2 はじめの印象
朝のホームルーム前ギリギリに大きな紙の束を持って帰ってきた。
担任が来るまで、朝の清々しい時間にも関わらず、怒りの言葉をこちらに放ってくるので無視をしていたのだが、昼食後、そのどっさりとした紙の束をロッカーの上から自分の机に移し始めたのを機に聞いてみることにした。
「はじめ、それなに?」
ズルッ!
あっ…今度は鉛筆だ。
スーっと永人の方に向けて倒れるようにして、原稿用紙に黒の一本線が引かれ、机を通り過ぎ、ガクンとなると、はじめはそれ握りしめ、フルフルと震え始める。
「お前のせいで…お前のせいで私はこんな目に…。」
「……(はいはいご愁傷ご愁傷。)」
永人がこの言葉のようにテキトーに聞き流すと、はじめがグチグチグチグチと続け…。
「だいたいこれ全部に反省文書けって…どんな拷問だよ…。書ける訳無いだろうが…あのハゲ。書くことなんてズラを取ってすいませんくらいしかないでしょ…違う?って、ヤバッ!」
サッ!!
すると、ちょうどその先生が通り掛かり、はじめは紙の束に姿を隠した。
先生の姿が消え去ったのを確認すると、安堵のため息を漏らし、項垂れるように机に突っ伏してしまう。
「お〜い、生きてるか〜?」
「…もう…知らん…。」
頬を膨らませて、顔を机に預けたまま、器用に紙の束の処理をし始めた。
それからしばらくのんびりと本を読んでいると、はじめが聞いてきた。
「エー、お前はいいのか?」
「なにが?」
「ん!」
鉛筆でそちらを指差すと、そのままカキカキと頑張りを見せ続ける。
永人は視線を指された方に送ると、そこには今朝永人がはじめと比較した生徒がクラスメイト?たちに囲まれていた。
「…え?なんで?」
「…だから…。……あんたもお近づきになりたいんじゃないかと思ったんだけど?」
「?だからなんで?」
「いや、だってアンリエッタさん、美少女だし…。エーも私なんかといるより…。」
すると、はじめはそっぽを向きながら、反省文を書くという慣れていても中々できない荒業を見せてくれた。
「う〜ん…俺はお前の方がいい。」
「え?」
はじめは驚き、こちらを振り向くと、メガネの奥の瞳が、一時期の少女漫画並にキラキラと輝いた。
急にモジモジとし、髪を弄り始めるなどの奇行が始まったので、永人さそろそろだと思い、言葉を続ける。
「確かにアンリエッタさん?のほうが美人でスタイルもいい、頭も良さそうだし、運動もできるだろう。ずっと笑顔で愛想も良さそうで、性格もいいんじゃないかと思う。ほぼ全てにおいてはじめが勝てる要素なんてないだろう。でも、はじめ…お前には笑いがあるだろ。だから…。」
さらに言葉を続けようとした時、はじめはイスから立ち上がり、駆け出して行った。
「そこまで言うことないだろ!ばかーーーっ!!」
永人がいってらっしゃーいと手を振ると、このクラスの委員長である夏野葉月がやれやれといった様子でやってきた。
「エー、あなたまたはじめをからかって…。」
「仕方がないだろ?あいつをからかうの楽しいんだから。」
「…まあ、確かにはじめの反応は面白…かなりいい反応はするけれど…。」
「だろ?なんていうか、芸人魂というベースに人格形成が行われたかのような…。」
「そこまでは言ってない!」
「そう?でもカツラを射抜くなんて中々…。」
「……。」
葉月もなんとなくだが、本音では永人の言葉に同意したいように見えた。
でも、おそらく同性としての情けなのだろう。一応女の子のはじめを気遣い、話をそらすことにしたらしい。
「……まあ、そんなことはともかく、エー、あなたに伝言があったの。」
「伝言?誰から?」
「兄さん。エーと兄さんって仲良かったっけ?」
「ん?まあまあ。道で通りがかったら、挨拶するくらい仲がいいぞ。」
「…いや、仲がよかったら、立ち話くらいせめて…。…まあ、2人の仲なんてどうでもいいか…。なんか近いうちに話したいことがあるから、暇な時に連絡してくれだって。それじゃあ伝えたから。…あっ、あとはじめが進路調査出してないから、出させておいて!」
「…いやいや、葉月…お前があいつに直接…ってもういないし…。」
ささっと自分の席に戻って友人たちとの会話を始めてしまい、どうやら永人は押し付けられたそれを、まあ、忘れたら忘れただなと思いつつ、隣の席に置かれた紙を何枚か手に取り、テキトーな言い訳とやらを書き始めた。




