第九話 間章 漆黒の王と騎士
窓の外では鳥がちゅんちゅん鳴いている。
心地よい早朝に、皆ようやく目が覚める中、もう活動を始めている男が一人。
「いやはや、今年も豊作だねぇ」
大量に積まれた本と本棚に囲まれたカビ臭い部屋の中で、眼鏡とマフラーをつけた白衣の男が茶を嗜んでいた。
優男こと、ステルク。
学園所属のモンスター科担当教員だ。
彼は自室で学園の名簿とモンスター登録書を見ていた。
今年三年生になった生徒のものであり、誰がどのようなモンスターをテイムしたのか、その一覧だった。
ステルクの把握し忘れ、記入漏れがないかを確認していたのだ。
「おや……おかしいな。人数と合わない」
ステルクは首を傾げる。
モンスター登録者と名簿の数が合わないのだ。
照らし合わせていくと、一人だけまだ登録が終わっていないことがわかった。
「さて期限は今日だが……」
なんて頭を悩ませていると、扉を叩く音が。
こんな早朝に一体誰が、と訝しみつつ、返事する。
すると扉を開けたのは、一人の少年だった。
スラリと伸びた手足に、少しもブレない佇まいは優れた運動能力を感じさせる。
端正な顔立ちに漆黒の長髪が三本、尾を引いていた。
ステルクは何よりその目と魔力に驚いた。
強さのみを求めるギラついた眼光に、闇のオーラと見間違う凄まじい魔力量。
この学園にいる教員にも匹敵する魔力量だ。
既に生徒の範疇を超えていた。
そこでステルクは気づいて、手元の紙を見た。
「君は……まだマスターの儀を終えていない夜剣刻影くん、だね?」
「そうだ」
遥か遠い東の国から態々やってきた留学生ということだったが、これほどとは。
ステルクは感心した。
魔物操術協会も資金が潤沢というわけではない。
留学生も引き入れるのは一名だし、年によっては合格ラインに立たないものだっている。
その中で選ばれる超優秀生だ。
全学年で見てもトップクラスの実力者になることだろう。
「もしかしなくても、パートナーモンスターに困っているのかな?」
「あぁ」
「はは。それでこの時間を選んで来るなんて、僕が暇な時間をよく調べてるね。どんなモンスターがいいんだい?」
ステルクはこの学園一人のモンスター担当だ。
学生全員のモンスターを選ぶため、一年かけてモンスターを捕獲してくる。
多忙を極めるため、基本的に朝以外は外出していた。
「召喚術」
「……それをどこで」
「ドラゴンを、みた。モンスター館にはいないだろう。ならば召喚術しかありえない」
「……! って、まぁそれもそうか」
ステルクは観念したようにため息を吐いた。
基本的に学園で用意されるモンスターはB級という等級のものが選ばれる。
等級はランクとも呼ばれ、上がるにつれて強さ・珍しさが変わる。
Bという等級は新米テイマーが扱うにはちょうど良いランクとされていた。
だからこそ、最初からランクの高いモンスターを引き当てる可能性がある召喚術は、年に数人必ず生徒から打診がある。
それも、貴族や王族関係者がほとんどだ。
古代の秘術なんて言われてはいるが、基本的に使わない方が良いとしている故に、誰もが知っていることではない。
理由は単純。
新米テイマーが下手にAランク以上のモンスターを引き当てて、モンスターから反抗を受けるなんてよくある話だからだ。
SでなくてもAでも充分に危険だ。
Aともなってくると、教員が一人で止めるのは非常に難しい。
故に、他の学園では召喚術を使用する場合は複数人での立ち合いが基本だが。
ステルクのみは例外だった。
「この学園では、召喚術は無いと思っていた。まさか、隠されているとは」
「隠してるわけじゃないよ。偶々人の目に見つからない場所に適性があっただけの話だよ」
ステルクは机に置いてある純白の鍵を取る。
「ついてきなさい」
秘されているわけではないが、一般的ではない召喚術を知っているという事は、それなりに夜剣も良いとこ出の子供なのだろう。
名簿にはそれらしき記述は見当たらなかったが、あの魔力を見てしまえば何となく察することが出来た。
召喚術の洞窟に着き、早速夜剣は台座の上に立った。
「そしたら僕が召喚用の詠唱をするから君が続いて」
「必要ない」
「え?」
ステルクがいざ意気込むと、それをバッサリ夜剣は切り捨てた。
そしてそのまま手を翳して、夜剣は詠唱を始めた。
「我、魔の担い手になりし咎人なり」
「詠唱の暗記……!? な、なんだ?」
夜剣の詠唱と共に空気が変わる。
暗闇が蔓延り、光が失われて闇に飲まれていく。
「我が力、我が心、我が罪を認めるならば応えよ」
洞窟内は瞬く間に闇に閉ざされた。
黒雲と一体化した竜巻が吹き抜けより飛来して、夜剣を包み込んでいく。
轟く雷鳴が迫り、稲妻が洞窟の内壁を容赦なく破壊する。
「天秤は傾いた。魔天は堕ち、煉獄は今ここに。我と共に地獄を歩まんとするなら結べ、七魔の約定を」
召喚の呪文は間違いなく作用し、唱え終わったその瞬間。
黒雲と竜巻は内側から霧散して、天から黒い稲妻が台座へと落ちた。
「な、なんだぁぁぁっ!?」
爆発と共にまたしてもステルクは吹き飛ばされた。
舞う土埃。明滅する黒い雷。
その中心に立つ、夜剣は微動だにしなかった。
まるで王の佇まい。
夜剣は静かに、召喚術により現れたモンスターを見定める。
黒い稲妻が走る漆黒の鎧は、所々が欠けており、年季を感じさせる。
頭部がない鎧の首の根本から一気に青白い炎が溢れ出す。
鎧から発せられる禍々しいオーラに、その手に持つ荘厳な意匠を施された漆黒の大剣。
──デュラハン。
不死属性系のモンスターの中でも、珍しく耐久性と攻撃性を兼ね備えた強力なモンスターだ。
中でも珍しい特性として鎧の持ち主、食した魂のレベルによりその強さを引き上げる。
更に強力な個体によっては元持ち主の魂が宿り、その剣術を真似するという。
夜剣が召喚したのは正しくその強力なタイプと、ステルクは見ていた。
種族として、一般的にはレア度B等級とされるデュラハンだが、眼前に召喚されたものはB等級を凌駕する強さを持っている。
おそらく個体レア度はA級相当だろう。
見ただけで鳥肌が立つ威圧感に、ステルクは思わず生唾を飲んだ。
「捧げてもらうぞ、お前の強さを」
夜剣は何か気に入ったようにそういった。
ステルクはすぐに動けるように純白の鍵を取り出し構える。
明らかに善の者には見えないデュラハンを前にして、呆けているわけにはいかない。
だがステルクの準備は徒労に終わった。
夜剣の言葉に呼応するように、デュラハンは傅き、その漆黒の剣を主の御前に捧げた。
漆黒の大剣を受け取ると、夜剣はデュラハンの肩に静かに当てた。
それは正しく、古の王が忠誠の騎士を任命する荘厳な儀式だ。
伝説に語られる騎士と王の誕生。
英雄譚の一場面を切り取ったような光景だった。




