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魔法使いに救われて  作者: スナ
序章
4/20

心の在処


 響いていた轟音はいつの間にか止まっていた。

 静けさを取り戻した森の中、視界が開けた場の中心、木の葉が舞う中テルが一人で立っていた。


「どうした、ナナシ。」


 いつから気づいていたのかテルは背後に立つナナシの存在に気付く。

 

「いや……えと、テルの方こそ何をしてるんだ?」

「言っただろ、ノルのやつとじゃれてるんだよ。」


 そうは言うがノルの姿はどこにもない。

 かと言って先ほどまでの音がテルだけの仕業ということもないことはわかる。

 ノルを見つけようと辺りを見渡してようやく音の正体に気がついた。


 折れた木に所々抉れた地面。何をすればこんなことになるというのか理解が追い付かない。


「これは……」

「まぁ、狭苦しい思いもさせてるし、たまには思いっきり発散させてやらねぇとな。」

 

 テルの答えに疑問が解決することはなかったが、これがテルとノルの仕業なのは間違いないらしい。

 森の惨状に異様な静けさ、その不均一さが妙に気味が悪かった。

 寒気がして過敏になった感覚、刺さるような視線を肌で感じた。


「――――今、――――」

「へぇ、やるじゃん。お前。」


  テルがそう言った瞬間、視線を向けた先の草が揺れた。


「――――来るぞ。」


 草むらから勢いよく飛び出てきたノルは駆けるごとに速度を上げ一呼吸つく間もなく目の前まで来ていた。

 ラントの弟を名乗るノルの容姿には爪や牙もない。だがテルに襲い掛かろうとするノルの姿に昨夜のラントの姿が重なって見えた。


「はは、元気一杯だな!」


 刹那の出来事。瞬きも許さないその合間にテルは向かってきたノルの足を掴む。体制を崩し逆さになったノルは握った拳から砂をテルの顔に目掛けて放った。それをテルは意に介さず半回転するとノルを向かってきた方向へと投げ返した。


 ここで何が起きていたのか、ようやく理解する。

 投げ飛ばされたノルは木をへし折り草むらの中に消えた。

 こんなことを繰り返していたら森が荒れるのも当然だ。


「や……やりすぎだろ!」

「問題ねぇよ、こんなんじゃあいつぴんぴんしてるぞ。」


 心配を他所にノルは遠吠えを上げて草むらから顔を出した。


「――――はは……。」


 笑うしかなかった。自分の限られた常識すら打ち砕かれたような思いだった。

 出会って間もないし彼らのことを何も知らない、ただこれこそが亜人なのだと見せつけられたような気がした。


「今のは悪くなかったぞ、ノル。」

「本当か!?へへっ、ラント兄との特訓の成果だな!」

「でもノル、今日は終いだ!」

「ええー!?俺まだまだやれるぞ!」

「いいや、終いだ。これ以上やるとテムズに雷が落ちるぞ。」

「うぅー……」

「テムズを呼んできてくれ、あいつに木を運ばせる。」


 納得いってなさそうなノルは足取り重くその場を離れた。


「で、お前はどうしてここにいるんだったか?」

「あ……ああ、それなんだが……もしかすると魔法が使えたかもしれない。」

「……なに?」


 意外な反応を見せるテルに少し戸惑う。

 今のテルは本当に驚いているような、初めて本心を顔に出しているように思う。


「やっぱり期待してなかったんだな。」

「いいや、そうじゃねぇよ。使えるならそれはそれでいいって言ったろ?……で、どんなもんよ。使えたかもしれないって、何か自分の体に変わったところとかねぇのか?」

「どう、だろうな。自分の目で見たわけではないし、正直使えたかもわからない。」

「でも嘘じゃぁねぇんだろ?」


 そう、嘘などではない。見ただけではない、ただ実感しただけ。

 手が熱かったから?そうではない。

 あの一瞬、ほんのわずかなひと時に実感した。自分の中で何かが変わる感覚を。

 それが魔法のせいなのか何なのかはわからない。ただ――――


「魔法使いに……なってもいいかもしれないとそう思ったんだ。」


 何者でもない自分が何者かになれるかもしれない一つの可能性。

 それを捨てるのはきっと正しいことではない。それを自分だけの意志で捨てていいものではないはずだ。

 テルと出会えた自分は幸運だ、道が示されている自分は幸福だ。自分は恵まれているのだからそれに見合うだけの生き方をしなければならない。

 魔法使いになればそれを成すための一つの手段になるかもしれないから――――


「――――なるよ。僕は魔法使いになる。」

「お前……。」


 やはりテルの様子がどこかおかしい。

 昨日はどこか神秘的な触れがたい存在に感じたテルが今日は身近な存在に感じる。

 表情豊かなおかげで人間身に溢れているのが原因だろうか。

 自分に対しての接し方は何も変わっていないはずなのに妙な違和感を感じる。


「どうしたんだ、テル?自分の顔をじっと見て……やっぱり使えたかもしれないってだけじゃ駄目だろうか?」

「……いいや、そうだな。しっかり自分で自覚して使えるようにならなきゃ駄目駄目だ。というわけで魔法の特訓は継続だな。」

「まぁそうなるよな。」

「それと実戦形式の訓練も加えていくぞ。」

「実、戦?」

「ああ、お前が魔法使いになるってんなら護身術くらいは覚えておかねぇとな。なんたって最後の魔法使いだぜ?んな珍しい奴がいるって知られてみろ。」

「どうなるというんだ?」

「よくて攫われる、最悪実験動物扱いだな。」


 嘘……というわけではないらしい。

 魔法を使えたかもしれないことを疑わなかったテルがここで嘘を言う必要もないだろう。


「実戦って、まさか今ノルがやってたようなことをやれというわけではないよな?」

「やれ、というつもりはねぇがあれをさばける程度にはなってもらうつもりだ。」

「……そうですか。」


 テルは腰の鞘から二対の短剣を取り出し片方をナナシに渡した。


「まさかこれでやるのか?」

「ああ、言ったろ?実戦だって。そっちの方が身に入るだろ、何事も形からってな。」


 魔法の訓練に関しては前例がないから仕方がないとはいえ、あまり考えたくはなかったがテルは物事を教えるということに向いていないのではないだろうかと思う。


「それ預けとくからさ、好きに使え。」

「いいのか?これ……大切なものなのではないのか?」


 短剣の柄は長く使っていたのだろう古びている。

 だが刀身には欠けも錆も一切見られない。

 素人目に見ても手入れが行き届いているのがわかる。


「ああ、大切なもんだ。だから無くすなよ。」


 それを預けられる程度には信頼されているということだろうか。

 テルがどうして自分にそこまでしてくれるのかはわからないが、その思いには報いたいと思う。

 それに信頼されているかもしれないことを嬉しく思うくらいにはいつの間にか自分の中でテルという存在が大きくなっている。


「じゃあ始めるぜ。しっかり防げよ。」

「……お手柔らかにぃっ!?」


 振り上げられた短剣が鼻をかすめる。ひるんで後ずさり後を追うように風が吹いた。

 忘れていたわけではないが改めてテルの速さに驚かされる。

 倒れそうになったところをテルに服を掴まれなんとか持ちこたえる。


「もう終わりか?」

「……終わりにしてくれてもいいんだが……。」


 立ち上がらされテルは距離を置いた。

 どうやらまだ終わりではないらしい。

 次にテルが何をしてくるのかわからず動悸が早くなる。テルとの距離はそこそこあるが先ほどのノルの動きを考えればテルがこの間を詰めるのは容易なのだろう。

 テルは動かず向かい合ってしばらく間が空いた。

 何もしないということはないのだろうが少し気が緩んだその時だった。微動だにせず風景に溶け込んだテルの手が少し動いた。風切り音を鳴らせ何かが向かってきていることを察し咄嗟に体を逸らす。

 小さな石ころが肩をかすめた、この隙に間を詰めようということか。そう考え視線を戻した時にはテルの姿はどこにもなかった。


 ノルの動きを捌けるように、という言葉を実践しているのだろうか。

 おそらくテルは周りの草むらのどこかに隠れている。ただノルのものとは全く別物だと無意識に感じ取る。

 姿が見えないだけで緊張感が今までの比ではない。草が揺れるたびにその方向へ振り返った。

 先ほどの小石といい怪我をしないように加減はされているのだろうが容赦はない。

 何度振り返ったか、たまたま目に入った落ちる木の葉にようやくその思考に至る。

 揺れる草が必ずしもテルが通った後だとは限らない。前後左右に鳴る草木の音を聞き分ける。

 ……やはりおかしい。視線の先で草が揺れたと思えば後ろでもその音が聞こえてくる。

 気づいたことに気付かれたのか、目線を上げた先からは短剣が飛んできていた。


「なっ!?」


 後ずさる足がからまり後ろへ体制を崩す、空へと向かう視界にようやくテルの姿を捕らえた。

 いつの間にか背後に立っていたテルに襟を掴まれ引き倒される。

 そのままテルは難なく自分で投げた短剣を掴んだ。


「……いつの間に。」

「別に、木を蹴って移動してきただけだ。」

 

 自分が投げたものにどうやって追いつくというのか。いいや、本人が言う通り本当に木を蹴ってここまで来たのだろう。

 常識を逸脱した行動と発想に続く言葉は出てこなかった。きっと説明されても理解できない。


「なんかお前って歪だよな。」

「歪、とは?」

「最初はただ感がいいだけだと思ってた。昨日の亜人たちの気配、お前気づいてただろ?」

「それは……あんな不気味な雰囲気誰だって気づくだろ。」

「そうかもな。でも、今日のノルの動き目で追ってたじゃねぇか。感もいいそれに目もいいってのに体がまるでついてきてねぇ。咄嗟の判断も悪くねぇのによ、素質があるのに宝の持ち腐れだな。渡した短剣も使おうとしてねぇし。」

 

 褒められているようで全く褒められていない。どころか呆れられているようだ。

 

「えと……つまりは?」

「これからも頑張りましょうってことだよ。つっても俺も毎日は相手していられねぇからな、明日からはノルにでも相手を頼むか。」

「そうか!」

「喜んでるところ悪ぃがあいつは手加減ってもんを知らねぇからな、真面目にやらなきゃ大怪我するから死ぬ気で頑張ることだな。」

「いや、そんなことは……」


 ノルも相手を見て加減ぐらいはできるだろうと思ったが周りの惨状を見ていると心配になる。


「収穫はあったことだし、今日はここまでだな。丁度あいつらも来たようだし。」


 テルの視線の先にはノルとテムズの姿があった。

 倒れた木を大樹の傍まで運んでその日は終わった。

 明日からもこの日々が続くのだろう。自分が魔法使いになるその日が来るまで。

 疲労を感じつつ横になると泥のように眠った。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 それからはあまり変わらぬ日々を過ごしていた。

 朝に目を覚まし大樹の元まで向かうと魔法の特訓が始まる。

 これと言った成果は最初の日以降なかったがテルもあまり気にしていない様子で、いつの間にか自分も気にすることが無くなっていた。

 それが終わると実戦形式の組み手が始まる。テルの組み手を手本にノルに相手をしてもらっているが一向に成果が出ている気がしない。


 正直なところテルが言っていた通りノルの相手をするのには骨が折れる。肉体的な意味で。

 情け無用で突進してくるノルを躱しきることができずに腹で受け止める毎日。その影響かこの数日だけで体が鍛えられてきたような気がする。それを成果と受け止めるべきかは疑問が残るところだが。


「兄ちゃん全然強くならねぇな。」

「……そんなに早く強くなれれば誰だって苦労しないさ。」


 腹の痛みに悶絶し蹲るナナシにノルは声をかける。

 自分の基準がおかしいのか、ノルたちの基準がおかしいのかわからなくなってくる。

 一向に成果が出ない男に呆れたのか昨日からはテルも姿を見せていない。


「そろそろ日も落ちるし今日はこれで終わりだな。帰ろうぜ兄ちゃん!」

「ああ、そうだな。」

「今日の飯は……っと、たしかテル姉が作ってくれたやつがあったはずだな。」

「……またあれか。」


 テルが作り置きした赤い汁物。

 肉体強化めにゅーとやらで栄養豊富らしいがとにかく味が強烈で舌が痺れる。

 ノルは好んで食べている様だが正直好んで食べたいものではない。


「兄ちゃん嫌か?だったら別で俺が何か作るけどよ。」

「……いいや、大丈夫だ。」


 変わらない日々を送っている。自分の役目を果たしているしそれでいいのだと思っていた。

 一つ心にしこりがあるとすればラントとしっかりと会話ができていないということ。

 ……いいや、会話をするどころかあの日以来会うことすら叶っていない。

 避けられている、のだろうか。それを裏付けるようにノルやテムズ以外の亜人との関りが全くと言っていいほどない。


 関心がないというわけでもなさそうなのがさらに気がかりの原因となっていた。

 大樹までの道すがら視線を感じることは多い。

 それが不快というわけでもないが――――


「……やっぱり避けられているのだろうか。」

「誰にだ、兄ちゃん?」

「あ、いや……。」


 ノルとラントは兄弟だという。ラントとの不和を悟らせまいとはしていたが食卓を囲んでいるときについ心根が漏れた。

 この数日ラントは帰ってきていない。それが自分のせいかもしれないとは言えなかった。

 自分がこの家から出ていけば済む話なのだろうが……一度この村からいなくなることをノルに伝えたことがある。

 その時の寂し気なノルの顔を思い出すととてもではないが言い出せない。


 ノルにとってはもう既に自分も家族の一員と見られているらしい。

 そのことについては嬉しくは思うのだが……


「テルに、かな。ほら、最近姿を見せていないだろ?」

「ああ、テル姉か。だったら大丈夫だろ、いつもみたいに王都のほうで仕事をしてるはずだぜ?」

「そうだろうか。」

「そんなに心配することでもねぇよ。兄ちゃんは心配性だな。」

「そう、かもな。自分にとってテルはたった一人の……いや、なんだろうか。家族……とは違うな。保護者?……友人、か?」

「むぅ……寂しいこと言うなよな。俺もラント兄も姉ちゃんも皆家族だろうよ!」

「そう言ってもらえるのはありがたいが……。」

「つーか、この村にいるのは皆家族だってぇの。生まれた時から皆一緒なんだし、んなごちゃごちゃ考える必要ねぇんだよ。兄ちゃんはそれがわかってねぇ!」

「そう、か。でもそれは行儀が悪いぞ、ノル。」


 匙を向けて指摘するノルの腕を掴み下ろさせる。


「へへ、今の家族っぽい。」

「まったく……。でも、そうだな。自分が間違っていたよ。血の繋がりだけが家族の形ではないよな。」

「ん?ああ、そういうことだぜ!」


 ノルはよくわかっていなさそうだったがノルの言うことに間違いはない。


「よし!決めた!明日は兄ちゃんを村の皆に紹介してやるよ!」

「明日って……自分には魔法の特訓が……。」

「別に一日くらいいいいだろうよ。テル姉もいねぇし、兄ちゃん魔法全然使えるようにならねぇじゃん!」

「うっ……。」


 痛いところをついてくる。

 確かに成果らしい成果は何も出せていないが本当にいいのだろうか。


 いいや、止めようとしたって今のノルは止まりそうにない。

 それにこれは自分の気がかりをはらすいい機会になるかもしれない。


「……それじゃあ明日はノルの世話になろうかな。」

「任せろって!兄ちゃんにこの村の先輩(兄ちゃん)として俺がしっかり皆に紹介してやるよ!」



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