第一話 前編 才能ゼロ
モンスターテイマー。
それはかつて何千年も昔に、勇者が魔王を倒した後、モンスターと共に生を歩もうとした人間が生み出した新たな職業である。
モンスターを使役し、彼らとの共存を図ろうとした。
彼らは人の魔力に反応する魔石、マスターライトを用いてモンスターとシンクロし、大きな力を発揮した。
ある時、魔王の残党が国に攻め入った時、敵一万の軍勢をたった一人で守り切り、魔王幹部を単独討伐したモンスターテイマーがいた。
彼の名はアリウム。
アリウム・シエン・イデアネ。
後に伝説のテイマーとして語られた、英雄の一人であった──
—
「よーい」
砂利を踏み締める。
地面に熱を奪われる感覚が手のひらを走る。
ここから始まる激戦を思えば、自ずと体は熱くなる。
渇いた唇を舐めて、いざ。
「ドン!」
掛け声と共に地面を蹴り飛ばす。
全力疾走は言うまでもない。大地を蹴り飛ばして軽い身体をぐんぐんと前に伸ばしていく。
風をかき分ける感覚が心地よい。
何より髪が喜んでいる。
喜んで後ろに倒れている。
そのまま前に進め、進め。進み続けろと、背中を押してくれる。
そうして目前に見えたゴールの白線を踏んで──
「ゴール!!! タイムは!?」
「ん」
隣でタイムを測っていた魔晶石をこちらに向けるとそこには七.五秒の文字があった。
俺はそれを見て思わず飛び上がる。
「よっしゃぁ! 記録更新だぜ!!」
「たった〇.一秒だけどね。他の子は五秒台よ」
幼馴染のミミはジト目でそんな殺生なことを言ってくる。
俺が魔力を使えないのを知ってるくせに。
魔力は身体機能強化や魔術の元として使われる万能エネルギーだ。
老若男女問わず、どんな人間にも大なり小なり存在する。
俺はそれが限りなくゼロに近いらしい。
生命活動をするのに、問題ない程度。
先生に相談した時は、一千万人に一人の割合とか言われた。
どんな確率だよ、全く。
ミミは親指で指差した先には、俺と同時にスタートしながらとっくのとうに到着していた同級生達が、くすくす笑いながらこっちを見ていた。
「よお! ゼンシン、今日は一体何秒縮まったのかしらぁぁん?」
「〇.〇〇〇一秒とかじゃない? あはは!!」
女みたいにくねくねしながら言ってくるのが腹立つ。
幼馴染のミミ以外は皆、俺のことを笑っていた。
「くそー! 見てろよ!! 明日には全部ひっくり返してやるんだからなぁ!!」
俺は校庭のグラウンドで叫ぶ。
空は俺の声を虚しく響かせるのみだった。
—
「ゼンシン。あんまりおっきな態度はダメだよ。いざって時、苦しいのは自分なんだから」
体育の測定が終わり、魔術の授業へと移動する最中、そんなことをミミが言ってきた。
ミミ。ミミ・ラビットフット。
俺の幼馴染だ。茶髪のおさげで顔は可愛い、と思う。年相応に幼い顔立ちだが、大人っぽい性格からか同年代からも人気は高かった。
身体つきが少し控えめだが愛嬌というものだろう。
そんなミミと通うここはモンスターテイマーを育成する、魔物操術協会立のリエナ学園だ。
態々俺らの村から学園がある都市リエナまで馬車で通っていた。
「ちょっと、聞いてるのゼンシン」
「もちろん聞いてるって。諦めは堪忍なってな」
「それを言うなら諦めは肝心でしょ……」
頭を抱えて首を振るミミ。
ミミは同級生でもトップクラスに優等生であり、いつもランキング一位二位を争う凄いやつだ。
かくいう俺は──
「おーい、最下位! 次の授業ではうまくいくと良いな!」
「また失敗して部屋中煙まみれとかやめてよねー」
そう言って俺の横を通り抜ける大柄な身体を持つ“ダイ”とその取り巻き“ショウ”。
名が体を表すとは言ったものだが、あそこまでそのままなのも珍しい。
それで行けば俺は前に進み続ける事ができる! はずなんだけどなぁ。
「ぐぬぬ、明日のマスターの儀さえ、そこにさえ行けば!」
「見返せるって? やめなよゼンシン。変に張り合っても、相手を助長するだけだよ無視無視」
「へ! ミミは優等生で嫌味ごとの一つも言われた事ないからそんなこと言えるんだ。わかるか! 毎日毎日ネチネチネチネチスライムが如く、俺にまとわりついてくる嫌味ったらしい奴らの数を!」
「はいはい。五十人からは数えるのをやめたね」
「その通り! さすがだミミ」
「耳にタコが出来るくらい聞いてるからね……」
またしても呆れたように呟くミミ。
そんなこと言われてもそれが事実なのだ。
俺だって、俺に対してみんなが優しかったらここまでいう必要がないんだ。
とはいえ俺が皆に馬鹿にされるのも仕方ないのかもしれない。
だって俺はみんなより圧倒的に────
「ゼンシンくん! 魔力を扱う時は、繊細に! 赤ん坊を扱うように!!」
「ぐぬぬ」
移動を終えて、始まった魔力を自由自在に操る授業の実技の時間。
水晶石を前にして俺は睨めっこしていた。
水晶石は魔力を純然に通すことができる鉱物であり、魔力を操る訓練に用いられる。
水晶石の真下には、魔力を内包する魔石で作られた台座があり、そこから迸る魔力を、水晶石の中で操る訓練だ。
ぐるぐるメガネをかけたアフロの先生が、俺の前で何か喚いているが、全く頭に入らない。
水晶石の中では小さな細い糸のようなものが中心に少しずつ集まっているが、時々棘のように変化する。
俺が魔力を上手く扱えていない証拠だった。
隣のミミはまるでシャボン玉のように安定している。
どうにか俺も小さな玉でもいいから形成しないと。
「丸くなれ丸くなれ丸くなれ」
「ち、違う! 命令するんじゃありません! 優しく、優しーくですねぇ」
「丸く丸く丸く丸く丸く丸く丸く丸く丸く」
「ぬォォ!? ど、どんどん刺々しく……魔力が反抗してる!? ゼンシンくん! 一体手を離して────」
「丸くなれ!!!!」
と、瞬間。
世界は暗転し、耳に強烈な痛み。
どうやら大爆発を引き起こして、水晶玉が壊れてしまったようだった。
「……けほ」
その後実技はさせてもらえず見学。
俺と同じように水晶玉を爆発させた人は誰もいなかった。
—
「ちぇっ。面白くもなんともない。魔力を扱えてどうなんだってんだ」
「魔力はテイマーに限らず生活で必要な能力よ。魔力が扱えないと、生活魔術だって覚えられないんだから」
「そんなこと言っても俺らテイマーに必要なのか?」
「まぁ、少なからず必要な能力らしいけど、ゼンシンの問題はそれよりも」
ミミは何か言いかけていたが、よく聞かずに遮る。
さっさとモンスターテイムしてパッパと魔物退治に行きたいぜ、なんて言いながら馬車で揺られていく。
荷物を乗せる用の大きな馬車であり、人が乗ることを考えていないため揺れがすごい。
お金がないから仕方ない。
馬車にかけられた幕を捲れば、外はもうオレンジに焼けている。
同じ馬車に乗る同級生達も疲れたのか寝ているやつに、まだ俺を見てクスクス笑う奴もいた。
飽きない奴らだ。
「明日だ。明日できっと」
「……」
ミミは何も言わなかった。
俺がない幻想にしがみついていることに気づいているのかもしれない。
それでも俺は諦めたくなかった。
諦めたく、なかったんだ。
新連載です!
面白そうだなと少しでも思っていただけたら、感想を聞かせていただけると幸いです!
読者の皆様のお声が作者の血となり肉となります!
スペシャル回以外は二千から四千文字での連載にしようと考えています!
毎日更新を心がけますので、よろしくお願いします!