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魔法使いに救われて  作者: スナ
第一章 星都炎上
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対価を求めて


 迷宮区の中を歩いていた。

 迷うことなく進むテルに対して足取りは重く、テルに手を引かれるようにして歩いた。


 何処に向かっているかはわからないが、これが迷宮区から出るための道のりではないことはわかる。

 階段を何度もおり下層へ向かっているようだった。


 ジルの店から出て時間が過ぎたせいか前を歩くテルの様子は普段と変わらないように思う。

 歩調を合わせ、手を離さないようにとしっかりと後ろを歩く人間の手を握った。

 だからこそいつもと変わらないその様子に居心地の悪さも感じていた。



 話をしたいことが山ほどあった。

 アルトルのことも、亜人のことも、テル自身のことも……

 話をしたいのはテルも同じはずだと思っていた。

 何がどうなって今の状況があるのかお互いわからないはずだったから。


 だがテルと再会してから言葉の一つも交わせていない。

 どう言葉を交わせばいいかもわからなかった。

 たった数日前の光景が遠い昔のように思えた。


 テルが普段と変わらないのならきっと変わってしまったのは自分の方だ。

 未だに記憶は戻らないが、取り戻さなければならないという思いが強くなっていた。

 アルトルという存在を知って、それと似た容姿をしていると知って、誰もがそう見ているのだと知って、何も知らない名無しではいられなかった。

 この国で目覚めたこと、それがただの偶然だとは思えなかった。


 何処へ向かえばいいか、アルトルのことをよく知っているはずのテルの口からはっきりと言って欲しかった。


「――――っ。――――!?」


 テルに声をかけようとしたその時、どこで滝から水が流れ出すような音が聞こえた。


「雨だよ。少し前に降っただろ。城壁の上に溜まった雨水が迷宮区の各所を巡って最後にはここに流れ着く。」

「雨って……今更か?」

「こんなところじゃ水なんて貴重だからな。いろんなとこでせき止めるやつがいる。だからこそ今の音の大きさを聞けばどれだけの人間がここにいるのか大体わかる。今のじゃ結構な人数が潜ってるらしいな。誰かさんを探してご苦労なことで。」


 テルには何か心当たりがあるのだろう。それは自分にもあった。

 迷宮区に入ることは普通ではない。それが人探しともなると正気を疑うほどだ。

 自分たちが迷う可能性もあるというのにそれを押してもしなければならないとなるとその者たちにとって重要な者……考えられるのは二つあったがこの場合は――――


「自分のことを追ってきたんだな……。」

「だろうな。外の状況知ってるか?魔法使いを探せって大騒ぎだ。」


 数日は経っているというのに外では未だに騒ぎが収まっていないらしい。

 あんな騒ぎも起こせば当然のようにも思えるが、今となっては別の思惑があるように感じる。


 自分を捕らえた兵士たちは教会へ連れて行こうとしていた。

 人間以外の存在を認めていない教会に魔法使いの身柄を引き渡すと考えれば普通のことにも思える。

 ただ……教会が探していたのは本当に魔法使いなのか?本当は亜人を助けようとした人間を探していたのではないか?

 偽物の王が居座る国。アルトルを求めているのはなにも亜人たちだけではない。


「彼らが…………探しているのは本当に魔法使いなのか?」


 聞きたいことはそんなことではなかった。

 ただ、それが言葉にできる精いっぱいだった。


「…………言いたいことはわかるよ。お前がジルから聞いた話もおおよそ想像がつく。お前の悩みの助けになるかはわからねぇが……あいつの言ってたことに間違いはねぇよ。」

「黙って……いたのか?」

「アルトルのことをか?……そうだな、一目見た時からその可能性は考えてた。ただ、まぁ……迷ってた、お前に伝えるにしてもどう伝えるかってな。記憶がないってのがどんなもんかが俺にはわからねぇからよ。それに内容が内容だ、いきなりお前は王様かもしれないと言われて、お前どうしたよ?」

「どうしたって――――」


 その問いは卑怯だった。

 今の自分はジルにその真実を告げられ未だ戸惑っている。

 アルトルかもしれないと言われて記憶の手掛かりを掴めても記憶が戻りそうな気配など微塵もない。

 

 …………いいや、戸惑いはあっても答えは出ていた。

 亜人を救う。そのために力になること、それが自分の願いだ。

 アルトルがそうしたように、自分もそうしなければならない。


「――――それは……」

「亜人を救う、なんて言うなよ。」

「――――っ!?」


 胸に抱いたたった一つの願いはいとも簡単にテルに看破された。

 

 見透かされたことへの恥ずかしさか、否定されたことへの悔しさか……ついテルの手を振りほどいた。


「なにが……それのなにがいけない!?亜人を救う!それが必要だったから自分を助けたんだろ!?魔法使いなんかじゃない、アルトルが必要だったから……だから自分だったんだろ……。」


 暗闇の中、見えないテルに叫んだ。

 自分を探している者たちがいるというのにそれも忘れて声を荒げた。

 狭い通路にいるのだろう。声は周囲に反響した。

 

「……それが理由だよ、ナナシ。俺がお前にアルトルのことを伝えなかった理由。」

「……いったい、なにを……。」

「ここじゃなんだ。話はあそこでしようぜ。」


 再びテルに手を取られ導かれた先で通路の終わりが見えた。


 暗闇を晴らすように光が溢れていた。

 通路を抜けると目がくらんだ。

 火の灯りではない、久方ぶりに浴びる日の明りのせいだった。


「ここは……。」

「五つある集会所の一つ。硝子細工を利用してここまで光を届けてるから直接見すぎるなよ、目が焼けるぞ。」


 宝石でも打ち込んだような天窓から光が差し込む。

 天井にいくつも取り付けられたそれが光を反射し拡散させこの場の明るさを実現させていた。


「さてと……。」


 テルは振り返るとナナシの体を引き寄せ確認するように体を部位ごとに触り始めた。

 手から腕、胴体に触れられたところで思わず後ろに飛びのいた。


「なっ――――!?何をっ!?」

「何をって怪我の確認だ。派手にやられたって話だったが……薄々分かっちゃいたがどうともないようで何よりだ。」

「怪我って…………」


 兵士と争った時のことを言っているのだろうか。それとも馬車から弾き飛ばされたときのことか。

 レイアから聞いたとすれば納得はいくがどちらの時も怪我は負っていなかった。


 不思議そうな顔をしているナナシに少し躊躇いを見せながらもテルは告げる。


「ラントにだよ。あいつから直接聞いた。」


 忘れていたわけでもない。忘れようとしたわけではない。

 あの出来事は夢でもなんでもない、実際にこの身に起きたことだ。

 ただ、もはやそれどころではなくて気にならなくなっていただけ。


「ああ、そのことか。それならほら…大丈夫だよ。腕も動くしどこにも怪我なんてしていない。」


 全く不思議ではあるが魔法なんてものがある世界だ。

 怪我の一つ、腕が折れていたくらいすぐに治ってもおかしくない。

 それが自分の持つ限られた常識と違うことは理解しているがそう思わないではいられなかった。


 ラントとの一件に特段の感情は覚えていない。もはや終わったことだ。

 亜人を救おうとし、それを成せなかった。そんな人間が突然目の前に現れて気が動転しない方がおかしい。

 裏切られた、そう感じても不思議はない。


 平気そうな顔をして腕を振るナナシを前にしてテルは胸ぐらを掴んで体を引き寄せた。


「いいわけねぇだろうがっ!!!」


 声は集会所に響き渡った。

 初めて見るテルの表情に動揺を隠せなかった。

 なぜテルが怒るのか理解できなかった。


 少し考え、確かに軽率だったと反省する。

 ただそれは自分からは言い出しづらかった。

 テルが自分を探していたのは知っていた。心配をかけているのも知っていた。

 それなのに自分はそれから逃れるようにこの迷宮区に来たのだから。

 テルが怒るのは当然だ。


「そう……だよな。心配をかけてしまったな。探してくれていたのに…………。」

「そういう話をしてんじゃ――――。……そうだな、お前はそういう奴だよな。」

「テル?」

「そういやアルトルのことを話さなかった理由だったか?いいぜ、話してやるよ。――――確かにお前はアルトルに似てるよ。だからあいつらにも受け入れられると思って村につれていった。だけどお前とあいつじゃ決定的に違う部分があった。だからお前にあいつのことは話さないと決めた。それが理由だ。それが記憶が影響してのものかは知らねぇがよ。お前は、自分のことに関心がなさすぎるんだよ。」

「それがアルトルと違うと?」

「今だってそうだ。だれが俺が心配したことの話なんかしたよ。怒らせたとでも思ったか?ああ、心配はしたさ。痛ぇ思いもしたはずだ、酷ぇ目にもあったはずだ。だからお前のことを言ってんだ。お前の話をしてんだよ。辛いなら辛いって言いやがれ、苦しいなら苦しいって言いやがれ、そんな面しながら平気そうなことを語ってんじゃねぇ!」


 テルが怒っているのは当然だ。心配もさせた。だが理由は自分が考えていたものとは全く違っていた。

 勘違いを正された。それも根底から何もかもがひっくり返された。

 テルと自分では見ているものが全く違っていたらしい。それもそうだ。

 自分の目の前にはテルがいる、テルの目の前には自分がいる。

 たったそれだけのことだ。たったそれだけのことだというのにテルが見ている自分自身と想像の自分は全く異なるものだと知った。


 辛くもない、苦しくもない。だがそれを指摘されて否定する言葉は見つからなかった。

 どうやらテルの瞳に映る自分はそういう顔をしているらしい。


「アルトルのことを知ったんだろ?亜人のやつらのことを知ったんだろ?それでお前はどうする?」

「…………」

「答えられねぇか?だったら代わりに言ってやる。お前はあいつらとの関係を捨てられない、だとすると答えは一つだ。お前はあいつらを助けようとする、たとえそれが自分の意志でなくとも、自分がアルトルかもしれないとなるとなおさらだ。そこに意志も正義もない、それが役目だからとお前はその選択をする。それが何のためになる、それがお前に何をもたらす?理由もなく救うその偽善の先でお前は何になるんだ?」

「…………それは――――。」

「だから言うんだ。お前は自分に関心がないんだって。誰かを救う、大いに結構だ。だがそれには理由がいる。理由もなく救われたやつらの先をお前はもう知ってるはずだろ。」


 それはきっと亜人たちのことだった。

 亜人たちはアルトルの手によって迷宮区から救い出された。

 その先であの村での生活があるとういうのならそれは幸せなことではないのか?

 

「アルトルは…………救ったはずだ。」

「少なくともあいつらはそう思ってるだろうな。だからあいつらは今もこの国に居続けてる。アルトルのことを待ち続けてな。」

「待っている?アルトルと最後に会っていたのは…………」

「ああ、あいつらだ。あいつらが言うにはアルトルは最後光の粒になって消えたって。」

「なんだよ、それ――――」

「わからねぇ。が、手掛かりがねぇってわけでもない。だからそれを確かめに行こうぜ。」

「確かめるって……なにを?」

「お前がアルトルかどうかを。余計な回り道をしたが予定調和だ。お前に…………いいや、お前を会わせたい奴がいる。」




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