国宝級の剣を作ろう
二人は議論を交わした。まず、重さを利用する切れ味をさほど必要としない鈍器としての剣は、既存のものを大きく超えるものは作れないとすぐに了解しあった。そしてなるべく軽くてなるべく切れ味がいい剣を作ろうということになった。
切れ味がよいためにはまず、刃が鋭いほうがよい。だが、血液や脂肪が付着するとよく研いだ庖丁でも切れ味が落ちることを二人は料理を通じてよく知っていた。
まず可能なかぎり薄い刀身を作る。それを強化魔法で硬くする。そして切れ味が落ちる問題を考慮して、金属部分を刃にするのは形だけにしようということになった。マナを使って空気か光で刃を作り、刀身に血液などが付着しないように空気や光の膜を作ると決めた。また、料理をしながら庖丁が食材にはさみこまれて抜けなくなってしまうことはふつうにあった。同じことが剣でも起きないように、ときには刀身全体に膜を形成する必要があることが想定された。また、刃も膜もエネルギー密度が大事で、体積はなるべく抑えたほうがマナの消費を減らしてくれる見込みだった。片刃にするか両刃にするかは悩みどころだったが、敵の剣を受けとめるためには片刃にする必要があった。両刃にして振り下ろされた敵の剣を刃で受けとめようにも敵の剣が切れてしまうのは不都合に思われた。とはいえ剣を突きに使用することは当然あるので、先端10センチだけ両刃にすることにした。
玉を剣に組み込み、世界そのものからマナを玉にチャージさせるのはどうだろうかとクララちゃんが提案したが、それでは簡単に強力な永久機関が作れてしまい、世界に与える影響が大きすぎるとオイゲンくんが指摘した。クララちゃんもその意見に賛成し、想定使用者を魔法剣士とし、玉へのマナの蓄積は基本的には使用者から行うことにした。
また、風や光では霊体などの特殊な存在を切ることができないことが想定されたが、特殊な存在を切ってしまうような武器を作ることを考えるとお互いに嫌な気持ちになった。少なくとも、生身の人類が切られたときに霊体までダメージを受けるような武器は好ましくないと思われ、その危険があるものは作るのをやめておくことにした。
すでに天才ならではの悩み、遠慮とか配慮とかが設計の段階で織り込まれた。二人とも足し算だけではなく引き算もする計算者だった。
二人はまず、具体的に風の剣の原理設計に取りかかった。風の刃で対象物を切りさく魔法はすでにあって、空気のさまざまな分子(通常は窒素、酸素、二酸化炭素など)をなるべく圧縮し刃を形成し、刃の強度も魔法によって強化し、攻撃対象に当たっても刃の形をなるべく保ったまま魔法によって思いどおりの軌道を描かせるものだった。
風の剣では、まずは魔法で空気分子の運動エネルギーをマナに変換して玉に転送し、マナを得ながら絶対零度に近い空気を得て、それをマナを消費して凝集させることで小さな刃を作り上げることにした。……というと簡単そうだが、ボサツによれば俺がいた世界の科学よりもはるかに高度なことを目指している、熱力学そのものを超越しているという。また物質の熱エネルギーをマナに変換するという技法は習ったものではなく二人の研究成果でありオリジナルで、実際にできるのはクララちゃんだけだった。
そうやって微少な刃をたくさん作り、マナを消費して音速の7割程度で移動させる。速度は速いほどよく切れるが、ソニックブームなどを考えると使用者の耳に悪いかもしれず、音速以上は余裕をもって避けることにした。微少な刃は底辺0.12ミリ、高さ0.6ミリ、厚さ分子一個分で、その強度は攻撃対象に応じて十分に硬いように魔法で強化する。つまりチェーンソーみたいなことをやるのだ。最終的に攻撃対象は0.12ミリ厚で削り取られ切断されることになる。
この微少な刃は刀身の刃側を下から上に移動し、必要があれば切っ先をとおり反対側まで抜ける。ただし、微少な刃やそれがこそげ取ったゴミが剣の使用者に向けて放たれるのは好ましくないので、使用者にとって安全なように軌道を魔法で修正して、粉じんのままではなく1グラム程度の常温の固体として結合させてから運動エネルギーをうばい、地面に自然落下させることにした。
刀身の厚みは0.1ミリで、斬撃が不完全で肉などにはさまれてしまうことを防止するために、刀身近くにごく薄い固体空気の膜をはり、その外側に0.01ミリ厚の液体空気の膜をはることにした。
美術品としての価値が損なわれないよう、剣が攻撃対象から離れ刃も膜も不要な状態になったときに刀身やツバ・グリップすべてをクリーニングする魔法を発動させることにした。風の剣の原理設計はこれで終了した。
つぎは光の剣の原理設計だ。光の剣では、攻撃対象の分子配列を解析した上で、一つ一つの分子を電磁波(光)で気体化することにした。つまり無数のレーザーで効率的に攻撃対象を蒸発させるのである。そうやってはじき飛ばされた気体が持つ熱エネルギーをマナにして吸収、絶対零度近くまで冷やされた分子はマナで運動エネルギーを与えて後ろ方向に排出する。刀身の厚みはやはり0.1ミリで、電磁波で空ける切れ目の幅は0.12ミリにすることにした。斬撃が不完全で肉などにはさまれる場合には、刀身に0.01ミリよりも接近するものすべてを気体化・冷却・排出させることにした。
この剣の最も大きな懸念は、排出した物質が有害であることが想定されることであった。二人はどうするか悩んだが、最終的には蒸発した物質をすべて剣の背面に排出したあと、常温ちかくでひとかたまり1グラム程度に凝結させることにした。
やはり美術品としての価値が損なわれないよう、風の剣と同じタイミングでクリーニングさせることにした。光の剣の原理設計はこれで終了した。
風の剣と光の剣の原理設計が済んだら、二人にとってもっと楽しい時間が始まった。風の剣と光の剣を一本ずつ作るとして、そのデザインをどうするか、0.1ミリ厚のペラペラの剣にどういう飾りや模様をほどこせば好んで使ってもらえるか、そのために凹凸を作るべきか、わざと刀身に穴を開けるのはどうか、マナ使用時にどこかを光らせてはどうか、その光の色はどんなものがいいか……つまり、剣を芸術品としてどう美しく仕上げるかを決める時間が始まった。ハッキリ言って剣を光らせるとかマナの無駄づかいであるが、消費マナは微弱なので、マナが消費されているサインとしてギリギリ許容範囲内だと二人は判断した。
武器にとって見てくれというのは大切なものである、所有者の所有欲を満たし、愛用してもらうためには意匠の工夫が大切である、それはドウェルフたちが常に気にかけていることだった。彼らは筋肉質で豪快だったが、それ以上に繊細な芸術家だった。そして『用の美』を愛していた。つまり、美しくて使いやすいものがよく、美しくても使いにくいものは論外だった。歴史に名を残している剣や防具のデザイン集はドウェルフ語の図鑑になっていて、二人はそれを見て優れた美術品たちに感心していた。
クララちゃんは植物が大好きだったので、刀身にすずらんを描きたいと思った。緑色の葉や茎と、白い花を描きたいと思った。手を守るためのツバの部分はすずらんの葉っぱを思わせる造型にしたかった。これは風の剣のデザインとすることとした。
オイゲンくんは鳥が好きだった。その羽は各段に美しいとも思っていた。先端部分に鳥のくちばし、その下に二つの丸い目、その下には羽根感を強調した羽を描いていきたい、マナ使用時にはくちばしは黄色く光り、目は翡翠色に輝き、羽は白く輝くのがいいと思った。ツバの部分は羽を思わせる造型にしたかった。これは光の剣のデザインとなった。
デザインが決まったらオイゲンくんは二本の剣の鋳造を始めた。借りた魔法炉は耐熱ができているから借りただけで、鉄を熱して融かすことは彼の魔法だけでたやすくできた。魔法がかかった特別な砂を長さ1メートル幅5センチで刃側に反りがありミネ側はまっすぐな刀身の型として整形し、溶けた鉄を流し込み、魔法で少し冷やし、薄い刀身にスケッチブックに描いたデザインを頼りに指や魔法で凹凸を作っていった。絵の色は刀身そのものに微細構造を与えて反射する光の周波数を調整して着色し、見る角度によって繊細に色が変わるようにした。これはチョウチョのハネの色と同じ仕組みだった。彼は剣のどの部位をどれだけ熱し冷ますかを魔法で自由自在に操ったので、二本の剣の刀身の鋳造と整形に一日四時間労働で二日働いて一日休んであと二日しかかからなかった。片刃の部分も刀身の部分も絵が描かれていない場所は魔法で分子レベルできれいに鏡面加工した。それが保たれるよう強化魔法をかけたが、刃の先端部分の鉄の合金分子一個の厚さしかない部分や、微細構造で色をつけている部分の強化には膨大なマナが必要で、クララちゃんに任せることにした。
クララちゃんはマナを蓄積させる玉の製造を始めた。とはいえ、まだ貧しかったので使用できる材料には限りがあった。クララちゃんは玉にはルビーやサファイアがいいなと思いながら、こつこつ河原で拾い集めておいた色々な色の水晶をハンマーで粉々にしたあと、魔法で50グラムの水晶球に合成し、マナを蓄積・解放させるためのナノメートル単位の微細構造を作ったりプログラミングをし、それに強化魔法をかけたりした。玉を二つ仮に作り上げるのに一日三時間労働で二日働いただけだった。そして、刀身に強化魔法をかけるために太陽から直接マナを転送して、分子と分子の結合力をとほうもなく強化した。二本の剣にこの作業をするのに三十分ほどしかかからなかった。
二人は丸一日休んで、散歩をしたり昔話をしたり未来の話をしたり、瞑想をしたりした。
グリップとそれを覆うツバは、風の剣はクララちゃんが作り、光の剣はオイゲンくんが作った。半分融けた熱い鉄を指や魔法で整形していき、粘土細工のように二人はそれを仕上げた。グリップは凹凸を作り握りやすくしつつ美しいデザインにし、肉厚を薄くし中空にし軽量化させ、強化魔法を用いて強度を確保した。剣をさやに収めてなお見える部分は、最も人目につきやすい部分であるため、特に美しくなるよう努力をした。二人ともこの作業に夢中で、二日つづけて六時間、計十二時間働いて、オイゲンくんの家族に働き者だと感心された。
労働時間の感覚、オレがいた世界とまるで違うなぁ……俺の父親とか残業が当たり前だったし、土日も出勤してるときがあったけど……中小企業の管理職はしんどいとか、よくこぼしてたなぁ……もうちょっと親孝行したかったなぁ……一緒に酒が飲める年齢まで生きたかったなぁ。
二人は丸一日休んだあと、グリップに布を巻くことにした。二人とも子どものころから雨の日に刺繍をして遊ぶことがよくあったので、その中からよさそうな図案のものを選んだ。風の剣のグリップにはクララちゃんが縫ったすずらんの刺繍がされた布が巻かれた。光の剣のグリップにはオイゲンくんが縫ったシマエナガの刺繍がされた布が巻かれた。グリップへの布の固定は魔法で行った。布は汗の水分を吸収しつつ、図柄が汚れないように魔法がかけられた。
風の剣と光の剣は、玉が埋め込まれていない状態でどちらも100グラム程度で、刀身よりもツバやグリップのほうがやや重かった。
そして、クララちゃんがまずは風の剣に玉を埋め込んで、風をコントロールするプログラムを仕込んだ。まず、グリップの握りが弱いときには風が作られないようにした。さやに収めるときに刃が形成されてしまうとさやが破壊されてしまうからだ。そしてグリップが強く握られたときには空気の刃が設計どおり形成され稼働するようにした。
なおプログラムと呼んでいるが、このように複雑な魔法をコントロールするためのしくみを魔道具に与える技術を使える人は、オレは今のところクララちゃん以外に知らない。
二人はまずは風の剣の試し切りをすることにしたが、どのような危険があるか分からないので村はずれの雑木林で検証することにした。
まず、オイゲンくんが風の剣をしっかりグリップして木の枝を切ると、簡単に切り落とせた。刀身に掘られたすずらんを題材にした美しい模様が、一瞬だけ光り輝いた。
「面白いよクララ、メチャメチャ軽い剣だし、切るにしても手ごたえってものがまるでない。素振りのときと切断のときで感触が同じになりそうだよ。いま玉のMPをほとんど消費していないんじゃないかなぁ……」
クララちゃんは興奮していた。
「ああ……模様の光りかたがキレイだった! 枝の太さだけ残像ができたよ! 私たち、めっちゃキュートな剣を作ったよ! かわいい剣だよ! 絵本の世界の剣だよ! あっ、複雑な魔法を仕込んだの、うまく機能したね。よかった~!」
そのあとオイゲンくんは周りの木の枝のうち成長に余分と思われる部分を、剣で全力で剪定した。木の枝を切るたびに剣が一瞬光るので、光の残像が目に軽く焼きつく。
「本当に素振りの感覚……枝を切るだけなら問題なさそう。じゃぁ、小石で試してみよう」
オイゲンくんは小石を拾って空中に投げて、それを切った。
「やはり素振りの感覚しかない……じゃあ岩いってみよう」
オイゲンくんは直径十センチほどの地面の岩に切りつけた。刃を作るための空気が風を作り、オイゲンくんの頬をなでた。剣の背後から土と岩が結晶化した粒が排出された。
「うん、先端が地面に刺さってしまっても問題なさそう。これでようやく消費MP1前後な感じ。でも砂とかに刺さると延々と結晶化するから、早く抜いてもらわないとそのうち玉のMP使い切っちゃうね」
クララちゃんは微笑んだ。
「説明書に書かないといけませんね」
オイゲンくんは切った岩の半分を持ち上げて切断面を見た。
「うーん。細かい筋状の切断痕が見えるよ。鏡面にはならなかったか……原理的に当たり前かぁ……」
オイゲンくんは真面目な顔になった。
「じゃぁ本番その1。持ってきた鉄の塊を切るよ」
オイゲンくんは重さ10キロほどの鉄の塊を地面に置いて切りつけた。さきほどより少し強い風が吹き、剣の背後から鉄と土が結晶化した粒が排出された。
「消費MPは2弱……本番その2。クララ、悪いけど切った鉄をくっつけて、MP100くらいで強化魔法をかけてみて」
「じゃぁ、まずは鉄の表面1ミリ厚に強化魔法をMP100でかけます。かけました、退避ヨシ!」
クララちゃんが安全なところまで退避すると、オイゲンくんは「退避ヨシ、いきます!」と言ってから強化鉄に切りつけた。見事に切れて剣の背後から鉄と土が結晶化した粒が排出された。先ほどより強い風が舞った。
「消費MP5くらい。切るほうは魔法が切断部に集中しているけど、守るほうは魔法が分散されている。順当な結果だよ」
クララちゃんは真面目な顔になった。
「じゃあ、光の剣の玉を流用して守るほうもプログラミングで強化箇所を最初の一撃を受けた場所に集中させますね……」
クララちゃんは玉を鉄塊に埋めこんで、5分ほど作業をした。
「MP100でかけました、退避ヨシ!」
「退避ヨシ! 本番その3、開始!」
オイゲンくんは剣を鉄球に振りおろした。鉄球のごく一点、剣とふれた場所がまぶしく青白く光った。剣はその青白い光に止められた。そして2秒後に光が消えて、鉄球は真っ二つに切れた。2秒間疾風が流れた。
「消費MP200くらい。つまり、魔法剣士でも玉に充分なチャージがないと切れないなぁ……防御が純粋にMPを生かせるのに対して、攻撃は色々なカラクリをしているから効率が悪い。あとまぶしすぎる……むっちゃ紫外線も出たし網膜のダメージをヒールしないと……」
クララちゃんも網膜をヒールしてから言った。
「ふつうの人が簡単に鉄塊を切ることができるけれども、ふつうの強化魔法がかかった鉄塊は人によっては切れない、ちゃんと魔力を集中する魔法がかかった防具に対しては分が悪いしヤバい光ができてしまう、そんなところですね。防具に込めることができるMPは最大MP100の術士であれば、十日かければ1000込められますし、回復のポーションとか使えばもっと効率はいいです……この玉も1000くらいはチャージできるようにしましたけど、あまり最大チャージ量が多いと何に悪用されるか分かりませんね……っていうか1000でも悪用されればそれなりに悲惨ですけど、MPを1000ためる道具はそれなりにあるって国宝図鑑に載ってましたよね」
それに対してオイゲンくんが言った。
「でもMPを1000ためる道具は国宝一~三等級とかでしょ……それにもっとデカくて重いものしかないよ。ヘタすると君が作った玉だけで国宝一等級なのでは……それに君ほど魔道具に複雑な魔法を制御させる技術とか国宝一等級にもないっぽいでしょ」
クララちゃんは腕を組んだ。
「うーん……風の剣については、100グラムだから子どもでも扱える、だれもが魔法がかかっていないプレートメイルを素振りと同じ感覚で切ることができる……武器としてのインパクトはそれでじゅうぶん、今までにないタイプの剣と言える、チャージできるMPが1000はオーバースペック……100くらいにしときますか」
オイゲンくんも腕を組んだ。
「そのくらいの塩梅かなぁ……少なすぎるとわざと少なくしたことがバレるし。でも、そうすると光の剣の玉も最大100に揃えておかないと怪しまれるよ」
クララちゃんはため息をついた。
「とりあえず最大チャージ量は保留、今日はここまでにして、明日にでも光の剣を作ってみますか」
オイゲンくんは微笑んで手を差しだした。二人は指をからめずに手をつないでオイゲンくんの家へ散歩しながら帰った。お互いの温もりが尊かった。二人はわくわくした。国宝級のものを作っている。今まで世になかったものを作っている。それも手加減して。二人はすでに武器を作る鍛冶職人として超一流。それを自己証明するための努力が楽しい。
翌日、クララちゃんが光の剣に玉を仕込んでプログラミングをした。オイゲンくんが枝を切ると素振りと同じ感覚で切れ、石も鉄も、鉄の表面に強化魔法をかけたものも素振りの感覚で切れ、消費MPは風の剣よりも少なそうだった。石や鉄の切断面は鏡面のようだった。風の剣の玉を鉄球に移植してMP100で強化魔法をプログラミングしたものは、1秒で消費MP100ほどで切ることができた。そして、まぶしすぎる光ができてしまう問題は風の剣以上だった。
風の剣も光の剣も玉への最大チャージMPは100にした。まぶしい光への対応は説明書に書いてヒーラー任せでいいんじゃないかという話になった。
剣が完成したので、二人はさやの作成に取りかかった。なるべく美しいさやを、なるべく軽く作りたかった。風の剣のさやはすずらんをメインにした植物のモチーフで、光の剣のさやはシマエナガをメインにした鳥の羽のモチーフで、リアルではなくイラスト的な可愛らしさを持つものができあがった。厚さ0.05ミリの鉄のさやは大胆に凹凸がつけられていて、色は微小構造で反射する光の周波数を調整して着色し、見る角度によって繊細に変色するようにした。さやの重量は100グラムほどだった。さやの作成には1日5時間2日働いて1日休むのを5回くり返した。剣よりもよっぽど時間をかけた。なんせ、剣というものは通常さやに収まった状態で見られるからである。さやの微小構造に打撃されても壊れないようにするために、またまたクララちゃんは膨大なマナを太陽からいただいた。
なんていうか……いくらでもマナが使える人って、どうでもいいような所にポンポンとマナを使うなぁ。
二人は、できあがった二本の剣をドウェルフたちに見せた。ドウェルフたちはさやに入っている剣のファンシーさとキュートさをほめたたえた。武器にこのようなデザインをほどこした先例はなかった。さやから剣が抜かれると、刀身のあまりの薄さにどよめきが起きた。
「なんという可愛らしい剣だろう。可愛らしさとノーブルさが同居している。美術品として一級だ。一見すると華奢で子どものオモチャのようだが、この刃の薄さと精巧さは鏡面加工で見て取れる。完全に鏡だ。映っている像に丸っきりゆがみというものがない。よく見れば刃の先端部が青緑色にかすかに透けているではないか。なんという刃の薄さ。これで折れずに切れるのであれば相当なものだ。そしてこの玉……魔法がかかった剣なのだな」
クララちゃんは微笑んで言った。
「はい。試し切りさせてもらえますか?」
即座に麦の茎で作られた藁人形が用意された。クララちゃんはそれを風の剣で斜めに一閃した。藁人形を剣が通り抜けたように見えた。そしてそのあと剣の軌道の上部がずるずると落ちはじめ、落下した。
「これで消費MPは1未満です。玉にチャージされているMPが消費され、最大チャージ量は100です。使用者は自分のMPを玉にチャージすることができます。お師匠がた、試し切りなさいますか」
ドウェルフたちは興奮した。
「ものすごい切れ味だ! そして模様が一瞬光った! なんということだろう、可愛らしくも高貴な意匠が光り輝いた! 目に残像が軽く残った! これは使って楽しい剣だなぁ、ヘタをすると人を狂わせる剣だぞ」
ドウェルフたちは倉庫で余らせている角材などをたくさん持ってきて、みんなで思う存分試し切りを楽しんだ。
「まったく手ごたえがない! 素振りも切るのも変わりがない! ナニコレ! やべーモン作ったなぁおい」
オイゲンくんは言った。
「鉄も簡単に切れますよ」
ドウェルフたちはどよめいた。プレートメイル用の鈑金が一枚用意された。クララちゃんは片手でそれにそっと風の剣を置いた。剣の重みをかける必要もなく鈑金が切断された。
「なんという切れ味だ! 可愛いツラしてえげつねえヤツだぞコイツ!」
クララちゃんが言った。
「剣と剣で戦わせてみましょう」
一人のドウェルフが重く分厚いブロードソードを持って構えた。クララちゃんはそれをすぱりと切った。風の剣がブロードソードを通りぬけたように見えた。そしてブロードソードは二つに分かたれ、その片方は地面に落ちた。
「えええええナニコレ! 剣技とか丸っきり変わっちゃうじゃん! 世界の常識が変わるよ! 剣を見せてくれ……うおっ、ゼンゼン欠けていない! 刃の先端部が青緑色にかすかに透けている場所すら変わりがない!」
そのあと光の剣の試し切りをオイゲンくんがやったりドウェルフがやったりした。ブロードソードを切る以上のことはしなかった。なぜならば、ここにはそれ以上のものがなかったからである。
ドウェルフの長が言った。
「どちらの剣も国宝一級レベルだろう。今までにないオリジナル性が高い剣だ。重い剣に重い玉がついていて、いかつい意匠で強力な火や雷の魔法が出る……そういう国宝はいくつもある。だが、このように軽さと切れ味を追求し、キュートさリリカルさを追求した剣は聞いたことがない。スタミナがある者がこれを使えば千人斬りも夢ではなさそうだ……」
クララちゃんが言った。
「千人斬りはちょっとMPが切れるかもしれません。MPが切れた状態で使われてしまうと、刀身が攻撃対象にふれてしまいますので刃の薄いところは欠けてしまうかもしれません。美術品としての価値は落ちます」
ドウェルフの長が言った。
「そうか、そうなのだな。クララよオイゲンよ、コレを女皇に献上するだけで一生遊んで暮らせる大金が手に入るし、お前たちは名匠として歴史にその名を刻むだろう。お前たちはこの村で一生を終えてはならない。天下に名をとどろかせるべきだ。挑戦せよ。勝ちは見えている。皇都まで船で行くと二ヶ月はかかるが、いつか行くべきだ。ちゃんとご両親に相談したほうがいい。向こうで工房が必要なら、皇都に住んでいるわしの親族たちに手配させる。彼らは皇室お抱えだからコネクションがある。剣を献上できるよう手配してくれるだろう……ただし、お前たちが向こうに着いて、わしの親族たちと良好な人間関係が築ければだが。友を作り未来を友とともに切り開け」
そう言った長が拍手をすると、ドウェルフたちはみな拍手をした。クララちゃんとオイゲンくんはみんなに深々と頭をさげて感謝の意をしめした。
オイゲンくんとクララちゃんは、オイゲンくんの部屋の椅子にテーブルをはさんで座った。オイゲンくんが言った。
「新しいことにチャレンジしたい。それでご飯が食べていければいい。お互いそう思ってたけど……」
クララちゃんが言った。
「もう一生ぶん稼いでしまったに近いなんて……国宝一級レベルだもん。金十キロより値段がついて当たり前だよね。お互い、ぜんぜんお金のことマジメに考えてなかったよね……作るのが面白くて、お金に頭が回らなかったね……っていうかさ~、魔法がかかった防具については説明できなかったね」
オイゲンくんはため息をついた。
「お偉いさんがプレートメイルをオーダーしたら、体の色々なところを紐ものさしで測ってフルオーダーで仕上げて、魔法をかけるとしたらアルフの先生たちのところへ持っていくって聞いてるけど、俺たち一年修行して一回もなかったじゃん。盾も魔法がかかったものは見なかったよね。自警団はあるけど実際のメインの武器は弓矢だし……この村には魔法の剣も盾もよろいもほぼ不要なんだよ」
クララちゃんもため息をついた。
「魔法がかかった防具を切ってみせる機会なんて、皇都でもあるのかないのか……プレートメイルはないかもなぁ。お金をかけてフルオーダーで作るしかないから、デザインとかも凝ったものが多いし切らせてもらえないと思う……魔法がかかった盾を切る機会ならあるかも……」
オイゲンくんは真面目な顔になった。そしてクララちゃんの両手を手に取った。
「俺たちは鍛冶でメシが食える。もう大人と互角に渡り合える大人だ……結婚しよう」
クララちゃんは微笑んだ。
「うん。ようやく安心して結婚できるね。18歳まで待つのがもどかしいなぁ……お互いの命ある限り、よろしくお願いしますね」
二人は花がゆれるように笑った。
オイゲンくんが言った。
「式は村で挙げたいけど、君のお腹に子どもがいる状態で皇都への長い旅をしたくないなぁ……」
クララちゃんは言った。
「16~17歳くらいで式は村で挙げるけど、法的な手続きや夫婦生活は18歳になってから皇都で、ではどうですか。都会に出る若い人はだいたいそうです」
オイゲンくんはうなずいた。
「夫婦生活か……素敵なことだね。よろしくね」
クララちゃんもうなずいた。
「よろしくです」
二人はまずはお互いの両親を集めて相談をした。剣の試し切りを見せると、四人全員が二人を一人前だと認め、皇都での大いなる活躍が期待された。そして結婚式や壮行会の準備をすぐにでも始めることになった。旅費や向こうでの生活費については村役場に頼んでおけばエンパイアがなんとかしてくれる決まりになっていた。若者の新たな挑戦をエンパイアが応援してくれる制度ができていた。また、若者が都会で最先端の技術を学んだり、お金を稼いだあとに中年ごろに地方に戻ることはエンパイアによって推奨されていた。工房や剣の献上はドウェルフたちの力を借りることにした。
三ヶ月ほどが経って、十六歳の一月に二人は村の集会所で結婚式を挙げた。二人は先祖伝来の美しい民族衣装に身を包んだ。民族衣装は寸法の修正をしやすい作りだ。二人の親族が集まって、二人の友達も集まって、美味しい料理や飲みものをみんなで作った。結婚式には誰もが出入り自由で、好きなだけ飲食ができた。自警団のみなさんやアルフの先生たち、ドウェルフの師匠たち、グノームのみんなも参加して、誰もが二人を祝福した。
もう結婚式を挙げた、俺の享年より年上の人たちをくん、ちゃんと呼ぶのもおかしいな。