表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/13

中等生~

そんな感じで六年間が過ぎて、二人は中等生となった。ちょうど男の子よりも女の子のほうが成長の早い年頃、オイゲンくんよりもクララちゃんのほうが背は高い。腕相撲をしても互角だ。オイゲンくんの最大MPは500を超え、クララちゃんの最大MPはあいかわらず1000以上で計測不能だった。MP1000を超える魔力計など世の中に存在せず、オイゲンくんの最大MPを超えているのは4人の『司』とクララちゃんだけなのではないかとアルフは語った。4人の司というのは、人間の司・ヒルデガルト大主教、アルフの司・テレーズ、グノームの司・テレサ、ドウェルフの司・カタリナで、4人で世界を管理しているのだそうだ。


さて、初等教育が終わって二人は新しい授業を受けられるようになった。剣技である。

剣技を教えてくれるのはアルフではなく、村の自警団のみなさんだった。教わるのも自警団の詰め所のそばだった。

剣技を習う女の子の数は少なかった。女・子どもを命がけで守るのは男の役割だという価値観が村では支配的だった。でも、クララちゃんが剣技を習いたいと言ったときには自警団の誰もが喜んでくれた。村の女の子の中でもクララちゃんは体格がよく筋力も優れていたおかげもあったろう。

剣技の授業で使用するのは竹刀で自警団が誰にでも貸してくれる。

とはいえ、まずは剣技の授業は素振りから始まった。何もないところで何度も竹刀を振って、筋肉を鍛えたり、剣を使うときの筋肉の使いかたを訓練するのである。

オイゲンくんもクララちゃんも、先輩たちによって、まずは素振りをするときの姿勢と筋肉の使いかたから指導を受けた。片足をやや前に出して、後ろになった足のかかとを上げて、しっかり腰を入れて背筋を伸ばし、竹刀を振りかざしたときにはなるべく力を抜いて、振り下ろすときにギュッと腕に力を入れる。手指も雑巾を絞るときのようにギュッと力を込める。足は一歩踏み込むか一歩下がる。

二人とも外遊びで鍛えられた体なのに、竹刀で素振りを百回もすると腕がしんどかった。手のひらが摩擦で痛かった。やりすぎると手の皮がむけるという。竹刀は重量が五百グラム程度で、ロングソードであれば重さが二キログラムを超えるのが当たり前だというので、ロングソードを振り続けるというのは相当の鍛錬が必要となるようだ。ただ、最終的には竹刀の素振りも千回できれば充分であるが無理をしないことが大事なこと、ロングソードを百回も振ったら手首や指の筋肉を痛めるから避けたほうがよいことを教わった。


二人が竹刀の素振り百回をこなして余裕が残るようになったころ、大人の先生が「俺に打ち込んでごらん」と言った。

まずはクララちゃんが軽く打ち込んでみたが、先生はだいぶ慌てて竹刀で竹刀をさばいた。

「なんという恐ろしい打ち込みだ。予備動作が全くない……体のすべてが同時に動き始めた。天才だな。型もしっかりしている。瞑想の天才がいるとは聞いていたが君か」

先生はそう言って微笑んだ。

次はオイゲンくんが打ち込んだ。何度打ち込んでも全て竹刀でいなされる。

「君も予備動作が少ない、型もいい、素晴らしい打ち込みだ。将来が楽しみだ」


中等生となったころには、二人は昔のような肉体的な接触は避けるようになっていた。肉体的な接触でなまめかしい気持ちになるのを知ったし、それはふつうのことであることを保健体育で学習していた。そしてそれは、自然と性交へと導かれる気持ちであるし、それは素敵なことなのだけれども、お互いに結婚するまでは遠慮しようと約束しあっていた。エンパイアの法律では男女ともに結婚できる年齢は18歳で、専門職になるためのスキルを学ぶのは15歳で中等教育を終えてからで、それに何年かかるかは未知でもあった。ただ、幼なじみどうしが18歳で結婚するのはふつうのことで、このような農村では育児の片手間に農作業に従事すれば村の立派な構成員、一人の大人として認められた。むしろ、男女ともに育児を最優先することが美徳とされていた。オイゲンくんのお父さんが鍛冶屋をやっているのは例外的で、彼は炎や熱をあやつる魔法が得意で、最大MPも30ほどあったので、親族の中で鍛冶については彼の右に出る者がいないからだった。そもそも彼の労働時間は一日に長くて三時間程度だった。鍛冶をするときの熱源は彼の魔法とそれを補助する木炭だったので、一日にそれ以上の仕事をしようにもMPが尽きてしまうのだった。彼の母が所有している土地だけの農具の鍛冶の仕事など多くはないので、それで余裕だった。彼が働くのは多くて三日に一日だった。クララちゃんの両親は農繁期に農業に従事するだけで、子育てに全力だった。

とはいえ、この村の『子育てに全力』とは子どもを構いすぎることではない。子どもを見守り、なるべく子どもの好きなようにやらせ、良いことは良い悪いことは悪いとしつけ、叱るべきときだけ叱り褒めるべきときだけ褒めることだった。そして、それを親が余裕を感じながら、親自身の人生を楽しみながら行うことが重要だった。なぜならば、余裕があって子育てに全力を注ぐとき、親というものは子育てに人生の楽しみを見いだせるからだ。大切なものを大切にできているときに人は大きな幸せを得ることができるし、大切なものを大切にできていないときに人は大きな悲しみに直面する。子育てをしながら自分の子どもという人間が日々成長していくのを見守るのは、どんな本を読むことよりも楽しいことであるし、親自身について、人間というものについての理解が深まる。そしてこれらのことは、エンパイアが発行している保健体育の自習教材にしっかり書いてあるし、先輩たちや親たちも当たり前のように話してくれる。

生前日本で暮らしていたオレにとっては、性欲が全く否定されていないこと、生きものとして自然なこと、人生を豊かにしてくれる素敵なものであること、そういったことが教材にも書いてあるし、村の先輩たちや先生たちみんなが口を揃えてそう言うことに驚かされた。少なくともオレは性欲を否定されながら育ったし、性欲を発散するときには罪悪感があった。いまではその思い出はおぼろげで、まるで悪い夢でも見ていたかのような気分になる。

とはいえ、村では文化的に一夫一妻制が固く守られており、浮気なるものは存在しないかのようだった。また、婚前交渉も一切ないかのようだった。みんなが欲望をコントロールすることに長けているのは、学校に入る前からアルフたちに教わる瞑想のおかげであることは、オイゲンくんの心の動きをとおしてオレにも理解できた。

二人はマナを交換する訓練は続けていた。ふつうに性欲がある二人でも、マナを交換し一つになるときには性欲はみじんもなく、まさに天使どうしのたわむれをしているかのようだった。また二人は、肉体的接触があれば指と指だけであっても念話で会話ができることに気づいた。


中等教育が終わり学校を卒業するころには、二人とも剣士としても優れ、自警団の頼もしい戦力となっていた。オイゲンくんの背の高さはこの三年間でだいぶクララちゃんを追い抜いた。オイゲンくんの最大MPは800近くなった。二人は村にあるすべての古代アルフ語の魔導書を読み理解した。魔道具の作り手としても優れ、アルフ以外の者がこうなるのは異例中の異例だった。

二人とも冒険者になれば魔術師としても剣士としても名をはせるのは明白であったが、二人ともまったくそんな気はなかった。ふつうの仕事についてふつうに人生を送って、まだこの世にはない新しい何かを生み出したいと願っていた。


二人は専門職として、鍛冶を学ぼうと思った。すでにオイゲンくんのお父さんに農具の鍛冶についてはだいぶ教わっていたが、村はずれで製鉄や武器防具作りをしている五人のドウェルフたちに弟子入りすることにした。オイゲンくんのお父さんはドウェルフたちから鉄を仕入れていたので、オイゲンくんもクララちゃんもドウェルフたちとは顔なじみであったし可愛がられていた。

これが決まる前、二人の間で小さな意見の相違があった。

クララちゃんは、この村でおだやかな生活をおくって人生を終えたいと望んだのに対し、オイゲンくんは優れた武器や防具を作る職人として、皇都で生活をしてみたいと望んだのである。

話し合いの結果、皇都で生活することにチャレンジすることはよいが、四十~五十歳になったら村へ帰ってきて村で人生をしめくくろうという話になった。村を出ていった若い人たちがこのように中年になって村に帰ってくるのはよくあることだった。みんな村は居心地がいいと思っていた。しかし、一度は村を出てチャレンジングなことをしたいと思うのはふつうのことであった。また、若者が都会でお金を稼いだのちに地方に帰ることは、都会に富が集積しすぎない、都会と地方の格差が広がらないという効果があり、エンパイアがこれを推奨していた。


二人は十五歳の九月から、皇都に出ても恥ずかしくないマナーを身につけるために、皇都帰りのお金持ち夫婦のところに通うようになった。最も大切なマナーというのは他人に恥をかかせないことであり、例えば高級レストランで作法がなっていない他の客をあざけり笑うことは最悪だと教わった。決して他人をバカにせず、その上で自分たちがいかにノーブルにふるまうかが肝要だった。ここには半年ほど通って、マナーについては太鼓判を押された。二人が教わる内容を観ながらオレは思った。ずいぶん和風の作法が多いなぁ……それ以外の作法も多いのだけど……お金持ち夫婦の家には畳の部屋もあった。


そのあと二人は十五歳の三月にドウェルフたちに弟子入りした。オイゲンくんのお父さんは魔法や木炭で鉄を加熱して鍛造・鋳造で農具を作ったり修理したりしていたが、ドウェルフたちは魔法が苦手でコークスを使って製鉄や鍛造・鋳造をしていた。

武器を作るにしても、斧を作るのか剣を作るのかだけでも製法がかなり違い、盾を作るだけでもどんな盾を作るかによって全く製法が異なった。使用する鉄に何をどのくらいまぜるかで鉄の性質はだいぶ変わるけれども、それも用途に応じて調整された。材料には鉄以外の金属や木なども使用されたが、それも多種多様であった。

壁に並んでいる鍛冶のための様々な道具の種類はオイゲンくんの家よりもずっと多く、その配置は一種の芸術であった。

二人はドウェルフの元で一年間修行をし、様々なことを学んだ。

そして十六歳の十月のある日、オイゲンくんのお父さんの魔法熱炉(マナを熱に変換する魔道具)を借りて、今までにない武器を作ることにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ