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第六章 賢者とその娘

 深い深い森の中。

 群青色のドレスを揺らし、メイビスはホワーレを走らせていた。隣ではブラリーに乗ったレナが優雅に駆けている。

 ここは賢者の島の森。

 二人は島にそびえ立つ山を目指している。

 時刻はそろそろ夕刻になろうという頃。分厚い広葉樹の葉の間から差しこんでいる陽は南西の位置にあった。

「ああ疲れたわ。そろそろ休憩しましょう」

 レナに言われ、適当な岩を探して腰かけるメイビス。

 小島とはいえど森はなかなか広く険しくて、進むのはそう簡単ではない。森に入ってから約二時間、愛馬たちはもちろん、乗っているメイビスとレナの方もへとへとだった。

「まだですかしら、森を抜けるのは」

 溜息混じりのメイビスの問いに、レナはかぶりを振った。「さあ。わからないわ」

 そして二人は手提げ鞄からフルーツを出してつまみ食べる。馬たちにも餌をやり、十分後、二人はまた愛馬を走らせ出した。

 この森には動物が多い。

 あちらこちらから鳥のさえずりがし、草食動物がそこらをうろうろしている。肉食動物は少ないのか、大陸の不安定さなど素知らぬ顔で小島はとてものどかだった。

 と、急に視界が開け、先頭を行くホワーレが立ち止まった。

 後からブラリーが止まれず追突してしまう。そのまま少女たちを乗せて二頭は一緒に倒れてしまった。

「まあ、ごめんなさい」

 謝るレナにメイビスは「いいですわよ」と言ってからホワーレを起こし、またがり直して前方を指差した。「ほら、見てくださいな。あれ」

 目前、高山がそそり立っている。一番山裾に、獣道らしきものが見えた。

「森を抜けたのね」思わずレナはほっと安堵の吐息。「休んではいられないわ。早くしないと夜になってしまうもの、さっそく行きましょうよ」

 獣道を進み、高山の頂上をただひたすらに目指す。

 道は険しく、森とは違って大型の肉食獣もわんさかいたし、レナなどは腕に毒蛇が絡みついて大騒動に。でも彼女たちは、ちっとも苦には思わなかった。

 だって、半月以上かけた旅がもうすぐ、やっと報われるのだから。

 賢者に会えばきっと平和が戻ってくるはずなのだから。

 山道を登りながら、メイビスはちらと思い返す。

 冤罪をかけられて逃げ出したこと。

 月夜、泣きながらドロドーに復讐を誓ったこと。

 ホワーレを賭けで助け出し、ともに旅をはじめたこと。

 殺されそうになっていたレナを助けて仲間になったこと。

 旅の道中の様々な苦難のこと。

 霧の森で助けられたこと。

 先ほどの怪物のこと。

 どれもこれも、大変だったがとても楽しかった。

 仲間たちがいるからこそ自分は今ここにいる。そう思い、メイビスは皆に心から感謝せずにはいられなかった。最初は一人旅のつもりだった。でもレナがいてくれて、本当に嬉しい。

「レナがいてくれませんでしたら、きっとわたくしはここまでたどり着けませんでしたわ。改めてありがとうございました」

 突然言われた彼女は少し驚いたように愛らしい目を丸くしてから、「いいのよ。わたしの方こそありがとう」と艶やかに笑んだのだった。


 そうして登り続けることさらに二時間。

 西の空にある夕陽が暮れはじめていた。

「そろそろ頂上が近いですわ」

 そんなとき、ホワーレの前に突然谷が現れた。

 深い谷だ。落ちたらひとたまりもない。そこに細い橋がかかっており、それを渡れば頂上へ続く最後の獣道だ。

「この橋、渡るの」不安そうにレナが問う。

 橋は頼りない。だが、渡る他に道はなかった。

「行きますわよ。慎重にお願いしますわね、ホワーレ」

 そっと、ホワーレが一歩目を踏み出した。

 ぐらんぐらんと大きく橋が揺れ、振り落とされそうになる。それを必死に堪え、二歩目、三歩目と進んだ。

「ブラリー、気をつけて」

 若い黒馬が幼い白馬の後を追って橋に足をかける。

 と、そのときだ。

 重量に耐えられなかったのだろう。がち、と、変な音がして、橋の向こう側がはずれて垂れ下がったのだ。

「きゃあ」

 メイビスとレナの悲鳴、そしてホワーレとブラリーのいななきが重なる。

 谷底に向かって橋をすべり落ちて行く一行。だが、ホワーレは見事な軽業を見せた。

 後脚で思いきり橋を蹴り、ぴょん、と美しく大跳躍したのである。

 風になびくメイビスの銀髪。

 そして白馬は谷の向こう側に足をかけ、よじ登った。

 一方背後のブラリー。

 跳ぼうとするが間に合わず、そのまま谷底へすべり落ちる。絶叫するレナ。このままでは谷に呑まれ、命がない。

 だがそれを救ったのは、ホワーレの後脚だった。

 跳躍し、ぴんと伸びきった後脚。それを愛馬とすべり落ち行くレナの腕が掴んだ。

 そのままホワーレは谷の向こう岸に前脚を引っかける。腕一本でぶらんぶらんと吊るされるレナとブラリーは、危機一髪でホワーレから降りたメイビスに助け上げられた。

「ありがとうメイビス、ホワーレ。ああ、危なかったわ」息を荒くし、引き上げられたレナが地面に座りこむ。

 本当に九死に一生を得たとはこのことだ。

「ホワーレ、お手柄ですわね」

 メイビスに頭をなでられ、ホワーレは自慢げに鼻を鳴らした。

 だがブラリーはまだ怯えたように震え続けている。もう少しで死ぬところだったのだから当然と言えば当然であるが。

「大丈夫よブラリー」宥めるレナ。だがふと思いついたように不安げな顔をする。「でも帰りはどうするの。まさかまた跳んで渡るのじゃないでしょうね」

 それは確かに困った問題だ。が、きっと心配はいらないだろう。「賢者に考えてもらいましょう。きっとなんとでもなりますわよ」

「そうね」


 谷と反対側、そこには獣道。

 らせん状になったそれを上へと進むと、そこは頂上だった。

「ここが頂上なのね」

 見下ろせば地面ははるか下で、一面森の緑しか見えない。遠くに目をやると海の向こうに大陸が見えた。

「あれが」島から見る大陸はとても大きく、なんだか感慨深い。

 夕陽が海に沈む。

「やっとたどり着きましたわね、レナ」メイビスは静かに振り返り、碧眼で黒髪の美少女を見つめた。

「長かったわね」ブラリーから降り、そっとレナが見た方向、そこには石造りの建物がある。その建物こそ、賢者の住まいに違いなかった。「大変だったけれど、とても楽しかったわ」

 本当に、楽しかった。でもこれで終わりではない。メイビスはぎゅっと唇を引き結ぶ。

 さあ、旅の目的地は目前だ。

 愛馬たちを連れた二人の少女は、手を繋いで石造の建物の前に立ち、その扉を叩いた。


 扉が開く。

 そして戸を挟んで向こう側に立った人影に、メイビスもレナも驚いた。

 それは、美しい少女だったのだ。

 巻毛の金髪を腰まで垂らしており、目は燃えるような赤色だ。背が高く引きしまった体型で、健康そうな小麦色の肌をしている。そして真っ赤な袖なしの丈の短いワンピースを揺らしていた。

「あら。人がくるなんて珍しいこともあるもんだわ」メイビスたちを見て、心底驚いたというように目を丸くする金髪の少女。「ここに何の用かしら」

 伝説によると賢者は老人のはずだが、まさかこの少女が賢者なのだろうか。

「あなたが、賢者ですの」

 少女はかぶりを振る。「そんなわけないじゃない。私が賢者に見えるの」それから少し笑いながら、「私はサーラ。賢者の娘よ」と名乗り上げたのだった。

 賢者の娘。

 まさか賢者に娘がいるなどとはメイビスは予想もしていなかった。

 歳は十六くらいでメイビスとレナとほぼ同じに見える。賢者は何年間もこの島にこもりっきりなのかと思っていたらそうでもないらしいことに、また驚くメイビスだった。

「それでもう一回訊くわよ。何の用なの」

 繰り返される問い。それに答えるのはレナだ。「わたしたち、賢者に知恵を貸して頂きたくてここまできたのよ。事情は中でお話しするわ」

 それに納得する金髪巻毛の少女、サーラ。「わかったわ。父さんに伝えてくるから」そう言って彼女は一旦戸を閉め、奥へ消えて行った。

「賢者にあんな娘がいらっしゃるなんて、驚きですわ」

 銀髪の少女が呟くと、黒髪の少女は柔らかく微笑んだ。「そうね。でもにぎやかでいいじゃないの。もしかすると、賢者の奥さんまでいるかも知れないわね」

 そう言っているうちに、また扉が開いて少女サーラが首をつき出した。

「いいって。中にどうぞ」


 賢者の家の中は、なんとも質素だった。

 家具も全部そこらの石で造られており、数は決して多くない。王城までとはいかなくとも伯爵邸くらいの豪華さを予想していたメイビスはまたまた驚いた。

「素敵な家でしょ。狭いけど、住み心地は最高なのよ」だがサーラは自慢げにそう言った。確かに少人数で暮らすのであればそうかも知れなかった。

 部屋は居間かつ食堂と、サーラの自室、賢者の自室の四つだけ。サーラはそのうち居間かつ食堂の部屋をノックした。「入るわよ」

 扉を開けた途端、中からなんとも言えない雰囲気を感じ取ってメイビスは思わず身をこわばらせた。

 それは決して悪なものではない。なんというか大なる者の威圧感、そんな感じだ。

 中の石造りの椅子にかけていたのは、顎髭を胸あたりまで伸ばした長い白髪の老人だった。その赤い両眼で訪れた少女二人をじっと見つめていた。

 どうやらこの家に住むのはこの賢者とその娘だけらしい。

 賢者の強い眼差しに負けぬよう澄んだ碧眼で見つめ返して、メイビスは「どうぞ、座って」とサーラに言われた通りに石椅子にかける。

 レナも石椅子に腰かけながら、そっと感嘆の息を漏らした。

「わしは賢者、ウィルじゃ。ようこそ我が家へ」賢者が厳かに口を開く。「さて話があると聞いた。さっそく伺わせてもらおう」

 うなずくメイビス。「わたくしはメイビスと申しますの。隣のこの娘はレナですわ。では用件をお話しさせて頂きますわね」

 メイビスはこれまでのことをすべて話した。話すのは辛くなかった。それは彼女がもう決心を固めているからなのだろうか。

 そして聞き終えた賢者は、開口一番こう言ったのだ。「願いの石、じゃな」

 聞き慣れない単語が突然飛び出し、首を傾げるのはレナだ。「願いの石というのは何のことなの」

「願いの石とは古くより眠る魔法の石でな」賢者はゆっくりと語り出した。

 願いの石。それは、誰のどんな願いも一人につき一つだけ叶えられる緑色の宝玉。

 この世界には太古の時代、魔術という文明が存在していた。魔術は人々を幸せにもしたが、争いを産んで世界を破滅の寸前へと導いた。

 そしてそれを食い止めるため、一人の魔女が魔術を封印したのである。

 しかし魔術のよい面だけは残したいと思ったらしく、彼女は願いを叶える魔術を翡翠の宝玉にこめ、とある山の中に隠した。

 それは何百年も眠り続け、じっと掘り起こされるのを待っているのだという。

 それが、願いの石だ。

「願いの石があれば、そなたの復讐を叶え、そして冤罪を晴らすこともできるであろう」

「ですけれど」と、メイビスは賢者に問う。「その願いの石のある山の場所は、わかっていますの」

「それはもちろんわかっている」賢者は自信満々だった。「わしが若い頃、大陸中を旅して得た知識によれば、な。少し待っておれ。地図を持ってくる」そして椅子から立ち上がり、少し部屋を出て行った。

 メイビスはとても複雑な心境で呟く。

「そんな魔法の石に頼って冤罪を晴らしてもいいのですかしら」

 そんな人類の負の文明の一端に頼っていいのか。そんな気持ちが、彼女の胸の中で渦巻いていた。

 だがメイビスの呟きを聞き取ってすぐ隣にいたレナはかぶりを振る。「他に方法もないようだし、そんなことで迷っていても仕方ないわ。その石があれば、ドロドーにおびやかされているこの国の平和を守れるのよ。何も迷うことなんてないわ」

 確かにそうだ。

 国民たちは今、保たれていた平安をドロドーに乱されている。それを早く救うのも、王女の務めの一つだろう。レナの言うことは非常に正しかった。

「確かにそうですわね。こんなことで迷うなんて、情けないですわ。もっとしっかりしなくては」そして、決心を固め直すのだった。

 やがて賢者が戻ってきた。

「これだ」

 彼がメイビスたちの取り囲む石の大机に広げたのは、紙が茶ばみいかにも古そうな地図である。

 それには大陸西部のある町が描かれていた。

 その町の名はジェラルマ。ヴァルッサ王国有数の都市だ。

 そのさらにすぐ西、そこにある山を指差し、賢者が言う。「ここが願いの石が眠るとされる山だ」

 訊くとその山、ドモテ山は標高はこの山と同じくらいらしい。

「それなら、簡単ですわね」

 レナもうなずく。

 この山に登るのは大変だったが、橋が落ちたこと以外は大して危険はなかった。だからきっと大丈夫だろうと二人が安心したとき、隣の椅子に足を組んで座っているサーラが強くかぶりを振った。「甘く見ちゃだめだわ」

「どうして甘く見てはいけないの」首を傾げるレナ。「だってこの山と同じくらいの高さなら」

「問題は高さとか険しさとかじゃないの」かぶりを振り続け、赤い双眼でメイビスたちを見つめ射抜くサーラ。「ドモテ山には、願いの石を守る魔獣がいるのよ」

 魔獣。

 それはメイビスもレナも、聞き慣れない単語だった。それを、賢者が説明する。

「そなたたち、人喰い象とクラークポンにあったと言ったな」

「ええ」

 クラークポンとはどうやら海の巨大クラゲのことらしい。

「そなたたちが出会ったそれらこそが、魔獣じゃよ」

 魔獣は魔術があった時代、魔女に仕えた獣たちのこと。

 そいつらは好物を人とし、あらゆる方法で捕食する。

 魔術と魔女の文明が滅びた後、大抵は狩られたのだが少しだけ残っていたのが、人喰い象や海の守り人クラークポンなどだ。

 その残った魔獣の一つが、願いの石を守る五匹の魔獣たちなのだという。

「クラークポンの強さは知ってるでしょ。まあ、あいつは子守唄があれば眠るからいいけど、ドモテ山の魔獣はもっと強くて山に登った者は帰ってこないって噂よ。どんな奴らか父さんも知らないみたいだし」

 そんなに恐ろしい山なのだと教えられ、メイビスは緩めていた気を引きしめた。

 だがどんなに危険であれど、願いの石を手にする他ないのだ。

「いいわ。それでも行きましょう」決意の表情で、レナが言う。「だってここまできたのだもの、今さら引き下がるわけにはいかないものね」

「そうじゃな。だから、そなたたちに力を貸すこととする」そして賢者は、堂々と威厳をともなった声音で言い放ったのだ。「娘のサーラを連れて行ってくれ。きっと一助となるじゃろう」


 金髪美少女サーラとの同行。

 それはあまりにも突然で、驚くべく提案だった。

「でも」戸惑い、メイビスは少し言葉を詰まらせた。「そんなことまでして頂いては申し訳ありませんわ。願いの石のことを教えて頂いただけでも充分ですわよ」

「それに、サーラの意思だって大事だわ。わたしたちは二人だけでも大丈夫よ」レナもメイビスに同意気味で、サーラの同行にはためらいが強いようだった。

 だが当のサーラは平然として笑った。「そんなに気を使わなくてもいいわ。私、一緒に行ってあげる」

 娘の頭を軽くなでてやりながら、賢者ウィルもうなずく。「それが一番じゃろう。わしもこの国が乱されてるのは許せんから、そなたたちに少しは助力してやりたいんじゃ」

 賢者の意志の強い赤い瞳と、好奇心にきらきら輝くサーラの赤眼が銀髪の少女と黒髪の少女を見つめた。

 溜息をつくメイビス。こうも言われてまで反対する理由もなかった。「ではお願いしますわ。ただし、もちろん危険を承知の上ですわよ」

「メイビス、いいの」やはりまだ納得しきれないのか、レナがそう言って美しく長い黒髪を揺らす。

 だがそんなレナにはおかまいなしで、「わかってるわ。私、外の世界を見てみたかったの。ずっとこの島にいたから」と本当に嬉しそうにサーラは笑顔を見せたのだった。

 彼女がメイビスたちの旅に同行したがった理由はこれに違いない。

「ずっとこの島にいたの」レナが驚いて思わず少し大きな声を出す。

 確かにそれは信じがたい事実だった。

 ほぼ城の中にいなければならなかった王女のメイビスですら、年に一度は城を離れ、女王になるための勉強として旅行へ行ったりもした。

 だがサーラはどうだろう。ずっとこの島で一生を過ごしてきたのだ。それはもちろん外への憧れは強いに違いなかった。

「そういうことなら仕方がないわね」サーラを少し哀れに思ったのだろうか、ようやくレナは折れることに決めたようだ。「ではよろしくお願いするわね、サーラ」

「サーラ、これからお願いいたしますわね」メイビスもサーラと手を繋ぎ、微笑む。

「ええ。よろしくね」サーラの笑顔はまるで太陽のように眩しくメイビスには見えたのだった。


「今日はここに泊まるといい。渡す物も色々あるでな」

 そう言って賢者は少女たちを引き止めた。

 そしてメイビスとレナは、サーラが夕食を作ってくれている間、ずっと賢者と雑談に花を咲かせたのだった。

 ノックの音がし、サーラが戸を開ける。「夕飯ができたわ。今日は特別美味しく作ったから早く食べて」

 夕食は、本当にご馳走だった。

 城の料理にも、伯爵邸のあの絶品の物よりも美味しく感じられたのは、もしかすると少女たちがあまりにも疲れていたとともに、少し安心していたからかも知れない。

 賢者とサーラも、しばしの別れを惜しむように談笑していた。

 そうして夜になり、少女三人はサーラの部屋で石造りのベッドに横になっている。

 でも何しろ一人部屋だからベッドも一つしかないのであるが、ベッドだけ無駄に広いので余裕で三人横並びで寝られた。

「ああ、明日が楽しみだわ」赤い下着姿のサーラが期待に目を輝かせる。

「そうね。でも疲れたわ。早く寝ましょう。おやすみなさい」

「わかったわ。おやすみ」

 明日は一体、何があるのだろう。

 新しく仲間に加わったサーラ。またレナのように友だちになれるといいとメイビスはぼんやり思いながら、欠伸をした。「おやすみなさい」

 そして少女たちは、深い眠りの海へと沈んで行った。


 翌朝、旅支度を整えた三人は居間で賢者を待っていた。

 昨夜も言っていたように、何か渡す物があるらしいのだ。

 ちなみにサーラは昨日と変わらぬ赤いワンピース姿だが、小さな肩かけ鞄を持っている。その中には薬草やら着替えが入っているらしい。

 そして一際目を引くのが、彼女の手にする武器だ。

 長い柄に先の尖った石、それは槍だった。

「これは私がいつも動物を狩るときに使う槍よ。持ってくと役立つと思って」

 武器が使えるのは都合がいい。魔獣との戦闘のとき、活躍してくれれば幸いだ。

 と、賢者が扉を開けて姿を現した。「待たせたな。渡したいのはこれじゃ」

 そう言って賢者が石机に置いたのは、三つの物。

 青い水の入った小瓶と、巾着袋と、それから小さな筏だ。

 レナはそれらを指差し、首を傾げる。「これは何なの」

「瓶の中の青い液体は、特殊な薬草を調合して作った変身薬じゃ。ただしとても貴重でそれだけしかない。心して使え。この巾着袋には現金、三十億ノラが入っておる。この先の旅、少しは力になるじゃろう。それからこれはわしがここへ渡るときに使った筏じゃ。話によると船が壊れよったらしいの。もう使うこともなく何年も置いていたが使い物にはなるはずじゃ」

 それをありがたく受け取り、メイビスは金貨と小瓶を手提げ鞄に入れ、筏はサーラが担いだ。

 いよいよ別れのときだ。

 名残惜しそうにサーラと賢者は抱き合って、それから玄関ドアの前まで行った。

「谷の橋はかけておいたからな。きっと、きっと帰ってくるんじゃぞ」

 父親の心配など素知らぬ顔でサーラは陽気に笑う。「何心配してるの。大丈夫よ、任せといて」

「ありがとう。助かったわ」レナは優しく微笑んで賢者に手を振った。

「ありがとうございました。必ず、願いの石を手に入れてみせますわ」

「さらば王女たち。気をつけてな」

 玄関ドアをくぐり、少女たちは賢者の家を出る。朝陽がきらきらと青空に輝き、外はとても暖かった。

「じゃあね」サーラが振り返ったと同時に手を振る賢者ウィルはそっと戸を閉め、姿を消した。

 ふたたびの旅立ちのときだ。

 目指すは願いの石。

 メイビスはホワーレに、レナとサーラはブラリーに乗った。

「さあ、ジェラルマの町へ向かって出発ですわよ」

 メイビスのかけ声に合わせ、一行は風のような速さで山を降りはじめたのだった。


挿絵(By みてみん)                    (第六章 挿絵)  


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