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六歳くらい~

オイゲンくんが六歳四ヶ月ほどになったとある九月、オイゲンくんとクララちゃんは学校に通うようになった。学校は九年制で二日勉強すると一日休みの日があり、勉強の日も午前中で授業はおしまい。お昼ご飯は自分の家で食べる。先生は五人のアルフで、二人はもう五人全員と面識があった。教室は二つで、村の子どもたち五十人ほどがそこで勉強していた。

学習教材はエンパイア(帝国)が発行する自習教材で、地域語・共通語・数学・科学・地理・歴史・保健体育・魔法、そして古代アルフ語だった。共通語と古代アルフ語以外の教材は地域語で書かれていた。古代アルフ語はのちのち魔法を自習するために必要なのだそうだが、魔法が使えない子がほとんどで、古代アルフ語を学んでいる子はわずかだった。

二人が魔法の指導を受けたいとアルフに話すと、まずは魔力計でMPマナ・ポイントを測ることになった。魔力計はメーター、つまり針がふれて指した数字を読みとるものだった。

オイゲンくんがMPを測るとおよそ7だった。アルフは言った。

「こんなに幼いのにこれだけMPがあるのですか。素質がありますよ。多い子でもふつうは3ほどなのに」

そして、クララちゃんがMPを測ると針がふれなかった。つまりゼロだった。

「クララ、MPが完全にゼロというのはおかしいですよ。MPがゼロの人でも多少は針がふれるものです。何か変なことをしていませんか?」

アルフがそう問うと

「これが壊れないように私の中のマナの動きを止めています」

とクララちゃんが答えた。アルフが

「えっ? そんなことができるものなのですか……ええと……そういう個性なのですね。では壊れてもいいですから存分にやってください」

と言うと突然魔力計が振り切れた。少なくとも100を超えるMPをクララちゃんは持っているのだ。

クララちゃんが即座に体に力を込めると魔力計はゼロを指した。

「先生、壊さずに済んだでしょうか……」

アルフは端子を変えて答えた。

「私のMPが250程度と出ていますから正確です。ちゃんと大丈夫なように回路が作られていますから壊れていませんよ。一番大きな端子で測ってみましょう」

それでも魔力計が振り切れた。少なくとも1000を超えるMPをクララちゃんは持っているのだ。

アルフは言った。

「それにしても、この小さな体にこれだけのマナがたくわえられているとは思えない……クララ、あなたは世界そのものと繋がっているのですか?」

クララちゃんは答えた。

「世界とつながっているというか……世界そのものが実は私というか……なんていうか……」

アルフは答えた。

「究極的にはそのような境地にたどり着くのが最も望ましいとは聞きますが……言葉で分かっても簡単には体得できないものです。とはいえ、瞑想中のあなたの様子を思い出すと納得します。既に悟っているかのような穏やかな美しい顔です……ヒルデガルト大主教もMPが計測不能だったそうですよ。でも、あのおかたは五歳ほどで成長が止まったらしいです。順調に年をとっているあなたはなにかが違うのでしょうね……そういう個性なのですね」

学校が終わると村の子どもたちと遊ぶときもあるけど、その日はクララちゃんが家でのんびりしたいと言ったので、二人はクララちゃんの家へ向かった。そして、子ども部屋のベッドに並んで座った。

「ねえオイゲン……わたしってやっぱり何かおかしいのかなぁ……」

「えっ? 何もおかしくないけど……ああ、MPはすごかったね! すごかったけど……何もおかしくないよ? そういう個性なんじゃないかな?」

オイゲンくんはクララちゃんの左手を軽くつかんで軽くなでた。

「ああ~オイゲンといると安心する……しあわせ……わたしはオイゲン中毒……あなたがいなくなったらどうなってしまうのかしら……」

お互いの左手の指と指がからまる。そしてニギニギする。

「ぼくだってクララ中毒だよ。きみがいなくなったら生きる理由がなくなっちゃう」

「えっ? そんなに?」

「だってクララを守るために生まれてきたんだし」

オイゲンくんの目に力が入っている。めっちゃ真剣だな。

「またまたも~、そんなマジメな顔して……ありがとう……ホントはね、わたしね、年を取らないこともできるの」

「うん、何度も聞いた。信じているよ」

「でもね、オイゲンと一緒に年を取っていきたいの。だから年を取っているの」

「うん、何度も聞いた。ありがとう」

「そして私が18歳になったら結婚して……」

「うん。僕もそのつもりだよ……でも人間はいつ命がなくなるか分からないから……」

「うん。わたしもオイゲンも、明日生きている保証なんかない。だから精一杯今日を生きる。でも予定くらい立ててもいいじゃん」

「お姫さま、あなたの騎士の約束をお忘れですか?」

そう言ってオイゲンくんはクララちゃんの右手の甲にキスをした。

クララちゃんは慈愛に満ちた表情になった。

「いいえ。忘れていません……ありがとうございます」

そして、クララちゃんはオイゲンくんのひたいにキスをした。オイゲンくんは目を閉じて言った。

「身にあまる光栄。ありがとうございます」

二人は見つめあったあと、ほほえみあった。信じ信じられるという貴い時間がしばらく流れた。そしてクララちゃんがオイゲンくんの手をつかんで子どもらしい笑顔になった。

「オイゲンありがとう。もうわたし不安じゃない。みんなと遊びに行こうよ」

オイゲンくんも屈託なく言った。

「うん! 鬼ごっことか影踏みとかしよう!」


翌日、二人はなにか魔法を習得したいとアルフに申し出た。アルフは一番簡単な『マナを光に変換する魔法』=『明かりの魔法』を教えた。クララちゃんは即座にこれを使いこなした。オイゲンくんも数日のうちにこれを使いこなせるようになった。魔法については、九年生であってもこれ以上学ぶ必要がないレベルである。なぜなら、大人であっても魔法を使うことができない人は多数いるからだ。


学校に通うようになってから半月ほど日々が流れて、学校がお休みの日の午後、クララちゃんとオイゲンくんはオイゲンくんの家の子ども部屋にいた。

二人は向かいあわせに結跏趺坐で座っていつでも瞑想できる体勢だ。

「じゃぁオイゲン、ためしてみるよ」

「よろしく、クララ」

二人は手をつないだ。するとクララちゃんの両手から温かいものがオイゲンくんの両手に伝わってきた。

クララちゃんが二人のマナをコントロールするテストが始まったのだ。

両手から入ってくるマナがオイゲンくんの体全体に充満する。皮膚に、筋肉に、脂肪に、内臓に、骨に、脳に。最初はそれを穏やかな温もりのように感じていたけど、だんだん温度が上がって熱さのように感じはじめたころにクララちゃんが言った。

「いまの倍くらいマナを詰め込むと危険だと思う……代わりにマナの流れを作るから感じてみて」

そしてそのあとは、マナがオイゲンくんの右手から入ってきて体の中をめぐったあとに左手からクララちゃんへ抜けていくようになった。そして、マナがクララちゃんの中でどう流れているかも何となく分かった。

なんというか……二人の肉体のマナが一つにとけあっている感がある。オイゲンくんはうっとり幸せだし、オレもすごく幸せだ。

クララちゃんが問うた。

「ねえオイゲン、どんな感じ?」

「二人で一つになっているみたいで幸せ……」

「うん……オイゲンのMPを高くするために始めたことだけど、マナがつながると一つになれるね……幸せだね」

二人はしばらく幸せにうっとりした。

クララちゃんが言った。

「マナの流れを逆にしてみるね」

クララちゃんのマナがオイゲンくんの左手から入ってきて、体中をめぐって右手から抜けていき、クララちゃんの中をめぐる。

ボサツがオレに言った。

(これはボサツのたわむれですよ……気の交換です。天使のたわむれ、魂と魂の重なりという表現もあります。要するにふつうの人間には得られないはずの快楽です)

(うん……快楽というか……純粋無垢な幸せだね……性的な高ぶりとかぜんぜんない)

オイゲンくんの表情筋から力が抜けていく。目は焦点を失って物が二重に見える。瞳孔が開いて視界が白く明るい。心の中には一切の言葉がない。マナの流れ・温もりとともに五感だけがある。そしてそれらを理解も解釈もしていない。ありのままだけがある。

二人はそうやってしばらく瞑想を続けた。

五分ほどそうやって二人で一つになったあとオイゲンくんのマナが外へ拡散しだした。

クララちゃんは言った。

「中から外へ……」

オイゲンくんが寒さを感じたところでクララちゃんが言った。

「外から中へ……」

オイゲンくんに外からマナが集まってくる。あたたかい。

「半径一キロメートルくらいのマナをゆっくりとオイゲンの中に集めているよ。流れはつながっているよ。感じられるかな……」

「うーん……マナが集まってくることだけぬくもりで分かるけど、それだけしか分からないなぁ……」

「そっか。そうなんだね。これは伝えるのが難しそうだなぁ……」

少しずつオイゲンくんの体が温かくなり、熱さになるころにマナの動きが止まった。

「いまオイゲンのMPを測れば15くらいあると思う。危険そうなとこの半分くらいでやめておいたけど、慎重にやるのがいいと思う」

そう言ってクララちゃんが手をはなすと、オイゲンくんのきらめくような幸せは穏やかになり、体の熱さは徐々に穏やかな温もりに変化した。

「うーん。せっかくクララがぼくにマナを集めても、自然に抜けていく気がする……」

「それでいいんだと思う。自然に本来の最大MP7まで戻るんだよ。魔法は使えば使うほど最大MPは上がる、回復しては魔法を使って、回復しては魔法を使うのが最大MPを上げることにつながるって先生が言っていたから、それもやってみようか」

「うん。じゃぁクララ、ぼく明かりの魔法を使うよ」

オイゲンくんが唯一知っている魔法を使うと、二人の目の前にぼんやりとした光の球があらわれた。

「クララ、まぶしくするよ。目を閉じて」

オイゲンくんがそう言ったのでクララちゃんは目を閉じた。オイゲンくんも目を閉じた。そしてオイゲンくんは光の球をなるべくまぶしく光らせた。

子ども部屋は外よりも明るくなったけど、五分ほどで暗くなった。オイゲンくんが言った。

「MPを使い切ったよ……体がひんやりするこの感覚、何度やっても苦手だなぁ……」

二人は結跏趺坐のまま手をつないだ。

ほどなくしてクララちゃんからオイゲンくんにマナが流れ込んだ。

「ああ……あったかいクララが両手から入りこんでくる……うん、体全体があたたまった。すごく幸せ。これでまた、ぼくがMPを使い切ればいいんだね」

二人でこれを十回ほどくり返した。

「大丈夫、オイゲン……? 少し疲れた顔になってるよ」

「ふう……けっこうしんどい。まだ大丈夫だけど、慣れないことをやっているからこれくらいにしたいな」

二人は結跏趺坐をといてオイゲンくんのベッドに腰をかけた。オイゲンくんが二人の間に手を置くと、その上にクララちゃんが手を重ねた。

「どうなんだろう……クララ、ぼくの最大MP上がるのかな……」

「分からないよ。手探りでやっていることだし。危険なことがないように慎重にやるしかないし、それで成果が上がるかどうかも分からない……わたしたち、危険じゃないつもりで危険なことをしているのかもしれないよ。先生たちもできないこと、先生たちも知らないことをやっているし」

「あはは、登ったことがない木に登るのと一緒だね。命がけで安全な範囲内のことだけをやりたい。でも実はもう危険かもしれない。クララ、二人であのケヤキの木を登ったときのことを思い出すね。命をかけて、安全なつもりのことをやるだけやった。もう幹が細くて二人では危険そうなところまで登って、それより上は交代で登った。そこから降りて二人で太い枝に座って手をつないだ。葉っぱの向こうの空が綺麗だった」

「うん。綺麗だったね。命をかけることに慣れていないと、新しい木に登ることはできない。新しいこともできない。新しい景色も見えない」

「ねえクララ、僕たち成長してもっと体重が増えたらさ……太い木には登りやすくなるけど、細くて小さい木は登れる木が減るよね」

「うん。それに登れる高さが低くなると思う。今まで安全そうだったところが体重が増えて危険になっていくと思う」

「成長してできることが増えていくけど、できないことも増えていく。ぼくたち老いているんだね。もう」

「うん。わたしたち、生まれた時からずっと老いているのよ。二人で一緒に同じように」

会話がとだえた。二人は穏やかな目で見つめあった。

(ねえボサツ、この二人めっちゃ気が早いよ。生前のオレ、自分が老いているだなんて思わなかった)

(二人とも天才ですから。特別な人の特別な人生を見ているのですよ)

「クララ、きみと老いていく人生がぼくの人生であってほしいよ……でもきみは遠慮なく老いるのをやめてくれてもいいんだよ」

「オイゲン、わたしはあなたとともに老いるつもりです。そして同じ日同じときに命が終わると嬉しいです」

「うん、そうだね。ぼくもそれが一番いいかなぁ……っていうか、めっちゃ贅沢なこと言ってるよね、ぼくら」

クララちゃんはその言葉には何も答えないで、オイゲンくんの頭を優しくなでた。オイゲンくんもクララちゃんの頭を優しくなでた。二人とも空いている手を差しのべあって、指と指をからめた。お互いにほっぺたを空いた手でなであって、それからほおずり、ほおずり、ほおずり。

大切な人と大切にしあうという無上の悦楽。純白の幸せ。オレが傍観者として何度味わっても飽きない。

ほおずりが終わってクララちゃんが言った。

「うーん、もう部屋の中でずいぶん過ごしたよ。そろそろ外でお散歩しようよ」

「うん、散歩しよう。少し疲れたから鬼ごっことかはやめておこう」

二人は外へと歩み始めた。


それから学校が休みの日だけ、つまり三日に一度、二人は同じような訓練をした。ただし、MP消費と回復の回数は次第に増えていった。それを合計四回やって、オイゲンくんはMPを測定してもらった。結果はおよそ8で、訓練前より1ほど上がっていた。

アルフは驚いた。

「こんな短期間でMPが1も上がるだなんて」

二人は訓練について簡単に話した。

アルフは言った。

「そのような訓練をして何が起こるのか、どんな危険があるのか、私たちにも分かりません。あなたがたが自分自身の責任でやっていることになります。素晴らしい冒険です。でも、あなたがたは子どもです。お互いのご両親に相談するよう、教育者としては助言せざるを得ません」

そういう訳で、まずオイゲンくんの両親に二人は相談した。オイゲンくんのお母さんは涙を流しながら言った。

「話を聞くと、あなたたちは何が危険で何が危険じゃないか判断しながら訓練しているみたいね。本当は禁止したくなるけれども、あなたたちの可能性を摘んでしまうことのほうが私は嫌です」

お父さんが笑いながら言った。

「これを禁止するなら、小鳥をカゴに閉じこめるようなものだ。小鳥は羽ばたくべきだ。たとえ猛禽に食われるとしても。俺もそうやって生と死の境界線を歩んで生きてきた、ただの小鳥に過ぎねえよ。生と死の境界線には、他にはない自由と責任、真剣勝負がある。生きるってのは、命を落とすことと向きあってねえとつまらねえことだし、成長もねえよ。好きにやれ」

次はクララちゃんの家だ。事情を説明すると、クララちゃんのお父さんが笑いながら言った。

「命をなくす覚悟があるのなら、自分たちのことくらい自分たちで決めていいと俺は思うよ」

お母さんが穏やかな微笑みをたたえて言った。

「手探りね。本当に。二人で誰も歩いたことがない原野を歩いているようなものね。誰も見たことがない景色を見るためにそうするのね。お行きなさい。慎重に、ときには大胆に。ひよるだけの人生を長く歩むよりもずっと素晴らしいことです。その結果がどうなれ、私はちゃんと受けとめます」

オレはもう親たちの言葉が理解できるようになっていた。オレが生きていた社会とは、命に対する考えかたがまるで違うのだ。それはこの二年で身にしみてよく分かった。

木登りで命を落とす子がいても、岩登りで命を落とす子がいても、川遊びで命を落とす子がいても、生きるとはそういうことなのだとみんなが信念をもって受けとめる。お互いの目があるときはお互いに安全なように遊ぶけど、孤独に危険と向きあう時間がみんなにある。命をかけて世界と向きあうことこそが生きるということだし、大人でも子どもでもそれは変わらないとみんなが考えている。そして歴史的にどれだけ命を落とす人がいようとも木登りも岩登りも川遊びも禁止されない。

身の回りの人たちも、病やケガで割と若めに命を落とす人がたくさんいる。オイゲンくんはもう葬式を三回経験していて、これは生前のオレよりもすでに多い。この社会では寿命がつきる前に人が死ぬということが日常なのだ。

そもそも、この社会は子どもを作る数が多い。オイゲンくんは長子だが、年下に三人いる。クララちゃんには姉がいて、年下に二人いる。どちらの家もまだ増えそうな雰囲気だ。多い家は子どもを十人くらい作る。

オレが生きていた社会も、第二次世界大戦が終わったころはそんな雰囲気だったのだ、戦後に豊かになって価値観が変わったのだとボサツに教わった。

それと、剣と魔法の世界と言うだけあって冒険者という職業も成立しているし、辺境には魔物が出没するので警備隊が駐屯していたりもする。村を出ていってそれをやっているはずの人が命を落としたとか、音信不通になったとか、当たり前にある話だ。そしてそういう人の体は火葬されて帰ってくればラッキーなほうだ。帰ってこない人もふつうにいる。


オイゲンくんとクララちゃんは先生たちに両親に『訓練』の許しをもらえたことを報告した。先生たちは二人を祝福した。


魔法以外の教科についても、二人ともかなり優秀だった。この村の学校は自分で教材を選んで自習していく、分からないところがあれば知っていそうな子に聞いたり先生に聞いたりする、というスタイルで、先生たちは『誰が何をどのくらい理解しているか』把握することを最重視しつつ、次に学ぶべきことを助言していく。また、子どもたちもお互いにどんなことが得意かは把握している。そして『理解している』ことが求められ、先生たちや先輩たちは『問題が解けること』よりも『理解して問題を解いているかどうか』を大切にする。

そして、最も特徴的なのは、先生たちも先輩たちも二人が努力する姿を最も讃えるし、先輩たちもお互いの努力を褒めあうことが多いということだ。更に言えば、オイゲンくんの両親もクララちゃんの両親も、能力や才能・成果以上に、努力や挑戦を褒めて二人を育ててきた。どうやら村全体がそのような文化であるようだ。クララちゃんが天才を発揮しても誰も嫉妬の心を抱かなかったのは、こういう背景があるようだ。

(ボサツ、この村はずいぶん努力や挑戦を重視するね)

(能力や才能・成果を褒めると、結果が出せないことを恐れる子どもに育ちやすいです。そういう子にはチャレンジ精神も宿りにくいですし、行動力も低くなりがちです。努力や挑戦を褒められた子は、自分で自分を成長させる力を獲得しやすいです)

また、面白いのは、出入り自由の給湯室にはポットと茶こし、茶葉、カップ、お湯がふんだんに用意されていて、みんな自由にお茶を淹れて休憩していいことだった。お湯は魔法のタンクの中で九十度ほどの温度で清潔が保たれていた。オイゲンくんもクララちゃんも自分でお茶を淹れたことはなかったけれども、先輩たちに教わって身につけた。そのあと茶葉を始末したり食器を洗うことも教わった。学校の食器にはみな先生によって強化魔法がかけられており、落しても破損しにくいようになっていた。茶葉はあとで花壇に捨てられて、ゆっくりと土に戻るようだった。

生前のオレはお茶といえばペットボトルだったので、ポットに茶葉を入れてお湯を注いでから三分ほど待つとお茶が美味しくなることを初めて知った。


二人が一年間勉強をしたころには、オイゲンくんは科学や数学の分野に深い興味を持ち、クララちゃんは詩作に最も興味を持っていた。二人とも古代アルフ語に熱心に取り組み『明かりの魔法』の本を理解しながら読めるようになった。オイゲンくんのMPは100を超え、それはこの村では先生たち(長い寿命を持つアルフたち)とクララちゃん以外には例がないことだった。人間のばあいは冒険者としてデビューして相当頑張った人だけが到達できる領域だった。誰もが二人の訓練を、その努力を褒めたたえた。でも、MPの多さを褒める人はあまりいなかった。

むしろ、天才的とまでは言えない能力で色々な学問に挑戦し努力することをより褒めたたえられた。

最も褒めたたえられたのは地域語の勉強に最も努力を注いだことで、ほかの教科の勉強をしようとしても地域語の読み書きがちゃんとできないと、ほかの教科の勉強の効率が悪いと誰もが言うのだった。それにはオレにも思い当たることがあった。生前のオレの友達で小学校の算数が得意だった子が、国語が苦手で読解力がないために、文章題が出ると解けなくて、とたんに算数の成績を落としたのを見たことがある。

地理や歴史の授業をとおして、この星の人類は単一の帝国『エンパイア』で構成されていて、全ての人類、つまり人間・草木の民アルフ(エルフ)・土の民グノーム(ノーム)・岩石の民ドウェルフ(ドワーフ)がソル教を信仰していることが分かった。

また、まだ幼いから学ぶ必要はないが、十二歳になるまでにちゃんと保健体育の勉強をすることが大切だと言われた。先生も先輩も、保健体育こそがよい人生を送るためには最も重要な教科だと言った。オレにとってはカルチャーショックだった。保健体育とかオレが生きていた世界ではめっちゃ軽視されてたよ!


二人は能力や才能・成果をあまり褒められず、他の子と同じくらい努力を褒められて、他の子よりも優れているという自覚があまりなかった。だからか二人にはまったく慢心がなかった。むしろ謙虚だった。そしてみんなと仲よく楽しく勉強したり遊んだりした。


そういえば、あまりにもみんな仲がいい気がする。いじめや不登校という問題はこの村にはないのを見ると、オレが生きた世界とは文字どおり『世界が違う』のだなと感じる。

とはいえ、言いあいはふつうにある。ただ終わったらそれが後を引かず、まるでなかったみたいにサッパリしているのだ。観察していると、意見を戦わせて意見の相違が見えたらそこまでで、お互いの意見を尊重しているように見える。相手の考え方を変えようという意思を誰からも感じない。ただし、明らかに自分が間違っていたときにはみんな自分の考えかたを改める。心が柔軟なのだ。

また、暴力はソル教によって禁じられており、この村にはそれ以外の宗教は存在していないので皆無だった。

この争いのない世界が作られている背景には、学校に入る前からみんなが教わる瞑想に秘訣があるのだと思う。『自分自身をも含む生きとし生けるもの』の幸福を願う『慈悲の瞑想』をすると、本当に心が穏やかになってあたたかく優しい気持ちになれる。ありとあらゆるものの幸福を願うということは、すごい悦楽なのだ。午後の雑木林で瞑想に参加するたびにみんなこれを味わうので、みんながみんなの幸福を願っている。

また、瞑想をするときには、そこに存在しているありとあらゆるものの『ありのまま』を受けいれるよう教わる。つまり、一緒に瞑想している子たちやアルフたちをも受けいれている時間をみんなが体験している。だから、お互いを大切にする心がみんなの中にはぐくまれているし、仲間意識も強いし、仲間はずれがいない。


オイゲンくんとクララちゃんが学校に通うようになると、二人の両親も家で勉強や読書をしている姿を多く見かけるようになった。というよりも、わざとそういう姿を見せるようになった。オイゲンくんのお母さんはこんなことを言ったことがある。

「親が学びの楽しみを子どもに見せていないのでは、子どもが勉強するわけないよね。オイゲン、クララちゃん、一緒に勉強しよう! 生涯学習!」

また、親と子で瞑想をする機会ができるようになった。

オイゲンくんもクララちゃんも、学校のない日や学校の終わったあとの午後に、雨の日は自宅で自習をしたり読書をする機会が増えた。でも、晴れの日は全力で体を使って外遊びをした。

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