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魔法使いに救われて  作者: スナ
序章
2/24

魔法使い


 人が獣の姿をしていた。


 それが何者なのかわからずに体は固まった。

 知識がないから、これが普通のことなのかと考えるが違う。

 体を覆う体毛、伸びた鋭い牙や爪、狼のような顔を持つそれが自分とは違うものなんだと知らしめる。

 だが目の前にいるそれは自分と同じように二本の足で地面に立ち、同じように言葉を話した。

 

 二人と一体……いいや、それ以外の大勢がこの場にいる。

 目の前に見える柵の裏にはきっと村がある。だというのならいるのは目の前のそれだけだとは考えにくい。

 背に感じる圧、横目に見える揺れる草。もうすでに逃げ場はない。

 

 テルに慌てる様子はない。

 そうだろうとも。テルの目的地はこの村であり、こうなることはテルも予想していたことなのだろう。

 目の前のそれが一言話した後、その場に静寂が訪れた。


 テルが平然としていたとしても、これが想定内の事態だと理解しても、平静ではいられなかった。

 この場で圧倒的に立場のないのは自分自身なのだから。

 村の人間に簡単に受け入れられるとは考えていなかった、だとしてもこれは想定外が過ぎる。


 動揺を隠せないナナシの様子が気に入らなかったのか人狼の顔はみるみる不機嫌になっていく。


「――――それは、なんだ。」

「見てわかるだろ、人間だよ。」

「そういうことを聞いてんじゃねぇ!どうしてそいつがここにいる!!!」

「記憶がねぇんだとよ、だから連れてきた。」

「なんっ……だっ!?」


 人間が来る、それはこの場にいるものたちにとって異常なことなのらしい。

 物珍しさに釣られてか周囲の者たちも顔をだす。

 見たところその中に人間はいない。皆、体のどこかに獣の一部を持つものばかりだった。


「しばらくこの村に置くつもりだ。だから誰かテムズを呼んできてくれよ、これからのこと諸々話がしてぇ。」


 テルの言葉の後に辺りは一瞬のうちに暗くなる。

 木々から漏れる月明かりをかき消し、松明から影が伸びる。


「呼ばれんでも来とるわい。」


 天から降る野太い声に周囲の視線は集まった。

 見上げた先には二つの大きな目が松明の光に当てられ光っていた。

 森の木を手でかき分ける大きな手、村の柵を踏み越える足、巨体と言うには大きすぎる体を持つ巨人がその場を覗き込む。

 

「なにやら騒ぎがすると思って見に来てみれば……お前さんの仕業か、ちび助。」

「随分早いじゃねぇか、助かるけどよ。」

「馬鹿を言え、お前さんが朝から黒壁に向かった時に怪しいと思ってたんだ。なにか厄介ごとを持ち込んでくるんじゃねぇかと朝から気が気でなかったが……こいつは予想もできんかったな。」


 巨人はため息をつき頭を抱える。


「人間、か。いいや……こいつは……」

「名前はナナシ、しばらくこの村に置く。」

「名無し?」

「今のこいつには記憶がない。自分が誰かもわからねぇんだとよ。」

「そいつは……難儀なことだ。だがよ、村に置くったってよぉ……お前さんはいいのかぁ?人間のあんちゃんよぉ。」


 周囲の視線がナナシに集まる。

 いいのか、と是非を問われてもわからない。

 動揺もある、恐怖もある……ただ今はこうするしか他はない。


「……世話に……なってもいい、でしょうか。」


 上ずった声でそう答えた。

 人間からのその返答は巨人には意外なものだったようで一瞬驚いた様子で目を見開いた。


「――――そうか。……まぁ、こういうことも起こるのか。」


 天を仰ぎ空を見上げた巨人。

 答えは出した、あとは巨人の返答を待つだけ。

 この巨人がこの村の長なのか周囲も巨人の反応を待っていた。


 熱した鉄を飲むように唾が喉を通う。

 この返答一つで周囲の者たちがどういう動きをするかはわからない。

 最悪を考えると身の毛もよだつ思いだった。


「……まずはその恰好をどうにかしてやらなきゃだよなぁ。ついてきな、ナナシ。」


 巨人の許可が出ても動けずにいた。

 目の前には未だ立ちはだかる人狼の姿がある。

 巨人の言葉を耳にし人狼の圧は増した。対峙する人狼と人間、その展開に周囲の者もどうしていいかわからず動揺している様子だった。


「それは……どういうつもりだ、ラント。」

「どういうつもりだぁ!?それはこっちの台詞だ、テムズ!こいつを村に入れる気か!?」

「そうだ。お前は違うってかぁ?」

「当然だ!!!なんでっ、今頃になって!!!」

「だったらなにか、このあんちゃんをこのまま外に放り出せってか?そうはできねぇのはお前さんにもわかってるだろうよ。」

「――――っ!」

「他にこのあんちゃんをどうするか、意見を出せねぇならこの話はここまでだ。このあんちゃんは答えを出したぜぇ、この村にいたいとな。だったら俺はこのあんちゃんのことを選ぶ。……大人になれよ、ラント……もうお前さんは子供じゃねぇんだ。気に入らねぇ、認められねぇ……そう叫ぶだけじゃ無駄なのはわしらがよくわかっていることだろうよ。」


 巨人の言葉に異論を出すものはいなかった。

 その場を見届け巨人は闇の中に消えていく。


「俺たちも行くぞ。」


 テルに手を引かれその場を後にした。

 静けさを取り戻した森の中で歩みを止めるものはもういなかった。


 ようやく一息つけるところまで来たというのにナナシの心境は酷く複雑だった。


「……彼は、いいのか?」

「いい、あいつにも少しは頭を冷やさせる時間が必要なんだよ。」

「……自分はこの村に来てよかったのか?」

「何言ってる、連れてきたのは俺だぜ?」

「それは……そうだが……。」


 聞きたいことは山ほどあった。

 彼らが何なのか。どうして彼が怒っていたのか。ここがどういうところなのか。

 どれから聞くべきかわからない。


「……まぁ、悪かったと思ってるよ。あいつらのこと伝えずに連れてきたのは。あいつらのこと伝えてたらお前がこの村に来るのを拒むんじゃねぇかって考えてよ。」

「……彼らは一体何なんだ?」

「あいつらは亜人。人の世界に生まれ落ちた人ならざる者って言われているやつらだ。」

「人間……ではないのか?」

「そこの認識はお前に任せるよ。そいつは俺が……いや、誰かに決められることじゃねぇ。でも、俺の言った通り村に入ることはできただろ?」

「そうは言うが……とても歓迎されているという雰囲気ではなかったぞ。」

「そうか?」


 何事もなかったかのようにテルは聞き返してくる。

 テルにはあの場がどのように見えていたというのだろうか。

 寒気しか感じられなかったあの場でテルは終始平然としていた。

 気が強いというのもあるだろうがテルにはあのラントという亜人が出張ってくるのも予想していたことなのだろう。


 村の中は静かだった。

 ほとんどの者たちがあの場に集まっていたのだろう、人の気配はどこにもない。

 木造りの家はどこも灯りが灯されていなかった。


「ここだ。」


 テルは一軒の家の前に止まると扉を開いた。


「ここがテルの家なのか?」

「俺のってわけでもねぇけど、ここにはよく帰ってくるな。」

「帰ってくる?」

「俺あんま村にいねぇし、普段は王都を中心に動いているからな。」

「王都?」

「そういや言ってなかったな。ここは星の国、その東端にある村だ。……っと、この服でいいか。」


 渡された服を手に取る。

 見たところ亜人たちが着ていたものと同様のものらしい。

 大きさは自分の体の大きさに合っていた、どうみても男物でテルのものという風ではないが……


「……勝手に借りてもいいのか?」

「服の一枚くらい問題ねぇよ。まぁお前が気にするってんなら誰のものかぐらいは教えてやってもいいが……。」


 最後まで言わずにじっとこちらを見つめてくるテルの顔を見て嫌な予感がした。

 村に入る前に見た亜人の中で自分と同じくらいの体型をした者……それは一人しか思い当たらなかった。


「……まさか……。」

「ああ、お察しの通りだ。どうする、別のにするか?」

「……いいや、これを借りるよ。」


 村で過ごすのなら彼と……いいや亜人たちと関わっていくことは避けては通れない。

 怖がっているだけでは駄目だ。それにいつになるかはわからないが服を借りた礼もラントという亜人に言わなければならない。

 自分が亜人たちと関わっていく未来は見えないが、仲良くできたら何よりだと思う。


 家の中で服を着替えテルの待つ外に出た。


「……へぇ、存外似合うじゃねぇか。」

「それはどうも。……外套、ありがとう。助かったよ。」

「いいよ、やるよそれ。」


 外套をテルに返そうとするがテルに断られる。

 それもそうか。生身の腰に巻いていたものだ、嫌がられるのも当然だ。

 それに言動で忘れがちだが相手は少女なのだ。配慮に欠けていたと反省する。


「じゃ、行くか。」

「行くって……こんな時間からどこに行くんだ?」

「テムズのところだ。……あー、っと……あの大男のところ。さっきはまともにお前のことを説明できなかったからな。」


 確かに改めて挨拶をする必要はあるかもしれない。

 だがテルの言葉には違和感があった。挨拶でも、紹介でもなくテルは確かに説明だと口にした。

 自分のことについて何を言うことがあるというのだろうか。名前も、記憶がないこともテルはあの場で伝えていたはずだ。

 それ以外に何があるのか思い当たらなかった。


 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 村を出て松明の灯りを頼りにテルと森を歩いた。

 どうやらあの大樹に向かっているらしい。そこがテムズの住処になっているのかもしれない。

 あの巨体だ、村にある家ではきっと狭いのだろう。


 大樹の根元に着くとそれの大きさに改めて驚かされる。

 黒壁がなければここが一番の名所になっていたに違いない。


 そしてそれに臆面もなく開けられた大穴。

 人力で掘り進められたように歪な形をした大穴は下へと続いている。

 土壁に取り付けられた燭台に蝋燭が灯されている。

 テムズが点けたのだろう、自分たちが来るのは承知の上らしい。


「これから何をするんだ?」

「お前のことをどうするか、その打ち合わせみたいなもんだ。」

「打ち合わせ?」

「といってもお前の身の振り方について、お前に知ってもらうって目的が主だけどよ。」

「それは……ただ世話になるつもりもないし、自分にできることがあるならするつもりだが……。」

「そうか、そりゃ助かるぜ。まぁお前にしてもらう事ってのはもう考えてる。」

「そう、なのか?」

「ああ……んで、それのことなんだけどよ……お前にまず言っておかなければならねぇことがある。」

「なんだ?」

「お前――――魔法使いって知ってるか?」

「まほうつかい?……知ってるかと言われてもな……自分が今まで何をしてきたかもわからないし……。」

「ならいいよ。まぁそれが俺がお前をこの村に連れてきた理由でもあるしな。」

「まほうつかいが理由?」

「それについては今から詳しい話をしてやるよ。」


 テルが立ち止まると視線の先には待ちかねた様子のテムズが座っていた。


「ようやく来たか。」

「なんだよテムズ、随分疲れてるじゃねぇか。」

「誰のせいだと思ってる……全くよぉ。お前さんのやることは大概滅茶苦茶だが……今回は度が過ぎている。」


 ナナシを見て頭を抱えるテムズ。

 見たところこの村には亜人しかいなかった、人間がいるそれ自体が何か問題を生むのかもしれない。

 ラントと呼ばれた彼の反応を見てもテルが言うようにとても歓迎されているとは思えなかった。


「あの……助けてもらえるのはありがたいのが……やっぱり自分がこの村にいるわけにはいかないのではないだろうか?」

「んん?いや、そういうわけで言ってるんじゃぁねぇのよ。なにから話せばいいか……ただちび助がお前さんをこの村に連れてきた意味ってのはわしも理解してんだけどよぉ。」

「意味?」

「ああ、そうだ。……その様子じゃちび助から何も聞いてねぇようだな。……あんちゃんはよ、魔法使いってやつを知ってるか?」

「さっきテルから聞いてが……。」

「それがどういう奴らかは?」

「聞いていないが……それがどうかしたのか?」


 テムズはテルの様子を確認すると呆れた様子で語り始める。


「魔法使いってやつは魔法を使う者達のことを指す名称だ。魔法ってもんを説明するのは難しいんだが……なにせその魔法ってもんを俺たちは見たことがねぇ。」

「つまり魔法使いを見たことがない、ということか?」

「そうなるな。それを踏まえたうえで話半分に聞いてほしいんだが……お前さんがその魔法使いかもしれん。」

「……はぁ、自分が……んぇっ!?」

「可能性だぞ?…可能性。」


 テルもテムズもナナシが魔法使いである可能性を指摘する。

 嘘だということもないのだろう。

 出会って間もない人間に理由もなくこんな話をするとも思えなかった。


「二人ともまほうつかいのことを見たことが無いんだよな?それなのにどうして自分がそうだと思うんだ?」

「それには魔法について説明しなきゃならん。さっきも言ったようにわしらは魔法を見たことが無い、ただ魔法がどんなものかくらいは言える。わしらも聞いた話ってだけなんだが……光の矢を放ったり炎を操ったりってなもんで、一言で言えば人智を超越した異能を使えるらしい。」

「それが自分だと?」


 説明されても理解が追い付かない。

 魔法使いがそうだとしても今の自分にそんなことができるとは到底思えなかった。

 

「可能性だ。……だがお前さんが魔法使いだって可能性はかなり高い。」

「だから……どうしてそれが自分だと……。」

「そりゃぁ……。」

「今のお前の在り方、それに対して自覚が無いのが問題なんだよ。」

「自分の?」


 言葉に詰まるテムズの代わりにテルが答えた。

 テルはテムズに何か耳打ちするとテムズは困惑したように――――


「……本当にそんなんでわかるのか?」

「多分な、いいからやるんだよ。……ナナシ、俺らの口をよく見てろ。」

「二人のって言われても……。」

「ああ、確かにこの身長差なら見えねぇか……別に同時でなくてもいいか。今からテムズと俺で同じ言葉を言う、しっかりその時の口元を見てろ。」

「……?わかった。」

「お前は魔法使いだ」

 とテルは言った。

「オマエハマホウツカイダ」

 とテムズも言った。

「……っは?」


 そう、二人とも同じ言葉を話した。

 聞こえてくる言葉の意味も発音も同じなのに二人の口の動きが違った。

 頭がおかしくなった気分だった。


「なっ、なんで……。」

「同じに聞こえたらしいな。まぁそうだろうな、ここに来る途中試しに混ぜて話してみたがお前は気づいてなかったし。」

「……そんっ……な。」

「これが理由ってやつだ。亜人と人間で使う言葉は異なる。素知らぬ顔して俺らと会話できてる今のお前はおかしいんだよ。それが魔法のせいなのかなんなのかわからねぇが、もし魔法のせいだってんなら不味いだろ。」

「どうして……なんだ?」

「魔法ってやつには人を殺せるほどの力がある、それを自覚もなしに使ってるってんならやべぇだろ?だからお前にはしばらくこの村で魔法の特訓をしてもらう。」

「……上手いこと言うもんだ。」


 テムズが呆れたように呟く。


「黙ってろ。」

「ここなら大丈夫だと?」

「まぁな。亜人は魔法使いと少なからず関りがある。なんせ今、亜人たちが話してる言葉は魔法使いたちが考えたものだからな。」

「そうなのか?……いや、だったら魔法の使い方やなにかわからないのか?」

「残念ながらそんなもんはねぇな。与えられたのは言葉だけ、それも千年も前の話だ。残る言い伝えや昔話だけじゃわかんのは魔法使いってやつの存在があったってだけだ。」

「千年って……もしかして魔法使いは――――」

「ああ、そうだぜ。魔法使いはもういない。改めてよろしくなナナシ、おそらく最後の魔法の担い手。」



 急に魔法使いだと言われてもその自覚はない。

 光の矢も炎も操ることもできない。

 だがテルやテムズが言うことも嘘だとも思えなかった。


 過去の自分は魔法使いだったのだろうか。

 黒壁の前に倒れていた人間、千年いなかった魔法使い。記憶もない男。



 非現実が真実を曖昧にしていく。



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