表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

第四話 楽しいお風呂と美味しい夕食

 「すいません、ゼノン君。わたくしめはこれからソフィア様領内の村々を回っていかなければなので、先にお風呂にでも入り、その後は一人お部屋で待機していて下さいな」


 少ししょんぼり顔のマロンさんに館の玄関でそう言われる。

 一緒にいると恥ずかしかったけど、いないのもそれはそれで寂しい。


 「分かった、もう今お風呂入っていいんだよね」

 「はい、寒いから早々に準備しておくとエリーが言っていましたので。あ、入浴中、変な人と出くわすかもですが、驚かないで下さい」

 「?うん」

 「では行ってきますね」


 気づいたらマロンさんはもう武器や防具を装備して馬に乗っていた。


 「手袋忘れてない?」

 「そうですなぁ。 …よし、では行ってきますね」

 「気を付けてね」

 「はい」


 やや淡白な挨拶を残しマロンさんは馬を走らせ吹雪の中に消えていってしまった。

 とりあえず、正面玄関で雪を落とし食堂を通って廊下を歩き、午前中マロンさんにお風呂だと案内されたところに入ってみる。

 館の案内の時は、お風呂の中までは入らなかった。マロンさんの「変な人と出くわすかも」という言葉を思い出し少し緊張する。


 「誰かいませんかー」


 ドアを開き、声を掛けてみる。

 自分の声が反響するだけだ。

 ドアの向こう側は暖かく、ろうそくが灯されていて廊下よりも少し明るい。手前には大きめのバスケットが置かれ、奥にお湯の張られた大きな木桶があり、その右側には木でできた小部屋のようなものがある。バスケットの中には大小二つのタオルが入っている。

 ドアを閉め、服を脱いでバスケットの中に入れる。

 誰もいないけど少し恥ずかしい。

 身体を洗う用だと思われる小さいタオルを持って木桶の前へ行く。

 もう一度周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。次に木桶の中のお湯に触れて温度を確認する。

 暖かい。

 意を決し木桶の中に入ろうと、足を持ち上げたその時―


 「先にサウナに入らずに、ましてズボンを下ろさずに風呂に入るものが、おるかぁァァァァァ!!!!!」

 「うわああああ!」


 お風呂場全ての空気が震撼した。

 し、心臓に悪い。心底びっくりした。

 気づいたら腰を抜かしてお尻を湯船に付けていて、視界には全開に開かれた木の部屋の扉とその奥にいる全裸の仁王立ちするおじさんが飛び込んできた。いきなりお尻が暖かくなって、しかもおじさんの裸も見せられて気持ち悪い。


 「だ、だ―」


 おじさんの付けている眼鏡が光る。


 「我が名はハーバー・クリック三十五歳!!! 貧しい村で育ち、冒険者になって生計を立てていた時、迷宮の歴史の面白さに目覚め、数年後冒険者を引退し大学に入学しやがて教授になる! しかし大学で教えなければいけないことを全然教えず迷宮のことしか話さなかったせいで教師をクビになぁァァァァァり!! 大学内ギルドで求職し、ソフィア様に魔法使いとして雇われた中年男性だぁァァァァァ!!!!!」


 「だ、だれだ」と訊ねる前に知りたいこと全てを教えてくれた。

 ハーバー・クリックは茶髪で長身の眼鏡を付けた中年男性だが生え際が後退し始めている。

 しかし、この次に僕は一体どう反応すればいいのか分からない。呆気にとられた。


 「まずはズボンを脱いでサウナに入っとれぇェェェェ!!!」

 「いやだ恥ずかし…うわああああ!」


 抵抗もむなしく、気づくとハーバー・クリックとともに全裸でサウナに入っていた。

 サウナの中は全面木造の小さな部屋で、雨雲の中みたいに白く曇ってジメジメしている。しかし雲と違ってとてもむし暑い。汗がダラダラと流れてくる。この汗をタオルでふき取って体の汚れを落とすらしい。

 サウナの中は息苦しいけど、同時に身体から汚れが出ていく感覚もする。心地いい。


 「そろそろだな。湯船に移ろうか」

 「う、うん」


 ハーバー・クリックの言いなりに湯船に移る。

 湯船も暖かくて気持ちい。湯船はサウナのような息苦しさがなく、身体の芯から温まる感じがする。


 「それで、君は一体全体誰なんだい?」

 「あ、僕はゼノン。なんか気づいたら記憶がなくなっていて、今朝目覚めたらこの館にいた。片翼はないけど天使らしい」

 「そんな珍妙な。まさかそんな奇妙な生い立ちの天使にこんなところで会うとは思ってもみなかった。いやしかし、感心はあれどやはり迷宮に潜ったときのあの忘れられぬ感動と衝撃とは程遠いな」


 一度に色んなことを話す人だな。それに表情がコロコロ変わる。驚きの色を見せたり、困惑したり、落ち込んだり、うなったり。


 「そんなに迷宮っていい―」

 「勿論だとも!迷宮とはヒト族、魔族、獣族、エルフ族、天使族、悪魔族、ドラゴン、ジャイアントアント、ベヒーモス、モンスター、ウロボロス、帝国軍、悪魔教団、魔女、魔王軍、ありとあらゆる勢力、人間、動物、そして神々に至るまでもが全身全霊を掛けて作り、保守し、攻め落とし、生を紡ぎ、その数多の物語を今生きる我々に届けてくれる、そんな空間なのだから!」


 理解しかねる。

 そもそも僕は迷宮に行ったことがないから、実際迷宮がどんなものなのかイメージが湧いてこない。


 しかし僕の本心は汲み取ってもらえず、ハーバー・クリックの迷宮話をのぼせるまで延々と聞くことになった。

 南の果てにある伝説の迷宮の噂話や、帝国没落期に帝国の建設した超巨大迷宮の話は結構面白かったが、物凄い早口で喋るもんだから内容のほとんど聞き逃すか忘れてしまった。


 服を着て風呂から出て、いい気分になりながら二人で食堂に行くと、丁度夕食が準備されている頃合いだった。


 「ゼノンにハーバーか。席につけ」

 「あい分かりました」

 「うん」


 朝、長テーブルの一番奥にいたソフィアさんは、それより少し手前で僕達と同じ方向を向いて椅子に座っていた。その向かいには茶髪の短髪でガタイが良い若い男性が椅子に座っていた。整った顔立ちに切りそろえられた茶色い髭がよく似合っている。


 「紹介しよう。こちらは私のお雇い魔法使いのクリック師と、砂浜で拾ったゼノン少年だ」

 「ハーバー・クリック。ぜひハーバーと気軽にお呼び下さい」

 「えっと、ゼノン。ぜひゼノンと気軽にお呼び下さい」


 声の調子までハーバー・クリックに似せて言ってしまった。僕は礼儀が分らん。


 「あちらはフォンデルセン卿。リバレス王国の子爵だ」

 「ご紹介に与りました、エミネイ・フォンデルセンです。よろしく」

 「お会いできて光栄ですフォンデルセン卿。確かソフィア殿の旧友であらせられた?」


 顔色一つ変えずに落ち着いた声の調子でハーバー・クリックはそう言った。

 さっきとはまるで別人じゃないか。


 「ああ、ノーゼンレパード卿とは十年前の北方ヴェンジェンス遠征残存魔族征伐戦以来の友だ。と言っても、会うのは六年ぶりとなるがな。いやはや、時の流れは速いもんだ」

 「フォンデルセン卿にはあの時の恩がある。今やノーゼンレパード家全盛期の力は失われて久しいが、それでも必要とあらば私を頼ってくれ」


 エミネイさんもソフィアさんもまだ若いから、北方ヴェンジェンス遠征とは僕と同じくらいの歳の時の二人の話なのかな。

 そう言えば、ソフィアさんの先代が禁忌事項を破って火あぶりにされたのもこの時期なのではないだろうか。

 点と点が線で繋がりそうで、少し気になる。


 「少し早いが、吹雪もある。夕食にしよう」


 それぞれの席にレーズンパンとチーズ、赤いスープと赤紫色のお酒、そして肉厚なステーキが銀食器とともに運ばれる。


 「これはリバレス王国シェパーデン地方特産の子羊のステーキと赤ワインだ。私からのささやかな贈り物だ。美味しいと思うから、ぜひ食べてみてくれ」


 そう言いながらエミネイさんはフォークとナイフを使った華麗な手さばきで流れるようにステーキを切り、そして食べる。

 僕も見よう見まねでフォークとナイフを操り、一口サイズにステーキを切り分け、口の中に入れてみる。

 一口。

 二口。

 もぐもぐ。


 「お、おいしい…!」


 涙腺が緩んで、ツーっと一筋の涙が頬を流れる。

 噛めば噛むほど甘い脂身が口の中に溶け渡り、ジュワッとした肉汁が更なる食欲をそそる。


 「それは良かった。存分に味わって食べてくれ。赤ワインもあるからステーキと併せても―」


 ステーキの味に集中しすぎて、だんだんエミネイさんの声が次第に僕の耳に入らなくなっていく。

 うまいうまいうまいうまい…。


 気づいたら、皿の中が空っぽになっていた。

 コップの中も空っぽになっていた。

 幸せな時間はあっという間だった。

 周りを見渡してみても僕の皿を片付けたがって後ろに立っているエリーさん以外誰もいなくなってしまった。

 部屋に戻ったのかな。僕も部屋に戻ろうか。

 すっかり日は落ち、窓の向こうは真っ暗。

 寝る時間だ。

 そう思い、椅子から降りて皿をエリーさんに手渡し、自分の部屋に向かって食堂を歩いていたら―


 ダンダンダン!!


 鈍重なものを蹴るような、鈍い音。

 正面玄関の門を叩いた音だ。

 すぐに門を叩いた人の正体に思い至り、羽織っていたジャケットを翻す勢いで玄関の方へ走って、門を開けた。

 そこには、玄関前に立ち尽くす血だらけのマロンさん。そして、マロンさんの両手に抱えられた、意識不明の黒髪の少女がいた。

 地面に積もった雪に血の赤が滲んでいる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ