3 遭遇…エンカウント
あの後すぐに例の魂のせいか、同じ教師に廊下を走っているところを見つかり、はじめは反省文の追加が言い渡された。
はじめと違って、永人は特段学校に残る理由というものがなかったので、そのまま帰ろうとしたのだが、ジ〜という視線が隣から感じる。
まあ、言うまでもないことだが、その主ははじめである。
恨めしそうに、苛立たしげにも関わらず癇癪を必死に抑えながら、口にしたら負けだとでも…いや、おそらく口にしたらいいようにまたあしらわれてさらに倍増とばかりに反省文が増えることになるとでも思っているのだろう…そんな視線をこちらへと送ってくる。
そんな瞳を無視して、帰り支度をしていたわけなのだが、ふとはじめの瞳に涙が浮かび始めるのを見て、永人はため息を吐くと鞄の中から文房具のみを取り出す。
それを見たはじめがキュピーンとさっと押し付けてくるから紙の束を受け取ると、それに向き合う。
その時、はじめの視線は逸らされていたのだが、口元がどこか緩んでいたように思う。
「エーくん、やっさしい〜!」
「さっすが、エーちゃん!」
なんて冷やかしを受け、はじめはそれに噛みつくが、永人は適当に受け流し、反省の二文字に縁深い言葉の羅列を繰り返し、筆にのせる。
―
山のような紙束たちが片が付く頃には、すっかりと夜の帳が下りていた。
律儀にも反省文の出来上がりを待っていた教師にそれを届け、時間が時間なので途中まで一緒に帰宅するつもりだったのだが、はじめはバイト先に呼び出され、そちらへ。
ようやくうるさいのがいなくなったのは、僥倖というほかないが、永人はなんとなく寒さを感じ始めた。
「…なにか飲んでから帰るか。」
気分的にホットココアが飲みたかったので、それがある公園へと入ると、寒さからのそれではないと思う寒気のようなものを微かに感じた。
しかしながら、それを気のせいだろうと思った永人はそのまま無視して、自販機に一直線。
お金を入れ、ボタンを押し、ガコンッという音が聞こえたので、温かいというよりも熱いそれを取り出し、待ちに待ったと、永人がプルタブを開けた瞬間…。
バキッ!ダンッ!カーンッ!
そんな明らかに普通ではない音が聞こえた気がした。
なんとも嫌な予感がする。永人があの寒気が悪寒の一種だったと理解し、ココア片手にその場を去ろうとした。すると…
ズドンッ!!
目の前に何かが落ちてきたのだ。
「血…血を寄越せ…。」
呻くようなその声。
腕が折れているのかフラフラと、しかし、素早くこちらの首筋へと歯を突き立てようとしたその時。
「おい、一体なんだ…。」
「あっ…あああ…っ。」
その声に驚きを見せたそれは、声に驚いたのか、距離を空けていき、自販機の光が永人にその存在を認知させた。
「お、お前は…。」
彼の狂気に満ちた紅い目の光が失われ、冷静なそれへと変わったその瞬間、それは血の柱を作り、崩れ落ちた。
彼を形作っていた身体がサラサラと砂へと変わっていくのを確認すると、こちらへと刀を突きつけてくる。
永人は目を一度見開いたものの、すぐに状況を理解すると、手をヒラヒラと振り、笑顔を向けた。
「ねぇ、そこの美少女。お互い見なかったことにしない?」
美少女は微笑むと、刀を一度納め……そして、永人目掛けて引き抜いた。
シュッ!
「は?居合い?って、ちょっ!!」
「問答無用っ!!吸血鬼と話すことなど…ないっ!!」
永人が服すら掠らずに躱すと、さらなる追撃を大きく引いて躱す。
刀の届かない間合いまで逃げた永人。すると今度は…
「だから見なかったことにしよう…ってっ!?は?符術っ!?」
…この女、一体どんなバリエーションしているんだ…って、ああ…日本のもの…か…まったく見た目に騙されてしまった…こりゃ一本取られた…。
そして、永人に貼り付く札。
さらに間髪入れず…。
「爆。」
符が爆発し、永人は粉々。少なくとも大きなダメージを与えられただろうと、思っている美少女。
しかし、彼女の判断は甘い。
爆炎が起こったところと女の反対側から、なんとも呆れたような声が聞こえてくる。
「やれやれ、なんとも活発なお嬢さんだ。」
「…なんで…。」
「なんでって…そりゃあ…っ!?」
彼女からすれば、その言葉は永人に向けてのものではない独り言だった。
でも、それはあんまりではないか、なにせ今度は間髪入れず魔法陣が永人の脚元へと迫ってくるのだから。
永人は魔術が発動し、突き刺すように伸びた茨を間一髪躱すと、今度は空中に魔力の足場を作って…。
「……とにかく今日のことはお互い忘れよう。そのほうがお互いのためだ。じゃあな。」
「待てっ!!」
そんな声など無視して、永人は少し不機嫌な様子で家路を急いだ。
そして、後日。
【あなたの秘密を知っています。朝のホームルーム前に屋上で。】




