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絵になった若者たち

作者: 湯本優介

高校1年生で社会をあまり知らない私がそれでも伝えたい事を作品にしました。至らぬ所もあるかと思いますが悪しからず

若者は空を落ちる夢を見た。

目を覚ました時には汗だくで、すぐに窓からあの空が遠くにあるのを確かめた。


一度深く呼吸して、今の時間を知るため時計を読む。

8時23分。いつもに比べ遅い目覚めだが、今日は日曜日なので問題ない。


..いや、違う。いつもなら問題無いが、今日は同じバイトの横山さんがおばあさんの葬式で出られないから、空いている自分がシフトに入る日であった。それも9時から。


「やっば、すぐ準備しないと...」

若者の家からバイト先までは自転車で20分ほどの距離にある。

朝ごはんを食べている時間が無いので、多少空腹ではあるがそのまま家を後にする。


東京の街の稼働は早い。

6時にもなればもうそこらじゅう人だらけ、ましてや8時台なんて通勤ラッシュで道は通ることすら一苦労。

時間もないので、若者は裏道を進むことにした。


大通りの、疲れるくらいの人の多さとはうってかわって裏道はシンとしている。

生ゴミのねっとりとした不快な臭いと、野良猫やカラスなどからする獣臭が混ざって、なんとも近寄り難い場所である。


しかし、こんな何も無いところに住む人間もいる。ホームレスだ。

ホームレスは、生きづらい社会から追い出され、狭い都市で住む場所すら奪われた哀れな立場の人間達だ。

こんなところにいるしか生きる道は無いのだ。


いや、こんな暗く寂しい場所で、住むと言っても捨てられていたダンボールで作った頼りない即席の箱の中。金は無く食べるものすら満足に買えない虚ろな目をした彼らは、本当に生きていると言えるのだろうか。


まあ、若者には関係ない話だ。一人暮らしだがバイトもしてるし貯金だって十分にある。働くのが辛いと思う事が無いわけでは無いが、それでもこんな生臭い場所で生きるつもりはない。


ホームレス達の住処をさっさと抜け、裏道も出て、若者はそのままバイト先へ向かう。

裏道を通ったおかげでなんとか間に合いそうだ。


バイト先のスーパーに着いたのは開店5分前。そそくさと慣れた手つきでエプロンを着て、レジに立つ。

「平岩くん、ギリギリだねぇ」

唐突に、先輩の小山さんが話しかけてきた。


「小山さん、おはようございます。ちょっと寝坊しちゃって」

「気をつけてね?うち、ただでさえ人手不足なところあるんだから」

「はい、次から気をつけます。あと、早くレジ戻って下さい。もう開店しますよ」

「ほんとだ。じゃあお互い頑張ろうね」


小山さんがレジに戻るのとほぼ同時に、店の入口が明るくなった。

うちの店の開店の合図だ。

若者は仕事モードに切り替え、開店と同時に入ってきた人達に社交辞令的に笑顔を送る。



その日の仕事が終わったのは午後5時。

本当はここまでフルで働く予定では無かったが、まあ、どうせ暇なのでいつもと同じだけ働いた。


貴重な..いや、言うほど貴重でもない日曜日はバイトに潰れ、少し虚しいような気分になった。とりあえず帰ろう。

自転車を、ゆっくりキコキコと走らせて、朝通った裏道のある辺りまでこいできた。

若者は何気なく、本当に何気なくただの気まぐれで、帰りも裏道を通ることにした。


辺りを見渡すと、朝急いでいたときには気づかなかったが、思った以上に多くの人が住んでいるようだ。

みんな痩せこけていて、まともな食事をできていないのは見てわかる。

あまり音を立ててもなんだと思い、自転車も押して歩くことにした。


しかし、気まぐれで入ったはいいがやはり臭いが気になる。

鼻などつまんだら失礼だろうか、そう思考をめぐらす頃にはすでに、手を鼻に持ってきていた。

なんで入ってしまったのだろう。早く出よう。


若者が多少小走りで進み出さんとしたその時、一人のホームレスが目に入った。

40代半ばくらいだろうか。完全に色素の落ちきった白髪をたくわえた、全体的に汚さの目立つ男。その男は他のホームレスに比べてもさらに痩せていて顔も青白く、目にも光がないのが見受けられた。


ただ、若者が気になったのはそこではない。

つまり容姿でなく、男の手にしていたもの、筆とパレット、それから散乱した鉛筆達やイーゼルに置かれたキャンバス。

いわゆる画家の道具が男の周りを囲っている。


「あの..」

若者は興味本位、つい話しかけてしまった。


「なんだね」

「画家の方..ですか?」

「こんなみすぼらしい汚らしい服装で、画家なんて良い物に見えるかい?こいつぁただの趣味だよ」

「にしては結構画材とかしっかり揃えられてるみたいですけど..」

「ああ?当たり前だろ。釣りが趣味の奴は釣竿やエサを当たり前にそろえ、キャンプが趣味の奴はランタンやテントなんかの物を当たり前に用意する。絵描く趣味の奴だって画材を買う。至極当たり前の事だろう。それとも、あんたが言いたいのは、ホームレスなのにってことかい?」


言われた若者の体はビクンと跳ね、目を合わせられなくなった。

「図星かい..まあそうだわな。ホームレスってのは明日食っていけるかもわかんねえような奴らの事だ。そんな奴がこんなに痩せておきながら、趣味なんか言ってておかしいのはわかる」


男は少し不機嫌な口調だ。

「だがよぉ、金曜には公民館の前で炊き出しがあるしそこら辺にはまだ食えるようなもんまで捨てられてる。痩せちゃあいるが食えてねぇわけじゃねえ。拾ったり恵んでもらったりした金だ。趣味にでも使わねぇとバカバカしいだろ」


「絵が好きなんですか?」

「何だよ、さっきから質問してきて。何が目的だ」

「いやっ違..ただ自分は興味本位で..」

「こんなホームレスの趣味なんかに興味持つもんじゃねぇよ。帰んな」

「すいません....じゃあ、絵だけ見せてもらってもいいですか?」

「あ?お前まだ」

「絵だけ見たら帰りますから!」


そんなにこだわることでもないはずなのだが、若者は必死だった。

絵に詳しい訳では無い。ただ、特別なものな気がしたのだ。

社会という狭い枠から外れ、限りなく野生に近い生活を送ってきた人間が描く絵という物はどういうものなのか、それが気になったのだ。


「..見たら帰れよ」

そう言って男は、後ろにまとめてあったキャンバスをいくつかとりだした。


「これは..」

そこには、今まで若者が人生で見てきた絵とは違う、絵画でも風景画でもない、異質な物が描かれていた。

ジャンルで言うなら...


「風刺画ってやつだ」

「風刺画....」

風刺画。社会の現実や人の本心、時代の特徴を皮肉的に描き表した絵だ。


「上手いもんだろ?元々画家を目指して、これでも芸大を出たんだ」

「はい。でも、あなたはなんでこんな絵を?」

「..社会を生きる奴らに、変わって欲しいんだ。俺の絵を通して」


男は、一呼吸おいて話し始めた。

「お前らは、生き急ぎ過ぎだ。戦争、事件、環境問題。そんなもんが起きる引き金は大概国だ。なのにお前らはそんな国民を真に考えられていない、自分勝手な政府様の為に、金の為に、自分の時間も身も全てけずって血眼で働く。挙句集めた金の一部は税金として政府に吸われ..。そんな理不尽な政府の為に自分が辛い思いしなきゃいけないなんて、変だと思わねぇのか。お前らはもっと自分に正直に生きるべきだ。自由に生きるべきだ。働く事が全てじゃないだろ」


若者は、それを聞いて胸がきゅうっとしめられたような気分になった。それと同時に、自分の中に黒い靄がかかったような気がした。


「余計な話しちまった。もういいか?絵も見たんだ」

「あ..はい。失礼しました」

もやもやと、すっきりしない気持ちを抱えて、若者は裏道を抜け家へとまた自転車をこぎだした。


それから数日たったが、まだ靄は晴れなかった。

あれから仕事に行こうとする度、男の絵と話が脳裏をよぎり、結局休みをとってしまっている。店にも迷惑がかかっている。


このままではいけない、切り替えたい。そう思って、気分転換にテレビを付ける。しかし、これが良くなかった。

ニュースがやっていた。事故のニュース。

酔っ払いが飲酒運転で裏路地に突っ込んだという。

そこは見覚えのあるあの裏道で、死者が一人出たらしく、その被害者の顔と名前が映し出されていた。そして、それを見た若者の顔は青ざめた。


それはあの絵を描いていた男だった。

写真がなかったのか、少し前の姿のように見えるが間違いない。そう断定出来るのは、あの絵が男の顔と共に映し出されていたからだ。

男の持ち物の中で絵だけは傷一つついておらず無事だったようで、綺麗にあの日見たままの絵をもう一度見ることになった。

そこでようやく、若者は靄の正体にきづいた。


これは同情だ。

若者は男の話を聞いて、ここまで追い込まれているとは、可哀想に、という風に同情の念を抱いていたのだった。


そしてきづいたと同時に、みじめな気持ちになった。

同情、というのは相手を下に見ている人間が抱く感情で、可哀想、というのはそれを他人事として捉えている人間が使う言葉だからだ。

自分はこの靄を自分の中の何か大きなものが変化したような壮大で革新的なものだと思っていたのに、無意識の内では結局何も変わっていなかったということにも、気付かされてしまった。


スマートフォンのネットニュースに目を向けると、事故の事、男の事、絵の事がすでにちょっとした話題になっていた。

「心を突き動かされた」

「もっと色んな絵を描いて欲しかった。死なないで欲しかった」

「可哀想」

若者と同じような事を考えるコメントが多く書かれていた。


「..何で、いなくなってからなんだよ。何で、生きてる時誰も気づいてやらなかったんだ!あの人が生きている間に同じ事が言えたら、あの絵を見てたら、みんなが変われたかもしれないのに!みんなで変えられたかもしれないのに!死んでから価値になったって..何の意味もないじゃないかっ....!」

若者は、自分にか世間にか、そんな怒りを口にした。


「あの人は、今を生き急ぐ若者を嘆いて、何の疑問も抱かず働き自ら死を近づける社会の人達を救おうとして、少しでも休ませようとして、考えさせようとして!あの絵を描いていたのに..。当の本人が死んだ事でそれに気づかれるなんて、何の皮肉だよ..。」


次の日、若者は事故現場に花束を抱えやってきた。

絵は警察が回収したようで、現場には筆やキャンバス、それどころかあのダンボールハウスの破片すらなかった。

すでにいくつかある花の横に他のより一際目立つ花束を添えて、若者は目を閉じ手を合わせる。


「すいません。あの絵を、あなたを、生きているうちに見つけられたのに、僕は何も変われなかった。あなたがいなくなってからになってしまったけれど、僕はようやく気付けました、やるべき事を。なるべき姿を。せめてあなたの死に、ささやかながらも意味が出来ますように。」


若者は目を開け、空を見上げる。遠い遠い空だが、あの空間は、東京の街で一番自由だ。

ぽつぽつと歩き、ホームセンターを見つけるとそこへ入る。

冷房の涼しい風と軽快な音楽が若者を迎える中、呼ばれるように店内を歩き進み、そのコーナーまでくると、一呼吸ついて。


若者は筆を手にとった。

生き急がないで下さい。人生は働くことが全てではありません。1度立ち止まって周りを見てみたら、自分の本当にやるべき事が見えてくるはず。

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