資格を有す者
こんなところまで来てしまった。そんな気分だった。
アルトルだと言われ、確かめるためにもここへ来た。
それは確かにかなったのかもしれない。
だがここに未来はない。それは自分の先を示すものではなかった。
あるのは薄暗い部屋と埃の匂い、そこに怯えるように座り込む少年だけだった。
アルトル・ルナゾフィア……お前は何を求め、何をするためにここまで来たんだ。
「あ、あの……ナナシさん?」
「……何でもない。大丈夫だ。」
アルトルは未来が見えたかもしれない……そう、かもしれないだ。
テルは知っているのだろうか?これがテルの言っていた隠し事なのか?
いいや、そうではないように思う。
精霊憑きのことを話すだけで動揺していた少年だ、そう簡単に秘密とやらを漏らすようには思えない。
もしも……アルトルが本当に未来が見えていたとしたらどうなる。
アルトルは王様だ。それが精霊憑き?
亜人と同じように迫害される世界で王様であり精霊憑きである、その存在がどれだけ生きていきにくいか想像は容易い。
だから……なのか?
亜人を虐げた霧の国、それを受け継いだ星王としての責任ではなく自分が精霊憑きだったから同じ立場にいる亜人を助けた。
もしもそうだというのなら手段が違うだけでしていることは霧の国と同じだ。
支配か、恩か。それが違うだけで亜人たちをこの地に縛り付けているのは何も変わらない。
「アステラは……アルトルのしようとしてたことを知っているのか?」
その問いに答えは返ってこなかった。
やはり踏み込んだ質問だったのかアステラは何も答えない。
「……アステラ?」
どういうわけかアステラは驚いた顔をしたまま固まっていた。
「えっ!あ……いえ…僕の、名前。」
「そういえばそうだったか……すまない、テルに聞いたんだ。」
「そ、そうですか。えと……兄さんのしようとしていたこと、ですか?」
「知ってるのか?」
「は、はい。いつも、ここに来た時に言っていましたから……世界を変える、って。」
「世界を……変える?」
「は、はい。世界を話し合いの席につかせるといつも言っていました。そ、そのために僕の力が必要だって言ってましたけど……そ、そんなわけないですよね……に、兄さんは何でも知ってる凄い人でしたから。」
「なぜ……アルトルはそんなことを?」
純粋な疑問だった。
アルトルは世界の終わりを知っていた。
それを防ぐために話し合いが必要だとでも言うのだろうか。
そんなことで済むのなら亜人や精霊憑きの迫害なんて起きていない。
亜人たちがこの国に閉じ込められて少なくとも二百年、過去に起きたという亜人と人間との争いから千年もの月日が流れている。
今更だ。それもたった一人の人間に何ができるというのか。
「き、きっと……見たからだと思います。」
「見たって……いったい何を?」
「世界が暗闇に包まれる光景を……に、兄さんも精霊憑きでしたから。僕と同じ……未来が見える。」
「ア、アルトルが自分からそう言ったのか!?精霊憑きだと!?」
「えっ!?あ、はい!そ、そもそも精霊憑きのことを聞いたのも兄さんからでしたから。」
「なん――――」
やはりテルが疑っていた通りアルトルも未来が見えていた。
アステラも見たという未来がその光景なら世界が滅ぶ、そんな荒唐無稽な話が現実味を帯びてくる。
テルもそれを信じているということだろう。アルトルだけでなくアステラもその光景を見たというのだから。
少なくともその光景が現実になる可能性が高い。
「その未来……どこまで正確なんだ?」
「僕が……見たものは全て現実になっています。」
「……そうか。」
今後起こる確実な未来が二つ。
アルトルの帰還、そして世界の終わり。
そしておそらくその鍵をアステラが握っている。
アルトルは世界の滅びの未来を知りアステラという未来を残した。
だからこそテルも手を焼いているのだろう。
テルはアルトルからアステラを託されたのだろう。
だがその本人が秘密を話さない、この部屋から出ようともしない。
アルトルの帰還をアステラは待っている。
テルの苛立ちの原因はこれなのだろう。
アステラはアルトルに未来を託された。だがアステラはアルトルの本当の兄弟ではない。
責任も義務もない。それでもアステラはアルトルと同じ未来を見ている。
アルトルを兄と呼ぶこの少年はアルトルと同じ理想を見ている。
アステラ自身気づいていないのかもしれない。アルトルの理想を追うこと、それにこそ責任が付きまとうことを。
無責任に平和を願う罪を負っている。
それがどこかの誰かの姿と重なった。
それがあの亜人の怒りに触れた男の姿と重なって見えた。
――――自分だ。
何も知らずただ救われたからと、亜人たちに恩義を感じ何かのためになるのだと魔法に縋った。
その姿はラントにとってどれだけ醜悪に見えたことだろう。
術も知らず、意味も知らず、先も示さないその救いを誰が必要とするというのか。
いいや、そういえばそう言われ続けてきたのだったな。
お前はいらない、と……
関わろうとしてきたのは自分自身だ。
だからテルも言うのだろう。アステラは自分と似ているのだ、と。
違うところと言えばこの子には始める資格があって、自分にはないというところだろうか。
「―――、―――。」
アステラが何かを呟くのが聞こえた。
「なにか言ったか?」
「い、いえ……ごめん、なさい。」
「なにを謝っているんだ。なにも謝ることなんてないさ。」
「あっ……そ、そうですよね。ご、ごめんなさい……ごめんな、さいごめんなさいごめんなさい――――」
堰を切ったように謝り続けるアステラにどう声をかければいいのかわからなかった。
なぜ謝られているのかもわからない。なぜ自分がその言葉をかけられるのかもわからない。
ただ、その言葉はもう聞きたくはなかった。
「アステラ!」
「――――はっ、はい!?」
「もっと楽しい話をしよう!物語が好きなんだろ?他にもっとないのか?聞かせてほしい。」
笑顔で言ったつもりだった。笑えているかはわからなかったが。
「物、語?あ、えと……はい、わかりました。」
アステラの口から語られることからは様々な知識が得られた。
精霊憑きのことは言わずもがな、歴史から御伽噺まで物語となると分野は問わなかった。
埃に交じった古書の匂い。わかってはいたことだが改めてこの部屋に置かれた蔵書の数には驚かされる。
「語らぬ竜?」
「あ、はい。鳥よりも大きな翼で蜥蜴のような鱗で覆われた体、口からは火も吐けたそうです。亜人のかたたちの国には今でも悠久を生ける竜が棲んでいると言われています。大昔に竜という生き物が実際にいたのは事実なんですけど、数百年前に海を漂流した商人たちの手記だけが手がかりでして…………」
「今もいるかはわからない、と。」
「亜、亜人の方たちならなにか知っているのかもしれませんが…………」
少なくともこの国にいる亜人たちはその姿を見たことはないのだろう。
アルトルが亜人たちとどれほどの関係を持っていたかはわからないがもし知っていれば物語好きなアステラにそのことを話していただろうし。
「で、なんで語らぬ竜なんだ?」
「りゅ、竜が火を操れるのは魔法を操れるからだと言われているからです。」
「竜が魔法を?」
「は、はい。竜は魔法使いたちと出会い魔法の知識を手に入れたから火を吐くことができる。で、でもそう考えるとお、おかしくないですか?人魔大戦は人間側の歴史では亜人たちと人間との争いとして語られています。でも亜人の方たちの歴史では魔物が人間と亜人、それに魔法使いたちと対立するように語られているんです。」
「えと……つまり人間とそれ以外が手を組んで魔物と戦ったと?」
「で、です。悠久の時を生きるという竜はその歴史を知っているはずなんです。で、でも亜人の方たちの歴史は不明確なところが多くて、もし亜人たちの歴史が正しいとなると…………」
それは世界を根底から覆す事実だ。
もしその歴史が正しいとなると異種族差別など起こりはしない。教会の謳う人類主義は瓦解する。
いくら教会の権威が強かろうと全ての人間がその思想に染まっているわけではないだろう。
もしかすると無関心な人間のほうが多いかもしれない。
その事実をほのめかすだけでも効果はありそうなものを。
「それでも竜は語らない、か。」
亜人の国に棲まう竜は語らない。
見方するでもなく、敵対するでもなくその場にいるだけ。
語らないと言われるくらいだ、すでに誰かが聞き出そうとしたことくらいあるのだろう。
「…………ただの意地悪だったらたちが悪いよな。」
「で、ですよね。」
「まぁ、なんにせよテルほどではないだろうな。いつも大事なことを話してくれない。」
「あはは、テルさん秘密主義ですからね。あ……ご、ごめんなさい。」
「いいや、謝ることはない。あと今のはテルには黙っていてくれないか?そんなことを言っていたと知られたらどんな目にあわされるか…………。」
「ふふ、わかりました。僕も笑ったことは秘密にしておいて下さい…………約束、ですね。」
アステラは右手の小指を差し出した。
「えと……これは?」
「に、兄さんから教えてもらったんです。約束をするときは小指を合わせるんだって。破ったら針を飲まされるそうですよ。」
「なんか怖いな……でもわかった。自分もアステラが笑ったことは秘密にしておこう。約束だ。」
アステラと小指を合わせ誓いあった。
「…………アステラ?」
「…………テルさんが来ます。」
顔を上げたアステラの瞳は模様が変わっていた。
どうやらテルが来る未来を見たらしい。
アステラが言葉にしたすぐ後に扉が間隔を空け三度鳴らされた。
予言からあまりに早い到着に扉を開くことを躊躇する。
アステラの未来視は絶対でも時間は正確ではない。
現にアルトルと自分を間違えたくらいだ。
「だ、大丈夫です。テルさんですよ。」
「わかるのか?」
「僕が脅えないようにとテルさんが合図を決めてくれてるんです。テルさんって実は優しいですよね。」
「ああ、そうだな。」
となるとさっきのが合図ということか。
扉の取っ手に手をかけた時にふと考えた。
――――そういえば自分は扉を叩くなどしただろうか。
その疑問は扉の前にいたテルを見た安心感で拭い去られた。
「――――テル。」
「少し…………まずいことになった。」
珍しく気怠そうなテルの姿がそこにあった。
いいや、こんな表情のテルは初めて見るかもしれない。
「なにか…………あったのか?……もしかして追手が!?」
「いや、もっと面倒な状況だよ。とりあえず迷宮区を出るぞ。」
「それは構わないが…………」
アステラの方を見た。
「そいつは大丈夫だ。ここはそうそう見つかるような場所じゃねぇよ。だろ?」
「あ、はい。その未来は見て、ません。」
急いでいるのかいつものような余裕がテルからは見られない。
説明を求めている時間はないらしい。
テルに手を引かれるまま扉から手を離した。
「ナナシ、さん!また……会いに、きて……くれますか。」
「ああ、必ず。」
扉が閉まり部屋の中の空気が噴き出した。
埃の匂い、古書と蝋の香りに交じり嗅いだことのある覚えのない臭いがする。
階段を上がり上層へ目指す道の最中、風が錆びた鉄の臭いを運んだ。




