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竜の爪あと  作者: ASD(芦田直人)
第2章
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第2章(その4)

 ともあれ、まずは生存者の捜索であった。その物見台からであれば街の様子が一望出来たので、ベオナードの配下の兵士が区割りを簡単に絵図面に書き起こし、その絵図面に沿って区画ごとに探索していくこととなった。

 いったんは城塞の建屋から離れ、待機していた他の兵士たちと合流し、物見台の上で引いた絵図面のひと区画ごとに、誰かがいた痕跡でもありはしないものかと訪ね歩く。

 だが、生存者はおろか誰かの亡骸だとか、置き去りにされた荷物だとか、そういうたぐいのものすら何も見つからなかった。

 やがて日は傾き、彼方の空が朱の色に染まり始める。復路を思えばそろそろ撤収を考える必要があった。収穫なく引き返す事にルーファスは不満げだったが、そもそも近衛騎士達は部隊に同行はしていてもベオナードらの指揮下に完全に入って探索にまで参加していたわけでは無かったから、文句を言われても困ってしまう。実際、何もしないのに文句ばかりは厳しい口調のルーファスを、アドニスは疎ましく思っているように見受けられた。彼女は彼女で名家の子女という生まれゆえか、近衛騎士を前にしても物怖じする事がなく、それも両者の関係を悪くしていた。

 ともあれ、ようやく現地にたどり着いたのだから、初日から仲違いをしても仕方がない。両人をどのように諫めたものかと正騎士が思案をめぐらせていた、ちょうどその時だった。次の瞬間起きた出来事に、その場の一同は凍りついてしまった。

 彼方から、地面を震わすようないかにも恐ろしげな咆哮が響き渡った。

 一同が足を止めた次の瞬間、彼らの頭上を黒い影が横切っていく。

 誰しもが未だかつて見たこともないはずのその姿は、しかし同時に、見るや否や誰しもが立ちどころに何物であるかを理解するのだった。

「竜だ!」

「本当にいたのだ……!」

 そう――それは紛れもなく、竜の姿だった。

 兵士達が恐れおののきながら呆然と見上げる中、一足先に我に返ったベオナードが慌てて指示を下す。

「見つかってしまうぞ! 壁に身を寄せ、姿を潜めるのだ!」

 上空から見れば、確かに地上にうごめく人影など容易に見つけられてしまうのかも知れなかった。このように部隊が密集しているところを襲撃されたらひとたまりもなかっただろう。

 幸い、竜は彼らを気に留める風もなく颯爽と一行の頭上を通り過ぎ、町の中心部にそびえ立つ、あの石造りの城塞の物見台の上に降り立った。

「……驚いた。まさか本当にあのようなものがいようとは」

 ルーファスは忌々しげに、吐き捨てるように言った。

「正騎士ベオナードよ。貴公はどう考える。確かにあの禍々しき姿を目の当たりにして、あれが無害で安全な生き物であろうとは私にも到底思えぬ。だが危険を避けて今退くとして、このままこの廃墟に連日通い詰めて、竜の居ぬ間を選んではこそこそと成果も出ない探索を続けるつもりか?」

「……あんたの言い分も分からなくは無いが、ではどうする?」

「皆の命を危険に晒そうとは言わん。貴公が臆病風に吹かれるのであれば、近衛だけであの城塞に近づいてみよう」

 そう言って一歩踏み出したルーファスの肩を、ベオナードは慌てて掴んで引き留めた。

「ヘンドリクス卿からは生きて帰れと念押しされている! 仮に、竜を見て恐れをなして逃げ帰った、という結末でもお叱りを受ける事はないと俺は考える」

 だから早まったことは考えるな……そう告げる彼の言葉にも、近衛騎士は耳を貸す風ではなかった。

「そちらはそれでいいかも知れんが、近衛はそういうわけには行かぬ。貴公自身とてそれで納得というわけでもあるまい?」

 あの城塞で、竜が来るよりも先にそこに犠牲になった人々の亡骸なり何なりを真っ先に見つけられていれば、この探索行はそれで終わりだったのかもしれない。生きて帰れと厳命された手前もあり、先の調査団の探索を優先し、廃墟のどこかに生き延びた者たちが隠れ潜んでいないかどうかを捜し歩いてきた。だがやはり、この探索行の核心はあの竜にあるのではなかったか。

「正騎士ベオナード。逃げ帰るにしても、せめてオルガノフの消息ぐらいはどうにか掴まねば、格好がつかぬのではないか?」

 両名のやりとりを横で聞いていたアドニスが深くため息をつく。

「相手は竜なのよ? あなた達の体面やら何やらに付き合わされて危ない目にあうなんて、たまったものではないわ」

「では、どうする?」

 ルーファスの問いに、重い沈黙が流れた。ベオナードが渋面のまま反駁しないとみると、近衛騎士はアドニスに向き直る。

「オルガノフにもう一度会いたくはないのか。行方を知っているのは、やはりあの竜ではないのか」

「それは……」

 アドニスはそれきり口をつぐんでしまった。

 噂は色々に言う。近衛騎士の耳にもそれは届いていたかも知れず、中には両名の間柄を揶揄するような下世話な雑音も少なからずあったことはベオナードも聞き及んでいた。ルーファスの念頭に何があったのかは知らぬし、アドニスの胸に何が去来していたのかも正直本人にしか分からぬ話ではあっただろう。

 あとから思えば魔導士か正騎士、どちらかがルーファスの言い分を論破するか、鼻で笑うかしていればよかったのかも知れない。ともあれ、一行は結局のところ竜が待つ城塞へと向かっていく事になるのだった。



(次章につづく)

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