのだ。


 最初からモンスターテイマーを目指していたならの話だが。


「良いんだよ……お母さん」


 ミミはそう言っておばさんの背を撫でる。

 その複雑な表情の真意を知るのは俺達家族三人だけだった。



「今日はお祝いよ。倉庫のご馳走になりそうなものは全部使ったし、今朝市場でお祝いように買っていたの。さぁ、お食べ」


「「やったー!!」」


 夕食の支度が終わると、テーブルには見たこともないようなご馳走が並んでいた。

 まるまると太ったターキーに牛肉の塊。ドライフルーツやナッツが練り込まれたパンに、丸太型のケーキまで用意してあった。

 学園ですら見たことのない料理の数々に思わず涎が出てしまう。


「う、うめぇ!! うめぇぞ、これ!!」


「あ、おい! いただきますは!」


 まだ誰も手をつけてない料理に、かぶりつき始めるボルク。

 目をキラキラ輝かせて食らいついて離れない。


 俺が悪戦苦闘していると、叔母さんがボルクの鼻を突いた。


「め、よ。ボルちゃん。いただきますはしないと」


「ぼるちゃん!? 誇り高きドラゴンであるオレっちがボルちゃんだと!」


 口をあんぐりと開けて、一瞬呆けるが徐々に怒りに変わっていくボルク。

 まずいぞ、また昼間のバトルの時のように勝手に突っ走ったら、俺には止めることが。


「なに、誇り高いドラゴンさんはいただきますも言わないで食事をするの?」


「知らん! なんだ! いただきますってのは!」


「食べ物に、命を分け与えてくださってありがとうございます、という気持ちを込めてお食事を取る前にやる作法よ。ドラゴンにはないのかしら」


「ないな。やられるやつが悪い。弱いからだ」


「なるほど。価値観の違いね」


 叔母さんは少し考えると、思いついたように指を立てた。


「弱いから、は感謝しなくて良い理由にはならないわ」


「何でだ? 弱いから負けて食われるんだろ。それが摂理だ」


「ほら。貴方が言ったのは食べられる理由で、感謝をしない理由にはなってないのよ」


「あぁ? う、うーん、こんがらがってきたぞ」


 叔母さんの言葉に目を回し始めるボルク。

 ここが攻め時と言わんばかりに叔母さんはボルクに詰め寄った。


「貴方が今生きていられるのは食べ物のおかげなの。だから感謝はするの。わかった?」


「お、おう……わかったぜ」


 叔母さんの迫力にボルクはやられてしまった。

 さすが俺らふたりあを育ててきただけのことはある。

 あの問題児ボルクが一瞬で萎縮してしまった。


「そしたらみんな準備はいい?」


 皆で席につき手を合わせる。

 ボルクも見よう見まねで手を合わせた。

 そしていつものフレーズを。


「「「いただきます」」」

「いただきます」


 困惑しながらもボルクはちゃんといただきますを言えていた。

 この日のお祝いの食事の美味しさは生涯忘れる事はないだろう。


 きっと、ボルクもそうに違いない。

 昼間の怒りや不機嫌そうな顔はいつの間にか笑顔で溢れていたのだから。



 —



 それから数日。

 テイマーとしての授業は座学中心から実技中心に変わった。

 モンスターへの指示だし、変形の取り方、サポートスキルのタイミング等など。

 だがその全てで俺は、


「何回言ったらその通りに動いてくれるんだ! ボルク!」


「ふん」


 上手くいっていなかった。

 ボルクが何一つ言う事を聞いてくれないのだ。

 俺が攻撃と言ったら防御をするし、防御と言ったら回避する。回避と言ったら攻撃に突っ込むし、最早、敢えて俺の指示に従わないように動いているような気がした。


 何日経っても改善出来ないストレスに疲れ果て、俺は一人で広場の椅子に座って天を仰いでいた。

 ボルクはミミに預けてきた。

 どうせ俺といても話さないから、こういう時間くらいは一人の時間を──



「やぁやぁ今日は良いお天気で」


「わぁぁ!?」



 天を仰ぐ俺を突然覗き込む男の影。

 思わずびっくりして飛び退いたが、よく見たらそこにいたのは、季節に合わないマフラーときらりと光る眼鏡をかけた優男がいた。


「優男かよ……びっくりさせやがって」


「ひどいなぁこれでも一応教師なんだけど……」


「なーんか全然そんな感じしないんだよなぁ」


 酷い! と言って嘘泣きする優男。

 凄く接しやすすぎて困るくらいだが、確かに教師にタメ口というのも良くないか。

 元はと言えば初対面の時、テイマーになれないショックで気が動転した俺は、気を遣っている余裕はなかった。

 ここらで軌道修正しないと今後ずっとこんな気がする。


「失礼、でしたよね。えっと……ステルク先生?」


 慣れない言葉遣いにぎこちなさを感じたのか、優男は肩を落とした。


「い、良いよ。やりやすい方で……元々僕、そんなに敬われるようなタイプでもないからなぁ」


 あはは、と渇いた笑い。

 確かにこの見た目と性格だと、ダイやショウには舐められてしまいそうだ。

 しまいには虐められている姿が想像できてしまう。


「と、そんなことよりだね。悩みでもあるのかい?」


「え、何でわかったんだ?」


「いや、君の噂は聞くさ。テイマー失格、ドラゴン失格の失格コンビ。授業をはちゃめちゃに荒らしまわっていて先生がたが困っている、なんて噂がね」


「ぐ……」


「しかも君、あのドラゴンに顎で使われているそうじゃないか。この前はドラゴンに頼まれて、飲み物を買いに行く姿があったときいたよ」


「ぐぬぬ」


「モンスターにパシられるテイマーなんて聞いたことないな」


「ぐはぁっ!?」


 一番気にしていた事を的確に射抜いてくる。

 さすがに教師。侮っていた。


「んで、何に悩んでいるんだい」


「意地悪だなあ。そこまで聞いて何を……」


「モンスターを上手く操れないこと(・・・・・・・・・)に悩んでいるのかい?」


 優男は核心をつくように言った。

 続けて、


「ゼンシン君、君はテイマーとモンスターの関係は、一体何だと思う」


「仲間、と思ってた。でも仲間っていうなって。だから、そしたら俺がちゃんとテイマーとしての手綱を握らないと、って。そう思った」


 自信なくそう答えた。

 何も上手くいっていない今、やはり俺のテイマー適性ゼロという結果は間違っていなかった。

 そんな考えが頭の中を巡っていた。


 ぐるぐるぐるぐると。

 他の人ならこうはならなかったんじゃないか。

 俺がテイマーだから、ボルクはあんな態度をとっているんじゃないかって。

 不満だから──と。


 俺の答えを何度も噛むように頷いて優男は言った。


「なるほど。それはある意味で正しい」


「え?」


 てっきり否定されると思っていた答えに、俺は目を開いた。

 優男は続ける。


「仲間。主従。或いは家族。どれもテイマーのあり方の一つだ。答えなんてない」


「そ、それじゃ……俺は一体どうしたら」


「テイマーとは何か。君は最初、仲間、だと思ったんだろ? ならそれを貫けば良い。柔軟なのは良いことだけど、目に見えない不確かなものは直感に任せて進む(・・・・・・・・)のが意外と正解に近いのかもしれないよ」


「目に見えない、不確かなもの」


 それは絆だったり、信頼だったり。

 そういう心の繋がりを指すのだろう。

 俺もそうだと思っていた。

 モンスターとテイマーが心を通わせて、初めて本当の力を発揮できる。


 それこそ“モンスターテイマー”なのだと。


 直感に任せて進む。


 なぜだかその響きは、すとんと胸の奥に落ちていった。


「なんかわかった気がする!!」


「お。やる気出てきたかな?」


「あぁ! ありがとな優男!! 相談してよかった!」


「はは」


 俺は椅子から飛び出してボルクの元へと走っていく。

 優男はそのまま椅子に座って俺に手を振ると、


「小気味良いねぇ」


 そんな事を言って笑っていた。


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