百合色のドルチェ
「わぁ。」
テーブルに置いた、小さな、真っ白なケーキ。
花を模したチョコレートと、フリルのように絞ったクリームで飾り付けたそれは、スイーツというよりは芸術作品のようで。
まるで、ドレスをまとった少女のように美しい仕上がりだ。
「なんだか、今回の新作は気合いが入ってるね。」
目の前の、グレーのスーツ姿の彼女はケーキの皿を一周まわして全体を確かめるように見る。
「いつも気合い入れてるよ。なにせ、アンタが食べるんだからね。」
私の言葉が耳に入っているのかいないのか。
彼女は会話を続けることはなく、フォークを手に取った。
彼女の持つ、銀色のフォークに刺さった一欠片……というには大き過ぎる真っ白なクリームをまとったスポンジケーキ。
その塊は、流行りのレトロオレンジの口紅に彩られた彼女の唇に触れることなく、さらに奥の口内に簡単に収まってしまう。
口に入れた途端彼女の顔がとろんと溶ける。
目はキラキラと輝き、もぐもぐと動く頬が淡く染まる。
「おいしい。」
その言葉にほっと息を着く。
彼女は味……特にスイーツの感想については嘘が付けない。
いや、彼女の顔を見れば喜んでいることは間違いないのだが、それでも言葉にされると安心感が違う。
「ねぇ毎度同じこと聞くけど……一緒に食べないの?」
いつも通りの問いかけに、私はコクリと頷く。
「私が甘いの苦手なの、アンタなら分かってるでしょ。」
「なんか悪いなぁ。天才お菓子職人の新作を、幼なじみだからってアタシが独り占めなんてしちゃってさぁ……」
天才、かは知らないが彼女の言うとおり私の職業はお菓子職人……まあ、パティシエである。
私は所謂一般の人よりお菓子作りの才能を持って生まれた。
とはいえ、自分自身は甘いものは好きでは無い。
コーヒーはブラック派だし、なんなら激辛ラーメンとかの方が好きだ。
だから本来ならばこの才能を活かすことも、ましてや気づくこともなかったと思う。
しかし今、それに気づき仕事にまでしているのは。
目の前にいる彼女のお陰である。
「試作だからね。昔から初めて作るお菓子はアンタが味見する決まりでしょ。」
そう、私の幼なじみである彼女は私とは正反対のかなりの甘党。
その体はほぼスイーツでできていると言っても過言ではないくらい毎日甘いものを食べている。
その影響か分からないが、彼女の舌はとにかく正確で間違いが無い。どのくらい正確かというと……それを活かしてスイーツ店に星をつける仕事をしているくらいには、である。
だが残念なことに良いのは舌だけで、料理の腕はからっきしダメなのだ。
そこで彼女が頼ったのが……幼なじみの私だった。
昔から食べたいスイーツがあると私に頼んできて、頼んだくせにアレが足りない、もっとこれを入れた方がいいと酷評してきた。
私も負けず嫌いなため、意地になってスイーツ作りを猛勉。
お陰で私のスイーツ作りの才能が見事開花した……という訳である。
「アンタに散々お菓子作らされてよかったわ。当時はめんどくさかったけど……お陰で今、これで食えるくらいの腕にはなったわけだし。」
「はは、じゃあもっとアタシに感謝してもらわなきゃ。」
「感謝してるよ。だから1番に新作、食べさせてるでしょ。」
「ほーんと、良い幼なじみを持ったわ、アタシ。」
口角が上がったことにより出来た笑窪。
可愛らしいことこの上ない彼女のチャームポイントは、昔から変わっていない。
小さい頃ずっと一緒だった、お隣さんだった、幼なじみの彼女。
でもそれももう昔のこと。
今では住んでいる場所もそれぞれ違うし、生活スタイルも違う。
だから、プライベートでは全く会うことはなくなった。
だけど時々……本当に時々。
こうして私の新作スイーツの試作が出来る度に、彼女と会う約束をする。
本当に新作が出来る時期は不定期で、しかも私が納得いってからじゃないと連絡をしない。
だから今回は……実は3年ぶりの再会だ。
私の急な連絡に彼女はあっさりとスケジュールを空けてくれた。
ほんの、1時間ほど。
彼女がスイーツを食べ、一言感想を言うまで。
それが、私が、彼女を独占できる時間。
この1時間のためだけに、私はこの3年を生きてきた。
初めて私が、彼女にスイーツを作った日。
私を虜にしたこの笑顔を見るためだけに……私は今も、好きでも無い甘いものを作り続けている。
「美味しかった。」
「そう?アンタの感想なら、間違いないね。」
「じゃあ、アタシ、もう行くね。」
「うん、ありがとう。」
短い、さっぱりとした挨拶。
これもずっと変わらない。
世界中の店に星をつける彼女が、私のために……いや、実際はスイーツのためだと思うが、1時間も時間を開けてくれたことが奇跡なのだ。
だから私は十分、幸せだ。
この1時間だけは、甘いものが好きになれる。
彼女がくれたこの甘い胸やけが、心地いいとさえ感じられるのだ。
「あ、そうだ。この新作……名前決めてるの?」
出口の前で振り返った彼女。
光で照らされた彼女の目元に小さく、笑いジワができていることに気づいた。
「……Lily。そう、つけるつもりよ。」
あなたに言えない、この思いを。
あなたが気づかせてくれたこの才能(恋)で生み出した、小さな、小さなドルチェに閉じ込めて。
明日もガラスケースに飾るわ。
一生綺麗な……食べ頃のままにして、ね。