最果ての理想郷
アンデッドのことは亜人たちが知っている。
テルのその言葉の意味を自分は考えただろうか。
この騒動が続けばこの国の兵士が出てくる。
名目上は化け物退治。人を襲う化け物を放置しておけないのは当然だ。
だが迷宮区に現れたその化け物をこの国の兵士で人間である彼らは何と認識するだろう。
その化け物を何と呼ぶだろう。
――――少なくとも、目の前に現れたそれは自分には亜人に見えた。
「あれは…………」
「下手に動くなよ。あれは他の奴らとは違うらしい。」
「違うって……知ってたのか?あれがいることを……」
「動かなくなった吸血鬼の中に派手な傷跡を持ってるのが何人かいた。……考えたくはなかったがよ。」
ラントの様子がおかしかったわけだ。
索敵能力が落ちた状態でこの化け物の追跡を躱すのは相当神経をすり減らせていたはずだ。
いいや、それだけじゃないのかもしれない。
アンデッドになったとはいえ元は同胞。対峙した今、ラントの心が穏やかであるはずがない。
「――――っ来るぞ!!!」
「なっ!?」
身をかがめた化け物は足に力を籠め、次の瞬間にはラントとの距離を一気に縮めた。
その一連の動きを見ただけで他のアンデッドと異なることは明らかだった。
「――――っち!」
「ラントっ!?」
「てめぇは出てくんな!!!」
わずかに照らされた灯りが時折化け物の爪に反射する。
それがこの化け物の体躯の異様さをさらに鮮明にさせた。
かろうじて突きを躱しても腕から突き出したかぎ爪がラントの肌を掠める。
継ぎ接ぎだらけの体はまるで何者かが戦闘のために作り出したかのような意思が感じられた。
だがやはりラントが苦戦を強いられているのは戦闘力だけの話ではないのかもしれない。
自分という守る存在があるということも影響しているのだろうがどう見ても精細さに欠ける。
亜人のアンデッド、その姿の異様さも相まって致命傷となる一撃は当てられずにいた。
ラントが今も心のどこかで自分のことをアルトルと見ている様に、このアンデッドもまたラントには亜人に見えているのかもしれない。
決定打が打てず状況は悪化するばかり。
押し込まれないようにその場を動こうとしないラントの体には少しづつ傷が増えていった。
――――っどうすればいい。何ができる?
――――下手に動くとはできない。それはラントの集中を削ぐことにもなりかねない。
「――――っぐ!?」
動けずにいたナナシの目の前に血が舞った。
地面に散らばった血を見つめ視線を戻した時にようやくラントが深手を負ったのだと気づいた。
考えるより先に身体が動いていた。
ラントの背越しに化け物の腕が見える。おかげで化け物の位置はある程度把握できた。
左脇腹を負傷し右によろけたラントの影から剣を突きだした。
相手はアンデッド、動く亡者だ。人体の急所は致命傷になり得ない。
頭部には剣が届かない。足を斬り落とそうにも技量がない。
――――いいや、ある。
継ぎ接ぎだらけの体。肉体の強度に比べその部分は他より柔く見えた。
両者の体の隙間を縫うように潜り込んで剣を突き刺した。
流血はなかったが確かな手ごたえがあった。何かを斬った感触が剣を伝い持ち手に感じる。
「っっっお前!?」
「説教なら後で聞く!無事なら手伝ってくれ!」
「――――っっっくそっ!!!」
繋がりを絶たれ宙に揺れる化け物の腕を掴むとラントは力のままに引きちぎった。
意志をくみ取ってくれた。というよりはラントも元々そのつもりだったのだろう。
ラントは最初からつなぎ目の部分を狙っていた。
元は同胞、体を傷つけることなく倒す。自分という重荷を背負いながらそれを成すのは想像より苦しかったのだろう。
「何やってんだてめぇ!!!後ろにいろって言ったのを忘れたか!!!」
掴みかかってくるラントの頭を引き寄せ頭突きをした。
「っっっ!?」
「っ――――!!!忘れているのは君の方だ!君が死んだら僕も死ぬのを忘れたか!」
「――――っ…………」
「意地もいい。我儘もいい。でも、譲れないものがあるなら頼ってくれ。…………自分も戦える。守られているだけの居心地の悪さに比べたら痛いのも苦しいのもなんとでもない。」
矛盾した話だ。
亜人のことも、この国のことも、アルトルのことも何もを忘れるために国を出ようと決意しラントを頼った。
そのためには結局のところ乗り越えなければならない壁がある。
自分が忘れてしまった過去が追いかけてくる。
逃れられない渦の中にいるような気がした。
きっと皆そうだ。
ラントも、テルも、亜人たちも皆捕らわれている。
そのどうしようもない奥底に誰もが魅了されるように引き込まれた。
そこに何があるのかを知っている。
だがらこそきっと、自分はここにいてはいけない。
「…………俺が引き付ける。てめぇは今みたいに上手くやれ。」
「出しゃばっておいて今更だがあまり頼りにされすぎるのも困るからな。こっちは完全に素人なんだから。」
「悪くなかった、そう言ってる。動きもさほど速くねぇ、防ぐだけならどうとでもなる。さっきみたいに隙を見つけたら気にせず突っ込め。」
「わかった。」
「……ありがとうな。」
ラントが最後になにか言った気がしたが周囲の音に紛れてよく聞こえなかった。
後ろを気にしなくてよくなった影響かラントの動きは見違えるほどに良くなった。
目的を共有したおかげもあるのだろう。ラントが灯りの下へ化け物を誘導してくれているおかげで繋ぎ目の場所がよく見える。
ラントの動きをずっと見続けたおかげかラントが次にどこを狙いたいかが分かるようになってきた。
右腕はラントが引き千切った。左腕の攻撃を誘導している。攻撃はラントが防ぐと言った。
なら次は――――
ラントが左腕を掴んだと同時に化け物の右脚に剣を突き刺した。
――――狙いは攻撃を生むための機動力。
攻撃はラントが止めている。おかげで技量がなくても右脚を切り落とすことに成功した。
化け物が体制を崩すと刹那にラントは掴んだ左腕を引き千切る。
止まらない。止まることはない。元より生者ですらない。
血を求めて彷徨う化け物になってしまった。
両腕を失い、片足をもがれてもこの戦いは終わらない。
意志もなく、意味も知らず、誇りもない。
それでもこの戦いに終止符を打たなければならない。
体制を崩しつつも飛び上がった化け物は壁に体を引きずりながら宙に浮いた。
「……置いていって悪かった。一緒に行こう。辿り着こう。俺たちの夢見た理想郷に。」
壁を蹴り、翼を羽ばたかせ向きを変えた化け物はラントに向かって襲い掛かる。
最後の攻撃だった。
ラントの手が首を貫き胴体と分かたれることで戦いは終着した。
「ナナシ、剣を寄こせ。」
「あ、ああ。」
初めてラントに名前を呼ばれたような気がした。
動揺するナナシを他所にラントは剣を受け取ると化け物の亡骸を切り分けていく。
残った左足、翼。両腕は損傷が激しいが左足と毛色が似通って見えた。
胴体は鱗に囲まれ右足にも同じ鱗が見て取れる。翼は他の者。
このアンデッドを作るのに最低でも三人の誰かが犠牲になっている。
「ラント……彼らは……。」
「ああ?てめぇが気にすることでもねぇよ。こいつらは元から死んでたんだ。誰かが俺たちの元居た住処を荒らしたんだろうよ。別に……珍しいことでもねぇだろ。亜人の体ってのは死んでても役に立つんだからよ。爪や牙は飾りに目玉なんかは宝石みてぇに扱われることもある。だからこうなってても不思議じゃぁねぇ。」
ラントはわかっていたのだろう。この迷宮区に入った時から、アンデッドの存在を知ってから。
「俺たちに死はあっても終わりはない。それが俺たちが……いいや、亜人がかけられた呪いの正体だ。」
「呪…い?」
「なんだ、テルから聞いてねぇのか?亜人のやつらが日の光を浴びることができねぇって。」
「それは……知っている。」
「亜人は日の光を浴びることでしか本当の死を迎えることができやしねぇ。その前に死んだらこいつらみたいに意志もない吸血鬼の仲間入りだ。
そういう呪いだ。そういう力だ!神器?魔器?ふざけろよ!?俺たちが!何したってんだ!!!」
ラント達は何もしていない。この国にいる亜人たちは何もしていない。
ただ人間と亜人が戦ったという過去があるだけ。
「こんなふざけた状況を作り出した人間も!現況の魔器も!必ず見つけ出して破壊してやる!屍贋血牙をっ!魔器が嫌いだ!それを作った魔法使いが嫌いだ!だから!!!――――っ俺は、てめぇのことを認めねぇ。ただの人間であろうと、魔法使いだろうと……たとえアルトルだろうと、もう俺たちの邪魔はさせやしねぇ。」
これほどまでに毛嫌いされるわけだ。ラントの決意は固い。誰の制止も聞き入れることはしないのだろう。
亜人たちにはもう時間が残されていない。時が来れば黒壁への大遠征が始まる。
そんなこと自分が忠告するまでもなく知っていたはずだ。その前にも亜人たちは動き出すはずだ。
そんな時に現れたのがアルトルと同じ容姿を持った記憶のない人間だ。
大いに動揺したことだろう。大いに邪魔だったことだろう。
亜人たちは今大きく揺れている。
星の国へ攻めようとする者たちと、アルトルに期待する者とで。
どちらが正しいかというと…………きっと前者なのだろう。
アルトルの帰還は予言されている。それを亜人たちが知っていたとしてもそれが大遠征の前か後かなんてことは誰にもわからない。
だとすると生まれたわずかな希望を摘み取るのが最善だ。奇跡なんて亜人たちはもう願っていない。
アルトルは一度失敗した。もう答えは出ている。
亜人たち自身の手でどうにかするしかないのだと。
たとえ神器を壊して何も変わらなくとも。たとえ探し求めた神器が見つからなくとも。たとえ日の当たらないわずかな時間にしか動けないとしても。
亜人たちはもう止まることをしない――――。
「行くぞ。もう出口は近い。」
「ああ。行かないと、だよな。」
ばらした亡骸を迷宮区の奥底に投げ捨てるとラントは歩み始めた。
歩む足が重い。自分が決めたことのはずなのに。
これは正しい選択のはずだ。自分は邪魔ものでしかない。
最も最悪なのはこの身が何者かに利用されることだ。
その最悪さえ避けることが自分にとっても誰にとっても重要なことのはずだ。
それでも――――なにか大切なことを忘れている気がした。
記憶を無くした身体が訴えるように体の動きを鈍くする。
この歩みの先にある景色をどうしようもなく想像してしまう。




