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魔法使いに救われて  作者: スナ
序章
3/8

陽焔


 ――――気が付いた時にはそこにいた。


 木製の天井を見上げて倒れている。

 いつの間にここにいたのか。状況から考えて村のどこかの家の中なのだろうが……どういう経緯で自分がここにいるのかわからなかった。


「ようやく起きたかよ。」


 何処からか声が聞こえてくる。

 寝ぼけた瞳にぼやけた人影が写る。

 テル……にしては少し背が低い、口調は同じだが声色が違う。


「えっと……君は?」

「俺はノル!誇り高い灰狼族の亜人だ!」


 手を腰に胸を張る少年が目の前にいた。

 自分を亜人だと語る少年には亜人の特徴的な部位は見られない。

 鋭利な爪も牙も生えていない、肌の色も自分と同じ、どこから見ても人間にしか見えない。


 疑問には思うが指摘することでもない。

 ここは亜人の村でこの少年はその関係者だ。この少年がそういうならそうなのだろう。


「そうか……おはよう。えっと……ノル、と呼ばせてもらってもいいだろうか?」

「いいぜ!」

「ありがとう。それでなんだが……ここがどこで、自分がどうしてここにいるのか聞いてもいいか?」

「兄ちゃん、覚えてないのか?テル姉が倒れた兄ちゃんをここまで運んできたんだよ。昨日いきなり倒れたらしいぜ?」

「そう、か。」


 最後に覚えているのはテムズとの話が終わったところ。

 洞穴から出たあと……そうだ、亜人たちが集まっていたところまでは覚えている。そこからの記憶が曖昧だ。

 もっと詳しく事情を聞きたいがノルもテルから話を聞いた風な語り口だ。


「それでテルはどこにいるんだ?」

「あっ、そうだテル姉から伝言!兄ちゃんの体調が平気そうなら大樹のところまで来いだってさ!」

「そうか。」


 そういえば魔法の特訓をするだとか言っていたな。

 いまいち魔法についてわかっていないがテル達の言っていたことが理解できていないわけではない。

 今、こうして亜人たちと話ができているのが魔法のせいかもしれないというのなら制御できるようにならなければならないだろう。

 自分が魔法使いになるかどうかはさておきだ。


「兄ちゃん早く行こうぜ!」

「ノルも来るのか?」

「うん!テル姉がいるのは珍しいから遊んでもらうんだ!」


 手を引いてくるノルにない尻尾が見える。

 勝気な性格のようだがこういうところを見るとまだまだ子供のようで微笑ましく思える。

 テルに懐いているようだし性格や口調が似ているのはそのせいだろう。


「テルはいつもはここにいないのか?」

「テル姉はいつもは王都の方で仕事してるからな。ここにはたまに帰ってくるけどよ、ここは俺とラント兄の家だぜ。」

「あー……。」


 灰狼……狼か。そういえば昨日の彼も狼の風貌をしていたか。


「となると君はラントの弟ということか。」

「ああ、そうだぜ!まぁ、ほんとはおじさんってやつらしいけどそういうとラント兄嫌がるからよ。だから兄ちゃんだ。」

「なるほど?」


 ノルは見たところ人間だ。慕っているものに対して兄姉と呼んでいるのかもしれない。

 今のところ出会った人間はこのノルとテルだけ、他に人間を見た覚えはない。

 本当に血縁があるのはテルだということか、それとも本当にラントと血縁があるのか……あまり踏み込んだことは聞けない。


「それでその、彼……ラントは家にいるのか?」

「ラント兄なら今朝早くに狩りに出かけたぞ?なんか用でもあったか?」

「ある、と言えばあるんだが……。急ぎではないから大丈夫だ。」


 服を借りている礼を言わなければならないが……正直のところ恐怖がないことはない。

 出会いがあれだ、人間のことが嫌いなのかとも思ったが……ノルとここで暮らしているようだしそうというわけではないのかもしれない。

 だからこそわからない……どうして彼があそこまで怒りを露わにしていたのかが。


「……全く、わからないことばかりで嫌になる。」

「聞いたぜ、兄ちゃん記憶がないんだってな。」

「ああ、実はそうなんだ。」

「それで魔法使いだって!」

「いや、それは……」


 目を輝かせながら聞いてくるノルに否定の言葉が出てこなかった。

 魔法使いというのは自分にとっては得体の知れない存在だ。だが亜人たちにとっては違うのだろう。

 嘘をつくようなことをしたくはないが憧れを抱くような視線が痛い。


 これからするという特訓……結果がどうなるかはわからないが、少しは頑張ってみようと思う。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 外に出ると亜人たちが姿があった。

 昨夜の騒ぎが嘘だったかのように、そこには普段と変わらないのであろう村の暮らしがあった。

 皆それぞれに何かの作業に取り組んでいる。

 作物を収穫するもの、木を切り倒すもの、それを細く加工するもの、ノルの話では狩りにも行っているという……亜人たちはこの村で自給自足の暮らしをしている様子だ。


 裕福だとは言えないであろう暮らしをしているはずだ。

 村を覆う柵は何度も補強されたのだろう歪みが多い、亜人たちの住処も全て手作りなのだろう。いびつな形をしたものが多い。

 人間一人増えるだけでも負担はかかっているはずだ。

 自分が魔法使いなのかはわからないが自立をする、という意味でも何者かになる必要はあるかもしれない。

 

 テルの元へと向かう途中少し村を歩いた。

 人間が珍しいのか亜人たちからの奇妙な視線を身に受ける。

 こちらがそれに気づいたと思ったのか目線をやるとそれはなくなる。亜人たちは変わらず作業を続けた。

 ナナシという人間に関わろうという風ではない、むしろその逆……どこかよそよそしい雰囲気を肌で感じる。

 やはりこのまま村に居続けるべきではないのではないかとそう思う。昨夜のラントという亜人の反応がそれを物語っていた。


 村を出て少し歩けば大樹の根元に着く。

 洞穴からはテムズのものだろういびきが聞こえてくるがテルの姿はどこにもない。

 テルの姿を探し辺りを見渡していると頭上から声が聞こえた。


「来たか。」


 声の方向へと視線をやると大樹の幹で寝転がるテルの姿があった。


「なぜそんなところに……」

「想像以上に来るのが遅かったからな。地面でも構わなかったが、ほらこの音だ。」


 テムズのいびきがうるさくて樹にのぼっていたらしい。


「具合も悪くなさそうでなによりだ。」

「そういえばノルも体調のことを気にしていたな。自分はそんなに具合が悪そうに見えるのだろうか?」

「覚えてねぇのか?お前昨日急に倒れたんだよ。」

「それは聞いたが……」

「疲れが出たんだろうよ。まぁ顔色はよさそうだしなにか体に異常があるってわけでもねぇだろ。」


 樹から降りてきたテルはナナシの顔を覗き込む。

 体調は悪くはない、体に疲れもない。よく眠れたおかげか昨日よりさらに指の先まで体に力がいきわたっている気がする。

 テルの言うように一時的なものか、テルもなぜ倒れたかはよくわかっていないらしい。


「飯は?」

「食べてないが……」

「ほらよ。」


 テルからパンを受け取る。

 昨日テルと出会った時から何も食べていないはずだが不思議と空腹ではない。

 食欲がないというより満たされているという感覚だろうか。

 隣でパンを貪るノルのようにはなれそうにない。


「半分いるか、ノル。」

「いいのか!?」

「お前は本当にいいのか、ナナシ。」

「いいんだ。それに――――」

 

 村のことを思えば……なんて言うのはおこがましいのはわかっている。

 だからそれを口にすることはできなかった。


「で、魔法の特訓というが……自分は何をすればいいんだ?」


 多少強引に話題を変える。

 

「さぁな?」

「さぁ、って……」

「なにせ魔法使いってやつを誰も見たことがねぇんだ、魔法がどういうものかってのが伝わってるくらい……火や風を操る、それこそ今お前がしてるかもしれないように言葉を使うのだってな。」

「亜人に言葉を教えたのが魔法使いだったんだっけか?」

「そう。魔法使いは亜人たちに知恵を与えた、言葉や文字もその一つ。」

「……なぁ、それについて一つ疑問があるんだが。」

「なんだ?」

「どうして魔法使いたちはこの世界の人間が使う言語と異なるものを亜人たちに教えたんだ?わざわざ分ける必要もないだろ?」

「それは順番が違うからだ。」

「順番?」

「魔法使い、それは魔法を使う人間に与えられた名称じゃない。魔法を使うそいつらに与えられた名称だ。」

「つまり魔法使いは亜人たちだったということか?」

「どうだかな。だがそう言ってもいいのかもしれねぇ。魔法使いに最初に出会ったのが亜人だったってだけだ。だから亜人たちは魔法使いの言葉を使うし、亜人で人間の言葉を話せるやつはほとんどいない。」

「魔法使いに初めに出会ったのが亜人って……」


 その光景を想像する。それが今の自分の状況と重なった。

 目を覚まして最初に出会ったのはテルだ。テルは人間の少女だ、しかしテルは亜人の言葉を話せる。

 それは見方を変えれば亜人と出会ったとも言えなくない。

 自分のことを魔法使いだとは信じていない、だがテル達が自分のことを魔法使いだという理由もわかる気がする。


「亜人たちの知識の伝来者、そして奇跡の再現者。それが魔法使いだ。魔法使いはこの世界のものではなかった、その可能性は大いにある。」


 テルと出会ったのは偶然かもしれない、だがテルに救われたのは必然だったのだろう。

 いるはずのない場所に居た人間、それを見てテルが何を考えたのか。

 世界の終わりで倒れていた一人の人間。

 それが記憶をなくしただけの人間か、それともこの世界のものではないのか。それは後者だったに違いない。

 テルが望んでいるものが少しわかった気がした。


「テルは……自分が魔法使いであってほしいのか?」

「まぁ、滅多にお目にかかれるものでもねぇし期待はしてるよ。それに……俺の探してるものの手掛かりになるかもしれねぇからな。」

「テルの探してるもの?」

「その話は長くなるからまた今度。つーわけで早速始めようぜ、魔法使いの証明を。」

 

 そう言ってテルは何かを地面に突き立てる。


「……これは?」

「見ての通り蝋燭だが?」

「それは見てわかるよ。」

「まずはこれに火をつけるところからだな。」


 テルが地面に突き立てたのは何の変哲もないただの蝋燭だった。

 無茶ぶりも過ぎる……がどうやらテルは本気らしい。

 よく見るとテルが持った嚢の中には蝋燭がこれでもかと詰め込まれている。


「それで……いったいどうして蝋燭なんだ。」

「蝋燭なら調達しやすいし、なによりお前に合ってると思ったからだよ。」

「自分に?」

「魔法使いの記録は言い伝えでしか残ってねぇが、俺が考えるに魔法を使うのに必要なのは想像力だって思ってる。だとしたら今のお前が一番想像しやすいものつったら火だと思ってさ。」


 それはテルの言う通りかもしれない。

 昨日聞いたような光の矢や風を操るだと言ったことは想像もできない。

 火を操れと言われても同様だが、火そのものを想像することはできる。

 昨夜の松明の灯りや洞穴の蝋燭の火は亜人との邂逅を含め強く印象に残っていた。


 理屈は理解できる。ただ方法だけが納得がいかない。


「魔法の制御のためにやるんだよな?」

「ああ、そうだぜ。」

「ここで?この森の中でか?」

「安心しろよ、抜かりはない。」

「テル姉!水汲んできたぞ!」


 いつの間にかノルの姿がないと思っていたがテルに頼まれごとをしていたらしい。

 水が入った桶を手にノルが駆け寄ってくる。

 

「ん、そこ置いといてくれ。よしっ、これで心配事はなくなったな。」


 用意された少しばかりの水を前に不安は拭えない。

 期待されているのかいないのか、もしものことを考えれば寒気がする。

 それでも場は整ってしまった。不安は尽きないがどうやらやるしかないらしい。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ――――蝋燭に向き合って座る。その経験をすることもそうあることではないだろう。

 少なくとも意味もなくそういう状況に至る者はいないはずだ。

 ……今の自分はそのきわめて稀な部類に当てはまる。


 蝋燭に向き合ってどれだけの時間が経ったか。

 目を瞑り集中したり時には蝋燭に向かって手を伸ばしたり……時折縋るように火がつくように蝋燭に囁いた。

 こんなことをして何か意味があるのか。それがわかるのは結果が出た時だけ。

 そうあってくれないと自分はただの道化に成り下がる。


 ……今更か。記憶のない今の自分は何者でもないのだから。


「火、点かないね。」

「こんなもんだろ。」

「でもテル姉、俺飽きてきたぞ。」

「まぁ、それは同感だ。図が地味だしな。」

「テル姉暇なら手合わせしてくれよ!ラント兄と特訓して俺も強くなったんだぜ!」

「……そうだな。たまには付き合っててやるか。」


 何やら聞こえてくる不穏な会話に集中できない。


「……あの、付き合ってもらっているのは理解しているしありがたいが……いったい今から何を始めるつもりなのか聞いてもいいだろうか?」

「ああ、気にすんな。お前の邪魔はしねぇからよ。少しノルとじゃれてやるだけだ。」

「それは構わないのだが……」


 その場から立ち去ろうとするテルを横目に不安は加速する。


「まさか置いていくつもりか?」

「問題ねぇだろ。俺もすぐにはできるとは思ってねぇし、少し離れるだけだ。あいつとじゃれるっつってもここじゃ少し狭いからな。」


 そう言い残してテルとノルは森の中へと消えていった。

 付き合わせて申し訳ないという気持ちは確かにあったが一人にするのはあんまりだ。

 それにいつの間にか桶の中の水も消えている。どちらかが飲み干したというのだろうか。


 ……軽んじられているということはないのだろうがこう雑な扱いを受けると見返したいという思いが出てくる。

 もしやそう思わせるのが狙いだとでも言うのだろうか。

 ……見返すためには魔法を使えるようになるのが一番なのだろうが、今している特訓こそテルの言いだしたものだ。

 魔法が使えなくては特訓は終わらず、使えたとしてもテルの思い通り……テルの掌の上で転がされているような気分になる。


 初めて感じる感情の正体がわからず言葉に表現できない。

 どこかやりきれない気持ちだけが胸の中で渦巻いた。


「……どうして自分はこんなことをしているのだろうか。」


 ――――それだけが今の自分にできることだから。

 記憶もなく、行き場もない人間が亜人の村へ導かれた。魔法使いであるかもしれないから、その証明をするために。

 ――――だったら魔法使いでなければ……ただの人間であればテルに救われることはなかっただろうか?

 ……いいや、違う。この村に連れてきたのはテルの意志だ。

 テルは倒れていた男を見て魔法使いである可能性を考えたかもしれない。そうでない可能性も当然考えたはずだ、むしろその可能性の方が高かったはずだ。

 千年いなかった魔法使い、それを倒れている人間を見て真っ先に魔法使いだと考えるだろうか?

 ……そうではなかったはずだ。それでもテルは男を助ける選択をした。それは間違いなくテルの意志だ。



 ――――だってそうだろ?自分は一度たりとも救われることを願っていないのだから。

 記憶もない、行き場もない――――願いもない。自分が何をするべきかもわかっていない。

 自分というものがない。空の器に上書きされた意識、それが一人の少女に救われた男の本質だ。


 過去自分がどういう人間だったかは記憶が戻るまではわからない。その時に自分がどうなるのかも今はわからない。

 その日が来るまでは必死に生きてみようと思う。

 今はいない君に失望されないように、いつか訪れる君に誇れるように。


 それが理由だ。別に魔法使いになりたいわけではない、別の何かだっていい。

 何者かになるための一番の近道が今は魔法使いだというだけ。



 目指す先は決まった、あとはそこまで突き進むだけ。

 ……そういえば今まで蝋燭に灯る火を想像していたが順序が違うのかもしれない。

 目指した先に理由が伴うのではない、理由があって初めて目指す先が見えてくる。

 物事には始まりがある。

 松明の篝火も蝋燭に灯る火も初めからそうあったわけではない。


「……今日は風が冷たいな。」


 蝋燭まで手を伸ばす。炎が消えないように覆うようにして。

 小さな火が大きく育つように、目を瞑り小さく揺らめく火を想像した。

 

 ――――ほんのりとだが手が暖かく感じる。思い込みの力とは凄いものだ。本当に火がついている様に手が熱くなる。


「――――っ!?」


 一瞬手に刺さるような痛みを感じて目を開いた。

 蝋燭に変化はない、変わったには自分の掌。

 寒空の下、手だけが感覚が麻痺している。それを寒さのせいだとは思えなかった。

 何か熱いものに触れたように掌だけが赤く痺れている。


 まさか……とは思う。実際に目にしたわけではない、証拠もない。

 感じた熱と痛みだけが残る。


 そのあと同じ過程を試しても同じようなことが起こることはなかった。

 ただの偶然か、それとも思い違いか。

 どちらにせよ少しは信じてみてもいいのかもしれない。


 ――――自分が魔法使いだということを。



 今の出来事を報告するためテル達の姿を探した。

 近くにいるということだがきっと向こうに違いない。


 響いてくる轟音、揺れる木々の方向へと歩みを進めた。



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