迷宮区
果てしない闇が続いていた。
人が二人ようやく通れるほどの広さの通路の中、右手を壁に添わせ進んでいく。
光を一切通さないその場所で灯りが意味をなさないことを知るのにはそう時間はいらなかった。
松明を照らしてもせいぜい足元か手の届く範囲までだろう。それにこの狭さでは縦に列を組むしかない。
準備する間もなかったとはいえ灯りを貰わなかったのは正解だったのかもしれない。
いつ終わるかもわからないこの迷路で灯りが途絶えた時の恐怖は計り知れない。
最初から覚悟を決めていたおかげで暗闇の恐怖に慣らされている。
迷宮区に入ってどれだけの時間が経ったか。レイアの話では案内が来ると言っていたが本当に来るのだろうか。
進めど進めど人の気配は全く感じられない。本当にこんなところに人が住んでいるというのだろうか。
迷宮区が城壁の中にあるというのならそろそろ外壁の内側に辿り着いてもいい頃合いのはずだが一向に行き止まりにあたらない。
右も左もわからず、もはや自分が真っすぐに進んでいるのかもわからない。
「――――っ!?」
壁を伝わせていた右手の指先に鋭い痛みが走った。
咄嗟に手を引き手を確かめると手に何か異物が刺さっていた。
おそらく針か何か鋭いもの……質感からして木片だろうか。
改めて壁を触るとその部分だけ材質が違っていた。
石の壁から木の壁へどうしてここだけ変わっているのか、答えはすぐに分かった。
今までと同じように手を添わせた時だった。
壁が手から離れていく、そう感じた瞬間にはもう遅い。軋む音を鳴らしながら前面から迫ってきた石壁が額を打った。
壁に押しのけられるように右側に投げ飛ばされる。何が起こったかはわからなかったがまずい状況なのは確かだった。
咄嗟に元の場所に戻ろうとするがそこにはもう石壁がある、押してもどうにも動かせそうにない。
「まさか……扉、なのか。」
石が敷き詰められたような壁には所々に隙間が空いていてもはや今立っている場所すら元々自分がいた場所かもわからなかった。
扉を探すのは現実的ではない。これからもこのようなことが続くと考えた方がよさそうだった。
生半可な場所ではないとはわかっていたが、いざ自分が道を見失ってみるとこの場所の恐ろしさを痛感する。
「迷宮……とはよく言ったものだ。」
直進しても外壁にはたどり着けず、向かうべき方向も見失った。引き返すこともできないし元よりその選択肢はない。
レイアの時間稼ぎもそう長くはもたないという話だ。
…………そもそもなぜ自分はテルから逃げようとしている?
レイアは言った。ここに自分の過去の手掛かりがあると。
自分の過去を取り戻したい思いはある。だがそれは誰かの思いを踏みにじる程のものではない。
テルは自分が過去を取り戻すことを願っているのだろうか。
…………いいや、テルは自分のことを知っていたのだろうか。
レイアは間違いなく自分のことを知っていた。出会った時の困惑の表情はそれが原因だったのだろう。
世界でただ一人の魔法使い。それをテルはどうしようとしていたのだろうか。
考えても仕方ないことだとはわかっていても考えずにはいられなかった。
暗闇の中で手探りで道を探っていた時にふと思いつく。
「……灯りと言えば――――」
自分が魔法を使えたことを思い出す。
どうやって魔法を出したかは覚えていない、あの時は兵士から逃げるのに必死でそれどころではなかった。
幸か不幸か自分が扱った魔法は練習していた炎だった。灯りとしては十分、幸いこの場所は空気は通っているし煙の心配はないだろう。
まぁその心配も魔法を使えたらの話だが――――
そう思い自分の手を見た時にはすでに炎が発現していた。
「…………まったくどうして――――。」
今まで何度使おうと思っても使えなかった魔法があっさりと使えていた。
何か条件があるのか。願うだけでいいならどうして特訓をしていた時には出なかったのか。
それが魔法だというなら話はそれまでになってしまう。
大概得体の知れないものだ。今こうして手に纏っても自分では熱さも感じない、まるで本当に灯りとしての役目だけを果たすような炎だった。
炎の灯りのおかげで迷宮区の一端がようやく明らかになった。
道が枝分かれしているだけではない、石壁の所々に扉が備わっていた。
そして自分が平坦な道だけを進んでいたわけではないと知った。
どおりで外壁に辿り着けないわけだ。直線は緩やかに曲がり、通路に落ちた水滴は道に沿って下へと流れていく。
まさか自分が地上にいるかすらかもわからなくなるとは思っていなかった。
目の前にしたつり橋を見てそう思う。
つり橋の底は深く暗く先まで見通せない。どれだけ高い場所まで来たのか、それともここが地上で迷宮区が地下まで続いているのか。
城壁の中を何層にも渡って迷宮区が続いているのだろう。
「こんなところで……本当に案内なんか来るのか?」
迷宮区の実態を前に不安にならざるを得なかった。
正当な道があるのかはわからないがもしそこから自分が外れてしまっているのだとしたら、この場所でそれは砂漠から金を見つけるのに等しいように思う。
道を選べるようになったが不自由がなくなっただけ。迷っているのに変わりない。
これからどうしたものか――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ねぇねぇミミ、あのお兄さん手から火が出てるよ。」
「私には見えないよ。でもあのお兄さんここの人じゃないね。歩き方が変だよメメ。」
「でもでもだったらおかしいよミミ。あのひとあのお姉さんの剣持ってる。」
「だったらお父さんに用事かな?」
「だったらお父さんのお客さんかな?」
「「でもあの様子じゃたどり着けないよね。」」
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こんな暗闇では人探しなどは無理だろうと集会所とやらを目指していた。
五つもあるというのなら歩き回っていればいつかそのどれかに辿り着けると思ってはいたがそう簡単ではない。
できるだけ真っすぐに進めるように歩いてはいるが選択を間違ったか、どんどん道が入り組んでいく。
迷宮区の深部に来たということなのか、それに迷宮区の様子が変わったように思う。
今までなかった人の気配を感じるようになった。
まとわりつくような不気味な視線が付きまとう。その気配を感じてからは魔法を使えていない。
「まさか……な。」
「まさかってなにが?お兄さん。」
「――――へ?」
「お兄さんお客さん?だったらこっちだよ。」
後ろから声がしたと思えば前から引っ張られる。後ろから腰を押され前に進んだ。
「お兄さんさっきの火どうやって出してたの?」
「お兄さん迷宮区は初めて?」
「ちょっ――――待ってくれ!君たちは!?」
「私はメメ!」
「私はミミ!」
二人は迷うことなく道を進んでいく。何度も道を曲がり扉を抜け道から飛び降りる。
そうして進んだ先で灯りを放つ通路が現れた。
「おう双子の!そいつは客人か!?」
「おう兄ちゃんよジルのやつにぼったくられんなよ!」
走り抜けた先では人々が酒を片手に笑いあう。
いったいどこにこんなに人がいたのか、吊るされた灯りが迷宮区の闇を掃い迷宮区の真の姿を露わにする。
天井は床に、床は天井に、壁だと思っていたものは建物に変わる。
幾重に架けられたつり橋に階段、梯子。ここではそのどれもが道であり、ここにいる者の住処になっていた。
「――――なっ!?」
「「ようこそお兄さん!ここがジルの何でも屋だよ!」」
双子の片割れが先に扉を開けその中に放り込まれる。
「いったいなんだというのだ…………。」
「ようこそ客人!食い物か!武器か!それとも情報か!ここには何でも揃ってるぞ!」
この状況でも動揺することなく慣れているとでもいうように男は陽気に決まりのだろう文句を繰り出す。
目の前に座っていたのは片足が義足の男。男が言うようにこの場には何でもあった。
食べ物に武器、家具に雑貨。情報もだというのならどうやらここが自分が目指していた場所に違いないらしい。
案内というには手荒な歓迎だが一先ずはなんとかなったことを喜ぶべきだろうか。
――――いや、どうやらそうでもないらしい。
店の店主だろう男はナナシの顔を見るなり剣を向け警戒心を露わにする。
その男の表情を自分は何度も見てきた。
動揺を隠せない訝しむような眼。ナナシという男の顔を見た誰もがその表情をする。
だったら続く言葉はこうだろう――――
「お前……いったい何者だ?」




