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魔法使いに救われて  作者: スナ
第一章 星都炎上
9/9

信じるもの


 表の喧騒は路地には届かなかった。

 

 祭りの影響があるとはいえ王都の人の多さを思えばあまりに人通りが少ない。

 王都の大通りを表の世界とするならまるでこの場所は裏の世界のように思えた。


「……追ってこないな。」

「こんなに隠れやすい場所なのに、ってか?まぁ普通はそう思うよな。でも皆怖いんだよ。」

「怖いって……この路地がか?」

「そ。皆暗いとこが怖いんだ。それにこの近くには迷宮区があるからな。……あんちゃんもテルといたなら知ってんだろ?亜人たちの噂。」


 テルの知り合いだというレイアは亜人たちのことを知っているのだろう。

 また自分は何も知らない。何も知らないままだ。何も変わっていない。

 人間と亜人の関係……それだけではない。迷宮区にいるという亜人の噂、そんなことすら自分は知らなかった。


「自分は……知らなかったよ、亜人たちの噂のことは。」

「知らない?」


 レイアが疑問に思うのも当然のことだろう。知っていて当然のことだ、テルと行動を共にしていたのなら。


「……正直なとこうちもテルに言われて兄ちゃんを探しに来たってだけでいまいち状況を掴めてないんだけどさ、いったいどうして兄ちゃんあいつらに捕まってたのよ?」

「それは……あの兵士たちの前で魔法を使ったからだ。」

「……へぇ。兄ちゃん本当に魔法使いなんだな。」

「そう、らしいな。」

「らしいってなんだよ。兄ちゃん自身のことだろ?」

「自分も少し前まで自分が魔法使いだなんて思いもしなかったんだよ。……いいや、それどころか魔法使いがどういう存在かもわかっていなかった。自分には……記憶が無いから。」

「記憶が……ない、か…………ああ、どおりで。」


 レイアは納得したように肩を揺らした。


「信じるのか?」

「信じるさ。兄ちゃんが嘘を言う意味もないしな。それにそれだと色々納得がいくんだよ。」


 どうもレイアはテルからナナシという人間のことはあまり聞いていなかったらしい。

 レイアはテルに頼まれて魔法使いを探しに来ただけ。出会いの様子からもナナシという人間の容姿などは聞いていなかったようにも感じられた。

 

「今は……どこに向かっているんだ?」

「とりあえず安全なとこ、って言いたいけど魔法使いの兄ちゃんにとって今この国にそんな場所はないからな。」

「教会だっけか?それがあるから……」

「なんだ教会ができたことは知ってんのな。でも教会だけが問題じゃない、兄ちゃんが顔を見られたってのがまずいんだよ。まぁ、兄ちゃんの顔を知ってるやつがいなかったってのが不幸中の幸いだよな。」

「そう、なのか?」


 いつの間にか外の光も届かないほど奥まで路地に入り込んでいた。

 目的地が無いという風ではない、兵士を避けているのだろうが人の気配がまるで感じられなくなっていた。


「……そういえばさっきここら辺に迷宮区があるから恐れられていると言っていたが、迷宮区とはなんなのだ?」

「テルから聞いてないか?迷宮区はこの王都の外壁と内壁の間に作られた通路のことを指した総称だよ。」

「この壁の中に……道があるのか?」


 思えば城壁の門は立派なものだった。

 どれだけの人間が協力すれば開閉できるのかという大門が内と外に一つずつ。

 祭りのため人通りが多くあまり気にもならなかったがその門の間の通路は異様に長かったように思う。

 この城壁の中に通路があると言われても不思議ではないのかもしれない。


「中は無数に道が分岐している、それに城壁の中にあるってんで光も通さない真っ暗闇だ。唯一光を通すのが中にある五つの集会所。運よくそこに辿り着けても円形になってるせいで来た道を戻る以外の選択肢は未知数だ。行くも戻るも結局迷路に迷い込むのと変わらない、だから迷宮区。」

「なんでそんなものがあるんだ?」

「元はこの国の王様だったやつの逃げ道として作られたらしいが今では地図もなくなって本物の迷宮と化しちまった。今、迷宮区で自由に動けまわれるやつなんてうちは一人しか知らねぇな。」

「一人?」

「兄ちゃんもよく知ってるやつだよ。」

「……まさかテルが?」

「そうだよ。なんせこの迷宮区を作ったのは亜人のとある種族だったって話だ。そうでなくても亜人の守り手のあいつが知らないわけがないだろ。」


 亜人の守り手というその言葉に違和感は覚えなかった。むしろ納得したくらいだった。

 テルの姿は見た目こそ人間だ。だというのに亜人たちの村にいた事実。

 テルが亜人に協力し彼らの存在を隠していたのだとしていたら今まで亜人たちの存在が人間側に露見しないわけだと説明がつく。


 問題はそこではない。

 あの兵士たちは言っていた。亜人は迷宮区にいると。そうでなかったから大遠征が行われると。

 そしてレイアもまるで亜人たちは迷宮区にいるのだと信じていたように語る。

 この迷宮区の中にあの村があるのか?いいや、それはありえない。

 あの村には日が昇り星が輝いていた。決して壁の中にあるなんてことはありえない。

 迷宮区に亜人がいるなんてことはあり得ない。それをどうしてレイアは知らない。


「兄ちゃん、テルといたんだよな。」

「……ああ。」

「兄ちゃん外から来たんだよな。」

「……そうだ。」

「うちが知ってるテルは兄ちゃんを手放すことをしないはずだ。だったら魔法使いの兄ちゃんがどうして兵士たちに捕まるなんてことが起きてるのか、うちの想像じゃテルもこの事態は想定してなかったことなんだろうよ。なにせうちにも兄ちゃんを探すように頼んでくるくらいだ。」


 その通りだった。

 この状況を招いたのはテルではない。自分の無知さが招いた結果だ。

 自分は魔法使いにはなれなかった。少なくとも亜人たちが望んだものにはなれなかった。

 だから自分は今ここにいる。


 少なくともテルにそのつもりはなかった。魔法使いかどうかもわからない男を魔法使いにするまで村の外に出す気はなかったはずだ。

 籠の中の鳥でいれば危険を知らなくても生きていけるのだから。


「兄ちゃん、亜人たちとも一緒にいたんだな?」

「――――っ!?」


 肯定も否定もできなかった。

 肯定は亜人の居場所を知らせることになる。かといって否定することもできない、それは唯一の自分の過去だ。

 テルはレイアに依頼をした、だが亜人の居場所についてレイアは何も知らないように見える。

 テルを信じる自分にはその問いを投げるレイアが敵か味方かわからなくなった。

 

「――――っふ、そう固くならないでさ。」

「…………そう言われてもな。」

「悪いけど今の兄ちゃんをテルに会わせるつもりはない。うちはテルの味方ってわけではないし亜人の味方ってわけでもない、ただうちは兄ちゃんの味方だよ。」

「自分……の?」


 振り向いたレイアの表情にあの日のテルの面影が重なった。あの日、黒壁の前で目覚めた時絶望に直面するはずだった男に救いの手が差し伸べられた。

 誰もが男の言うことを信じ、誰もが男の善性を疑わない。

 記憶もない得体の知れない人間のはずだ。だが魔法使いかもわからない只の人間をまるで誰もがそうだというように扱った。

 テルのことを信じている。亜人たちのことを信じている。レイアのことも信じたい。

 誰もが自分にそうしてくれたように、自分もそうあれたらと思った。

 だが自分は籠の中の鳥にはなれなかった。自分は外に出てしまった……いいや、外に出された。


「うちのことが、信じられないか?」


 穏やかでどこか寂し気な表情をするレイアは手を差し出す。

 その手をすぐに取ることはできなかった。

 あの日と同じ状況に立たされている。ただ違うのは今回は選択肢があるということ。

 今この場でレイアの元から離れるのは容易ではない。だが自分がその選択をすればレイアは自分を見逃すのだろう。レイアはテルに頼まれて自分を探しに来た、テルの味方ではないとは語るが敵でもないはずだ。

 出会ったばかりのレイアがどうして自分にそこまでするのか疑問には思う。

 だが自分の味方だというレイアはナナシという人間の意志を尊重するのだろう。


「――――迷うんだな。嫉妬するよ、あいつに。だからこそ余計に兄ちゃんにはテルに会わせるわけにはいかない。兄ちゃんが知ってなきゃならないことをあいつは何もしていない。」


 レイアが指さした先を見ると立ち並ぶ家の間に隙間が空いていた。

 薄暗く奥へと続く細い道、漏れてくる光をすべて飲み込むようにしてあるその道に黒壁に似た気配を感じた。


「……これは…まさか――――」

「迷宮区へと続く道の一つだ。迷宮区なら身を隠すのに困らないだろ。それにこの中にうちの古い知り合いがいる。そいつに聞けば兄ちゃんになら何でも教えてくれるはずだ。」

「自分になら……か。」

 

 今でもテルのことは信じている。ただレイアの言っていることも偽りではないのだろう。

 生まれたばかりの雛が初めて見たものを親だと思うように、真実(うそ)(しんじつ)と刷り込まれた。

 なぜそうする必要があったのかはわからない。ただ理解した。

 ――――誰もが必要としていたものが魔法使いなどではないということを。


「道を示す……なんて偉そうなことはうちのは言えない。そんなものは兄ちゃん自身が決めることだ、他の誰でもない、それがたとえテルであってもうちであっても。……悪いけど兄ちゃんについていってやれない、だからこれを渡しておく。」


 そう言ってレイアに渡されたのは傷だらけの長剣だった。


「それを持っていれば向こうから迎えを寄こしてくるだろうさ。」

「レイアはどうするんだ?」

「うちはテルの足止めだ。つってもそう時間は稼げないだろうけどな。」

「テルが自分のことを追ってくると?」

「難なく来るだろうよ。あいつは嗅覚が半端ないからな。今は兄ちゃんがテルから借りてた短剣のほうを追ってるはずだろうさ。」

「えっ…………あっ!?」


 言われてみるとテルから貸してもらった短剣がどこにもない。

 兵士に拘束されたときに奪われたのだろう。


「どうして知ってるんだ?」

「悪い、途中でうちが捨てた。兵士から取り返しはしたがあれがあるとテルが追ってくるからな。うちが捨てたのを誰かが拾って持ってったんだろ。」


 最初からレイアには何もかもお見通しだったのだろう。

 自分を一目見た時からこの状況に至るまで、そしてこれから自分がどういう選択をとるのか。


「どうしてって顔だな。……今はわからなくていい、いつか……その時がくれば嫌でもな。」

「…………レイア……君はもしかして――――」

「知らないよ。うちはナナシなんて名前の男を知らない。知っていてもうちの口からは言えない。うちはただのレイアだ。裏切りの騎士、赤鬼なんて呼ばれてるけどただのレイアなんだよ。兄ちゃんと同じ……ではないけどよ、うちには振り返る過去なんてないんだ。」


 前を向いてレイアはそう言った。自分に言い聞かせるように、ナナシに言い聞かせるように。

 自分に聞いても無駄だと突き放されたようだった。

 おかしな話だ。そういった態度をとる女性が今、自分を救おうと動いている。


 この行動の意味を自分が知る日は来るのだろうか。

 …………いいや、それを知るには進むしかない。


「いけ!兄ちゃん!」


 言葉に背を押されるように家の間を進んだ。

 暗闇が迫る。立ち止まることは時間が許してくれない。

 壁に手を添わせ突き進む。

 何のために進むのか。時間を稼いでくれるレイアのためか?

 誰かのためにと歩き出した先でこの場所に行きついた。


 テルを信じ、亜人を信じ、レイアを信じ、一人この場所に行きついた。

 もはや男には何を信じるべきかも定まっていない。

 過去の自分、それを知るためにただ歩みを進めた。

 

 信じるものを見つけるために暗闇をただ突き進んだ。

 

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