アンデッド
いつもの迷宮区の様子とは違った。
テルがそう感じさせるのか。足早に進むと迷宮区の様子は全く違う姿を見せた。
風を肌で感じる。どこへ向かっているのかはわからなかったがどういう道を進んでいるのかは分かった。
何度も道を曲がりできるだけ狭い道幅を進んでいる様に思えた。
「テル!」
「――――。」
「テル!!!」
「なんだ?」
テルを呼び止めて五回目でようやくテルは歩みを止めた。
「そろそろ訳を聞かせてくれないか?追手が来ていないならどうしてそんなに急いでるんだ?」
「…………まぁここならいいか。」
「テル?」
「お前、アステラから魔器について何か聞いたか?もしくは神器について。」
「魔器?」
「聞いてねぇみてぇだな。端的に言えば魔法使いのまねごとができる道具のことだ。」
「そんなものがあるのか?」
「数は少ねぇしそもそも使い方がわからねぇから傍目から見ればただの装飾品だ。」
「それがどうしたんだ?」
「それが使われた。やつらどうやったってお前のことを見つけたいらしい。」
「そう、か。」
それはそうだろうとしか思わなかった。
元々この国の兵士が自分を見つけようとしていたのは変わりない。
テルが焦る理由がわからなかった。
「…………まぁ、今はそれが使われたってことだけ理解してろ。」
「あ、ああ。」
「とりあえずジルのところに戻るぞ。こんな状況だ、外に出るよりはあっちの方が安全だろうしな。あいつのことだ、まだ持ち堪えてんだろ。」
「持ち堪えるって…………」
それだけひっ迫した状況だということだろうか。
神器一つでそれだけ影響力があるというのなら過去いたという魔法使いはどれだけ人間たちにとって脅威になっていたか想像もつかない。
その脅威が今、亜人側に立つテル達に対して使われている。
「…………えと……?」
一つの疑問が浮かんだ。
神器を使ったのはテル達ではない。となるとこの国の人間か教会に所属する誰かか。
それはおかしな話だ。
「人間たちは魔法を忌避してるんじゃなかったのか?それがどうして神器なんてものを使っている?」
「魔器、な。本当はそれらは魔法使いたちが作り出したものだ。それを今の教会のやつらが神が異種族に対抗するために作り出した神器だとのたまい保有してやがる。」
「それが使われたと?」
「おそらくな。」
「おそらく?」
「そ。過去にも一度……いいや、二回か。この国でそれが使われている。魔法使いのまねごとができるって言っても魔法使いほどの脅威にはなり得ない。魔器一つにつき一つの異能が限界だ。」
「どんな……異能なんだ?」
「正確にはわからねぇが支配か蘇生か……そのどちらかだな。」
「支配って…………まさか…………」
「ああ、そうだよ。過去この国で使われたのがその異能だ。霧の王が亜人たちを従わせるのに使ったのがその魔器だ。亜人たちはこの国から出られない、その異能のせいでな。呪い、とでも言うのかね?あいつらは日の下に出たらたちまち体が焼かれてやがて灰に変わる。」
「なっ…………!?」
ずっと疑問だった。
霧の時代が終わり星の国ができた時どうして亜人たちが国へ帰ることができなかったのか。
亜人を哀れに思った星の王が彼らを国へ帰すことができなかった理由、それは決して教会に恐れたからではない。
もし恐れていたなら霧の王を打ち倒す選択すらすることはなかっただろう。
「でも…………おかしいだろ!?彼らは…………」
「ああ、あいつらは普通に暮らしてるな。」
「そうだ!あの村で――――」
普通に?いいや、それがそもそもおかしいのだ。
この国は人間の国で亜人である彼らは人間から見れば敵だ。
あの村の存在そのものがおかしい。
ラントに村から追い出された後、森へ入った際には村はどこにもなかった。
あの大樹の洞も、彼らが耕していた畑も何もない。
あの森を向けた先にあるのは黒壁だけ、それ以外には何もない。
だがあの村は確かにあった。あの日々は現実だ。幻想でもなんでもない。
この国に亜人たちはいる。
「大――――遠征。」
「そう。あいつらがいるのは黒壁の内側だ。」
「な、なんで…………いや……どうやって。あの中に入った人間は、誰も、帰ってきていないんだろ!?」
「だから、だろ。いい隠れ蓑じゃねぇか。入れば二度と戻れない黒壁に誰も入ろうとするやつらはいない。とはいえたまに死にたがりのもの好きはいたがよ。」
「そ、…………その人たちは…………いったいどうしたんだ?」
「知りたいのか?」
聞くな、とそう言われた気がした。
「あの場所はアルトルが作ったものだそうだ。何をどうやったかはしらねぇがあの場所で奴は光の塵になって消えたそうだ。まぁ、あいつ自身もそういうこともあるってのは承知の上だろ。その上であの場所は最善の――――」
「だから人が死んでもいいとでも!?」
「…………そうは言わねぇがよ。でもな、お前は人が不条理に死ぬのが全て悪だとでも言いたげだがよ、そいつらはあの場所にそれを求めてきたんだぜ?それにお前は自分の目の前に殺さなきゃいけねぇ相手がいてもそれが言えるのかよ。」
「――――それ、でも。」
答えることはできなかった。
テル達と自分との決定的な違い。それは価値観の違いだ。
テルに救われ、亜人たちと共に過ごした。わずかな時間だが関わってきた者たちがいる。
その彼らに自分の価値観を押し付けるのは間違いだなんてことはわかっている。
それでも彼らに人殺しなんてしてほしくないなんて思うのは自分の間違いなのか?
自分の常識が、価値観が、彼らの覚悟に及んでいない。
亜人を救う、それは人を殺すことでしか成しえないことなのか?
「――――っち。長話しすぎたな。」
テルの言葉で異変に気付く。
辺りに立ち込める異様な臭い。何かを引きずりながら歩くような音。
何かが近づいてきていることだけが理解できた。
「できるだけ俺から離れるなよ。」
「いったい……なにが…………。」
疑問に答えはなく、駆けだしたテルに手を引かれ走った。
一本道を翔けた。
テルが腰の短剣に手をかけその刀身が光を放った。
一瞬、一閃。何が起こったか疑問を持つ間もなくその刹那、闇の中に赤の飛沫が舞った。
絵具を紙にぶちまけたような光景が目を覆う。
「テル!?何を!?」
「そのまま走れ!通路を抜けたら俺から離れるな!」
最中、何かが倒れるような音を聞いた。生柔らかい何かを踏む感触、何かを蹴飛した感覚が脚を伝った。
通路を出たテルは辺りを警戒したように短剣を前に構えた。
様子が違うのはテルだけではないことにようやく気が付いた。
吹き抜けになったその場所に迷宮区の上層からわずかに光が漏れている。
その明かりこそが異常を感じさせた。
迷宮区に入った時とは全く異なるその雰囲気に焦燥感すら抱いていた。
生物の気配を感じないからこそ迷宮区を恐ろしく感じた。それが今となってはもはやそこに誰かがいるということが恐ろしい。
この迷宮区で何かが起こっているのは明白だった。
「テル……これは……」
「これが今の迷宮区だ。こいつらが迷宮区のそこかしこにいる。」
テルは通路に戻るとナナシが蹴飛ばした者を拾い上げた。
――――わかっていないわけではなかった。
テルの短剣についた血。踏んだ感触、蹴飛ばした時に足先に伝わった痛み。
テルは切り落とした首を物のように掴み持ち上げた。
「人を…………殺したのか?」
「人、って言っていいのかね…これは。」
近づいてくるテルから後ずさるように足が下がった。
「ああ……悪い。汚れてたか?」
「テル……君は…………」
「ん?ああ、そういうことか。誤解するなよ、多分これは人じゃねぇ。まぁ人だったものってのは間違いじゃねぇけどよ。」
驚き座り込むナナシにテルはそういった。
動くことができなかった。何が起こったのかわからなかった。
もう、何が正しいのかもわからなくなっていた。
テルがナナシの顔についた血を拭うとそれを見せて言った。
「見てみろよ、これ。もう固まってやがる。死んでから少なくとも一日は経ってなきゃこうはならねぇよ。」
「死体が…………動いていたとでも!?」
「状況だけ見ればな……俺もこれが何なのかは知らねぇ。少なくともいえるのはこれが魔器の仕業で、今こいつらが迷宮区で人を襲っているということだけだ。今はそれを受け入れろ、こいつらは俺たち命あるものの敵だ。」
これ以上テルに答えを求めても何も返答はないのだろう。
テルの様子からもテルがこれが何かわかっていないのは本当のことらしい。
テルはすでにこれを人とは考えていない。人の形をとる何か、もはや容赦も躊躇もしないのだろう。
「…………わかった。」
状況は理解できても理性では理解できていなかった。
「とりあえずジルの店に向かうぞ。」
「集会所ではないのか?」
「確かにあそこまでの行き方を知ってるやつはそうするかもな。でも行き方が簡単だからこそあそこは危ねぇんだよ、それに四方に道が続いてるから防衛がしにくい。その点ジルの店なら守るのにうってつけだ。あそこは行き止まりだしジルのことをよく知ってる連中はそこに集まってるだろうからな、戦力は申し分ない。すでに騒ぎを知って陣を築いてる頃だろうよ。」
ジルの店へ向かう、その言葉にテルのすべてがあるような気がした。
集会所の危険性は理解できた。それでも多かれ少なかれあの場所には人が集まるはずだ。
もちろんそれを助ける義理はテルにはない。誰だって自分の命が大切なのは当然だ。
護るもののために多くを切り捨てる、テルはその選択ができるのだろう。
だったら……自分はなんだ。テルにとってのナナシとはなんだ?
テルはナナシがアルトルになることを望んでいない。だとしてもこの容姿は見る者誰もがアルトルと見てくる。
ナナシという存在はこの国の今の現状では多くの危険が付きまとうはずだ。
それをわかっていないテルではない。それを承知の上でなぜナナシを助けようとする。
その他大勢と何も変わらない自分を、なぜテルは助けるのか。
テルの救う者。その優先の一番上にナナシがいることへの疑問が不気味さに変わりつつあった。
あれから幸運にもテルが敵と呼ぶそれらに遭遇してはいない。
テルが上手く道を選んでいるのか、それとも他にそれらを引き付けている場所があるのか。
一つわかることは事態が収束したというわけではないということ。
道中、聴こえてくる悲鳴や叫び声が迷宮区の異変を顕著にさせていた。
それは上層へ上がる度に増していく。
「足元気をつけろよ!そろそろ着くぞ!」
テルに手を引かれ走っていた。
切り落とされたものを蹴飛ばしながら態勢を崩しても力強く引き上げられ転ぶ暇もない。
迷宮区の闇に目が慣れることはない。それが逆に功を奏した。
もしも見えていたら気がどうにかなっていたかもしれない。
「あれ?お父さん変な足音が聞こえてくるよ!走ってるみたいな足音!」
「なに?こいつら走れんのかよ。」
「あれ?でもあの姿…………」
「ん?なんか見えたのかよ、メメ。」
「うん。生存者みたい。」
「まじかよ。どこの無謀野郎だぁ?こんな中走ってくるなんて。」
「あ……なんか投げた。」
「…………投げた、だと?」
「この声ってさ、メメ。」
「うん、ミミ。あのお兄さんだよね。」
狭い通路の中、テルに急に持ち上げられたかと思えば力任せに投げ飛ばされた。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
通路の先にいたそれらを飛び越えジルの店に辿り着く。
「よぉ!兄ちゃん生きてたか!」
「言ってる場合か!?」
「だな。」
ジルに受け止められなんとか事なきを得られた。
「た、助かった…………すまない。」
「いいってことよ。こんな無茶するってことはテルのやつも一緒だな。」
「ああ、もうそこまで来てるはずだ。」
「よし、だったらもうひと踏ん張りだな。おい野郎ども!助かるぞ!気張れや!!!」
テルの読み通りジルは戦略的に防衛をしていた。
たどり着いたのか元からいたのか十数人の人間がその場にいた。
通路を死体を積み上げることで防ぎ乗り越えてくる者を槍で突く。
「テルからこいつらのことなにか聞いてるか?」
「…………死体かもしれない、とだけ。」
「動く死体、か。どおりでいくら槍で突いても向かってくるわけだ。」
「そのことに…………疑問を抱かないのか?」
「ん?いいや、当然疑問はあるさ。だが現状に対処するってことには何も変わらねぇだろ?どうしてそんなことを聞く?」
どうして、と返された疑問に対する答えは自分の中にはなかった。
考えていなかったわけではない。むしろずっと考えてきた。
亜人の助けになりたいという思いは変わっていない。でもそれは自分とは無関係の人間と敵対することでしか成しえないことなのか?
今ここで剣を取り、戦うことでしか成しえないのか?
今、目の前にいるあれらは本当に自分の敵になるものなのかという疑問があった。
あれが死体かもしれないだなんてことはわかっている。だからといってそれと戦うことには抵抗があった。
「ははぁ、どうやら兄ちゃんなんかややこしいこと考えてんな?」
「…………考えてばかりだよ。ずっとな。」
「そうか。でもな戦場じゃそういうことを考えてるやつから死ぬもんだぜ?俺はな、金が好きだ。」
「なんだ、急に…………」
「金が好きだから盗賊をやってた。まぁアルトルのやつに出会ってこの国の兵士なんてもんをやることにはなったがよ……まぁそれはそれで悪くないもんだ。」
「わからない…………結局何が言いたいんだ?」
「言わせるなよ、照れくせぇなぁ…………つまりだ、今はあいつらが大事だ。だからこうやって向かってくる奴らを倒す。理由なんてそれで十分だろ。もっと簡単に考えようぜ?兄ちゃんの大切なものって、なんだ?」
「自分、の?」
「…………なるほどね。こいつは重症だ。兄ちゃんは考えるより先にあいつを参考にするのがいいと思うぜ?いい手本が近くにいるんだからよ。」
ジルが指を指した先では人が宙を舞っていた。
「無茶苦茶だよな。あんなことすんのひとりしかいねぇよ。」
「テル?」
「そら、来たぜ兄ちゃん。お迎えだ。」
行く手を阻む亡者の列を切り裂きながらテルが通路から現れた。
「なんだこれ?……邪魔。」
防壁を蹴破り現れた小さな少女に周囲の者たちも呆然と見るしかなかった。
「おいおい……せっかく作ったのに壊すなよ。」
「あんなもんあっても無駄だ。いくらその槍で突いたってこいつら死にゃしねぇよ。」
「らしいな。だったらどうする?この場所だっていつまでも保たないぞ?」
「首を切り落とせば動きを止める。少なくとも足を切り落とすか下顎を潰せば殺されやしねぇよ。予想はしてたがこいつらに意識ってのはない。」
「ん?だったらどうしてこいつら人間を襲うんだ?」
「どうも血の臭いを追ってきてるらしい。」
テルが短剣から滴らせた血の一滴に足を切り落とされた亡者が這い寄った。
「……なるほどな。じゃぁここも危ねぇってわけか。」
「迷宮区の外が一番安全だが…………」
「無茶言うなよ。アルトルがいた時の兵士、つまり俺らは半分お尋ね者みてぇなもんだぜ?」
「だから望みは薄いが集会所に行け。」
「…………危なくねぇか?」
「そうだな。だけどこいつら日の光は苦手らしい。あそこなら可能性はある。」
「…………へぇ。根拠は?」
「外にはこの騒ぎが伝わってねぇ。いたって平和ないつもの日常ってやつだ。こいつらが外に出た様子はない。多分こいつら吸血鬼ってやつだ。」
「アンデッド?なんだそりゃ?」
「あー……血を餌にする化け物。それの一種の感染症みたいなもんだ。こいつらに噛まれたのは皆これのお仲間ってわけだ。」
倒れた亡骸を調べるとそのすべてに特徴的な噛み傷が見られた。
「どおりで見た顔が中にあったわけだ。……了解。対処法がわかれば十分!集会所を目指すぞ!怪我した奴はいるか!?……いねぇ!優秀だな、流石姉さんの元部下どもだな。――――てなわけで俺らは集会所に行くが……テル、お前は?」
「俺はこのふざけたことをしでかした馬鹿を見つけに行く。ようやく尻尾を出したんだ、逃がしてやる理由がねぇ。」
そう語るテルの顔は怒っている様にも笑っているようにも見えた。
「一人でか?いくらお前でも無茶だろ。」
「助っ人を一人呼んでる。まぁ元はそのつもりで呼んだわけじゃねぇがよ。」
「ん?姉さんか?」
「いや、あいつとは喧嘩中だ。……今回は長引きそうだな。」
「そりゃそうだろ。姉さんがアルトル関連でないがしろにされて怒らねぇわけねぇだろ。」
「そうか?……そうだな。」
「で、その助っ人とやらは誰なんだ?つーかこんなとこにいてていいのかよ?迷宮区だぜ?」
「問題ねぇよ。匂いで追ってこれるからな。」
「は?……おい、匂いってまさか――――」
ジルが言い切る前に異変を察知したのは精霊憑きの双子だった。
「お父さん何か走ってくる!凄い速さ!」
「何…あれ……狼?」
「おいおい……まじか。テル……お前正気かよ。」
「仕方ねぇだろ。こっちも急いでんだよ。それに人手が足りねぇ今はこいつが一番うってつけだろ?つーわけでナナシは貰ってくぞ。そっちに預けてちゃ心配だからな。」
通路の先で光る二つの光。その光景は見覚えがあった。
何処で見たのか。その記憶はもはや懐かしくもあった。
「――――ラント。」
体が強張りあったはずの傷跡がうずく。
「さぁ、仲直りの時間といこうぜ。」
そこには記憶にいるままのラントの姿があった。




