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第八話 ソフィア領館殺人事件の推理2

 アイビーの部屋の次は僕の部屋を見に行ったが、部屋の配置や物の状態は今朝と変わっていなかったし、魔法の痕跡も見当たらなかった。でもよく見るとベッドに掛かっている赤茶の毛布の前後の向きがアイビーの部屋のものとは逆だった。ただの偶然かもしれないけど、少し気になった。


 次にマロンさんの倒れていた空き部屋を調べる。

 マロンさんの身体は別所に移されたが、床には赤黒い血の跡がべったりついている。


 「この部屋もことごとく魔法の痕跡はみつからないな。もとより魔法を司れるのはこの館にはそういない。魔法に最も長けている我が無実ならば魔法を使った殺人である可能性はごくごくわずかに過ぎまい」


 そろそろ次の部屋を見に行こうかと思い始めたとき、床に数本の髪の毛が付いていたのを発見した。

 床についていた全ての髪の毛を拾い、メイドさんに井戸から汲んでもらった綺麗な水で丁寧に洗って白の羊皮紙にのりで貼り付けてみる。


 「ピンク色の髪が十本、黒色の髪が十五本、金色の髪が五本、茶色い髪が四本、クリーム色の髪が三本、白色の髪が二本だ」


 髪の長さはそれぞれ違うが、とりあえず色で分けて比較してみた。

 ピンク色の髪の長さはまちまちだが全体的に長い。黒色の髪は切りそろえられたかのように同じ長さの髪が多かった。金と茶とクリーム色の髪の長さはまちまちだ。白色の髪は短い。


 「ピンクはマロン、白髪はゼノンだと分かるが、金髪や茶髪は従者にも多くいて誰のものか断定は出来んな。だが黒髪はいま館に一人しかいない」


 黒髪の少女アイビーが頭をよぎる。

 マロンさんが僕と同じようにアイビーの看病をしていたとすると、昨晩に殺人に繋がる何らかのアクシデントが発生するまでマロンさんはずっとアイビーの横で椅子に座っていたと考えるのが妥当だ。となると、アイビーは高確率で殺人に繋がるアクシデントに関係している、あるいはアクシデントの原因になっていたと思われる。その上で、マロンさんが倒れていたその場所にもアイビーの髪が無視できない本数落ちていたなら、ほぼほぼアイビーが殺人犯本人だという結論で決まりだ。普通に考えればそうなる。

 今は凶器が見つかっていないが、もし凶器が、マロンさんが胸元に隠し持っていた短剣なら、少女アイビーにとって一番隠しやすい所は一つしかない。できるだけ早く調べに行く必要がある。

 ただ、この推測がもし正しいのなら、それはそれで不可解な点が多い。何かが足りないのか、それともやはりアイビーは犯人ではないのか。

 点と点が線で繋がりそうな気もするけど、やはりまだ手がかりが必要だ。


 「次の部屋に行こう」


 エミネイさんの部屋に入る。

 エミネイさんの部屋は僕の左隣の部屋だ。僕の部屋の約二倍の大きさがある。左にあるベッドは同じだが、右には椅子とチェストの他に小さなデスクが置いてあった。チェストには空のワインボトルとグラス、火の消えたろうそくが置かれていた。窓は僕の部屋より少し広い。

 この部屋に入ってから少ししてハーバー・クリックが体を仰け反らせながら勢いよく地面に指を差して報告を上げる。


 「お二方、これを見ろぉォ!」


 ハーバー・クリックが指を差す方向には木製の床がある。よく見てみると、他の床の部分と比べて薄っすらと黒く変色していた。


 「これは直上で炎系魔法を使った跡だ。箒でひと払いすれば消えてなくなるが、確かに木目の凹凸に沿って黒い変色、炭化が見られる。早くとも昨晩に何者かが炎系魔法をここで使っていることは我に言わせれば疑いようがない!」


 魔法には火、水、風、土、光の五つの属性があり、それぞれの属性を決められた順序と配分で掛け合わせることによって高度な魔法を発動できると言われている。

 炎系魔法は純粋火属性の魔法系統だ。火力がどれだけ出ていたのかは分からないが、魔法の種類によっては鉄を容易に溶かすものもあるらしい。


 「炎系魔法は部屋で普通どんな時に使うの?」

 「そうだな…」


 ハーバー・クリックは少し考え悩むように口ごもる。


 「都合の悪い書類を跡形も無く消し去るために使うことはありえるやも知れん」


 少し考える間を置いて先にソフィアさんが僕の問いに答える。


 「なるほど」


 仮にエミネイさんが殺人犯だったとすると、自分に都合の悪い書類を持っていたマロンさんを殺して書類を奪い、燃やしてやったという可能性があるのか。あるいは、マロンさんを殺した証拠になりえるものを部屋で燃やして隠滅した可能性もある。

 しかしエミネイさんはそもそもディナーの後から今朝メイドさんに開錠してもらうまで部屋にいたことが確かであるということを考えると辻褄が合わない。炎系魔法を全くの別件で使った可能性もある。

 ただ、思考の前提が間違っている可能性もある。例えば、エミネイさんの部屋は朝まで施錠されていたというメイドさんの証言は嘘で、メイドさんはエミネイさんに買収されていた、とか。


 「ないとは思うけど、ソフィアさんのメイドさんがエミネイさんに買収される可能性ってある?」

 「あまり舐めた口を利けば殺人犯より先にお前を斬ってやるぞ?」

 「ご、ごめんなさい」


 頭鷲掴みにされて悪魔のような形相で睨まれた。

 そう言えば、今朝変な鉄の塊を拾っていたのを思い出して、ポケットから取り出してハーバー・クリックに手渡し少し調べてもらう。


 「一流の迷宮魔法使いの我が入念に隅まで調べたところ、ただの鉄塊だぁァァァ!!」


 ハーバー・クリックが体を仰け反らせて叫ぶように報告する。

 何でもかんでも大げさだ。


 「例えば、マロンさんの短剣を炎系魔法でこれにすることってできる?」

 「無理だ。炎系魔法をもってしても短剣の刃を丸めて使い物にならなくする程度に終わる。どう努力しても短剣が短剣なのは一目瞭然なままである!」

 「そうか。ならこれも無関係か、もしくは別の…」


 少し考えを巡らせていたら、ソフィアさんに声を掛けられる。


 「別の、何だ」

 「なんでもない。それよりマロンさんの部屋を見に行こう」


 少し不服そうなソフィアさんとハーバー・クリックを連れてエミネイさんの部屋を出て、マロンさんの部屋に向かって廊下を歩いた。


 結論から言うと、マロンさんの部屋には殺人事件の手がかりになるものは一つも無かった。けれども僕はここで、自分は今後どう生きていくかを考える上でとても大きな影響を与えてくれたものを手に入れてしまった。それに関しては後述させてもらう。


 マロンさんの部屋を出て、ハーバー・クリックの魔法部屋に向かった。マロンさんやハーバー・クリックの部屋のドアにはネームプレートが掛けられているから一目瞭然だ。

 魔法部屋は昨晩と変わりない様子だった。

 大きな間取りで、部屋に入って目の前には数台のベッドと数脚の椅子とテーブルが乱雑に置かれている。奥に進むと巨大ないくつもの本棚が出迎え、その奥にハーバー・クリックが作業を進めるためのデスクがある。デスク周りには書類の山が山脈みたいに連なっていて、足の踏み場が無い。

 左側にはいくつかの魔法使いとしての装備が無造作に置かれ、逆に右側にはびっくりするほど丁寧に整然と、迷宮のコレクションと思われる数々の品が飾られている。

 支離滅裂な部屋だ。


 「でもざっと見た感じ手がかりは無さそうだ」


 冒険者時代に使っていたと思われるナイフや短剣はいくつか見つかった。しかしどれもしばらく使っていた形跡はなく、マロンさんの持っていたはずのものとも違うとのことだった。

 いくら手がかりを探してもキリがないから、早々に切り上げて僕達は最後にエリーさんの部屋に行った。


 エリーさんの部屋は明るい色合いの棚に色々な本や小物が並べられている小奇麗な部屋だった。棚の一番下の段には裁縫用具入れも収納されていて、中には赤や黒の糸や布、大きな裁ちばさみが入っていた。自分用の黄緑色のクローゼットもあり、そこには数着のメイド服と多くの私服がハンガーに掛けられている。


 「これは?」


 クローゼットの一番端っこに皮のナイフケースがぶら下がっているのを見つけた。

 手に取って中身を出してみると、銀色にピカピカと輝く短剣が出てきた。


 「マロンに渡した短剣と同じものだ。護身用に常に身に着けておけと言ったのだが手入れもせず携行もしていない」

 「なんで?」

 「知らん。趣味に支障をきたすとかなんとか言っていたが」


 そういうものなのか。

 でも、だとしたら少し不可解だ。手入れをしていない短剣はもっと黒ずんでいて切れ味も悪い。マロンさんの短剣にすり替えられている可能性もある。


 少しずつ事件の真相を明らかにするためのピースが揃ってきたところで、僕達は再び食堂へ戻った。

 食堂の様子は出る前と大して変わっていない。長テーブルに容疑者候補のエミネイさん、シスター・リーア、アイビーが着いていて、食堂の二カ所のドア付近にはエリーさん含めるソフィアさんの従者が数人ずつ佇み、緊張を保っている。アイビーは特に緊張していたようで、僕達が食堂へ入ってきた瞬間にビクリと肩を震わせているのが見えた。

 そんなアイビーに向かって僕は無言のまま近付いていき、彼女まであと三歩分の所で静止する。口を開き、落ち着いた小さな声で、しかし食堂全体に声が通るようにハキハキと、彼女―黒髪の少女にとあることを尋ねた。


 「なあ、その服のポケットの中には何が入ってるんだ?」

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