再炎を演じる
窮地の中の再会、ただ感動の再会とはいかないらしい。
驚きを隠そうとしないラントにどう言葉をかけるべきだろうか。
元よりそれほど親しい関係ではなかったのだ。
自分たちにはこれが相応しい再会の仕方なのかもしれない。
「ラント。おーい、ラント聞こえてるか?」
「あ、ああ。」
「よかった。何よりお互い無事だったんだ。それを喜ぼう!」
「無事、だと!?」
ラントに胸ぐらを掴まれ持ち上げられる。
なんだかこういうのも久しぶりだ。
懐かしさすら覚え頭をうなずかせた。
「これのどこが無事だとぬかしやがる!?」
「無事だとも。ああ、この服の血のことなら気にしなくていい。少し大怪我をしてしまったらしいがもう治ったから。ほら手もあるし足もついている、体のどこにも不調はないよ。」
「治――――」
それほどおかしなことでもないだろうにラントは驚いた表情をやめない。
実際に見せた方が早いかと指の肉を噛み切った。
「――――っ!?てめぇなにして――――!?」
「ほら、見てみろよ。もう治っている。」
「はっ…………あっ…………」
実際に自分で目にしても気味が悪い。
嚙み切った部分の血を拭うと傷など最初からなかったかのように塞がっている。
――――まぁ、驚くか。
自分の血だらけの衣服を見た時は驚いた。
あの高さから落ちて無事なのはおかしいと思ってはいたが……。
起きたこと、それと今の状況から見ても自分がかなりの怪我を負っていたのは間違いない。
だとするとどうしてその傷がないか。
実に奇妙だが治ったとしか考えられなかった。
――――だからと言って自傷行為をするのはやりすぎただろうか。
「まぁ、こういうわけだから何も心配はいらない。」
目を丸くして固まったラントを安心させようと笑ってみせた。
「心……配?俺が、誰の!?」
「違うのかい?あんなに必死に走ってきてくれたのに。」
驚きはあるだろう。ただそれにしてはラントの様子がおかしい。
迷宮区で再会してからというものラントの様子はずっとおかしいが今回はとりわけ酷い。
声は荒げてはいるがいつもの強気な態度は微塵もない。それどころか何かに怯えているようにも見える。
「ラント、大丈夫だよ。近くには不死者もいないみたいだし、何かしんどいことがあるならしばらくここで休んでも――――」
「――――っっっ!?その顔を止めろ!!!」
ラントの絶叫が集会所に響いた。
「なんだ!?お前らは何なんだ!?アルトルも!てめぇも!なんで自分のことを傷つけておきながらへらへら笑っていやがる!!!」
やはり安心させるためとはいえさっきのはやりすぎだったようだ。
なんともないと言葉で伝えても聞きいれてもらえないだろうと思い行動で示したつもりだったが……ままならないものだ、人の心は。
「それが、正しいことだと思えるからだよ。」
「…………は?」
「傷を負うことが抗うことを肯定してくれる、決して自分のやっていることが無駄なんかじゃないんだって。楽だもんな、誰かが傷つくのを見るより自分が傷つくことの方がよっぽど楽だよ。」
「――――おい。」
「だから誰よりも前に出て体を張り続けられる、嫌われ者だって演じられる。」
「…………黙れよ!てめぇ誰のことを語ってやがる!?」
ナナシの目は真っすぐとラントを見つめていた。
ラントが怒りをぶつけるのも無理もない、それを承知で語っている。
ナナシの瞳にはラントが小さく反射して映っていた。
「君のことだよ、亜人ラント。あの村で、君と出会った最後の日。痛みを知った、怖かったさ。それと同時になんでとどめを刺されなかったのかと疑問があったんだ。人間が憎いんだろ?アルトルが憎いんだろ?だったら構わないよ、このまま僕の首を絞め殺すといい。」
虚言でもはったりでもない。目の前にいる人間が語る言葉は紛れもない本心だ。
理解ができない。できたことすらない。
だから俺は何一つ理解できなかった。
目の前にいる人間がどうしようもなく重なって見える。
外見だけだった。それだけだったはずなのに――――
恐れを知らないようなもの言い、揺らぐことのない在り方。
――――人間性も似てきていやがる。
人生で初めて憧れを抱き、救いをもたらした人間に。
アルトルと似てきたそいつを前に上手く言葉が出てこなかった。
言いたいことが山ほどある。聞きたいことが山ほどある。話したいことが山ほどある。
でも、それをするのは決して、目の前にいるこいつじゃねぇ。
「――――っ!!!」
「どうした?やらないのか?」
「うるせぇ!!!その口を塞げ!じゃねぇと本気でっ――――!」
「本気で?本当にそうか?そうだったのか?僕には自傷行為に憤る今の君の方がよっぽど本気に見えるよ。」
「…………っ!?」
理解ができなかった。
ラントという亜人がどうして自分に対してあんなに憤るのか。どうしてあんな仕打ちを受けなければいけなかったのか。
ずっと知りたかった。その理由を。
今のラントを前にしてようやくはっきりした。
亜人と人間、2つの存在が相容れないことを知った。
亜人たちが人間を憎む理由があることを知った。
だがその2つが理由だったのではない。
亜人たちに残された時間は少ない。
近く黒壁への大遠征が行われる。
アルトルが作った仮初めの楽園の崩壊を前に亜人たちがただ滅びを待つだろうか?
そんなわけがない。
大遠征が行われることはテルも知っていた。当然亜人たちとも情報は共有していただろう。
いつからその準備をしていたかはわからない。
ただ大遠征を待つことなく亜人たちは黒壁から姿を現す。
玉座に座る偽りの王を白日の下に晒すため、ひいてはこの国の敵として王都に攻め込む算段だったのだろう。
だから大いに動揺したことだろう。
アルトルと瓜二つの容姿をもつ人間が現れたときには。
本人かもわからず、恩人とも言える人間を滅多打ちにするほどに。
亜人たちは揺れている。
迷いを断ち切ろうとしたラントこそが今、迷いを見せ始めている。
「―――なんてね。悪かった、君が自分のことを殺すはずがないのにな。この国を出るまでは守ってもらう約束だもんな。」
「それで、すむと―――」
「ちょっとした意趣返しだよ。そのくらいの権利はあるだろ?あんなに傷つけられたんだからさ。これでお愛顧だ。」
ラントは不服そうにしながらもあっさりとナナシから手を離した。
一発くらいは殴られる気ではあったが……意外、というほどでもないか。
アルトルのなにがこうまで彼らを引き付けたのか、未だにわからないがテルの言っていたことの真偽ははっきりとした。
亜人たちはアルトルの敵にはなっていない。なれやしない。
その人間を前にあらゆる思惑が交錯したことだろう。
ある者は邪魔に思い、またある者は希望を見た。そして男を見つけた少女は一つの選択をした。
幸か不幸か、亜人たちの住処の近くで記憶もなく目を覚ました人間に仮初の名を与えた。
そして少女は言った。利用する気はないと。
ああ、そうだろうさ。する必要もない。
逃げ場なんてはなからない。
あの日、あの場所で目を覚ました時から選択を迫られていた。
アルトルとして生きるか、ナナシとして生きるか。
「――――。」
今更こんなことを言えば彼は怒るのだろう。
だがこればかりはどうしようもない。
「――――。」
自分がいないことで亜人たちが救われるならそれでいいと思っていた。
現実はそうではない。そんなことでは亜人たちは救われない。
村にいた亜人たちだけで現状を変えられるとは思えない。
未来が見えずともそんなことはわかる。
アルトルとしての自分がいることで亜人たちの楔となっているというのなら…………。
目の前にいる彼の思いを踏みにじってでも正しいと思ったことをしなければならない。
「ラント、自分は――――」
自分が言おうとしていることに感づいたのかラントの体毛が逆立った。
続いて遅れて気づく。
不死者が近づいてきている。それも一体や二体ではない。
迷宮区の出口へ続く通路で遭遇した群れと同じかそれ以上。
自分たちを追うように四方から走ってくる気配がした。
「なんでっ!こんな急にっ!?」
「追って…来たのか?…ラント、どうする?」
「――――っ!ここらの通路じゃ迎え撃つのも無理だ。物量に押しつぶされる。逃げるしか――――」
「……大断層まで戻ろう。あそこなら迎え撃てる。」
「迎え撃つ、だ?馬鹿を言え!?迷宮中の吸血鬼が集まってきてんだぞ!?こんな数てめぇを守りながらじゃ…………。」
「好都合だ。ラント、あの契約、破棄させてもらうよ。」
「…………あ?」
「自分も戦う。もう逃げはしない。さっきも見ていただろ?」
「あの時とは状況がちげぇんだよ!!!」
「あの時とは自分も違う。」
今まで繰り返してきたどおりが正しければできるはずだ。
いいや、今までとは違う。なぜかその確信だけがある。
掌を天に向け、炎の湧き上がる様を想像する。
魔法を奇跡だというのなら、奇跡を持ってこの窮地を切り抜ける。
「――――お前っ!?」
「自分も、戦える。」
手を薙ぎ払えば想像するままに炎の壁が形作られた。
「長くは保たない。今のうちに移動しよう。」
あっけにとられるラントを力技で説得しようやく移動を始めた。
納得はしてくれてないよな。
自分でも今でも信じられない。
――――自分が本当に魔法使いになるだなんて。




