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第一話 欠けた天使の少年

 教皇暦1387年、冬。

 夕日に照らされて反射する白く小さな輝きが天空から垂直に落下していった。

 小さな光は無秩序に自転しながら雲を突き抜け、速度を落とさないまま海に激突、大きな水しぶきを上げながら海の底に沈んでいった。


 翌日、スノウス王国北部のノーゼンレパード領沿岸。

 雪の中、二頭の馬とその上に乗る二つの人影が姿を現す。

 金色のショートヘアとピンク色の長髪が風になびいた。

 ノーゼンレパード領の領主であるソフィア・ノーゼンレパードはその日、一人の家臣を連れて沿岸に押し寄せる氷河の量を視察しに来ていた。

 冬は、太陽の公転軌道の南化によって三大大陸全域で強い時計回りの気流が発生する。これにより、北極から人の住んでいる地域へ氷河が押し寄せ、厳しい寒さが到来する。沿岸まで押し寄せる氷河の量は、この年その地域がどれだけ寒くなるかの指標となるので、ここを統治する領主にとって氷河の視察は非常に重要なものであった。

 ところが領主ソフィアは今日、視察目的とは外れた、思いがけない発見をする。


 「白鳥、いや子供か?なんだあれは」


 遠くの海にいくつもの大きな氷河が見える。

 しかし領主ソフィアやその家臣はその手前の海岸、砂利っぽい砂浜の波打ち際のある一点に釘付けになる。


 「なんでしょう、しかし種族はなんにせよ人間類の子供であることは確かですなぁ」

 「とりあえず確認だ。マロンついて来い」


 領主ソフィアとその家臣が馬から降り、ブーツで砂浜をくぼませながらズタズタと足音を立てて近づいていく。その歩き方に警戒の色はない。


 「天使?いや魔族の子供か?」

 「教会のおっしゃる天使の風貌は正にこんな感じですなぁ。教会だって天使と直接会っているわけではないと思いますので、その真偽は分りかねますが」


 それは天使の少年だった。

 砂浜に仰向けのまま漂着していて、意識を失っている。

 頭上には黄金色の小さな光輪が浮かんでいて、背中には白い翼が生えていた。薄い布でできた灰色の服を羽織っているが、はだけているし、至る所が破けているため、服の意味をなしていない。髪や肌は雪のように白く、体は死体のように冷たい。しかし浅い息と、か細い脈がその子の生存を保証している。

 しかし―


 「おい、よく見ろ。こいつの翼、片翼しかないぞ」


 領主ソフィアが天使の少年を担ぎ上げ、布で包もうとしたそのとき、目を見開いてそう言った。

 背中の右の翼が生えていたはずの部分に、抉られたような傷口を針で縫ったような跡があった。

 少年は、片翼の天使の少年だった。


―――――


 ゴンゴンゴンとハンマーを叩かれる音が鳴り響く。


 「禁忌を侵犯せし一族よ」

 「禁忌を侵犯せし一族よ」

 「禁忌を侵犯せし一族よ」


 視界の先には無数の「目」がある。

 他人を貶めようとするような、もしくは他人が堕ちていくのをほくそ笑むような、そんな目だ。


 「末代までの奉仕を以て罪を贖い給へ!」

 「末代までの奉仕を以て罪を贖い給へ!」

 「末代までの奉仕を以て罪を贖い給へ!」


 両腕に引き千切られるような痛みが襲う。

 前方にいた父さんが涙でぐしゃぐしゃになった顔で振り返る。

 目が合う。


 「ごめん!ごめんよぉゼノン!俺が悪い!父ちゃんを恨んでくれぇ!」


 父さんは父さんが悪いと言っていた。こんなことになったのは全て父さんが悪いと。しかし、本当にそうだろうか。本当に父さんが悪かったのだろうか。僕は真相を知らない。

 とても、父さんを恨む気にはなれなかった。


―――――


 酷い頭痛で目が覚めた。

 頭がガンガンするような感じに痛い。というか全身にズキズキする感じの痛みがある。

 痛みだけじゃなく、酷い夢も見ていた気がするけど、内容は思い出せない。


 「ここは…」


 さて、ここは一体どこなんだ。

 痛みに耐えながら上半身だけ起き上らせて周りを見てみる。

 身体にはモコモコしている分厚い赤茶の毛布が掛かっている。

 正面には木製、しかし頑丈そうなドアがある。

 ドアには金属製の鍵穴とドアノブが付いている。


 「よっと」


 痛みが治まってきたのでベッドから降りて改めて周りを見てみる。

 左にはベッド、右には椅子と小ぶりのチェストが置いてある。どちらも木製だ。チェストの上には火の消えている蝋燭がある。椅子はクッションがおしりの形で少しくぼんでいる。誰かがここに長時間座っていたみたいだ。

 床は木製、壁はレンガか石材のようなもので出来ている。

 部屋の大きさはベッドが二つか三つ入るくらい。客間か宿みたいだ。

 後ろからは日が差していて、見ると窓がある。しかし景色は霜がついていてよく見えない。手で拭いてみる。


 「おお!」


 窓の先は白一色、雪景色だ。

 点々と、葉っぱを落とした木も立っているけど、それも雪を積もらせて枝の先まで白くなっている。

 こんなにすごいのは始めて見たかもしれない。


 「あれ?」


 ここまできて、頭の中に一つの疑問が浮かぶ。

 僕が最後に雪を見たのはいつだっけ?

 いや、そもそも僕はここで目を覚ますまで、どこで、何をしていたんだっけ?

 それ以前に、僕は、一体何者なんだ?

 自分の両手に目線を下ろして考える。

 小さな手だと思った。しかし、誰と比べて小さな手なんだ?比較する人がいなければ、小さいも大きいもない。

 …分からない。

 …。


 「…ゼノン」


 それが、僕の名前だ。

 誰なのか思い出せないけど、女の子が僕のことをそう呼んでいた気がする。なら僕の名前はゼノンだ。


 しばらく自分が何者なのか思い出そうとしたけど、自分の名前以外は出てこなかった。

 お腹も空いてきたし、仕方ないのでドアノブを捻って部屋の外に出てみる。

 ガチャリ、と音を立ててドアノブが回り、ドアが開く。鍵は掛けられていなかったようだ。

 部屋の外には廊下があった。

 廊下には赤いじゅうたんが敷かれ、ドアノブと鍵穴が付いている木製のドアが等間隔に並んでいる。ドアは最初の部屋で見たものと同じみたいだ。ドアの先にも最初の部屋と同じような部屋があると思われる。

 上を少し見上げると、廊下の壁にはろうそくの置かれた質素な蝋台も等間隔についていた。日が昇っているからか火は灯ってない。


 この時、僕はほんの僅かに違和感を覚えた。

 しかし違和感の正体は分らす、仕方ないのでそのまま廊下を歩く。


 廊下は案外短く、五つもドアを通りすぎたころには行き止まりについた。鍵穴のついていない、少し大きめのドアがある。

 ドアの先からは物音や話声が聞こえてくる。

 誰がいるのだろうか、何人いるのだろうか、どんな人なのだろうか、一体僕はなぜここにいるのだろうか。その答えがこの先にあると思うと少し背筋が伸びる。

 恐ろしさもあるが、ここは思い切ってコンコン、と軽くノックをしてみる。

 すると―


 「入れ」


 ドアが開かれないままやや厳しい口調でそう言われた。女の人の声だ。

 より緊張しつつドアノブを回し、ドアの先に入る。

 ドアの先は食堂だった。数人が長テーブルにつき、フォークとナイフを使って食事している。食堂の壁際に立って食事を見守っている使用人と思われる人も数人いた。


 「少年、とりあえず席につけ」


 長テーブルの一番奥にいる女性にそう言われ、案内されるままに手前の席に座る。椅子に座るまで食堂の全員がちらちらと僕の方に視線を向けてきて、少し恥ずかしい。

 案内されて座った木製の椅子は赤色のクッションが付いていて、座り心地は良い。


 「食事を用意してやれ」


 目の前にバスケットとスープ、それとお肉の乗ったお皿が運ばれる。

 バスケットの中には白くて丸いパンが入っている。スープとお肉からは湯気が出ていておいしそうだ。

 よだれが垂れる、早く食べたい。

 というか、もう食べていいよね。目の前に食事が用意されているんだから、多少無作法でも食べるなと怒られはしないはず。

 ということで、早速パンに手を伸ばす。

 

 「遠慮せずに食え、と言いたいところだが―」

 「え??」


 疑問の声を上げると同時に、目の前の皿やバスケットが片付けられていく。

 ひどい。


 「先に貴様が何者なのか、どこから来たのか、答えてもらおう」


 それは僕が知りたい。

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