『チェックメイトだよ』と言いたいだけの狩野くん〜白と黒の攻防戦
緑の盤上に白と黒の駒が広がる。
パタ、パタ、と音を立てて、自軍の黒が無情にも白に変わっていった。
「次、狩野くんの番だよ」
余裕の笑みを浮かべて対戦相手の広瀬が僕を急かす。
「待って、長考中だから」
次に駒をどこに置くか、これで勝敗が決まる。
◇◆
昼休み六年二組の教室で突如始まった白と黒の攻防戦。
それは、一組の広瀬がオセロ盤を僕の机に置いた所から始まった。
「狩野、勝負だ!」
何故?と思ったけれど、暇だったので付き合う事にした。
ギャラリーは隣の席の星乃明里とその友人。
なるほど、広瀬の目当てはコレか。
席替えをして星乃と席が隣になってから、度々こういう輩に絡まれるようになった。
僕の席で何かをすれば、星乃の目に止まる可能性が高い。好きな子にいい所を見せるために、彼等は僕に挑むのだ。
その証拠に、広瀬は考える振りをしながらチラチラと星乃の反応を伺っていた。
だからといって、僕も簡単に負けるわけにはいかない。
なぜなら、勝ちが確定した瞬間、あの台詞を使う事ができるからだ。
それは、もともとチェスでキングを王手詰めした時に使う言葉だった。
対戦相手を行き詰まらせる事ができれば、他のゲームでも使う事が出来るだろう。
オセロでその台詞を使うには、盤上を見て一目で勝敗がわかる勝ち方をしなければならない。
だから、四隅を取りながら最終的に白の置き場を全て奪えるように慎重に駒を置く。
現在盤面は、一見すると広瀬の白い駒が優勢に見えた。
しかし、四隅のうち三つを黒に染めているので、置く順番さえ間違えなければ僕の勝ちは確定だ。
長考の末に最善の一手を選びパチリと黒い駒を置いた。
パタ、パタ、パタ、と盤上が黒に染まっていく。
残りのマスは三つ。白い駒が置ける場所は一ヶ所だけだ。
広瀬がそこに白を置いた瞬間、僕は勝ちを宣言する。
さぁ、悩む事はない置くんだ広瀬!
その時、広瀬の駒を持つ手が止まった。
「あー……これはもう、チェックメイトされたな」
「は?」
「いや、だって、置ける所一ヶ所しかないから詰んでるだろ。間違いなく俺の負けだよ」
「そ、そうだけど……」
あの台詞が敗北宣言に使われてしまった。
ニヤリと笑う広瀬を見て、彼もあの探偵ドラマを見ているのだと気づく。
僕は試合に勝って勝負に負けたのだ。
「狩野くんすごーい!逆転勝利だね」
落ち込む僕に星乃が称賛の言葉をかけると、広瀬は悔しそうに顔をゆがめる。
互いに次こそは!と再戦を誓いオセロの駒を片付けた。