始める資格
雨音が音をかき消した。
開かれた扉から滴った雨水が続いていた。
雨に濡れた体毛からは獣臭が漂う。
肩を組まれるまでラントの存在に気づけなかった。
「ラント兄帰ってたんだな!」
「悪いな、しばらく家を空けて。」
優しく微笑むラントの表情にあの日の面影はない。
これが本来のラントの在り方なのだろう。
「それはいいんだけどよ、兄ちゃん体拭いてから上がってくれよな!っていうかなんでそんなに濡れてんだよ!」
「テムズのところにいた、それで帰りに降られちまってな。ノル、悪いが火を焚いてくれ。」
「え……でも今日薪なんかねぇぞ?」
「テムズのところにはあるだろ。持って帰ってくるつもりだったが雨でしけるからよ。」
「もぉー!!!すぐ持って帰ってくるから床ふいといてくれよな!」
ノルが家を出ていきラントと二人きりになった。
ラントから伝い落ちる水が背を濡らした。
天気のせいかそれとも気候のせいか背筋が冷える。
「お前……魔法使いなんだってな?」
「え……ああ、そうかもしれないらしい。」
「そんで、魔法使いにはなれたのかよ?」
「それは……まだだけど……」
やけに話を振ってくるラントに少し安心を覚える。
避けられていたのはわかっていたが無関心というわけではないらしい。
それだけ魔法使いという存在が亜人たちにとって大きということを改めて実感させられる。
「テムズのところにいたんだな。」
「そんなことがてめぇの聞きてぇことなのかよ。」
鋭く睨むような瞳が見つめてくる。
聞きたいことは当然ある。それをラントも知ってるんだろう。
席から立ちあがったラントは扉へ向かう。
「少し話そうぜ、魔法使い。」
ラントと外に出て小降りになった雨の中を歩いた。
黒壁を背に西へ向かって歩いた。
村を出て、森を抜けて、いつかテルと歩いたように何もない草原を歩き続けた。
「ノルを待たなくてよかったのか?」
「もともとそういうつもりであいつを外に行かせたわけじゃねぇ。てめぇと少し話したいことがあったからな。」
「そう、か?」
わざわざ外に連れ出したのだ何か聞かれたくないことでもあったのだろう。
森から離れた草原でラントは立ち止まった。
「魔法使いってやつを一度見たことがある。」
「え……だが……。」
「そうだ、魔法使いはもういない。だがよ、ありえねぇ話でもねぇだろ?現にてめぇみたいなやつがいる。まぁ、それもテルのやつが勝手に言ってるだけだがよ。」
魔法使いがいるという話が伝わっていないだけでテムズやテルが認知していない魔法使いがこの世界のどこかにいても不思議ではない。
それをラントが見たことがあるとするとラントが魔法使いを見たことがあるという話は本当なのかもしれない。
「俺ぁずっと考えてた、魔法使いってやつが何なのかを。魔法使いが魔法を使えるやつのことを指すのか、魔法が使えるやつが魔法使いになるのか。んでこんなくだらねぇことを考えるのか、それも全部俺が亜人ってやつに生まれたからだろうなぁ。」
「…………ラント?――――――――――――っ!?」
振り返るラントの足が服をかすめた。
「――――はっ?」
「構えろ、人間。テルともやってんだろ?ただの手合わせだ。」
「待て!待ってくれ!そんな急に!?」
「急、か……あまちゃんだな。敵はそんな言葉に待ってくれやしねぇよ!」
テルほどではないが動きが速い。だがノルと比べて手足の長さが違う。足元も雨でぬかるんでいて踏ん張りがきかない。
よけきれず体には擦り傷が増えていく。
手合わせ?これが?本当に?
「気ぃ抜くなや。これで一度目だ。」
「――――っぐぁ!?」
服を掴まれ背負い投げられ地面に背を打った。
「立て、もう一度だ。」
「待っ――――」
「魔法を使えよ、人間。これはそのためにやってることだろ。てめぇが魔法を使えるようになるまで続けるぞ。」
嘘ではない。これは今までやってきた手合わせのどれとも違う。危険だなんだと言っていられない。
テルから渡された短剣を取り出し牽制をする。
「少しはやる気になったようだな。」
「どうして――――」
「あ?」
「どうして今なんだ?テルがいた時に一緒にいてくれれば、ノルやテムズ達でもいい、どうして今日なんだ。」
「それじゃぁ意味がねぇんだよ。」
「――――意味?」
「どうしてと言ったな?それは今日という日が来たからだ。テルがいねぇ、この雨で村のやつらも外に出ねぇ、それにこの雨なら臭いも消える誰も追ってこられねぇ。どれだけこの日を待っていたか、行きたくもねぇ人間の町に身を隠してテムズの元で期を伺って。」
「……いったい何を。」
「ああ、そういえば話をしてやるって話だったな。」
短剣を持った手を掴まれ引き寄せられる。
手をひねられ体制を崩しそのまま地面に叩きつけられた。
「――――っぁ!?」
「折れた、か。」
雨音以外しない静かな草原に木の枝を折るような鈍い音が響く。
「――――っっっっ!?なんで……なぜここまでする必要がある!?なんで――――」
「お前が人間だからだよ。」
「――――はっ?」
「気づきやしなかったか?ああ、でも村のやつらはお前をそんな目では見ねぇか。なぁ、なんでだと思う?村にノル以外の人間がいねぇ理由。あのちっぽけな村で俺たちが暮らしている理由。俺らが魔物って呼ばれて人間たちに生き物扱いされない理由――――なんでだ?人間。」
なぜ、その答えはラントの悲痛な表情に全て詰まっていた。
ラント達は亜人で、自分は人間で……同じ人の形をとってもそれらは全くの別物で――――その両者は相容れないのだと知った。
なんでというその問いに答えることはできなかった。
「立て、人間――――もう一度だ。」
濡れた服が重い。体に腕が力なくぶら下がる。
痛みより妙な気持ち悪さが勝った。
「昔の話だ。俺たち亜人の祖先は魔法使いと出会った。知恵を与えられ技術を与えられ、言葉を覚えた俺たちが知ったのは虐げられていたという事実だ!人間は俺たちを人間扱いしねぇ、かつて世界を喰おうとした魔物ってやつと同列に見やがる!魔物がいなくなった世界で、敵しかいねぇ亜人たちの力になったのが魔法使いだ!」
それが理由だ。人間である自分が亜人たちの村に受け入れられた理由。
それが――――
「ふざけんな!!!」
「――――っぐ!!!」
「誰が魔法使いに救いを願った!誰が求めた!千年前魔法使いに出会ったのがすべての元凶だ!」
力任せに殴られた腕がおかしな方向に曲がる。
肋骨も折れているのか動くたびに胸が痛む。
「魔法使い!誰が魔法使いだ!?てめぇはテルに魔法使いにされているだけだ!」
「――――なにをっ……いって……」
「知らねぇてめぇに教えてやるよ。てめぇは魔法使いなんかじゃねぇ。そうかもしれねぇが、そうじゃねぇんだよ。なぁ……アルトル。」
「――――アル、トル……?」
「てめぇが忘れちまったもんの話だ!」
ラントが何を言っているのかわからなかった。
蹴り倒され地面に這いつくばり、泥まみれの体。雨が目に入り視界が邪魔をされる。耳鳴りがして上手く音を拾えない。流れる血が汗と混じって地面に流れ落ちる。声が詰まって上手く息が吸えない。体に力が入らない、立てやしない、前が向けない。対するラントの顔を見ることができない。
聞きなれない名前は誰を指すものだ。誰の名前だ。
自分の名前はナナシで、それはテルから貰った名前で――――
自分を魔法使いと言ったのはテルだ。ラントはそれを違うという、テルが自分を魔法使いにしようとしていると語る。
――――矛盾している。
ラントが言っていることが本当だというのならどうして人間である自分が、魔法使いでもないただの人間の自分が一時とはいえ亜人の村に受け入れられたのか。
疲労のせいか頭が重い。それでも思考は廻った。
今まで感じていた違和感が晴れ始めたからだ。
テルの言うこと、ラントが語ること、亜人たちからの扱い。
その三つが重なるたった一つの答えに辿り着く。
だとしたらテルにとってはさぞ都合のいい存在だっただろう。ラントにとってはさぞ不快な存在だっただろう。亜人たちにとってそれは――――
「アルトル・ルナ・ゾフィア、それがてめぇの殻の名前だ。俺たちが救いを求めたのはアルトルだ、断じて魔法使いなんかじゃねぇ。」
首を掴まれ持ち上げられた男の四肢は力なくぶら下がる。
抵抗の意志もない。テルから与えられた短剣は手からすり抜けるように地面に落ちた。
「違うってんなら今!ここで!魔法を使ってみせろ!!!」
「――――っぁ。…………。」
「――――っ!……てめぇにはなにもねぇよ。てめぇに俺たちと関わる資格なんてはなからねぇ。俺たちの闇と共に歩けねぇなら消えろ、目障りだ。」
首を絞められ意識は遠のく。
抵抗する気力などあるはずもない。
何もかもすべてきっとこの亜人の言う通りなのだから。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――夢を見ていた。
焼け落ちた建物、燻る炎。
何もかも燃え尽きた光景に自分ができることはもう何もない。
救いたかったんだ。 ――――――――見ないふりをしたくせに。
守りたかったんだ。 ――――――――だったら終わってよければよかったものを。
こうならないようにと足掻いたんだ。
――――それがこの結果だ。貴様が歩いた先には何も残らない。
そうじゃないと信じたくて。
――――それがまた同じ過ちを生む。
声に導かれるように後ろに振り向いた。
小さな体。その顔は見ることができない。靄がかかったように黒く覆われている。
その後ろには人の形をとる何者かが集まっている。見たこともない小さな村が森の中にあった。
差し出された小さな手を握ろうとすると指の先から炎が上がり燃えていった。
後ろの者たちも、村も何もかもが炎に飲み込まれていく。
自分はただそれを見つめているだけで――――
――――言っただろ。これがお前の生むものだ。
何もかも燃え尽きて全てが白い世界に包み込まれる。
何もない白い光景に自分は――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――空を見ていた。
どうして空なんかを見上げているのか。
……それは自分が地面に寝転がっているから。
どうしてこんなところで倒れているのか。
……それがどうしてかはわからない。
何が起こっているのかもわからずただ茫然と空を見つめるしかなかった。
体に痛みがない、傷もない。晴れた空、乾いた地面。自分の身に何が起こったのかわからなかった。
――――自分が今まで何をしてきたのかを覚えている。
立ち上がり振り向くと遠くに黒壁が見えた。
……あれからどうなった?ラントに置いていかれたのか?だとしたらなぜ傷がない?痛みがない?
地面が濡れていないことも説明がつかない。どれだけこの場に倒れていたというのだろうか?
とにかく戻って――――
黒壁の方向へ向かう歩みに躊躇いが出る。
…………戻る、のか?本当に?
あれだけ痛い思いをして、苦しい思いをして……
それに帰ってくることを誰が願っている?
――――いなかったじゃないか。どこにも――――
「…………はっ……。…………はははははははははははははは!!!!!」
狂ったように笑った。まるで道化だ。何も知らず、何も思わず、自分がどう思われていたのかも知らず。亜人たちに受け入れられいると考えていたなんて。
彼らが優しいから?あの村が暖かったから?違うだろ、自分に利用価値があったかもしれないからだ。
打算もなしに誰かを救うなんて愚かな行いだ。そしてそれを他人に願うのも。
テル願いを聞こうとしたのだってそうだ。自分が救われたい一心でだ。なにが救われることを願っていないだ。惨めに生き足掻こうとした男に訪れた当然の結果だ。
利用価値がないとわかれば捨てられるのも当然だじゃないか――――
「――――っぅぅぅぅぅぅう!!!」
自分は魔法使いなどではない。ただの人間だ。
「…………これからどうすればいい。」
もう戻れはしない。だったら進むしかない。
この先にあるのは人間の町。テルには止められていたが自分が魔法使いなどではないとわかった今、もうそれも意味をなさない。
西へ歩みを進めると意外なほど早く村のようなものが見えてきた。
ラントが言っていたことも本当だったのかもしれない。テルはなにか理由があって自分をあの村に留めようとしていた。それが何を意味したかは分からないが亜人たちが自分を必要としていないのは確かなのだろう。
「人間の言葉……。」
今まで意識して話したことはない。躊躇はするが話してみなければわからない。
村にいた住人の一人に話しかけた。
「あの……すいません。」
「えっ……はい、どうかされましたか?」
言葉は伝わって安心したが話す内容までは考えていなかった。
言葉に詰まっていると住人の方から声をかけてきた。
「珍しい恰好をされてますね?もしかして……旅のお方ですか?」
「あ……はい、じつはそうで……えっと……野党に襲われてしまって荷物も何も奪われてしまって。」
「それは災難でしたね。」
「えっとそれで……王都の方までどれくらいかかりますかね?」
一晩泊めてほしいとは言えずつい出たのがその言葉だった。
亜人の村に行くことはできないがテルに別れを告げるくらいはしてもいいだろうと思って出た言葉だった。
亜人の村に行けない以上、王都に行くほうがテルと出会える可能性が高い。
「ああ、それなら丁度良かった。今王都の方から兵士の方々が来られていて、その馬車に乗せてもらえるように頼みましょう。」
「ありがとう、ございます。」
我ながら運がいい。
「馬車なら王都までどれくらいかかるんですか?」
「二日程度でつけるらしいですよ?もしかしてここまでは徒歩で?」
「ええ、まぁ……そんなところです。」
自分でも驚くほど嘘が口から出てくる。
あまりいい気分はしないが今は仕方がない。
「兵士の方々がどうしてこんなところに?」
「なんでも近々大遠征をおこなうとやらでして…その調査でこの辺りの村を回っているようです。何でもまた税が重くなるようで。」
「大遠征?」
「ご存じありませんか?黒壁への大遠征ですよ。実に二百年ぶりとのことですが星王様がついにご決断されたようです。もし黒壁の中に生活できる場所があるならこの国はもっと豊かになりますからね。」
「黒壁ってたしか……」
「ええ、帰ってきたかたは誰もいません。ですが実に名誉なことです。黒壁に挑んだ者は皆この国では英雄扱いなのですから。貴方も黒壁を見にここまで来たのではないのですか?」
「まぁ……そんなところです。」
兵士との交渉は村人がしてくれた。意外なほど快く受け入れられ拍子抜けをした。
初めて関わる人間の誰もが大らかだ。なんでもこの国の人間はそういう者が多いらしく、この国の王様自体が昔からあまり争いを好まない人物だったのが影響しているらしい。
「だから大遠征の決断は大変に重大な決断なのだよ!」
「そうそう!あの静寂王とまで呼ばれるお方がだ!」
馬車の中で兵士は口々にそう語る。
「静寂王?」
「ああ、そうだ。何も語らない、どころかその姿を見たものすらいないという。下々の間ではこの国に王などいないのではないかと言われるほどだ!」
あまりいい名前ではないらしい。
「旅人さんは収穫祭の観光か?」
「そんなところです。」
「あれはいいぞぉ!なんといっても飯が安くなるのがいい!」
「そうなんですね。」
王都はもう祭り気分でいつもより早くから準備を進められていたらしい。
収穫祭か。そういえばテムズとそんな話をしていたっけか。
「それにしても今まで中央からの再三の忠告にも動じなかった星王がなぁ。」
「よくぞ決断されたものだよなぁ。教会が国に入って黙していることもできなくなったのだろう。」
「教会?」
「なんだ、知らないか?聖教だよ、建国以来星王は聖教徒が教会を建てることを許してなかったんだが八年前についに折れてな。教会が置かれたおかげで食いもんが安くなったことがいい!」
「それに野盗が騎士たちを恐れて寄り付かなくなるしな!」
「俺たちもお役御免かぁ。」
「だな!がはははははは!」
「なにより国に巣くう魔物が一掃されるのが待ち遠しいぜ!」
「魔物の……一掃?」
「そうだとも!これでようやく――――」
「なんの……ことだ?」
「おいおい旅人さんよ、どうかしたか?」
「そんなおかしなことでもねぇだろ?旅人のあんたは知らねぇかもしらねぇがこの国はずっと昔から魔物の隠れ場所になってたんだよ。それがついにいなくなるんだ、これは喜ばしいことだろ?」
「そうだ、それをようやく我らが星王が決断されたのだ!」
「そういうことでは――――」
声を出しかけてやめた。きっとこれが人間側の正しい認識だ。亜人は敵、魔物として扱いこの世界からいなくなることを願っている。
本当にそうなのか?本当にそんなことでしか解決できないことなのか?
「魔物は俺たちの祖先を殺しまくった!やつらの廃滅に何をためらうことがある!?」
それが普通で、そう思えないのは自分が何も知らず、もうすでに亜人たちと関わっているから。
亜人たちから自分は良く思われていないのかもしれない。でもだからと言って見捨てるのは違うだろ。
「あんたおかしいぞ?教会のことも知らねぇし、魔物の廃滅のどこが不満なんだ?」
――――もう自分はただの人間にはなれない。たとえそれが望まれていることではないのだとしても。
「伝え…………なくては。」
「何をだ!」
――――どうにかしなくては、このままでは。
「おい!こいつ!」
「まさか!?」
――――ここから抜け出さなくては。
「火……か!?」
「まさか!魔法使い!?」
兵士たちの声で我に返る。
「あ――――」
あの時の感覚だった。手が暖かく痺れるような感覚。顔を覆った手を離すと今度ははっきりとその目で見た。
「なんで…………今更……」
「「捕らえろ!!!」」
兵士の号令で両腕を掴まれ組み伏せられる。
「なっ!?なにを!?」
「黙れよ魔法使い!」
「おかしいと思ったんだ!やけに魔物どもに肩入れして!応援を呼べ!魔法使いが現れた!」
「――――っ!!!放せ!自分はっ――――」
思いに呼応したように炎は手から兵士に燃え移り広がっていく。
「なっ!?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
自分は熱くは感じないが兵士は馬車の中を転がりまわり炎は馬車に燃え移った。
「止めろ!火を消せ!」
「――――っこんな!……っ――――」
「待て!捕らえろ!なんとしてでも!」
止まった馬車から飛び降り黒壁を目指す。亜人たちに危機を伝えるために。
「止まれぇ!!!」
「弓矢、放てぇ!!!」
「――――っこっちに、来るなぁ!!!」
飛んでくる弓矢を炎が包み燃やし尽くす。その炎を地面に叩きつけると炎の壁を成した。
思いのままに魔法を操れる。あの時とは違う。
「行かな、ければ。」
体を動かすのは使命感。この世界で亜人たちは孤独なのだと知った。
――――だったら自分は?人間か?いいや、魔法使いだ。
亜人の理解者になれるはずだ。今なら、今の自分なら。きっと――――
森へ向かって走った。大樹を目印に。
なぜ戻ってきたと言われるかもしれない。でも今は違う。
魔法を使えるようになれた。ようやく君たちと同じになれた。
きっと今なら……彼の問いに答えられるような気がする。
――――自分も同じなのだと。
「村は……どこだ。」
森に入っても村はどこにも見つからなかった。
道を間違えたのか。いいや、そんなことはないはずだ。
ラントと村を出た時の道は覚えている。間違ってはいないはずだ。
目印となるものは見つけられても村の柵のようなものは見えてこない。
「そうだ、大樹になら!」
テムズの住処、あの洞穴がなくなることはないはずだ。
見慣れた通り。魔法の特訓をするためにノルと毎日歩いた道。ノルとテルが荒らした木々。大樹の――――洞穴。
「――――っなんで!?なにも――――!」
そのすべてが自分の過去が無かったように消えていた。
まるで今日初めて目が覚めたように。思い出を否定するように。
なら今着ているこの衣服は誰に貰ったものだというのだろう。
「――――ありえない。」
夢でも見ていたような思いだった。
力なく大樹にもたれかかる。背を引きずり引っかけた腕に木片が刺さる。
樹に裂かれた腕の痛みがこれが現実だと告げる。
体に受けた傷を見てラントの言葉を思い出す。
関わる資格がないということなのだろうか。これでもまだ自分には何かが足りないらしい。
名無しとなった男は魔法使いとなり、追いついてきた兵士たちに捕らえられた。