第三話 指図するな
テイモンバトル。
モンスターテイマーという職業が一般化してから生まれた、娯楽興行の一つだ。
国の首都では闘技場が設けられ、賭けが行われたり、国技として扱われていたりもする。
よくテイマー同士が実力を測るのに使いがちだった。
「てか、ボルク。よくテイモンバトルなんてしってるな」
「オレっちが召喚された時、基本的なテイマーの常識が勝手に入ってくるんだ。気持ち悪りぃ感覚だけどな」
機嫌が悪いのは変わらずだ。
今でも口から火を吹きそうな顔でギリギリ耐えているようだ。
それは人間世界でモンスターが暴れる危険性を、理解できるだけの知性を持ち合わせていることの証左だ。
正直、テイマーになれるならスライムでもゴブリンでも何でも良いと思っていたが、これだけ知能が高いのは心強い。
俺たちは食堂から外に出て、すぐそばの広場でダイとショウと向かい合っていた。
鼻息を荒くしたボルクが飛びかからないかヒヤヒヤしていると、ミミがこっそりと耳打ちしてくる。
「もうサポートスキルは仕込んだの?」
「サポートスキル……? あ!」
まずい。
すっかり忘れていた。
マスターになったらまずすべき、必須事項の一つだ。
まさかこんなにすぐ実戦が来ると思っていなかったのが大きいが、俺の驚いた様子を見てミミは大きく溜息を吐く。
「しょうがないわ。私の考えた構成でよければ設定してあげるわ」
「はは、いつもありがとな! ミミ!」
笑って誤魔化すな、とゲンコツを一つ貰う。
ミミは優しいが厳しかった。
「バランス良いものにしようと思うんだけど良い? それともガンガン攻めるアタッカー型構成が良いかしら」
「バランスで大丈夫」
「分かったわ」
そういうと、懐から取り出した手帳に書かれた呪文を俺に教えてくれる。
サポートスキル。
マスターライトに登録できる、初代モンスターテイマーが考えた簡易術式の事だ。
唱えるだけで魔術を素早く使用でき、モンスターとの連携には欠かせないものだ。
元から魔術も使えれば問題ないのだが、一つのことを極めるのには人生一つ分必要、が魔に関連する術の共通認識である。
魔物操術も魔術も剣術も。
どれか一つに決めなければどっちつかずとなり、器用貧乏になってしまう。
「はい。攻撃力を上げる“強化”、瞬間的に傷を癒す“治療”、相手の攻撃を素早く躱す“回避”の三つね。登録の仕方はわかる?」
「あぁ。ミミに教えてもらったからな」
マスターライトを構えながら、呪文をひとつひとつ唱えていく。
すると、腕に三つの光が宿った。
「サポートスキルは時間経過で再度使用が出来る瞬間的なもの。使い所はマスターの素質の一つよ。頑張って」
「勿論! な、ボルク!」
俺が気合いを入れるため背を叩こうとしたら、思い切り睨みつけられた。
まるで、威嚇でもするように。
「ぅお……」
「準備できたか? ならさっさといくぞ」
「お、おう」
ぶっきらぼうに言い捨てると、ボルクは広場の中心へと向かっていく。
食堂での出来事は正直まだ人間の世界に慣れていないが故の言葉だと、そんな甘い考えをしていた。
愚か、と言われるかもしれないが。
今はまだ俺に慣れることが出来なくても、きっとしばらくしたら仲良くなれる。
そんな淡い希望を──。
「おせーぞ! ギャラリーが退屈しちまうだろうが!」
怒るダイとショウの言う通り、俺らの周りは生徒の野次馬が集まっており、大きな円が形成されていた。
ドラゴン、という超希少なモンスターが戦う様を皆見にきたのだ。
「はは! 悪かったな、顔に泥パックを塗ったみたいで」
「それを言うなら顔に泥を塗る……ってそんなことはどうでも良い! いけ! 俺のパートナーモンスター!!」
「いけー!!」
ダイとショウが同時にマスターライトを翳す。
辺りを強い光が照らし、現れるのは目玉に羽がついた悪魔種“イビルアイ”と巨大な黒い見た目が禍々しい熊、牙獣種“悪奥魔熊”。
イビルアイは拳程の大きさで俺が戦っても勝てそうだったが、問題は悪奥魔熊だ。
三メートル程の巨躯であり、腕を振るだけで簡単に人が千切れそうな凶悪な見た目をしている。
身体が大きくいじめっ子のダイには、ある意味ピッタリなモンスターといえよう。
「よし! 頑張るぞボルク!」
そういうとボルクは返事をせずに、スタスタと中心に行ってしまう。
手を伸ばしても当たらない、一から二メートルほどの距離を取り、モンスター達は止まった。
「と言うよりお前ら二人でボルクと戦うんだな」
「当たり前だ。お前のモンスターはなんて言ったってS級の超レアモンスター、伝説のドラゴン様だ。本当のドラゴンならハンデでも何でもないだろう?」
「またオレっちを馬鹿に……」
ダイの挑発にボルクはギリリと、歯を食いしばり、怒りを露わにした。
目は縦に開き、息は荒い。
本当に爆弾が爆発する一秒前と言った具合──
「えー、それでは臨時の審判としてミミ・ラビットフットが請け負います。両者共に良いですね?」
いやいやそうに、それでも真面目に審判をしてくれるミミは優しい。
ミミはゆっくりと腕を上げて、
「よーい」
準備を促す。
ボルクは前傾姿勢に構え、同じように悪奥魔熊も四つん這いになる。
イビルアイは後方で待機していた。
緊張感が走る。
まだかまだかと待ち構えて、そして。
「はじめ!」
「うおおおおおおお!!!」
「Gaaaaaaaaa!!!」
ミミが腕を振り下げたと同時、ボルクと悪奥魔熊が走り出し、衝突。
衝撃が観客含めた俺らに突風として襲い掛かる。
凄い衝撃だ。
余波を受けただけでその壮絶さが理解出来た。
何より。
「おおおおおお!!」
ボルクの怪力が凄い。
子供の俺より小さな体躯でありながら、三メートルを超える悪奥魔熊と力比べで拮抗していた。
それどころか、
「おらぁぁっ!!」
「Grau!?」
「なにぃ!?」
熊を押し除けて、弾き飛ばす。
そのあり得ない光景にダイ、観客も揃って声を出して驚いた。
そして、
「豪炎咆哮!」
ボルクが口を開け、火龍の代名詞たる炎のブレスを吐き出さんと口を開けた。
大きな口から形成されるは赤と黄色が入り混じった炎だ。
その直撃を喰らったならば骨の髄まで溶けてしまいそうな、そんな雰囲気さえした。
ダイと熊も汗を垂らし、どうしようかと焦っている。
互いにテイマーとしての経験はない。
ピンチに陥った時の対処法も知らないのだ。
「よっしゃ! そのままいっけー!!」
と、俺が声援をした次の瞬間。
「けほ」
ボルクの額に黒い紋様が現れたと思えば、炎は煙に変わり、不発に終わる。
そのあまりにあっけない光景に、一瞬時は止まり、そして。
「「「あははは!!!!!!」」」
笑いが巻き起こった。
ボルクは自らが生み出した炎により、爆発で黒焦げになっている。
それを見た観客が笑いを堪えきれなくなったのだ。
「やっぱり、落ちこぼれには落ちこぼれが似合ってるぜ! サポートスキル“強化”三つ重ねがけ!!」
「Graaaaaa!!!」
ダイがマスターライトを翳すと熊に赤いオーラが宿る。
強化による攻撃力の増加だ。
「三つ重ねがけ!? そんなことが」
「攻撃全振りだ! いけ!!」
熊はダイの言葉に合わせて突進する。
ボルクは咄嗟に身構える。
だが、魔術によって強化された熊の一撃は、先程の拮抗が夢だったかのように、軽々とボルクを空中に吹き飛ばす。
「うわぁぁぁぁ!!」
「ボルク!」
「それだけじゃ終わらないよ! イビルレーザー!!」
「チチ!」
空中で回避ができないボルクを狙ってのイビルアイからの光線攻撃。
もし直撃したならば、ボルクは戦闘不能になってしまう。
そんなことはさせない!
「サポートスキル“回避”!!」
言葉と共に空中を舞っていたボルクは、地上へと瞬間移動した。
ボルクが元いた場所を光線が通過して、何とか難を逃れる。
腕にカチャンという音と共に術式の帯が数字を表示する。
冷却時間。俺が次に使えるサポートスキル“回避”の時間を示していた。
八時間。つまりもうこの試合中には使えないということ──。
「甘いぜ!!」
「な」
俺が回避を使って移動させたところに向かって熊が突進していた。
数秒後には激突する。かといってボルクがまともに受けられるわけがない。
「一旦下がれボルク!」
「うるせぇ! オレっちに指図すんな!!」
「な!?」
走り向かってくる熊は正しく戦車が、突っ込んでくるに等しい質量と攻撃力だ。
一度吹き飛ばされたボルクが勝てるわけがないのに、ボルクは身構えて、そして。
「うおおおおおおおお!!!」
熊と衝突。
見るまでもなく結果は目に見えていて、
ボルクは宙を舞っていた。
「試合終了!! 勝者、ダイとショウ!」
初のテイモンバトル。
それは心地の良い勝利などではなく、
ただただ虚しい敗北だった。