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一歳くらい~

物心ついて最初に見たのは『お母さん』のうなじだった。オレは『お母さん』の背中におんぶされていた。オレにとってこれがこの世界の始まりのようだ。

ふむ、生前の記憶もちゃんと残っている。高校生になったばかりでチャリにひかれて亡くなった哀れなヤツ……色々と詳細も思い出せる。

「オイゲン、お父さんの仕事を見に行くわよ」

「うん」

どうやらこの子の名前はオイゲンらしい。オイゲンくんが幸せと楽しさ、希望に満ちていることが、傍観者であるオレに伝わってくる。温かいな、お母さんの背中。綺麗だな、お母さんのうなじ。

(傍観者というものも悪くはないでしょう?)

ボサツの声が聞こえる。

(うん……悪くない)

お父さんは火の前で赤く光るものをハンマーで叩いていた。どうやら鍛冶屋のようだ。近くには汚らしい農具や、ピカピカになった農具が複数置いてある。鍛冶屋と言っても武器や防具とは縁がなさそうで、汚らしい農具をピカピカの農具にするのが仕事なようだ。


お母さんもお父さんも年齢が二十歳くらいで、子どもはいまのところオイゲンくん一人。でもお母さんはお腹が大きい。そろそろ妹か弟ができるみたい。オイゲンくんは一歳六ヶ月。お父さんのお母さんはここら辺一帯の地主で、お父さんのお姉さんが地主の跡継ぎ。鍛冶屋も代々この家の人間がつとめてきた。

オイゲンくん一家が暮らす家には、ちょくちょく遊びにくる人たちがいる。

特に、小作人のまとめ役の夫婦のいずれかが、小さな女の子をつれて遊びにくることが多かった。

女の子の名前はクララちゃん。一歳四ヶ月。肌の色は小麦色で、目の色が金色に見えたり緑色に見えたり、まれに青色に見えることもある。目の色は場所の光加減や着ている服に左右されるようだ。髪の毛はプラチナブロンドで、左右とも三つ編みに結っている。ちなみに鏡に映るオイゲンくんは小麦色の肌で濃い青い目でブロンドの髪をポニーテールにしている。


最初の記憶から一年ほどが過ぎて妹がよちよち歩くようになったころには、オイゲンくんとクララちゃんは仲良しになっていて、家の中でも家の外でも二人で遊んでいた。それを必ず誰か大人が見守っている。お互いの家のほかの子どもと遊ぶことも多かったが、二人で遊ぶことが各段に多かった。

楽しそうに無邪気な笑顔で笑うクララちゃんを見ていると、無垢な子どもの笑顔というものは何物にも代えがたい尊いものだと思えてくる。そして、クララちゃんと遊ぶときのオイゲンくんの幸せとか楽しさとかは烈火のようにすごかった。それを自分のことのように感じる時間は傍観者として素晴らしいものだった。

(ボサツ、子どもってみんなこんなに幸せで楽しいもの?)

(いいえ、いい感じの人生をライブラリから検索したからですよ。悲惨な子どもも山ほどいます)

オイゲンくんが一番好きな遊びは泥団子作りだった。クララちゃんもこれが大好きだった。

井戸の近くの土を手で掘って、丸く固めて、水を軽く塗って、手のひらの中で転がして、真球に近づけていく遊びである。たったそれだけのことを、毎日のように、延々とやり続けて飽きないのである。オイゲンくんもクララちゃんも毎日のように泥だらけだ。魔法がかかった特殊な灰と洗濯板とタライでの洗濯はそこそこ面倒くさいのに、親たちは泥んこ遊びをとがめる気配がない。親たちも農作業などで服が泥まみれになることが珍しくないからだろう。日々できあがる球はより綺麗な真球に近づいていく。泥をこねることにも、球が日々美しくなっていくことにも、ものすごい喜びと感動がある。そして、これはものすごく脳みそを回転させる知的で美的感覚を問われる作業だ。傍観者であるオレにも伝わってくる。

クララちゃんが特に好んだのは、草花や虫、あるいは土や石を観察することだった。

オイゲンくんの家の庭で、クララちゃんの家の庭で、お互いの家の近くの原っぱで、様々な草花と虫を二人はあきることなく観察した。例えば初夏にカラスノエンドウが花を咲かせる様子、それがアブラムシに食べられる様子、アブラムシがテントウムシに食べられる様子、そういったものを飽きることなく干渉することなく観察した。カラスノエンドウの美しかった花がしおれて枯れて、緑色の実がふくらんできて、熟しはじめると黒くなっていくのを季節のうつろいとともに観察した。

オイゲンくんの家の庭に生えているクワの大木が、初夏に緑色の実をつけて、それが赤色になって、熟して漆を塗ったように黒く輝くのを季節のうつろいとともに見た。風が吹いて木がざわっとゆれたあと、漆黒の実が木からフカフカの地面に落ちて20センチほどはねるのを、小鳥たちが鳴きながら樹上で実をつついているときに漆黒の実が同じように木から落ちて地面ではねるのを二人で共有し、そのときのポンというささやかな音をお互いに口まねした。

二人は河原の石がそうでないところの石よりも丸くスベスベしていることを知ったり、それを川に投げ込んだりした。ドボンという音のあとに波紋が水面を渡るのを見た。二人同時に投げた石の波紋が重なりながら広がっていくのを興奮とともに見守った。見守りの大人が川に平べったく丸い石をサイドスローで回転させながら投げ込んでそれが川の上で何度も跳びはねるのを見たときはクララちゃんもオイゲンくんも大喜びだったが、二人とも真似をしてもまだそれはできなかった。

五人の『土の民』グノームが歌いながら畑を耕しているのを保護者と一緒に見ることも多かった。彼らは人間より少し小さく太っていて、ノームのように見えた。

保護者たちはみな、彼らが魔法をたくみに操って土の中の微生物を元気にしてくれること、空気の中にある栄養を土に含ませることが上手であることを毎回教えてくれた。

保護者やオイゲンくん、クララちゃんがグノームたちに感謝の声をかけると、彼らも感謝の声を返してくれるのだった。

(ボサツ、空気の中に栄養なんてあるのか?)

(空気の主成分の窒素は大切な土の栄養ですよ)

遊び疲れてお昼寝タイムに入るとき、オイゲンくんとクララちゃんはお布団の中で、あるいは馬小屋のワラの中で、自然と手をつないで身をよせあった。ああ、温かいなぁ、人の温もりって。安らぐなぁ、人の温もりって。クララちゃんはお菓子みたいな甘い香りがするなぁ。とはいえ、二人とも寝相が悪いので、眠ってしまったあとは身をよせあったり離れたりをくり返していた。

そして、そういうのを見守ってくれている大人の表情を見ると、みな慈しみに満ちていて幸せそうだった。

傍観者として素敵な体験をしている。本当にささやかなことばかりなのに、本当に楽しく嬉しく幸せだ。

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