第二話 用意しろ
「オレっちが、お前のテイマーだ」
俺を足蹴にする赤いドラゴンの子供。
赤く光輝く鱗に、巨大な腕と足、大顎は岩さえも噛み砕きそうだ。翼はなかった。
そんなドラゴンの子から溢れ出る強烈な自信の感情。
最強種の一つとしての自信なのだろう。
俺ら人間に対する蔑みの感情が滲み出ていた。
だがどこか、それ以外の感情も混じっているような。
「う、うーん。いやはや。召喚術で子供とはいえ、ドラゴンが呼び出されるなんていう夢を見てしまった。さてさて、本当に召喚されたのはっと」
気絶していた優男は埃を払い、服を整えてスタスタと洞窟にやってくる。
眼鏡を念入りに拭いて、ゆっくりと俺らに視点を合わせて、顎が外れた。
「やっぱりドラゴンだぁぁぁぁあ!!?」
「うるせぇな。人間ってあんなんばっかなのか?」
「静かな人もちゃんといる」
「んじゃ、アイツが特別うるさいのか」
赤いドラゴンは納得して頷く。
優男は膝から崩れ落ち、わなわなと現実が信じられないと言った風に震えていた。
頭をブンブン振り、気を取り直すと、凄いスピードで這ってドラゴンに近寄った。
懐からメモ帳を取り出して、眼鏡を光らせる。
「煌めく赤い鱗は火龍の特徴。それにこの鋭い牙に大きな顎。通常火龍であれば腹部は火炎袋で膨らみ、翼を生やしているタイプが文献には記載されているが翼はなく、顎と腕、爪や牙が発達していることから肉食であり、地龍にも属していることが窺える。すごいすごいぞ! 本の通りなのに本通りじゃない!!」
「やめろー!!」
ドラゴンの歯茎を見たり、爪を触ったり、尻尾に触れたりと、突然観察を始める優男に最初は驚いて動けなかった赤いドラゴンも、さすがに怒った。
洞窟内をドラゴンの咆哮が響き渡る。
人の叫び声とは比べ物にならない、本物のモンスターの鳴き声だった。
「き、気持ち悪いやつだぜ……まさか求愛してるのか? お、オスは趣味じゃねぇ」
「なんと! 火龍……いやこの場合は地火龍とでも呼ぶべきか? の繁殖のためには相手の身体を触るという行為があるのか! これは、大発見だぞぉ」
なんて言いながら必死にメモを取る優男。
研究者も大変だ。
「それよりドラゴン、お前の名前はなんて言うんだ?」
「あん? ドラゴン様、だろ! まぁいい。聞いて驚け!」
少し不機嫌そうにしながらも召喚術式の台座に立つと、光降り注ぐ吹き抜けに向かって指を指した。
「オレっち様は、業炎龍王プロクスが一子、ボルク! いつか、全ての龍を統べるドラゴンになるドラゴンだ! 平伏せ!! 人間!」
「おおー」
「こりゃまた凄い自尊心だね」
ドラゴン渾身の決めポーズに拍手。
優男は優男で事細かにメモをとっていた。
俺らの反応に呆れたようにドラゴンは、
「人間ってこんなに反抗心ないもんなのか……調子狂うな」
一挙手一投足に喜んでいる俺を、吟味するようにドラゴン──ボルクは見ていた。
反抗心、というかなんだかんだ言いつつも契約をしたんだ。演出の一環と思えば良いだろう。
このくらい意気込んでる奴の方が戦い嫌いとかじゃ無くて助かる。
すると、
「あ、そうだ」
何かを思い出したようにポケットを探る優男。
取り出したのは白い石だった。
「コレが君のテイマーの証。マスターライトだよ」
「これが……マスターライト」
何の変哲もない、白い丸い石だった。
だがそれを俺が持った瞬間、光り輝く。
その光が収まった時、石にはとある紋様が刻まれていた。
「よし。これで認証完了だ。名実ともに君はテイマーになった。その石こそ君と地火龍……ボルク君とを繋ぐものだ。大事にするんだよ」
「コレが……俺の」
「石を擦るとマスターレベルというのが見れる。他にもたくさんマスターになってからはやることがあるんだけど……覚えてるかな?」
心配そうに覗き込む優男。
テイマーの適性がゼロだったことを考えれば、その心配こそ理解出来る。
だが、俺に限りその心配は不要だった。
「俺は実技はほぼゼロ点だったけど、こう見えて筆記は……赤点は取ったことないんだぜ! 優秀な幼馴染がいたからな」
その言葉を聞くと優男は肩を少し落とした。
「赤点回避は普通だけどね……ま、それはともかく」
俺の肩に手を置いて。
静かに言った。
「頑張ってきたんだね。なりたかったんだね、テイマーに」
「ああ!」
優男に言われたことは小さな事だ。
だが幼馴染にすら半ば諦めかけられていた俺が、誰かに認めてもらえた事実は、言葉にできない嬉しさがあった。
「なぁなぁ、人間よぉ」
そんな感動のシーンでありながら、ボルクはお構いなしに俺の服の裾を摘む。
鋭く太い爪を持っているというのに器用なやつだ。
「どうした?」
「オレっち、腹減った」
—
午前中に行われたモンスター選び。それが終わり昼に多くの同級生がマスターの儀を終わらせていた。
だが、午前中でも選びきれなかった子たちは未だにモンスターを選んでいるという。
予定が押しても、モンスター選びだけは長い時間を取っても良いというのが、この学園ひいては協会のスタイルらしい。
一生に一度のパートナー選びだ。
思えば当たり前かもしれない。
「なぁ、ミミは結局パートナーは何にしたんだ」
「え、えっと私は、アルミラージ、だけど」
「おお! やっぱり兎のモンスターだよな! ミミにぴったりだぜ!」
俺たちは食堂に来ていた。
机を挟み、向かい合うようにしてミミと昼食を取る。
ミミは女の子らしく野菜炒めの定食で、俺は大盛り焼肉定食だ。
学食は無料だから食べれば食べた分だけ特になる。
「そしたら何でアルミラージにしたんだ?」
「元から決めてたのよ、お父さんが好きなモンスターだったから」
「へぇ……親父さんが……」
「えぇ。っというか、ゼンシン」
「ん?」
食事の手が一ミリも進まないミミの表情はずっと、唖然としていた。
空いた口が塞がらないなら食事が出来ないのも道理だろう。
右左に往復する視線は俺の横に固定され、その先には。
「説明、を、さすがにしてほしいんだけど……」
巨大な肉を喰らうドラゴン、ボルクがいた。
「お、悪ぃ悪ぃ。俺のパートナーモンスター。ボルクだ! よろしくな」
「よろしくな、人間のメス!」
なんて言ってボルクはモンスター用の学食、骨付き肉を既に三つも平らげて四つめにかぶりついていた。
ちゃっかりと五つ目も用意されているし、学食のおばさんがこっちを睨んでいる。
もうおかわりには行かないでほしい。
「人間のメスって……私はミミ、じゃなくてドラゴン!? どういう事よ! 貴方適性は? しかもドラゴンって、ああ、なんか頭痛い」
「優男先生に相談したら何とかなった!」
「優男……もしかして、ステルク先生のこと? 変人で有名だけど、でもドラゴンって……」
ミミはもう何が何だかわからないと言った感じで頭を抱えている。
そうだろうそうだろう。
何せ皆が馬鹿にしていた俺がテイマーになったのだ。
おかげで食堂も俺らが入ってから騒つきっぱなし、今も視線が雨のように注がれている。
今まで感じたことのない優越感だ。
コレからモンスターテイマーになって、こんな目で見られると思うとワクワクしてきた。
「てか、ミミのアルミラージはどこに行ったんだ? どこにも見当たらないけど」
「え? モンスターはマスターライトに収納出来るのよ。ほら」
そう言って取り出されるミミのマスターライト。
そこに描かれた紋章は俺のとは異なっていた。
中心に三つの光が灯り、そのうちの一つが光っている。
石の中では薄らとツノの生えた兎が寝ていた。
「あ! そういえばそうだったな。ほら、ボルクも入れよ」
モンスターテイムしたらまずはマスターライトに入れる。
テイマーの常識の一つだ。
人間は魔力を使用して使う魔術や魔力を用いた訓練をしない限りは、ほとんど魔力を消費しないため、生活エネルギーを食事で摂るだけで済む。
モンスターは俺らと違って魔力を消費して生活しているから、人間より燃費が悪い。
魔力のある生物を食べたり、魔力の元となる魔素が濃い地域で暮らしたり、色んな方法でモンスターは魔力を補充する。
パートナーモンスターに限っては、マスターである人間から吸収されていくので常時外に出しておくのは疲れてしまうのだ。
だから、基本は石にモンスターを入れるのだが。
「嫌だ」
「え?」
「嫌だって言ったんだ、人間」
ボルクは五つ目の肉を平らげて、骨を噛み砕いた。
バリボリと音を立てて、俺を睨みつける。
「なぜオレっちが従わなきゃいけない? テイマーはオレっちだ。何ならお前が入ればいい」
「な……お前、まだそんなことを」
「ウソをついたと? はっ!」
砕いた骨で爪楊枝を作り、自身の歯を手入れするボルク。
その表情は、洞窟で滲み出ていた蔑みの感情の比ではない。
あの時よりも明確に、より強力になった差別のものだった。
「オレっちを従えられると思ったら間違いなんだよ。そもそも適性がなかったんだろ? 生意気だよなぁ」
「な、な」
「アレだろ? 落ちこぼれって、やつだろ? はぁ嫌だ嫌だ。そんな奴がオレっちみたいな特別強いモンスターを引き当てたからって、まるで勝ち組みたいな顔してやがる。うんざりするぜ、その顔に」
「おい! いい加減にしろよ。コレから一緒にやっていく仲間だろ!」
勝ち組みたいな、顔をしている?
俺はそんな慢心に浸っていたと言うのか。
確かに少しだけ気分がよかったのは事実だ。
だがそれは決してドラゴンだったからと言うわけじゃあ。
──待てよ。
何か違和感を感じた。一体コレは何の……。
と俺が少し考えていると、ボルクの鋭い爪が俺の胸元にとんと、置かれる。
それだけの服は貫かれ血が滲んだ。
「勘違いするな。オレっちとお前はただの契約関係だ。良いか? オレっちの前で二度と仲間だなんて言葉を使うなよ」
釘を刺される。
痛みと共に、威圧と共に。
それは人間とドラゴンという種族が全く違うことを如実に表した、言わば存在の違いの見せしめだ。
ボルクは俺とは違うということを植え付けようとしている。
恐怖と共に。
「そ、そんなこと言ったって──」
「おいおい! マジでドラゴンテイムしてんじゃんかよ!」
最悪の空気の中、陽気な声と共に二つの人影がこちらに近寄ってくる。
見覚えのある、今この場で一番きて欲しくない存在。
ダイとショウだった。
「あのゼンシンがテイマーになったなんて噂と、ドラゴンをテイムしたなんてホラ話が出回ってるからよう、いざ来てみればマジじゃねぇか!」
「いやー奇跡ってあるもんだねぇ」
「オレっちが? テイムされたって……」
ダイとショウの言葉に噛み付くボルク。
ドラゴンの威風はいじめっ子には強過ぎるのか、少し睨みつけただけでその姿は消え、近くの柱に二人で身を寄せ合っていた。
「へ、へん! お前みたいな落ちこぼれがドラゴンなんてありえないんだよ! どうせそのドラゴンも見せかけなんだろ!」
「そうだぞ! ブービーの癖に生意気だ!」
そんなこと言ったらまたボルクが怒り出すぞ。
と頭を抱える。
見せかけなんて言葉、ボルクからしたらドラゴンの侮辱に他ならない。
今にも飛びかかって噛みつきそうな──
バキリ! と、横を見たら。
そんなレベルではなかった。
あまりの怒りに骨を噛み砕き、瞳孔は縦に開いていた。
「ブーマー……って言ったか、このオレっちが」
噴火である。
ボルク山の大噴火だ。
そばにいるだけで熱が伝わってきそうなほどの怒りの熱量に、俺は思わず一歩引いてしまった。
何に、そんなに怒っているんだボルクは。
「ブーマー? かなんかよくわかんねぇがああ! そうだよ! お前なんてオレのモンスターでイチコロだぜ!」
「そうだそうだ!」
ボルクの様子に怯えながらも、勇敢か無謀か挑発を続けるダイとショウ。
その言葉に遂に何かが切れたのか、
「おい、人間」
ボルクは俺の胸ぐらを掴んで、睨みつけた。
「テイモンバトルするぞ。用意しろ」