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魔法使いに救われて  作者: スナ
第一章 星都炎上
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星が輝いた国


 思えば最初からそうだったように思う。

 この身のこの顔を見た誰もがお前は何者だと問いを投げた。そしてその誰もがその男に親身に接した。

 一部そうでなかった者もいたがその者こそがはっきりと男の名を呼んだ。


 ――――アルトル・ルナゾフィアと。


 記憶を無くしてしまった自分にはその真偽はわからないが――――


   ――――きっと、自分のことを見た誰しもがその名前の男を想像したのだろう。


「お前…………まさかとは思うが本当にアルトルなのか?」


 その名を聞いてナナシは咄嗟に反応した。


「その男を知っているのか?」

「知ってるってお前…………」


 それはお前だろ、と男はそう言いたそうな顔をしていた。

 突然の来訪者に男もどうしていいかわからない様子で立ち尽くす。

 

「このお兄さん変なんだよお父さん。手から火が出てたの。」

「このお兄さん変なんだよお父さん。あのお姉さんの剣を持ってるのに迷路区で迷ってたの。」

「待て待て、余計に訳がわからん。」


 後ろから現れた双子の言葉を聞いて男は頭を抱えた。

 とはいえ二人のおかげで場はなんとか収まったらしい。

 男はナナシの腰の剣を見ると不可解そうな表情を浮かべながらも剣を下ろした。


「状況がいまいち詠めねぇが……あんたもしかしてレイアに言われてここに来たのか?」

「そうだが……迷宮区に自分の……アルトルのことを教えてくれる人物がいると言われてここに来た。」

「なるほどなぁ。だったらここで正解だ。……ただ、俺の目にあんたはアルトルに見えるんだが……あんたいったいなんなんだ?」

「自分は……ナナシだ。自分には記憶がない。」

「ああ、そうかい。そういうことかい。」

「信じてくれるのか?」

「この場合信じるかどうかじゃぁねぇぜ客人、俺が納得するかどうかだ。てんで訳の分からねぇ状況だったがあんたが記憶がないってんなら色々合点がいく。そんで?レイアの姉さんはどこにいる?一緒じゃねぇんだろ?」

「レイアは……テルの足止めをしてくるって。」

「なんだ、あんたテルのやつと一緒にいたのか。でも、まぁそうだろうな。」


 一人で納得したように頷くだけの男。男はテルのこともレイアのことも知っていた。

 男が言うようにここが目的地であることは間違いないようだがどうにもつかみどころのない男に不快感を覚える。

 ただ、一つ。ここにきてはっきりとしたことはこの身は見る人間にとってアルトルという名の男に見えるらしいということだった。


「――――だが足止め、ときたか。どうもあいつの思惑通り、とはいってないらしいな。」

「……教えてくれ。どうして誰もが自分のことをアルトルとして扱う。どうしてテルとレイアが…どうしてこんなことになっているんだ。あんたたち……仲間なんだろ?」

「質問が多いな。まぁ色々教えてくれたんだ、あんたの疑問の答え売ってやるよ。」

「売る、だって?」

「忘れたか、客人。ここは商店だ。もちろん情報も商品の一つだ。別に物入りってんならどれでも好きなもんを持っていけ、だがその場合俺はあんたの疑問に答えることはしねぇよ。まぁあんたが欲しいのは物じゃねぇんだろうがな。遅れたが俺の名前はジル、さぁ早いとこ始めちまおうじゃねぇか。時間は限られてるぜ。」


 ジルの言う通りあとどれほどの時間が残されているのかわからない。

 レイアは長くはもたないと言っていた。それに迷宮区を彷徨ったことでかなりの時間を消費してしまっている。


「俺はこいつと話があるからよ。ちびども、テルが来ねぇか外で見張ってろ。」

「「はーい、じゃぁまたねお兄さん。」」


 そう言って双子は扉の先の暗闇に消えていった。


「まずは最初の疑問に答えてやるか、どうしてアルトルと呼ばれるかだったな。それはあんたがアルトルと同じ外見をしているからってのが理由だが……そういうことを聞きたいんじゃないんだよな。」


 それは見てきた。体験してきた。

 自分がアルトルについて知りたいこと、本質はもうそこになかった。


 鼓動が早くなるのを感じた。この男の答え如何では自分の何もかもが否定され、そして肯定される。


「……アルトル・ルナゾフィア、それはこの国にいた男の名前だ。まぁ、あんたがその名前で呼ばれるのは容姿が似ている以外にそいつが八年前から行方がわからないってのが理由だ。」

「それが自分だと?」

「そう見てるやつらが大多数だろうな。少なくとも俺はそうだし、亜人の奴らなんかは特にな。」

「亜人たちが?なぜだ?」

「その質問に答える前に確認だ。あんたは本当にアルトルのことを聞きたいのか?」


 ジルの問いの真意がわからず聞き返した。


「どうしてだ?」

「俺に言わせりゃアルトルって男の人生は悲劇以外の何物でもない。それでもあんたはそれを聞く覚悟があるのかってのを聞いてんだ。……一つ助言しとくが俺の見立てじゃあんたはそれを聞いてみて見ぬふりをできるって人間じゃなさそうだからな。」


 アルトルのことを知りたくて……いいや、それ以前に自分も何かの助けになりたいと思いここに来た。

 テルに、そして亜人たちに助けられたから。

 だったら答えは決まっていた。


「そのためにここに来た。」

「ああ、そうかい。やっぱあんたは度のすぎたお人良しらしい。まぁ、そうだな……亜人のやつらにとってアルトルってやつは夜空に輝く星に見えたことだろうよ。」

「星?」

「そうだ。先も見えない暗闇の中、亜人のやつらが生きていけるようにしようとしたのはアルトルだ。この国に連れてこられて死を待つしかなかったあいつらを――――」

「待ってくれ!連れてこられたって、亜人がか!?」

「ああ、そうだ。知らなかったか?今この国にいるのは昔この国に連れてこられた亜人のやつらの生き残りとその子孫だ。あいつらは外の世界を知らない、忌むべき霧の国がなくなっても今なおその支配は消えていない。」

「霧の……国?」

「この星の国の昔の呼び名だよ。霧の国は何より強さを尊んだ、そんな国にとって当時最強と謳われてた騎士の国なんてのはさぞ目障りだったんだろうな。なにせ亜人を戦奴隷にするなんて教会を敵に回すことをするくらいだ。教会は人類第一主義だ、そもそも亜人なんて存在を認めていない。」

「教会がそれほどの権力を持っているというのか?」

「教会を擁する騎士の国は一度この世界を救っている、かつてこの世界が魔物って存在に脅かされていた時にな。教会はともかく、少なくとも騎士の国に歯向かうのは愚か者の行いだ。」


 魔物……それは人間がつけた亜人たちの蔑称だ。

 魔法使い、そして亜人を一まとめにそう呼んでいるのだろう。

 亜人たちが人間の存在を脅かしたという話は初めて聞くがジルの話だけを鵜呑みにすることもできなかった。

 ただ人間たちが亜人と戦った歴史があったというのは本当なのだろう。

 だから今は人間の世界で、人類第一を謳う教会が人々の間で支持されているのかもしれない。

 きっとあの兵士たちだけでなくこの国の人々も。


 そんな中でもアルトルという存在は暗闇に現れて一筋の光だったのだろう。

 道を見失った旅人が星明りを頼りに道を進むように。

 

「亜人の境遇、そして敵国を作りすぎた国の現状を憂いて当時の霧の王を打ち倒したのが初代星の王。その時に亜人のやつらは表向きには処刑されたことになってたがそうじゃない、星の王は亜人のやつらをこの迷宮区に匿った。」

「いったい……いつから……」

「星の国ができたのが二百年前って話だからそれからずっとだろ。」


 その年月の長さが背にのしかかるように感じた。

 この国に連れてこられて故郷に帰ることもできず、人の世に馴染むこともできず、姿を隠し続けてきた彼らの何を理解できていたというのだろう。

 人間の世界で人と隔絶した生き方をするしかなかった彼らに何ができたというのだろう。


 村で感じた視線の正体。それが初めて見る人間に対する好奇の視線でなく期待の眼差しだったと知った。

 レイアが、そしてジルが自分のことをアルトルと見たように亜人たちもそうだったのだろう。

 それだけ亜人たちにとってアルトルという存在が大きかったのだと嫌でも思い知らされる。

 亜人の味方をすること、それ自体が世界を敵を回す行いだということを自分はもう知っている。


 だったら――――

       ――――だったらただの青年がそんな大それたことをしようと思うだろうか。

 

 世界を敵に回すこと。それは奇しくも霧の王と同じ思想だ。

 亜人を物としてか、人としてか……形は違えど辿る未来は同じだ。

 世界が亜人の存在を否定するなら亜人を助けようとする者は肯定しなければならない。

 果てもない子供のような理想論だと自分でもわかる。

 だがそんな理想が支持された。救いを求める亜人たちに、それを手助けするテルやレイアのような人間がこの国に集まった。

 群衆に輝く異質な星灯りに誰もが魅せられた。

 それが正道でないとわかっていても進まずにはいられない。目指すべき理想があり、その理想を抱いたものこそがいたからこそ皆がそれに従い突き進んだ。

 その先頭を歩いた人間をなんという――――――――



「まさか……アルトルは――――」

「自分が何者と見られてるかに気付いたか?――――同情するぜ、ナナシとやら。あんたもう前に後ろに、どちらに進んでも地獄だぜ、アルトル……アルトル・ルナゾフィアってのはこの国の王様の名前だ。」



 ――――それは正道ではない。

 ――――だが正しく王道だ。



「亜人の救済を掲げた王様が……自分だと?」

「少なくともアルトルの素顔を知ってるやつはそう思うかもな。」

「素顔?」

「アルトル……というより今の星王がなんて言われてるか知ってるか?」

「もしかして静寂王か?」

「そうだ、アルトルの素顔を知ってるやつはかなり限られてる。結構てきとうな王様だったからな、王様ってやつがまず人前に出るもんでもねぇし、なにより身代わりを王城に置いては市勢を見てまわってやがった。あいつの素顔を知ってるやつと言えば城にいた人間とテル、それに亜人のやつらくらいだ。」

「だったらジルは……」

「まぁ俺もその一人になるな、つっても元野盗だけどよ。この国の市場で身なりはそれほどでもねぇのにやたら品がある奴がいたんで興味本位で襲ってみたらどういうわけかいつの間にかこの国の兵士になってた。レイアの姉さんと知り合ったのもその縁でだ、レイアはこの国の兵団長をやってたからな。」


 あの兵士たちは自分のことを一度もアルトルと扱わず、自分が魔法を使えたからあくまで魔法使いとして見ていた。

 アルトルの素顔を知らなかったのなら無理もないがそれには解決しない矛盾がある。


「…………やはり自分がアルトルだなんてことは思えない。だって、そうだろ!?この国には今王様がいるはずだ!大遠征を行うのを決めたのはこの国の王様だって――――」

「今、王城にいるアルトルは偽物だ。それは確認が取れている。」

「なんっ――――」

「アルトルのやつは八年前から行方が分かってない。そら俺も今のアルトルが偽物だって聞いた時には驚いたがよ……テルのやつが持ってきた話だ、半信半疑だったがメメのやつに確認させたから間違いない。」

「メメってあの双子のか?」

「ああ、あいつらの目と耳は少し特殊でな。あいつらが迷宮区を自由に行き来できるのもそのおかげだ。……でだ、俺はあんたが兵士のやつらに捕まってたのは本物のアルトルだとバレたからだと思ってたが……あんたの反応を見てるとそうでもないらしい。……あんたなんで捕まってたんだ?」

「それは……自分が魔法を使っているところを見られたからだ。」

「そういえばあいつらも火がどうとか言ってたな。あいつらが見間違うとも思えないが……あんた本当に魔法使いなのか?」

「そう……かもしれない。」


 確かに魔法は使えた。使えはしたが未だに自覚はない。

 そこにこの国の王様かもしれないときた。

 ジルの反応を見るにアルトルが魔法使いだったということもないのだろう。

 

「はっきりしない答えだな。……やっぱり読めねぇな、テルのやつの考えは。」

「テルの?」

「あいつは間違いなくあんたを手元に置いときたいはずだ。それに待ち望んだ存在のはずだ。亜人のやつらにとっても、テルにとってもな。なぜあいつはあんたにアルトルのことを伝えなかった?なぜあんたは王都にいる?」

「それは……自分が期待に添えなかったからだと思う。」


 そう。待ち望んだ存在だった。それがアルトルであればの話だったのなら。

 決して記憶のない名無しの男ではない。


 ラントの言っていた通りだ。

 自分がアルトルであれないのであれ、記憶を無くした自分にできることは何もない。

 

「アルトルは八年前からいないと言ったよな?どうしてアルトルは姿を消した?」

「さぁな。それを知ってるのはテルと亜人の奴らだけだ。アルトルの姿を最後に見たのは亜人の奴らだったはずだ、だが時を同じくして亜人のやつらも姿を消した。亜人のやつらの居場所を知っているのはテルだけだ。結局のところすべての情報を握ってるのはテルのやつだ。」


 口ぶりからジルはテルのことを信用していないように思う。

 レイアとは兵士仲間としての意識があるようだがジルの語り口からは亜人やテルとは仲間というよりは協力者だと言っている様に聞こえた。

 それはそうだろう。誰だって面倒ごとは避けたいはずだ。

 それが世界を敵に回すかもしれない可能性を秘めているのだとしたらなおのこと。

 

 レイアもジルもテルも亜人も、全てアルトルを中心として集まったのだと言われているような気さえする。


 行くも戻るも地獄とはこのことを言っていたのだろう。

 留まることは許されない。自分が自覚しない限り自体は何も進まない。

 それに八年も……いいや、二百年救済を待ち続けた亜人たちに覚悟が無いから待ってくれと言えるのか?

 ――――そんなことをできるわけがない。



 重圧が両肩にのしかかる。

 何も知らない男に、何も知らされていない男に誰が何を期待したのだろう。

 テルは自分を見てアルトルだと思ったのだろうか。もし思っていたなら何を思い、何をしようとしていたのか。

 そんなことを考えてもわかるわけがない。

 自分が何者であるかを知っても自分が進むべき道が何も見えてこない。


 記憶がないことを言い訳に優柔不断な自分をひた隠す。

 そんな自分のことをラントは見抜いていたのだろうか。

 真実を知っても何も決断できない今、傍に亜人たちがいないことに心の底から安堵している自分が居た。



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