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第七話 ソフィア領館殺人事件の推理1

 メイドさんは自分達の不手際で、少女アイビーの部屋の施錠がされていなかったと言った。

 しかしそれは不可解だ。

 エミネイさんの部屋と僕の部屋まで施錠して、にもかかわらず僕の隣に寝ていたアイビーの部屋だけ施錠しないというミスを、この館で長年働いていたメイドさん達がするのだろうか。

 少し引っかかる。


 「それで、他に言うことはあるか?」

 「いえ」

 「では下がれ」


 メイドさんを下がらせる。ミスをした部下に対して、少し冷酷だ。


 「エリー、鍵の管理はどうなっていた」

 「非番の四人を除いてメイド、使用人、料理人、従者は全員鍵を所持していました。非番の四人の自室にも鍵は掛かっていたので、マロンの遺体からも鍵が発見されたのなら管理に不備はありません」


 目元は赤く染まっているが、もう涙は流していない。エリーさんは落ち着きを払って正確に報告した。


 「ハーバーは何をしていた。マロンはなぜ空き部屋にいた」

 「確かマロンはお二方が自室に戻られたあと、消灯時間間際に『助かりました。それではお休みなさい』と言って我が魔法部屋を後にした。それから我は休むことなく日が明けるまで北の迷宮文献を読み解くのに明け暮れていた。我がマロンを殺していない確たる証拠はないが、しかし同時に動機もない。犯人は我ではないよ」


 ハーバー・クリック以外、マロンさんの行方を知る術がなかったから、少なくとも一番マロンさんを殺しやすい立場にいたのはハーバー・クリックだ。しかしたしかにハーバー・クリックにマロンさんを殺す動機があるとは考えにくい。

 続いてシスターさんが尋問に答える。


 「シスターは館に来てから何をしていた」

 「私は早朝に館を訪ね、ソフィア様に迎え入れられましたわ。その後は、ソフィア様の言いつけを守ってずっと食堂で待機していましたわ」

 「ここへ来る前まではどうしていた」

 「夜中にアイビーがいなくなったときは焦ったけど、吹雪だったから仕方なくその夜は修道院で仮眠を取っていたわ。館には近づいていないしマロンさんも殺していない。それは安心して頂戴」


 最後に黒髪の少女アイビーが尋問に答えた。

 不安そうに深紅の丸い瞳でソフィアさんの方を見上げて口を開く。


 「アイビー、貴様はどうなんだ」

 「なにも…知りません。朝起きたらここにいたので。それに血だらけだったなら…いえ、なんでもないです」


 引っかかるところがあると言うか、普通に不審だ。

 なにか心当たりがあるかのような言い草だ。


 「そもそも貴様はなぜ吹雪の中にいたんだ」


 ソフィアさんの問いかけにアイビーはあからさまにたじろいだ。


 「え、いや、それはその…」

 「あんまりシスター・アイビーをいじめないでほしいですわ」


 シスター・リーアさんが口を挟む。

 アイビーの隣に移り、彼女の黒髪を優しくなでる。


 「なに?」

 「教会組織、まして領地運営に関与していない修道院は領主様の管轄外ですわ。マロンさんを殺した犯人探しには協力しますし、もし仮にアイビーが本件の犯人だったとしたら修道院として相応の賠償をさせていただきますわ。しかし修道院が譲歩するのはここまで。わたくし達が館に来る前のことや修道院のことをこれ以上詮索するのは教会組織ひいては天国に君臨なされる神様が許しませんわ」


 僕はシスターさん…シスターが強気に出たことよりも、賠償という言葉を発したことに少し驚いた。

 つまりシスター・リーアは自らの思考の内にアイビーが犯人であるということを排除していないんだ。


 「ふざけるな。アイビーは私の忠臣マロンが命を懸けて助け出してやったんだ。誰に生かされているかを忘れるな」

 「それは余計なお世話でしたわ。あなたがたの行いを許しはすれど、感謝はこれっぽっちもありません!」

 「殺してやる。吹雪で死のうが、今斬り殺されようが、さして変わらないだろう?」

 「やれるものならやってみなさい。きっとすぐ、あなたがたはあまりにも大きな代償を払うことになりますわ」


 ソフィアさんとシスターとの間に激しい言葉の応酬が繰り広げられる。

 激怒しているソフィアさんに対し、シスターは薄い笑みを作り、余裕ありげに話している。

 この流れはあまり良くない。互いの怒りが激しくぶつかり、論点が殺人事件から離れていけば、犯人捜しそのものが有耶無耶になってしまう。

 アイビーの過去は僕も気になるけど、それも推理で紐解いていけばいいんだ。

 小声で話しかける。


 「ソフィアさん、証拠が消える前に館の中を見ておきたい」


 シスターを睨んだまま、少し考えるような間を置いて僕に小声で答える。


 「いいだろう」


 今度はシスターの方を向いて答える。


 「貴様らの無礼も犯人が見つかるまでは大目に見てやる。心しておけ」

 「いいですわ。わたくしも一端の修道士として寛大な心であなたがたの数々の失礼を水に流して差し上げますわ」


 このシスター、確実に喧嘩を売っている。しかし買った方が負けだ。

 僕もソフィアさんも無視して食堂を退出する。ハーバー・クリックもそれについていく。


 「アイビー、僕、例の空室、エミネイさん、マロンさん、ハーバー・クリック、エリーさんの順でそれぞれの部屋を見てみたい」

 「その順番になんの意味があるのかは分らんが、いいだろう。付いて来い」


 ソフィアさんがドアノブをひねり、アイビーの部屋に入った。僕も続けて入る。

 僕の部屋とほとんど同じだ。正面には鍵穴とドアノブが付いているドア。左にはベッド。赤茶の毛布。後ろには日の射す窓。右には椅子と小ぶりのチェスト。もちろんどちらも木製だ。チェストには火の消えたろうそくがある。椅子はクッションがおしりの形でほんのわずかにくぼんでいる。

 …。

 そうか。

 確証はないが、おそらくそうだと思う。

 これまでマロンさんが昨晩ハーバー・クリックの魔法部屋を出てからどこにいたのか分からなかったが、今ようやく分かった。

 時間の流れ、自然の変化から本当にギリギリ逃げ切れたことによる安心感と、マロンさんの行動をなぞっていくかのような心地よさがある。


 「ソフィアさん、僕の部屋にも椅子があるんだけど、ここの椅子と僕の部屋の椅子のクッションをよく見比べてみてくれない?」

 「はあ?」


 疑問符を頭に浮かべながらクッションを睨む。無言でアイビーの部屋を出て、すぐに戻ってくる。


 「何が言いたい」

 「僕の部屋のクッションに比べ、ここの椅子は少しだけおしりの形にくぼんでいる。これはマロンさんが昨晩、長時間ここに座っていた証拠だ」

 「本気か?」

 「本気。実は、おとといの晩もマロンさんは僕の部屋でずっと僕の看病をしてくれていたらしい。だから昨日の朝は、僕の部屋の椅子のクッションがおしりの形にくぼんでいた」

 「元からのくぼみではないのか?」

 「ううん。クッションのくぼみは時間経過で元に戻るんだ。その証拠に、今の僕の部屋の椅子のクッションにくぼみがなかった」


 昨晩誰かが長時間ここに座っていたことは確実だ。高確率でマロンさんが座っていたと思われる。

 そう考えると、アイビーの部屋だけ施錠されていなかった理由も分かる。元々施錠されていたアイビーの部屋の鍵をマロンさんが開けて入ったんだ。


 「…なるほどな。そうか、マロンは昨晩までここにいたのか。マロンのしそうなことだ」


 ソフィアさんは慈しむように椅子を眺め、右手でそっとクッションを撫でる。

 だが、時間は過去から未来へ着実に流れている。マロンさんの作ったクッションのくぼみは今日の昼には消えてなくなるだろうし、もっと長い時間が流れればマロンさんとの昨日までの思い出も風化して朽ちていく。

 悲しい。


 「うむ、少なくともこの部屋には魔法を使った痕跡はないな。魔力の残滓や不審な物質、魔法に巻き込まれて損壊した破片などを探してみたが一切見当たらなかった」


 ハーバー・クリックの報告によって一気に現実に引き戻される。そうだった、まずは犯人を探し当てないといけないんだった。

 気を取り直して、次に見るべき部屋へ向かう。

 時間の経過によって消えてしまう手がかりが他にもあるかもしれないから、手早く広範囲に館を調査しないといけない。

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