その目が見たもの
籠の中の鳥であることを知ったのはいつの頃だったか。
思い出したくもない過去を思い出すのはきっと、そこに後悔があるからだ。
何も知らずにいられたらどれだけ幸せだっただろうか。
ただの好奇心だった。知らずにはいられなかった。
自分がどうして生まれて、なんでこんな狭っ苦しい思いをしないといけないのか。
誰も教えてくれなかったから。
周囲には息の詰まるような死臭が漂っていた。
あの化け物が引き連れてきたのか、迷宮区のアンデッド騒動は予想以上の拡大を見せていた。
「…………っち。こっちも駄目か。」
「この先に抜け道があるのか?」
「ああ。なのに……なんでこんなところに兵士がいやがんだ。」
アンデッドの対処のため下層まで降りてきたのか兵士の数が多くなっているらしい。
思えばいつものような迷宮区静けさはない。
戦闘をするような物騒な物音がどこからともなく聞こえてくる。
「もう少しだってのによ!」
ラントの話では周囲を包囲するように兵士たちが配置されているらしい。
折り重なるようになった通路の一部から光が漏れている。
その通路を複数の兵士が行き来している。
通路の先には少なくない兵士が待機しているらしい。
煌々と灯りがたかれている中それを抜けるのは容易ではない。
亜人であるラントは姿を晒せないし、アルトルに似通った容姿の自分もまたそうだ。
この騒動が亜人の手によるものと思われているのか、兵士たちはアンデッドのためというよりは何かを逃がさないようにしているように警戒を強めている。
――――ああ、そういえば自分もまた追われる身だったな。魔法使いとして。
そんなことはもうすっかりと忘れていた。
「……もしかしたら自分のことを追ってきたのかもしれない。」
「ああ?なんのためにだよ。」
「自分が魔法使いだから…。迷宮区に来る前にこの国の兵士たちと揉めることがあって…。」
「…そんでこの迷宮区まで追ってきたってことか?…いいや、ありえねぇな。」
「なぜだ?」
「この迷宮区の恐ろしさってやつをやつら自身が一番理解してるからだ。上層ならともかくこんな深部まできたらあいつら自身帰れる保証なんてない、自殺となんら変わらねぇ。」
確かにそうだ。テルも兵士が追ってくるのをやめていると言っていた。
魔法使いという存在が無視できないものであっても命を捨ててまで捜索はしないだろう。
アンデッドを追ってここまで来たとも考えにくい。
守備を固め陣取るようにしている兵士たちがアンデッドに追い立てられてここまで来たようにも見えなかった。
兵士たちはもっと別の目的でここにいるような感じがする。
そもそもの話、何者かに放たれたアンデッド自体がまるでこの迷宮区を締め上げるように迷宮区の上層から現れた。
アンデッドが迷宮区に現れた理由――――
亜人?魔法使い?
どちらを探すにもアンデッドの性質は向いていない。
性質を考えればアンデッドは迷宮区にしか現れられないことにもなるが……。
何を求めるか。誰もが何かを求めてこの迷宮区に集っている。
男は答えを求め、少女は偶像を、少年は兄を待ち、亡者は血を渇望し、人狼は神器を探す。
この国の兵士たちは何を求めてここに来た。
最初から目的が変わっていないのだとしたらそれは魔法使いだが、記憶が正しければそれを求めたのはこの国の兵士ではない。
「……教会?」
「――――なんだと?いまなんて言った?」
「あ、いや……この国の兵士に捕まった時に兵士たちが自分のことを教会に連れて行こうとしていたから…。」
思ってもみないことを口走った。
人間主義を謳う教会が人間をアンデッドに変えるなんてことをしているというのは考え難い。
ただ可能性が無い話ではなかった。
魔法使いが作ったとされる神器、それを今保有しているのは教会だ。
その可能性をテルやラントが考えなかったはずがない。
だからこそラントがこうして驚いていることは不思議に思えた。
「あいつらを捕らえる。」
「なっ、なに!?」
「あいつらがどういう目的でここにいるか知らねぇが教会が関わってるなら見過ごせねぇ。どのみちあいつらを退かさねぇと外には出られねぇしよ。」
「だからって今は――――」
「怖いなら引っ込んでろ。元々てめぇの手は借りるつもりもねぇしよ。」
ナナシの静止を振り切りラントは通路に音もなく降り立った。
一直線に通路を駆けた後兵士たちの驚いた声や悲鳴が聞こえてくる。
ものの数秒だ。静けさを取り戻したころにラントの呼ぶ声が聞こえてきた。
「…殺したのか?」
その光景を見て最初にその言葉が出た。
兵士達は倒れたまま指先一つ動かさない。
少し開けた広間のような場所。焚火に囲まれた中央にラントがいた。
「殺すかよ、貴重な情報源だ。」
ラントは一人の兵士の首を掴み持ち上げ立っていた。
怯えきった兵士の顔を見ればこの場で何が起きたか想像するに容易い。
いるはずのない亜人、恐怖の対象がいきなり現れてその場を蹂躙したのだから。
「た、助けてくれ!あっ、あんた人間なら、俺たちの味方だろ!?」
「ダマレ!ニンゲン!テメェニキキタイコトガアル!」
「っひ!!!なんで亜人が人間の言葉をっ!聞いていない!こんなお告げはなかったはずだっ!」
「オツゲダァ?ヤッパリテメェキョウカイノカンケイシャカ!」
「待て、ラント。そんな脅すような真似では聞ける話も聞けはしない。」
ラントをなだめようと近づいた時に兵士と視線が合った。
「その顔……手配書の……」
亜人がいることを知られてしまった以上自分がこそこそ隠れていても意味がない。
手配書なんてものが出回っているならなおさらだ。
魔法使いの存在は前の騒ぎで知れ渡っているはずだった。
だというのにナナシの顔を見た兵士の様子は明らかにおかしくなった。
――――その目をどこかで見たことがある。
兵士は怯えた目に光を宿らせ恍惚とした表情を浮かべ涙を流す。
その目の居心地の悪さを思い出した。
何も知らない、何もわかってもいないのに何かを懇願されているような気分にさせられる。
かつて感じたそれとは違う。今はその目にただの不気味さしか覚えなかった。
「ああ…やはりだ。魔法使いが来た。」
兵士の瞳に映る自分を見た。
目の前にいるこの男には自分以外のなにも視界に入っていないのだろう。
目の前にいる亜人の姿すら映ってはいない。故に恐れを抱かない。
「やはり我らが主はいつだって正しい。」
「アル…トル…ダト?オイ!ナニヲイッテイル、ワケヲイエ!!!」
問い詰めるラントを他所に兵士は短剣を取り出すと自らの喉に突き刺した。
「ごれで――――我らも、りぞうぎょう、に――――」
「オイ!オイ、オキヤガレ!!!…っくそ!何なんだ!なんでアルトルの名前が出てきやがる!」
喜悦な笑みを浮かべ死を迎えた兵士の亡骸が酷く不気味に見えた。
兵士は一切の躊躇いもなく自らの命を絶った。
誰かにそうさせられたのでもなく、恐れを抱いたわけでもない。
ただ何かに心酔するようにその役目を終えた。
光の映らなくなった瞳がじっと見つめてくる。
もうそこにいなくなったはずの男からありもしない視線を感じた。
「なんだ……なんなのだこれは……。」
周囲を見渡した時にはすでに周りにいた兵士たちもすでに息絶えていた。
各々這いずって通路まで辿り着き、男と同じように首を短剣で裂いていた。
何かその行いに意味があるのか、理解など及ぶはずもない。
逃げようとするでもなく四方の道を塞ぐように息絶えていた。
「――――っまさか!?」
「ラント?」
「走れ!吸血鬼が来る!!!」
「なっ、どこから……。」
「――――全方位だっ!」
ラントに手を引かれ通路に逃げ込む最中にそれを見た。
残りの通路から飛び出すようにアンデッドが溢れでた。
いったいどこから、どこにこれほどの数のアンデッドがいたのか。
押し寄せる波のようにアンデッドが追いかけてくる。
「なんでいきなり――――。」
「あいつら走れるのかよ!」
今まで見てきたそれとは明らかに違う。
見た目は人間でも人間の能力の範疇を超えていた。
前が倒れてもそれもお構いなしで踏み越えてくる。
通路はあっという間にアンデッドで埋め尽くされた。
「追いつかれるぞ!!!」
「――――っち!てめぇはこのまま走れ!このままいけば階段だ、それを上がれば外に出られる!」
「ラント!?」
ラントに前に投げ出され倒れそうになりながらも走ることを続けた。
「くそがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
最前列に掴みかかるとアンデッドの速度は減少した。
だがそれも一瞬だ。前を乗り越えるようにアンデッドは山を成す。
「――――っぐらぁぁぁぁ!」
掴んだアンデッドを蹴り上げて山を崩す。
人間の能力を超えていても所詮は意志のない烏合の衆、ラントの敵にはならないようだ。
心配の必要はないらし――――
「――――――――は?」
瞬間、天地がひっくり返った。
後ろにいたはずのラントが前に見える。下に見える。
「ナナシ!!!」
ラントの声で我に返った。
天地がひっくり返ったのではない。自分が宙に浮いている。
脚を何者かが掴む感触。
飛んで、いるのか?
溢れ出たアンデッドたちが松明をなぎ倒し炎を広げていた。
眼下では地獄の窯のような光景が広がっている。
元居た広間、燃え上がる炎のおかげで飛翔するものの正体が明らかになった。
継ぎ接ぎだらけのアンデッド。あの一体だけではなかった。
先に遭遇したものより翼が多い。飛行に特化させたものだろう。
疑問は尽きないが今は現状をどうにかしなければいけない。
ラントとは随分距離が離れてしまった。
剣も掴まれた拍子にどこかに落とした。
抵抗の手段は――――ある。
痛みを感じないアンデッドに対して効果があるかはわからない。
最悪自分ごと焼けてしまう可能性もある。
だがやるしかなかった。
「――――っ放せ!!!」
脚を掴むと同時に想像した。
今までと同じように掌から炎が上がる様を。
「――――っあづっっっ!?」
先ほどの光景の影響か予想以上に大きな炎が現れた。
「――――かはっ!?」
周囲の空気も取り込み燃えているのか空気が薄い。
辺りにある何もかもを飲み込み炎は燃え上がる。
繋ぎ目を焼き切られたアンデッドは空中で分解され燃えながら落ちていった。
「…………よかった、これで――――。」
燃え落ちていくアンデッドの体が辺りを照らした。
「ここは……」
落ちてゆく。
底が見えない暗闇に。
「大、断層…………。」
奈落へ飲み込まれていく。
いつの間にここまで――――
何処まで落ちていく――――
ラントは無事か――――
景色が風のように切り裂かれていく。
灯りだ――――
地面がある――――
こんな、ところで――――
死ん――――――――――――――――――――――――




