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第一話 後偏 オレっちがお前のマスターだ



「ただいま」


「二人とも、お帰りなさい」


 馬車に揺られること二時間。

 辺境の田舎である俺らの村に帰り、俺はミミの家(・・・・)に帰ってきた。


 俺たち二人の帰宅に出迎えてくれるミミのお母さん。

 エプロンを身につけて、手を拭いているところを見ると、どうやら料理中だったらしい。


「おばさん手伝うよ」


「大丈夫よ、先にお風呂に入りなさい」


「先にミミ入るだろ? だからその間手伝うさ!」


「それもそうねぇ……お願いしようかしら」


 なんでやり取りを交わして、俺はラビットフット家の夕食の準備に取り掛かる。

 ラビットフット家の親父さんはいない。俺らが幼い頃に亡くなってしまったらしい。

 だが親父さんが残してくれた財産もあって、おばさんが畑仕事をしながらでもミミを学園に通わせる事ができていた。


 そして俺もまた、その世話になっていた。


 ミミのあと、俺も風呂を済ませてみんなで食事をとる。

 暖かい食卓だった。

 いつまでもそんな日々が続けばいいと思うが、そうはいかない。

 どれだけ莫大なお金があったとしても、子供二人を女手一つで育てて、やりくり出来る財産があるなら、貴族になれる。

 食事が少しずつ減ったり、彩りが減っていくのを見て、どれだけおばさんが苦労をしているのか身に沁みて理解する。


 ミミもおばさんも口には出さなかったが、俺の存在は明らかに負担だ。

 だがこれを解消する手が一つだけある。


 そのためにも、俺はテイマーにならなければならない。


「テイマーに、俺は……」


 ベッドに潜り込むと死ぬように眠った。

 いつも全力だ。全力だからこそ負けられないのだ。

 必ずテイマーになる、そう誓いながら眠る。


 眠りに落ちる中、ミミがそっと布団をかけてくれたような、そんな気がした。


 —


 次の日。

 遂に俺が、いや皆が待ち望むマスターの儀が執り行われようとしていた。


 マスターの儀。

 それは、テイマー見習いが初めてモンスターをテイムすることを認められ、午前はモンスターを選ぶ時間、昼に契約を結び、午後はモンスターとの交流を図る、という日なのだ。


 基本的にモンスターテイマーとしての訓練を二年受け、三年生で漸くテイマー適性年齢として認められ、初めてモンスターをテイム出来るようになる。

 俺たちは三年生だ。

 年齢こそ数年の差はあれど、皆二年半の授業と実技を行ってきた。

 これで今日俺もテイマーに────



「いや、君はダメだよ」


「え?」



 と意気込んで、やってきたマスターの儀当日。

 モンスターを飼育、調達、管理する研究者兼教師に止められた。

 きらりと光る眼鏡と季節に合わないマフラーが特徴で、優男な顔つきだったが、その表情は真剣そのものだった。


「な、なんで!!」


「だって、マスターの基準値通過してないじゃない」


「……なに?」


 マスターの基準値。

 どうやらいつもの授業がその基準値の測定を兼ねていたらしい。

 魔力の数値、操作、純度、全て不合格。

 故にマスターの儀は出来ない、と。


「そ、そんなことあるか! マスターの儀に参加したやつは、みんな例外なくテイマーになれるって……」


「ああ、例外はないよ。僕が教師になってから、十二年。一度もこの基準値を下回った子はいない」


「な」


「凡人を絵に描いたようなステータスだねぇ。特に魔力ゼロってのが痛いな。モンスターってのは魔力で個体の強弱を識別する。このままじゃあスライムにだって舐められちゃうな。本来はさ、ある程度の基準値さえあれば、テイマーにはなれるんだよ。つまりね、これは便宜上の試験。落ちるということはほぼあり得ない。はず……だったんだけどね。歴史的な瞬間に立ち会っているのかもしれないね、僕は。はは」


 はは、じゃないよ。

 優男風の面してるくせに言ってることは鬼畜のそれだ。

 モンスターテイマーになるために学園に入って、テイマーになることが確約されていたのに、そのために高い金をミミのおばさんが払ってくれたのに。


 どうして。


 視界が歪む。

 足に力が入らなくなり、膝から崩れ落ちた。

 頭は真っ白だった。

 また横をダイとショウが通り過ぎて何か言っていたが何も聞こえない。

 頭の中でずっと笑われていた、クスクスや嘲笑う顔が俺の周りを回っている。

 もう俺はこの世界から抜け出せない。

 おばさんを救えない。

 伝説どころかモンスターテイマーになる道は途絶えてしまった。


 もう──どうしようも。


「あーとはいえだね。君自体が前例のない初めてのことだ。従来の子達のように、僕が集めてきたモンスターの中から選ぶという行為は出来ないが……」


「な、何か方法があるのか!?」


 希望があるなら藁でもつかむ。

 俺は優男の襟を千切れんばかりに掴んだ。


「こ、こらこら。落ち着いて落ち着いて。確実性なんてないんだから期待しないで」


「あ、ああ。そう、なのか」


「うん。そもそも基本的には僕がある程度の種類のモンスターを集めているから、そこで完結するんだけど。稀にね、それ以外がいいと言う子がいるんだ。そんな子のために、とある魔法陣がある」


 そう言って、他の子が大量のモンスターが暮らしている学園のモンスター館で最初のパートナーを吟味する中、俺は全く違う場所に連れてこられた。

 モンスター館に隣接する小さな洞窟だった。

 そこの空気はどこか澄んでいて、小さな光がふわふわと漂っている幻想的な場所だった。


「人間が主体となり、パートナーのモンスターを選ぶのがテイマーの常識、そうだね?」


「う、うん。そう授業で教わった」


「例外があるとしたら?」


「例外?」


 俺は優男の言葉に、予想もつけられなかった。

 必死に考える俺の様子を見て、嬉々として優男は語る。


「テイマーの常識。マスター側がモンスターを選ぶのではなく、モンスターが(・・・・・・)マスターを選ぶ儀式。それこそ、古の時代に忘れ去られた、モンスター召喚の魔法陣だ!」


 暗闇の先で一際光が強い空間があった。

 その光に吸い込まれるように進めばそこは洞窟の終着点。吹き抜けから太陽の光が差し込み、その下にある魔法陣を照らしている。

 微精霊が踊るように辺りを揺らめいて、そこは光の祭り会場だった。


「すげぇぇ……」


「この魔法陣に乗り呪文を唱えると、世界中のモンスターに信号が発信される。君と、主従の関係を結んで良いと、心の底から嘘偽りなく思ったモンスターが強制契約を結んでここに召喚される。とはいえ、だ」


 優男は眼鏡を光らせると、釘を刺すように声音を落とした。


「この魔法陣に確実性はない。君がマスターでは嫌だと、信号を受信した全てのモンスターが思った場合、召喚は出来ない」


「つまりは、俺次第……ってことか」


「その通り。この召喚術も歴代で召喚出来なかった人間はもちろんいないし、強制契約を結んでしまうから一回きりだ。望んだモンスターがテイム出来なかった子もいる。問題はそれだけじゃない」


「それだけじゃ、ない?」


 優男は眼鏡をくいとあげて言った。


「強制召喚された際、パニックやマスターに不満を持ったモンスターに襲われた例もある」


「え!! こ、心の底から関係を結んだんじゃないんですか!」


「契約上はね。でも僕が集めてきたモンスターは子供向けの穏やかなやつばかりだ。世界中のモンスターとなると気性が荒い奴もいる。飼い主を噛む犬だっているだろ? そういうことだよ」


「そんな……」


「ま、最悪腕一本持ってかれるんじゃないかい? はは!」


 いや、絶対に笑い事じゃない。

 これだから研究者は倫理に欠けて困る。


「ま、これが許されるのも()だから、何だけど……」


「……? それはどういう」


「あはは! 気にしないでくれ。それより、それらのリスク、全てを承知した上で、召喚をする。それでも良いね?」


「もちろん!! 元より俺が下がる道はないんだ。前に進むだけだ!」


 俺はそもそもテイマーにならないと言われたばかりなのだ。

 絶対にテイマーにならなければならない俺にとって、この程度のリスクはリスクじゃない。

 俺は魔法陣が描かれた台座に勢いよくジャンプして、優男教師に振り向いて胸を叩いた。


「一切の迷いなし、か。小気味良い。ならば僕に続いて詠唱したまえ!! 

 ──我、魔の担い手になりし咎人なり」


「──我、魔の担い手になりし、咎人なり」


 目を瞑り、優男の言葉に耳を澄ませて、復唱していく。

 たった一フレーズの言葉で俺の周りの空気が変わった気がした。


「我が力、我が心、我が罪を認めるならば応えよ」

「我が力、我が心、我が罪を認めるならば応えよ」


 召喚の呪文は何故か頭に少しずつ浮かび、一小節目よりも重なって詠唱する。


 空気は竜巻を起こし、俺の周りを観察するように舞っていく。

 微精霊達が俺を値踏みし、モンスターに俺を伝えているのだろうか。

 俺、ゼンシンはこのような人物だよ、と。

 肌に触れる精霊の暖かさが、なんとなくそんな雰囲気を思わせる。


「「天秤は傾いた。魔天は堕ち、煉獄は今ここに! 我と共に地獄を歩まんとするなら結べ、七魔の約定を!!」」


 最後、三小節目で完全に俺と優男の言葉がシンクロした。

 召喚の呪文は問題なく作用し、足元の魔法陣が強烈な光を放った。


 光は莫大な風と強力な赤の光を放つ。


「う、な、なんだこの風はぁぁっ」


「優男! あちっ」


 優男は耐えきれず洞窟の方へと吹き飛ばされる。

 光の中、燃えるような熱さを感じた。

 焼ける。このままでは、燃え尽きて灰になる。


 心が負けて、挫けそうだった。

 でも。


「折れねぇ──!」


 風は小さな砂利を巻き込んで俺の身体を打ち付ける。

 何度も何度も俺の身体を攻撃して、遂には左腕が力無く垂れた。

 それでも。


「負けねぇ──!!」


 魔力が内側からどんどん吸収されていく。

 力がなくなり、片脚が折れるがもう片足は耐えてみせた。

 絶望にはもう、


「屈しねぇ──!!!」


 ただ前に進み続ける。

 ゼンシン。前に。前だけに。

 絶対に、逃げ出したりなんかしない!


「俺の名前はゼンシン! ゼンシン・アトラクティアぁっ!! 来いよ、俺のモンスタァァァァッッ!!!!」


 刹那──風は止み、光が視界を潰した。

 直後、背中に強い鈍痛。そのまま俺は地面に伏した。

 収束した風は強力な爆風を呼び、俺のことを洞窟の壁まで吹き飛ばしたのだ。

 ろくな受け身も取れず、背を強打した俺は意識をなんとか持ち堪えさせ、魔法陣の方を見る。


 白い煙の中、何かがいるような気がして。


「せ、成功したのか。こんな爆発今までなかったが……」


 洞窟の奥から優男が砂埃に塗れながら帰ってきた。

 どうやらこの爆発は例外らしい。


 ならば、ならばこそ成功してくれ、と。

 願って。


「「あ……」」


 煙が晴れた先にいたのは小さく丸まる赤い何か。

 陽光に反射する赤い鱗はマグマのように光り輝き、鋭い牙は岩さえ噛み砕きそうだ。

 抱き抱えられるくらい小さくてもなお、こちらが身震いしてしまう威風を放つ。


 それは伝説。或いは英雄譚、または童話で語られる、神話の時代に忘れ去られ、現代では見ることもなくなったS等級ランクのとびきりのレアモンスター。


 ドラゴン。

 その子供がそこでトグロを巻いていた。


「俺、の、モンスターが、ドラゴン?」


「ば、ばばばばばぁ……」


 何故か召喚した本人じゃなくて、優男が泡を吹いて倒れてしまった。

 まぁ、彼のことを気にしている暇はない。

 俺は今モンスターを召喚したのだ。

 ならば俺が先にマスターとして威厳を。


「あれ」


 と、優男に気を取られたその一瞬で、台座からドラゴンが消えていた。

 何もいない台座を呆けて見ていれば、視界は暗転。プラス、顔に冷たい感触。


「ほえ」


「テメェがオレっちのテイマー?? ははっ! そりゃあ良い」


 屈強そうな脚で立つ赤いドラゴンは、大きな口を開けて高笑いした。

 丸まっていたから分からなかったが、翼はない。脚と腕が発達したタイプのドラゴンか、腕が太ももと同じくらい太く、爪も太く鋭い。

 人なんて簡単に切り裂けそうな爪をぺろりと舐めて、ドラゴンは言う。


「決めたぜぇ、テイマー。いや、人間。今日からオレっちが、お前のテイマーだ」


第一章の投稿は本日中に全て投稿します!

終わり次第明日、二章の投稿を致します!

二章終わったのち、毎日1話〜2話更新の予定です!

よろしくお願いします。

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